次の日あたしが会議室に入ると、見たことのない男の人がみんなと話していた。
 背格好は中肉中背、かしら。黒髪を短く切った好青年風。
 ショウはあたしが入って来たのを見て、あたしに声をかける。
「おはよう、エミリー。今日から彼が新しくプロジェクトに加わることになった」
 ショウが手で示したその人は、あたしに歩み寄って会釈すると、
「はじめまして。高天原 薙<たかまはら なぎ>です」
と言って、右手を差し出した。
 あたし、その手を握って答える。
「葉山 微笑です。よろしく。あなたはプレイヤー?」
「『技士』です。非戦闘プレイヤーです。キャラクターはヘパイストス」
 あたしたちの横にやってきたショウが補足する。
「彼には、天使<エンジェル>の改良に関して協力してもらうために来てもらった。このプロジェクトを進めるために、技士プレイヤーが必要だと思って探していたんだが、ようやく彼を見つけることができた」
「そうなの……。それにしても、高天原 薙さん? ちょっと変わったお名前ね」
 彼は鼻の下を人さし指でこすって、ちょっと苦笑する。
「実は、家が古い神主の家系でして。僕も神社を継ぐことになってるんです。名前も日本の神話から取ってるんですよ。まあ、嫌ってほどでもないですが、ふだんはあまり本名を使わないことにしてます」
「でも、薙なんてちょっといいじゃないの?」
 神話となると詳しいマリーが口をはさむ。「高天原って、古事記の神さまが最初に生まれた場所ですね。薙はイザナギの尊<ミコト>から取ったんですか?」
「そうみたい、です」
「でも、ヘパイストスはギリシャ神話の神さまですよね」マリー、にっこり。
「え、まあ……。道具を作る神ですから」
 そんな話があってから、あたしたちは会議の本題に入り、ヘパイストスはあたしたちの乗っている天使<エンジェル>や、使っている武装についていろいろと聞きただしていった。

 その後の休憩時間に、あたしが施設の小さな食堂で紅茶を飲んでいると、ヘパイストスがやってきて、あたしの向かいに腰掛けた。彼はブラックコーヒーとチーズケーキ。
 あたし、その注文に小さくくすっと笑う。ううん、別に神主さんがコーヒーとチーズケーキを口にしちゃいけないわけじゃないんだけど、でもなんとなくおかしい。
 彼はあたしの視線と表情から、言いたいことに気がついたみたい。
「なんですか? 渋茶と羊羮かなにかの方が似合いますか?」と言って、やっぱりくすっと笑う。
「あ、いえ、別にそんなんじゃなくて……」わたわた。
「いや、別にいいんですけど。よく言われるんですよ。和風のものの方が似合うとか」
 それから、ちょっとだけ真剣な表情で彼は話を始める。
「エミリー、一通りみんなの使っている天使<エンジェル>や、装備について聞かせてもらったんだけど……、あなたはまだGZ-46に乗ってるんですね」
「ええ、前からずっと乗ってるから……。何かまずいかしら?」
「いや、まずいってわけじゃないですけどね。GZ-46は二、三年前はプレイヤーに一番多く使われた機体なんですが、今はもう旧式だから。初心者ならいいけど、エキスパートには物足りないんじゃないかなって思ったので」
 そう言えば、あたしは三年前に初めてゲームに登録してから、ずっと同じ機体を使ってきたんだった。今まで、自分の腕前の方が大事だと思ってたから、特に機体を乗り換えようとはあんまり考えなかったけど、天使<エンジェル>も年々新しいモデルが登場して、進歩しているんだった。
 人によっては機体の性能を重視して、しょっちゅう別の機体に乗り換える人もいる。だけど、なんとなく慣れない機体はイヤな気がして、あたしは乗り換えていない。
「どうですか? 実は新型のGZ-48をベースにして僕がチューンした機体があるんですけど、誰かに性能をテストして欲しかったんですよ。乗ってみてくれませんか?」
「え、ええ……。そうね。いいけど……、誰でもいいってわけじゃないの?」
「実はそうなんですよ。もともとベースのGZ-48からして、初心者にはちょっと操縦しにくいんですけど、僕がチューンしたGZ-48Eは、機動性能をアップした分、操作がかなりシビアになったから、相当の腕じゃないと乗りこなせないんです。あ、でもあなたの腕なら大丈夫ですよ。よかったら、ぜひ試して欲しいんです」
