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 あたしたちは、みんなでコンピュータの画面と格闘していた。
 数日前に『フィールド・エンジェル』のプレイヤー全員に送った、質問のメール。あれについて返ってきた返事をチェックしているのだ。
 なにしろ、送ったメールが数十万通。送る方はケインの作ってくれたプログラムで、全部自動的にできたけど、返事をチェックするのはそうはいかない。返ってきた返事だけで数万通はある。
 セクレ……、つまり秘書の代わりをしてくれる疑似人格プログラムを使って、中身がない嫌がらせメールみたいなのを排除することはできるけど、いちおうまともに答らしきものを書いてきたメールの中から、本当に役に立つ回答を見つけだすことはできない。セクレにはそこまでの知能はない。
 画面のアイコンに触って、自分用のセクレを呼び出す。
 くりくりっとした目の、小学生くらいの可愛い女の子が画面に登場する。
「微笑さんこんにちわ! 真由<まゆ>ちゃん、お仕事しますですぅ」
画面に出たこの子が、あたしのセクレ、真由ちゃん。セクレの機能は誰のものでもほとんど同じだけど、外見はスキンっていう、プログラムの見かけを変える追加モジュールを入れることで、自分の好きなようにできる。自分と同じ外見のセクレを持つ人もいれば、きれいな女性をセクレにする偉いさんなんかもいる。もともと『秘書』の代わりだから、昔からの秘書のイメージで女性にすることが多いみたい。
 この『真由ちゃん』、セクレ用のフリーのスキンで見かけて、可愛かったから使ってるんだけど……、人前だとちょっと恥ずかしいかな。
「真由ちゃん、このディレクトリに入ってるメールをチェックしてほしいの。まず、全部で何通あるのか調べてちょうだい」
 そう言って、質問への返信メールのうち、あたしの分担になってる分が入ってるディレクトリを示す。
「は〜い、チェックしましたぁ。おへんじメールが九千九百六十一通届いてますぅ」
 九千九百六十一通……。げんなり。返信されて来たメールを六人で分担して、この量。「それじゃあ、その中から単なるいたずらメールとか、嫌がらせメールを取り除くと、何通になる?」
「いたずらメールと嫌がらせメールの意味がわかりませぇん。定義してくださぁい」
「そうね……、とりあえず、本文が二行以内のやつとか、罵り言葉やエッチな言葉が入ってるのとか、怪しいファイルが付いてるのとか、そういうのを排除して」
「はぁい、処理開始しますぅ。……できました。残ったのは千五十四通ですぅ」
 ふぅ。大きな吐息をひとつ。
 絞っても、千通以上。でも、しかたがないか。
 あたし、残った千通のメールをひとつひとつチェックする。どう見てもゲームに関係ない内容とか、質問の答えになってないもの、意味不明なものなんかを取り除いて、検討する価値がありそうな内容だけをリストアップする。三時間以上かかってようやくチェックが終了し、二百通くらいのメールが残った。
 それから、みんなが選んだメールの内容を全員で検討する作業に入った。
 一人づつ、リストアップしたメールをみんなに見せ、その内容が意味のあるものかどうか、みんなで考える。一通り検討してから、次のメールに移る。
 ほとんどのメールは、自分はこう思うという仮説を述べたものや、どこかで聞いた伝説や神話、有名な文学なんかとの類似性を指摘しているものだった。あたしたちの誰も知らない話が出てくるたびに、データベースにアクセスしてその内容を確認する。
 でも、どれも謎についての解答としてしっくり来ないし、結局残された手がかりの場所や、シャングリラの場所を解き明かしてくれるものはなかった。
 そういったメールを数百通も検討したあとでは、みんな疲れ切っていた。
 時間を見ると、もう夜。
 そろそろ今日は終わりにしない? って言おうとしたとき、ソフィアが次のメールを呼び出した。
 そのメールは、マリーがこの間見せてくれたなぞなぞみたいな文句について解説したもので、最初に一言で「これって、8クィーンじゃないですか?」とだけ述べ、その後に何行かの説明が続いていた。
 そのメールを見て、ケインがはっとした表情を見せる。
「8クィーン、だって?」
 彼は身を乗り出して、続きを読む。
「四角い世界はチェスの盤、ものみの塔は女王様、縦横斜めの窓はクィーンの移動に対応……。そうか、確かにそれでしっくり来るぞ」
「何なの、その8クィーンって?」ソフィアが聞いた。
「8クィーンというのは、コンピュータの世界で有名な問題なんです」とケインが解説する。
「チェスの駒でクィーンは、縦、横、斜めにいくつでも動けるルールなんです。チェスの盤は八マスかける八マスの正方形。この盤に八つのクィーンを置いて、どのクィーンも互いに取ったり取られたりしないように、つまりどのクィーンの縦にも、横にも、斜めにもほかのクィーンが来ないように置くという問題です」
「それがこのなぞなぞの答えなわけ?」
「ものみの塔が八つ……、つまり、八つのクィーンに対応している。塔の縦横斜めの窓からほかの塔が見えないということは、その場所にクィーンを置いてもほかのクィーンが取れないっていうのと同じです。ほら、ぴったり来るでしょう?」
「なるほど、たしかにそうだ! 8クィーンなら、私も昔やったことがある。たしか、あの問題の解答は九十六通りあったはずだが……」とハリー。
「いえ、チェスの盤は正方形ですから、盤を九十度回転させると別の答ができます。それに、盤を裏返しても別の答になる。結局、完全に違う解答は十二通りなんです」
 あ……。十二通り。そう言えば、シャングリラの場所を示す手がかりは十二あるはずって、マリーが言ってなかったかしら?
