『フィールド・エンジェル』の謎を研究している『学者』さんっていうのは、会ってみるとまだ若い、丸顔で優しく微笑む女の人だった。
 チャットで連絡先を聞いた次の日には、あたしたちは例の会議室でこの人と顔を合わせていた。ショウが夕べのうちに大急ぎで連絡を取って、呼び寄せてくれたみたい。
 その人は、あたしたちの正面に立って、ぺこりとお辞儀して言った。
「はじめまして、みなさん。わたし、峰岸 真理<みねぎし まり>です。マリーって呼んでください」
「はじめまして、マリー。学者さんとうかがいましたが?」
 ハリーがそう言うと、マリーは手をぷるぷると振って否定した。
「そんな、違いますよ。わたし、ただの大学院生です。歴史神話学と、古典文学を勉強してます。ただ、『フィールド・エンジェル』の設定を調べていたら、とっても面白いんで研究しているうちに、いつの間にか学者なんて呼ぶ人が出てきただけです」
「あなたは、プレイヤーじゃないんですか?マリー」
「ええと、あなたはエミリーさんね。わたし、プレイヤーです。でも、非戦闘プレイヤーの方なんです」
 あ、そっか。
 あんまり意識してなかったけど、『フィールド・エンジェル』のプレイヤーは、天使<エンジェル>に搭乗して戦闘を行う役だけじゃない。非戦闘員プレイヤーとして登録すると、天使<エンジェル>の開発を行う技師とか、作戦指揮官とかいった役割でプレイすることもでき、そっちを好んでいるプレイヤーも存在する。
 といっても、数としては多くない。そういう役割のプレイヤーはもともとあまり多くても仕方ないし、やっぱり大抵のプレイヤーは、戦闘員をやりたがるから。
 それにしても、キャラクター名で呼び合うときは普通「さん」はつけない習慣なのに、丁寧な人だなあ。
「『研究者』の役割で登録したんです。これだと、ゲーム世界に関する情報が誰よりも豊富に入手できるんですよ。あと、宇宙船で現地に調査にいく権利もあります。ほかには何もできないんですけど、ね」
 そう言うと、マリーは席について話を始めた。
「それでは、お話をはじめますね。まず、『フィールド・エンジェル』のゲーム世界に点在している数々の手がかり。これらがどのようにして発見され、解析されたかについて説明します」
 そう言って、マリーは映像装置をあやつり、説明を開始する。
「ゲーム世界にある、ゲームの謎を指し示す手がかりは、最初は一部のプレイヤーによって偶然発見されたのは御存じのとおりです。それらの手がかりが発見され、プレイヤーからゲーム内の学会に報告されると、研究者などのプレイヤーたちがその内容を調査し、解読を試みました。御存じのシャングリラや、原初の神殿についての伝説は、そのような解析の結果わかったことです」
 次にマリーが仮想平面に呼び出したのは、見たこともない記号の並びだった。昔学校で見た、エジプトやアラビアの文字とちょっと似ているけど、やっぱりちがう。もともと知らない言葉の文字なんて、虫のかじった跡みたいにしか見えないもんだけど、そんな感じ。
「これ、ヴィスケラ語の文字です。今まで見つかった手がかりの文章は、全部この文字で書いてありました。これは、現実世界で実際に使われているどんな文字でもありません。このゲーム用に設定された文字ですね。この文字と、ヴィスケラ語を解読するのは研究者役のプレイヤーが協力して行ったんですけど、それだけでは無理で、それぞれのプレイヤーの人がつてを頼って、本当の言語学者や音素学者さんたちに手伝ってもらって、やっと解読できたんです。手がかりを残した古代種族がヴィスケラ族と言う名前だってことも、解読してわかったことです。
 手がかりの見つかった宇宙船や遺跡には、それ以外の文章や絵もたくさんありました。だけど、解読してみたらそれらは、ヴィスケラ族の歴史や社会、文学といったもので、ゲームの謎には直接関係がありそうにありません。それらの情報は、ヴィスケラ語を解読するために必要な言葉のサンプルを提供するために用意されたものなんだと思います」
 マリーは話を切って、一同の顔を見回す。あたしも、つられて回りを見る。みんな、興味を持って話を聞いているみたいだけど、ソフィアだけはなんとなくじれったそうな態度を見せている。
 マリーはまた話を続けた。
「ゲームの謎に直接関係すると思われる手がかりは、今までに七つ見つかっています。どれもたった一行の短いメッセージで、しかもそれだけではほとんど意味をなさないものです。おそらく、全部つなぎ合わせると完全な、一つのメッセージになるんだと思います。わたしは、このメッセージは全部で十二あると思っています」