「ん、そうね。いいわ。乗らせて」
 紅茶とコーヒーを飲みおわると、あたしたちは端末室に向かった。
 彼はゲーム管理コンソールを操作してから、あたしに向き直り
「インストールしました。機体選択メニューで呼び出せます。まずは乗ってみてください」
「ん、了解!」
 そう言って、あたしは操縦に飛び込む。プレイヤー認証完了。
 外部視野が出て来たところで、オプションコマンドを選択、機体の乗り換えを指定する。
 仮想平面に表示されたメニューからGZ-48Eを指定すると、その機体の3D構造図と緒元が表示される。
 ふうん、GZ-46よりもちょっと細身でシャープ、速そうな感じ。いいかも。
 GZ-48Eに乗り換えを選択。それから、別のメニューでテスト飛行モードを選択する。
 外部視野が戻る。このモードは実戦じゃなくてテスト用の仮想宇宙だから、指示を待たずにすぐに発進。母艦を離れてから、一気にフルパワーで加速。
 加速感とともに、周囲の光景が流れていく。あたし、その速さに感心する。ヘパイストスの言うとおり、GZ-46よりずっと速い。ペダルであちこちに進路を変えてみる。うん、操縦への追従性もバッチシ。
「展開<エクスパンド>!」
 コマンドワードを叫んで、戦闘形態に変形する。その状態であちこち飛び回って、機動性能を試す。速い。加速もGZ-46とは比較にならないし、操作への追従性もすごくいい。
 彼が言ったとおり、たしかに操縦は結構シビアだ。ペダルのちょっとした操作で激しい機動が起こるから、注意して操縦しないと機体に振り回されそう。でも、これなら実戦で使いこなせそう。このフィーリング、最高!
 仮想宇宙に設置されたゲートやパイルの間をジグザグに通り抜けたり、円を描いて回ってみたりして、操縦のカンをつかんでいく。しばらくそうやって、だいたい思うとおりに操縦できるようになってから、今度は武装のテスト。
 構造図を呼び出して、武装を確認する。衝撃掌<ショックパーム>とマイクロトピードは、GZ-46と同じ形式だ。遠距離兵器は、プラズマライフルの代わりにフェイズキャノンが搭載されている。それに、肩に装備された小型のδビーム砲が二門。武装も強化されてるみたい。
「……あら?」
 胸の後ろと、お腹のところに見たことない武器のマーク。これ、なにかしら?
「ヘパイストス、聞こえてる?」
 仮想平面に彼の顔が浮かび、声が聞こえる。「はい、聞こえてますよ」
「この、背中とお腹の武器はなに?」
 彼はにやりと笑う。「それですか? 本邦初公開、僕が開発して装備した新兵器です」
 そう言って、彼はその武器を説明してくれる。
「まず背中に装備されてるのは、D<ディメンショナル>ソードです。背中から抜いて、手で柄を握っている間だけ動作します」
「ソード……、剣なの? でも、ゾガードやヌール相手には剣が役に立つって聞いたことないわよ?」
「いやいや、こいつは並みの剣じゃないんですよ。金属の刀身は言うなれば飾りで、その周囲にできる次元断層が切り裂くんです。相手の物質を斬るんじゃなく、相手が存在しているその空間そのものを斬ってしまうんです。ま、試してみてください、すぐに威力がわかりますから」
「へえ……、なんだか凄そう」
「こいつは、文字どおりどんなものでも斬れますから、扱いには注意してくださいよ。それから、腹にあるのは……」
 そう言って、彼はもう一つの武器について説明する。
「……え? そんなものが?」
「そうです。こっちはまさに秘密兵器。ただし、たった一度しか使えない兵器ですから、最後の切り札にとっておいて。あなたがいよいよ他の手がないと思ったときに使ってください」
「だいたいわかったわ。それじゃ、試してみるわね!」
 そう言って、あたしは天使<エンジェル>を駆る。とりあえずは、彼ご自慢のD<ディメンショナル>ソードをテストしてみようかしら。
 さっき操縦練習に使ったパイルの近くに行って、背中の剣を引き抜く。ちょっと見ると、天使<エンジェル>のサイズに合わせて巨大化しただけの、普通の剣。でもよくみると、刀身の回りにかすかに虹色の光がきらめいてる。
「え〜いっ!」
 剣を頭の上に振りかざし、気合もろともパイルに向かって振り降ろす。一刀両断!……と思いきや、
 ひゅんっ!
