会議室にもどったあたしたちは、さっきの出撃での発見について話し合っていた。
「ゾガードがあのメッセージを探すために攻撃して来たことは間違いない。彼らはなんらかの方法で、そこにメッセージがあることを知った。メッセージの場所は、偶然にも人間の基地のすぐ近くだった。少数で探査に行ってもメッセージの場所まで到着できないと考えて、あれだけの大部隊で攻勢をかけたのだろう」ショウが言った。
「だが……、あの戦力はどう見ても、基地を奪取するための全面戦闘を行うだけの数だったぞ」とハリー。
「だからこそ、我々はごまかされたんだ。彼らの狙いは基地の奪取だと考え、その影にある真の目的に気付かなかった」
 二人のやりとりを聞いていたカーンが口を開いた。
「でも、ゾガードがそれほどまでにしてメッセージを調べようとした理由は何だ?この戦闘で撃破されたゾガードは、ざっと見ても百機近いぞ。それだけの犠牲を払ってまで、メッセージにこだわったというのは……」
「……つまりは、彼らがそれだけメッセージを重視しているといることだ」とハリー。
「なぜだ?」
「それは、彼らもシャングリラを探しているということだろう。考えてみれば、シャングリラにあるとされているのは、『三種族の戦争を終結に導くなにか』なんだ。ゾガードだって、ヌールだって同じものを探していてもおかしくない」
「ゾガードはNPCだぞ!? 奴らがシャングリラを探してなんになる?」
「おいおい、君も何年もこのゲームをやってるはずだろう?『フィールド・エンジェル』は、そこらのゲームみたいに単純じゃないんだ。たかがゲームと考えてはいけない。このゲームでは、すべて現実と同じことが起きると考える必要があるのだ」
 そんなやりとりを、あたしはぼんやりと聞き流していた。
 あたしの頭の中は、さっきのゾガード……、ガルガディアの言葉でいっぱいだった。
 ガルガディアはあたしに話しかけて来た。プログラムで操作されるNPCのはずの、ガルガディアが。でも、あの態度はとてもプログラムされたものとは思えない、何か……奇妙な現実感があった。
 そして、彼が口にした、裏切り者のこと。
 敵が言ったこと、それもプログラムのはずの相手の言ったことを信じるなんて、どうかしている。でも、なぜだろ。あの言葉がすごく気になる。
 もし、本当に裏切り者がいるとしたら、それは誰?
 あたし以外の六人の誰か。ショウ、ハリー、カーン、それともケイン? もしかして、マリー?
 それとも……ソフィア?
 あたしたちの中で、ほかのメンバーと反目する態度を見せているのはソフィアだけだ。もし、本当に裏切り者がいるとするなら……、それはソフィアかもしれない。
 でも、考えて見れば、本当に裏切り者なのなら、あんなにあからさまに他人に敵意を示したりはしないって気もする。
 わからない。
「わかった!」
 カーンの怒声に、はっと我に返った。みんなの話し合いはまだ続いているのだ。
「わかったよ! ゾガードがシャングリラを探している、それはいいとしよう。だが、それにしてもあれだけの大部隊で突入してくるのは異常だぞ。基地の警備が薄くなる時をみはからえば、もっとはるかに少ない数で目的を達成できたはずだ。奴らの目的が本当に、リスト基地の奪取でないとするならな」
「それは、たしかに変だが……」と言って、ハリーは黙り込んだ。
 それまで話を聞いていたショウが、口を開く。
「もし、彼らが待てなかったのだとしたら?」
 全員がショウを見つめて、次の言葉を待った。
「たしかにカーンの言うとおり、基地の警備が薄くなるのをみはからえば簡単だろう。しかし、それには時間がかかる。彼らが急いでいて、それを待っていられなかったとしたらどうだ?」
「それは、たしかに筋は通るが、奴らがそんなに急ぐ理由って……」
 そう言って、カーンは驚きの表情を浮かべ、口を押さえた。
 同時に、あたしたち全員もその理由に思い当たり、がく然とした。
 みんなの頭の中に浮かんだことを、ショウが代弁して言う。
「ゾガードがシャングリラ探索を急ぐ理由は、二つのうちどちらかだ。ゾガードは、我々もまたシャングリラを探していることに気がついた。あるいは……、ヌールもまたシャングリラを探していて、ゾガードはそのことに気がついた。どちらにしても同じだ。いまや、人間、ゾガード、ヌールのすべてがシャングリラを探していると考えなくてはならない。こいつはもう、単にシャングリラを見つけるという問題ではない。誰が先に見つけるかの勝負だ」