「それは、なぜ十二なのですか?」
「ええ、解読したヴィスケラの神話や生活に関する資料によると、彼らの母星も地球と同じに一年は十二ヶ月に分けられているんです。そして、それぞれの月に、神話に登場する存在……なんていうか、妖精のようなものが割り当てられています。
 ヴィスケラ神話には、世界のすべてを支配する一者が存在し、その元で三つの力をそれぞれ統べる三人の神、そして世界を影から支える十二人の妖精がいるんです。そして、その神話にはこういう話があります。『一者が死すときには、十二人の妖精が道を示し、三人の神が一者のもとに馳せ参じる』わたし、これはゲームの謎についての間接的な手がかりだと思うんです。道を示す妖精というのがつまり、メッセージに対応しているらしいんです」
「メッセージが全部で十二だとすると、あと五つ見つかっていないメッセージが存在するわけか」ケインが言った。
「それで、残りのメッセージはどこにあるのかは分かっているのですか?」
 マリーはちょっと困ったような顔で答える。
「そこなんですけど、データを全部調べてみても、メッセージの場所を示す情報は見つからないんです。でも、きっとどこかに含まれていると思います。データのどれかに、その答が隠されているはずなんです。でも、まだ見つかってはいません」
「でも、問題はそこなのよ!」ソフィアが苛立ったように言った。
「メッセージのある場所さえわかっていれば、さっさとそこに行ってメッセージを見つけて、シャングリラがどこにあるのか見つけられるのよ。いくら神話や伝説なんか並べ立てたって、肝心のことがわからなくちゃ役に立たないわ!」
 マリーは情けなさそうな顔で、「ごめんなさい……」と言いかけた。ハリーがその言葉をさえぎって、とりなそうとする。
「やめないか、ソフィア。マリーを責めても仕方がないだろう。時間をかけて、もう一度データを調べることだ。とにかく、どこかに答はあるはずなんだから」
「そんな悠長なこと言ってていいの?ほかの国のプレイヤーたちも、ゲームの謎を解き明かそうとして動いてるのよ。フランスやアメリカに先にシャングリラに行かれてもいいわけ?」
 ソフィアのあんまりな態度に、あたし、思わず大声を上げた。
「いいかげんにしなさいよ!」
 あたしの叫び声に、全員が凍りついた。大声を出してしまったことをちょっと後悔。でも、ここで引っ込むわけにも行かないし、ソフィアの態度には黙ってられなかった。
「ソフィア、あなた何をそんなにいらいらしてるの?そりゃあ、早くシャングリラを見つける必要があるのはあなたの言うとおりだけど、ハリーやマリーにつっかかってどうするのよ?文句を言ったからって、答が見つかるわけじゃないわよ。あなたのは、ただの八つ当たりだわ!」
 ソフィアはきっと唇を結び、冷たい目であたしを見据える。
「エミリー、言っておくけど、あたしたちは仲間じゃないわ。今は特別な事情で、やむなく協力しているだけなの。あなたもエキスパートプレイヤーなら、甘アマなお友だち気分は捨てることね。もともとあたしたちは、ゲームで賞金をかせぐプロのプレイヤー、ランキングを争う敵同士なのよ!」
 ソフィアの言葉に、あたしは茫然として言葉が出なかった。
 たしかに、あたしたちエキスパートプレイヤーは、ゲームでの成績に応じて賞金を受け取っている。そして、ランキングが上がるほど賞金も高くなり、ゲームの収入で生活しているプロの人もいる。
 だけど……、だからといって、ほかのプレイヤーが敵だなんて、あたしは考えてもいなかった。あたしにとって、ゲームの収入はただのおこづかいだし、ゲームはあくまで楽しみで、ランキングなんて気に留めていない。ゲームをやり込んでいたら、気が付いたらエキスパートに昇格してしまっていただけ。
 でも……、ソフィアにとって、このゲームは全然違う意味を持ってるのか。
 ソフィアはぶ然として立ち上がり、部屋を出ていこうとした。ドアを開けて、ふと振り返り、あたしに向かって言葉を吐き捨てた。
「はっきり言うわ。エミリー、あなたは邪魔なのよ!」
 あたしの返事も聞こうとせず、彼女は部屋を出ていった。
 茫然としていたあたしが彼女の後を追おうとすると、ショウが背後から「放っておけ」と言った。
「今なにを言ってもむだだ。頭を冷やさせた方がいい」
 それも、そうかも。
 席に座り直したけど、ソフィアの一言は頭を離れなかった。
『あなたは邪魔なのよ!』か。どうして?いくら競争相手でも、邪魔なんてひどいじゃない。それに、なぜあたしが特に邪魔なの?
