「外部通信<エクスチャン>!ショウよりバスターズ。目標点に到達、各自探索開始」
 通信用の仮想平面に投影されたショウの姿が、指示を伝える。
 機体状況をチェックする。全系統異常なし<オーノル>
「エミリー、ラジャ!」
 応答してから、あたしは計画どおりの探査作業を開始する。
 キーメロディーをハミングして、広域レーダーを起動。探査範囲に物体がないか、注意して調べていく。
 いつも乗っている天使<エンジェル>とはちょっと勝手が違って、やりにくい。
 いまあたしが乗ってるのは、いつものGZ-46の代わりに、偵察型のSC-27。一般戦闘用に設計されたGZ-46と違い、偵察用のSC-27はやや小さく、巡航速度が速い。その代わり、武装は貧弱だし、装甲も薄い。基本的に、敵に出会ったら戦うよりも逃げることを想定されている。
 もっとも、その違いはゲーム内での話で、実際にプレイヤーが搭乗する操縦球は同じもの。機体の選択によって、操作や反応が変化するようになっている。
 あたしたち六人のチームは、『暴れ者<バスターズ>』という名前になった。ショウがリーダーになり、いまあたしたちはシャングリラの手がかりを見つけるため、探索任務を続けている。
 ……なんだけど。
 ここ数日の探索で、新たに見つかった手がかりは何もない。
 ふぅ。大きな吐息をひとつ。
 今あたしたちがいるのは、ラヴェル宙域のはずれ、通常の宇宙航路から離れた場所。ゲームの真相を暗示する手がかりが見つかった場所の一つだ。近くにある物体は、あたしたち自身を別にすれば、向こうに見える古い宇宙船だけ。ゲーム中にこの付近に迷い込んでしまったプレイヤーが偶然発見したものだ。あの宇宙船はとっくに調査されて、人間、ゾガード、ヌールのいずれとも異なる種族が作ったものだとわかっている。
 ゲーム宇宙のあちこちで、こういった遺跡がいくつか発見されている。そもそもこのゲームに隠された結末があることとか、惑星シャングリラ、そして原初の神殿のこととかは、そういった遺跡に残されたわずかなメッセージから判明したこと。
 広域レーダーが探査を終了して、ピッと小さな確認音がした。結局、範囲内にはなにもほかの物体は存在しない。
「エミリーよりショウ、探査終了。なんにもないわ」
 あたし、うんざりした声で報告する。
「ハリーよりショウ。廃船の探査終了。今まで報告された以外のものは見つからなかった」
 宇宙船の探査に行ったハリーも報告してくる。
「ふうん……」
 さすがのショウも、失望が声に現れている。
「ここでも成果なしか。すでに発見されている場所を探索しても無駄なのかもしれないな」
「しかし、今まで発見された手がかりは全部、偶然見つかったものばかりでしょう?新たな手がかりを探そうにも、どこを探せばいいのかもわかりませんよ」ケインが話を引き継いだ。
「うん……、とにかくいったん帰還しよう。リアルワールドで会議を開くことにする」
「ラジャ」
 あたしたちは集合して、母艦に向かった。

 母艦に戻り、天使<エンジェル>を係留したあたしたちは、操縦球を出て、また第三会議室に集まっていた。
 全員が、意気消沈していた。
 ここ数日、あたしたち六人はこれまでにゲームの謎の手がかりが見つかった場所を順に訪れ、新たな情報が見つからないか捜索を続けていた。
 そして、これまでの捜索で新しい手がかりはなにも発見できていない。
 しばらく沈黙が続いた後、ショウがようやく口を開いた。
「どうだろう。みんな、なにか気がついたことは?」
 その言葉にも、返ってきたのは沈黙だけだった。
 ショウも、みんなのその反応を予想していたみたいで、特に気にしたようすもなく言葉を続けた。
「しかたがない。みんなでもう一度、これまでに見つかっている手がかりを検討してみよう」
 ショウが自分の席に置かれた映写機を操作すると、テーブルの中央、みんなから見える場所に仮想平面が設定され、写真と文書が表示された。
 ショウは機械を操作しながら、シャングリラに関してこれまでに見つかった手がかりを順に説明していった。とはいってもその手がかりは、全員がエキスパートプレイヤーであるあたしたちは、すでに知っていることばかり。しかも、ここ数日何度となく同じ資料を見返しているのだ。もうみんな、全部暗記で繰り返せるくらい憶えていた。