 ハリーも、自分で言って気が付いたみたい。
「そうか!もしかして……」
 そう言うと、彼はコンピュータに向かって何かの操作を始める。
 あたしたちが黙って見守る中で彼はしばらくコンピュータと格闘してから、不意に顔を上げて笑った。
「わかった! わかりましたよ、これが答えですよ!」
 そう言って、彼はみんなに説明を始める。
「まず、8クィーンの解答は十二通りあります。これを見てください。解答では、盤にこんな配置でクィーンを置くと、条件を満たすことになります」
 彼はみんなの間の仮想平面に、その解答を出してみせた。十二のチェス盤の画面。それぞれに八つのクィーンの駒が配置され、よく見るとたしかにどのクィーンも、ほかのクィーンを取れないようになっている。
「さて、シャングリラの場所を示すメッセージが十二あり、そのそれぞれが8クィーンの解答に対応しているとすれば、この駒の配置に対応しているのは、メッセージの何だと思いますか?」
 そこで彼は、わざとらしく言葉を切って一同を見回した。
 ハリーが苦笑する。
「もったいぶらないでいい。君が頭が切れるのは分かったから、早く正解を言ってくれ」「星ですよ。つまりね、メッセージの見つかった場所の付近の、恒星の配置を調べれば……」彼は、これまでに八つのメッセージが発見された付近の構成図を呼び出してみせる。十二の駒の配置の下に、八つの立体恒星図が並んで表示された。
「そして、この恒星の配置を適当な方向から見ると、こんなふうに平面に見えます……」「あ……」
 彼が操作すると、八つの立体恒星図が平面に投影された。そして、8クィーンの解答のうち八つと、平面に投影された恒星図が重ねられ……、ぴったりと一致した!
「このように、メッセージ周囲の恒星の配置は、8クィーンの解と完全に一致するんです」
「じゃあ……、残りのメッセージは、ほかの解答の場所に?」
「そうです。ゲーム宇宙の恒星の配置で、8クィーンの残り四つの解とぴったり一致する配置になる場所を探せば、そこに残りのメッセージがあるはずです」
「う〜ん……」
 ハリーが嘆息の声をあげる。
「なるほど。しかし、これは……分からなかったぞ」
「メッセージの見つかった場所について、まわりの星の形状や特徴、配置、位置関係、名前……、何を調べても互いに関連性が見つからなかったからな。見つからないはずだ、これが正解だとはな……」と、ショウ。
 今までじっと話を聞いていたマリーが感想を述べた。
「それにしても、このゲームは本当に考え抜いて作られているんですね。あらゆる分野の知識を組み合わせて、はじめて謎を解き明かせるように作られているんだわ。よくこれだけものを……」
 ソフィアが口をはさむ。「それじゃあ、これで残りのメッセージの場所が分かるのね?」
「そうです。ゲーム宇宙全体の星の配置を調べる必要があるから、計算量が膨大で時間がかかりますけど、明日の朝までには結果が出ているはずですよ」
「それじゃ……、今日はこれで終わりにしましょう。もう疲れたわ」
 そう言って、ソフィアは会議室を出て行った。
「よし、会議はこれで解散だ」ショウが言った。「ヘパイストス、君は残ってくれ。明日の調査任務の準備について話がある。他の人は帰っていい」
 ショウとヘパイストスを後に残して、あたしたちは会議室を後にした。

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Syo!の落書き帳