 あたしの表情を読み取ったらしく、ハリーが穏やかな声をかけた。
「エミリー……、ソフィアの態度は腹が立つとは思うが、あまり怒らないでやってくれ。わたしも彼女と話していてわかったんだが、彼女はもともと自分がトップになりたいという性格でね、ゲームをする理由も、勝ちたいというのが第一らしいんだ」
「そうなんですか。でも、なぜあたしが邪魔だなんて?」
「それはね……、ソフィアは今年のレディス・チャンピオンを狙っているらしいんだ。もともと、何としても世界チャンピオンになってやるという執念が、彼女がゲームに取り組んでいる理由なんだ。そのためには、我々の中でも特に、女性エキスパートプレイヤーである君は邪魔だということなのさ」
「たったそれだけの理由で?」
「うん……、彼女には強い執着があるんだな、トップに立つことに。だが、その理由はわたしの口からは言えない。本人から直接聞いてくれ、もし彼女が話す気になったらね」
 ハリーはそれ以上は言おうとしなかった。
 あたしたちが黙っていると、マリーがおずおずと口を開く。
「あの……、それで、さっき言おうとしたことなんですけど、じつはメッセージの場所を示している間接的な手がかりかも知れない情報がいくつかあるんです。今日は、みなさんにそれをお見せして、検討してもらおうと思っていたんです」
「ああ……、すみませんマリー、こんなことになって。どうかソフィアのことは許してあげてください」ケインがすかさず答えた。
「もちろんですわ」マリーはにっこり笑うと、映像装置を操作する。
 中央の仮想平面に、何行かの文章が映し出された。
「たとえば、これがそうです。なんていうのか、詩かなぞなぞみたいなんですけど、こういうのがいくつか見つかってるんです。このいくつかの文は、いろいろなデータの中で、わざと変な場所に書かれています。たとえばこの文は、ヴィスケラ母星の季節についての資料の中に唐突に書かれているんです。つまり、わざとこれだけが目立つように細工されているんだと思います」
 その文章を、カーンが読み上げた。
『四角い世界の兵士たち
 八つの国にお仕えし
 ものみの塔の見張り番
 縦横斜めに窓がある
 どこの窓からのぞいても
 よその兵士はみあたらず
 世界にほかに国なしと
 今日も安堵の高いびき』
「うーん、これが手がかりねえ。たしかになぞなぞみたいだが、何の意味か見当もつかないぞ」
「そうだな……。マリー、ほかのものもこんな調子なのかね?」とハリー。
「そうなんです。どれも同じように意味がわからないんです。いろんな人たちが意味を考えているんですけど、わかってないんですよ」
 あたしたちは、しばらくなぞなぞの意味について考えをめぐらしたけれど、結局何も思いつかなかった。
「こうなったら、またチャットで聞いてみようかしら……」って言ってから、はっと気がつく。そうか、しばらくチャットに出るとまずいんだっけ。
「それもいいが、こういうのはチャットで聞くよりも、もっと大勢に聞いてみた方がいいんじゃないか?」とハリー。
「それなら、いっそプレイヤー全部にメールして聞きますか?」とケイン。
「それだ!」ハリー。「ひとつ、全部の登録プレイヤーにメールで質問してみよう。正解を答えた者には賞金を出す、とか付け加えてね。なんならプレイヤーだけじゃなく、数学者や文学者にも問い合わせてもいいかな。もちろん賞金は……」ショウの方を振り向いて、にやりと笑い、「政府が出資してくれますな?」
 ショウも笑ってうなずく。
 そのとき会議室のドアが開き、職員が一人駆け込んできて、手に持った紙を振り上げて大声で言った。
「会議中申し訳ありません。エキスパートブレイヤーのみなさんに、非常召集がかかっています。リスト星系の地球基地が、ゾガードの大規模な攻撃を受けています!」

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