 あたしたちの間に、しばらく重苦しい沈黙がただよった。
 ようやく、ハリーが口を開く。
「そして、人間の間でも各国がシャングリラへの一番乗りを争っているというわけか。これはまた、やっかいな問題になったものだな」
「そのとおり。シャングリラの探索はもっと急ぐ必要がある」とショウ。
 それまで黙っていたソフィアが口を開く。
「とは言ってもねえ。手がかりが分からないんじゃどうしようもないわ。せっかく……」マリーの方をちらりと見て、ソフィアはとげのある口調で続ける。「えらい学者さんが来てくれて、解明できると思ったのに、ねえ」
「やめないか、ソフィア!」ハリーがどなった。
「とにかく、さっき話していたメール作戦を実行してみよう。ケイン、君はプログラムが仕事だったな?全プレイヤーにメールを送るプログラムを組んでくれ。それに、言語学者やゲーム評論家とか、とにかく見込みのありそうなところすべてにだ」
「わかりました。今夜中に仕上げますよ」
 とりあえず、その場の話し合いはそれで終わった。

 家の近くの空き地でヘリから降ろしてもらって、あたしは家に向かっていた。
 ちらりと後ろを振り返る。後ろには、黒い背広姿の男の人が二人。この間から、あたしについている護衛の人たち。別にあたしの身になにかあるとは思えないんだけど、とにかくお役目ごくろうさま。
 寒い。そろそろ冬も終わりのはずなのに、まだ風が冷たい。あたし、胸の前で両手を抱えてぶるっと震える。
 そのまま歩き続け、家の近くまで来たときに、向こうから歩いて来たおばあさんとすれ違う。
 おばあさんは、あたしとすれ違ってからすぐに立ち止まり、あたしに後ろから声をかける。
「ちょっと、おたずねしたいんですけど……」
 あたしはその声に立ち止まり、振り返る。
「はい?何でしょうか」
「お嬢さん、あなた……」そう言ってから、おばあさんはにんまりと笑って、
「『フィールド・エンジェル』のプレイヤーですね?」
「えっ!?」
 あたしがその言葉に唖然としたとき、いきなり後ろから誰かに腕をつかまれた。
 両腕を後ろでねじ上げられて、あたしは苦痛の声を上げる。
 さっきまで人のよさそうなおばあさん、と思っていた目の前の相手は、ふところからピストルを取り出し、あたしのひたいに向けて、
「いい子だから動かないでよね、かわいいお嬢さん。動くと……わかるわよね?」
 その声、もうさっきまでのしわがれた声じゃなかった。もっと若い声。
 恐怖で動けないあたしに、護衛の人たちが駆け寄ってくる。
 あたしの後ろから、太い男の声。
「動くな!この娘がどうなっても構わんのか」
 その声に、二人の護衛はぴたりと動きを止め、恨めしげに彼らを見据える。
 うっ、これって絵に描いたようなお約束の場面。そんな考えが頭に浮かんだ。でも、絵に描いた光景と、それを自分が体験するのは、きっぱり別の話。
 おばあさんに化けた女は、ピストルを構えていない方の手であたしのバッグを引ったくり、中を調べはじめた。ざっとあちこちを探ってから、バッグを投げ捨てて首を振る。
 どうやら、目当てのものは見つからなかったみたい。
 前の女と、あたしの腕を後ろからつかんだ男は、あたしにピストルを突きつけたまま、じりじりと向こうに移動していく。護衛さんたちは手が出せず、それを見ているだけだった。
 まずい。このままじゃ、誘拐……されちゃう。
 でも、この状態で何も手が出せない。
 あたしたちがそのまま移動して、角を曲がり、護衛さんたちの視界から消えたとき。
 ぱん、ぱーん。銃声が二発。
 そして、押し殺した悲鳴があたしの前後から上がった。
 音のした方を振り向くと、護衛さんたちと同じ、黒服の男の人たちが二人。さっきの二人じゃない。
 そうか。護衛さんはあの二人だけじゃなかったんだ。安堵。
 あたしを捕まえてた男女は、腕を押さえ、よろめきながら逃げていく。角を曲がって見えなくなってから、遠くで車の発進音。
 あたしを助けてくれた護衛さんたちは、あたしに駆け寄って、
「大丈夫でしたか?」と尋ねた。
「ええ、大丈夫……。どうもありがと」
 そう答えて、とりあえずこの一件は終わりになった。
 ただ……。あの二人、あたしの何を探してたんだろ?

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