 何の手ごたえもなく、剣は足のところまで振りおろされた。予想した手ごたえがなかったんで、危うく剣を取り落としそうになった。
 え? なんで?
 空振りしたはずはない。たしかにパイルに切りつけたはず、なのに。
 あっけに取られているあたしの目の前で、パイルがゆっくりと動きはじめる。
 あたしの目の前のパイルにまっすぐの切れ目ができ、そこからパイルがふたつに折れていく。見守るうちに、パイルは完全に二本に分かれ、固定されていない片方はふらふらと漂って行った。
 もしかして……、斬ったの? あれで。
 うそっ! 何の手ごたえもなかったのに。
 あたしの様子を見ていたヘパイストスが笑った。
「エミリー、その剣はD<ディメンショナル>ソードだって言ったでしょう?どんなものを斬っても、手ごたえはまったくないんです。勢いあまって自分の足を斬ったりしないように、気を付けてくださいよ!」
「あ、な……なるほどね。たしかに凄いわよ、これ」
 気を取り直して、ほかの武器もテストしてみる。右腕のフェイズキャノン。マイクロトピード。衝撃掌。δビーム。D<ディメンショナル>ソードみたいにびっくりするようなものじゃないけど、どれも以前のGZ-46に比べて確実にパワーアップしている。ただ、δビームは敵にとどめを刺せるほど強力な武器じゃない。小口径だし、こんなものか。補助用の武器と考えよう。
 テスト飛行メニューから、仮想敵との戦闘を選択する。敵の数はゾガード四、ヌール四。テスト開始を指定すると、レーダーボールの射程外に赤点が八つ出現する。
 左前方から、ゾガード四機。右前方からヌール四機が迫ってくる。第一射程距離<スフィア>に進入。ヌールの一機に照準をロック。トリガ。フェイズキャノン、発射!
 キャノンの砲口から、照準ガイドのレーザー光とともに、目に見えない位相衝撃波<フェイズウェイブ>が発射される。ヌールの一機に命中。ヌールの繭はあっさりと貫かれ、ヌールの本体はばらばらの肉片と化す。すごい威力。
 近寄ってきたヌールに格闘戦を挑む。格闘が苦手なヌールは、第三射程距離<スフィア>から逃げようとするけど、GZ-48Eの機動性は今まで乗っていた天使<エンジェル>とは比較にならないくらいアップしている。簡単に至近距離に飛び込み、D<ディメンショナル>ソードを抜く。さっと薙ぎ払っただけで、ヌールは繭ごと真っ二つになった。
 ヌール四機と後続のゾガード四機は、あたしの天使<エンジェル>一体で苦もなく殲滅された。
 ん、これくらいでいいか。
 あたし、テストを終了してゲームを終わらせ、操縦球を降りる。
 コンソールを見ていたヘパイストスが声をかける。
「どうでした、エミリー?」
 あたし、ガッツポーズ。
「すごいわ! もう最っ高。今までのと比較にならないわ」
「じゃ、今後も乗ってくれますか?」
「もちろん! こんなすごい機体くれて、ありがと」
 あたし、久しぶりに軽い気分で端末室を後にした。

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