 そもそも、このゲームに隠された謎があることが初めてわかったのは、もう七、八年前、ゲームが開始されてしばらくたった頃だった。
 とあるプレイヤーが戦闘中に敵を深追いしすぎ、母艦が帰還する時に取り残された。天使<エンジェル>の航続距離には限度があるため、帰る方法を失ったそのプレイヤーは、宇宙をさまよっているうちに、見たことがない宇宙船に遭遇したのだ。
 はるか昔に廃棄されて、乗員はいない宇宙船だったけど、それが人間が作ったものではないことは一目で明らかだった。そのプレイヤーの話を聞いたほかのプレイヤーがその船を調査して見つかったのが、艦橋に残された謎のメッセージ。
 それから現在までの数年間に、同じようにして数隻の宇宙船やブイ、惑星上の遺跡が発見された。それらに残されたメッセージを解読して知ることができたのは、それらの遺物はヴィスケラ族と呼ばれる異星種族によって、はるかな過去に作られたということ、そして『シャングリラ』と『原初の神殿』についての伝説。
 でも、そこまで。シャングリラとはどこにあるのか、原初の神殿にはなにがあるのか、その手がかりは見つかっていない。
 そして、それらの手がかりは全部偶然に発見されている。場所になんの規則性も見つかっていない。つまり、次の手がかりはどこにあるのか、それさえ見当もつかないわけ。
 こういった、ゲームの隠された部分について、サテライト社はいっさい回答しない。あくまでプレイヤーがゲームの中で発見するものというスタンスなのだ。もちろん今回の件で、非常事態なのでゲームの謎を公開するように、各国政府から要請されたのだが、なんとまたしても、ゲームの謎の部分はプロストしか知らないということが判明した。
 明らかに、プロストがすべてを細工しておいたのだ。ゲームを外からいじる方法は何も使えないように。あくまで、ゲームを正面からプレイして真の結末<トゥルーエンド>にたどりつけ、ということ。
 こういった事情を一通り説明し終えたショウは、顔の前で両手を組み合わせて、みんなの顔を順に見回す。
「それで、とにかく問題なのは、シャングリラというのはいったいどこにあるのか、ということだ。肝心なのはそこで、ほかのことは大きな問題じゃない。場所さえわかれば、たとえゾガードやヌールの勢力圏の真ん中であろうと、行く方法は考えられる。だが、位置がわからないことには何もできない」
 現在、ゲーム世界で人間が拡がっている範囲は、さしわたしざっと百光年。その中には無数の恒星系があり、人間の住んでいる惑星だけでも二百を越える。ゾガードやヌールの勢力圏も、それと同じくらいの広さがある。この全体がゲームの舞台。そして、そのへんの単純なゲームとは違って、『フィールド・エンジェル』のゲーム世界は、本当の宇宙と同じ広さがある。
 百光年。あんまり広すぎて、どれくらいだか見当もつかない。だけど確かなのは、この宇宙の中でやみくもにシャングリラを探しても、見つかる見込みはゼロだってこと。
 椅子に背をもたれさせて上を向いたまま、ケインがぼんやりと言う。
「いっそのこと、惑星をひとつひとつ、しらみつぶしに探すのは……」
 向かいの席のハリーが答える。
「無理だな。居住惑星だけなら、なんとか回れる数だが、無人惑星は数え切れないほどある。それを全部回って調べたら、何年かかるかわかったものじゃない」
 ショウが口をはさむ。
「そもそも、シャングリラが惑星かどうかもはっきりしないんだ。手がかりにあるのは、『シャングリラ指して』という文句だけだ。それを、惑星名だといちおう解釈しているが、もしかしたらシャングリラというのは惑星以外のなにかかもしれない。たとえば地名か、もしかしたら宇宙ステーションという可能性もある」
 そんな会話を聞きながら、あたし、ぼんやりと考えをめぐらせる。
 今までに見つかった、シャングリラの手がかりは七つ。それらは廃棄された古代の宇宙船だったり、無人の惑星上に残された謎の建造物だったりするけれど、共通している点がある。どこにも短い謎のメッセージが残されているということ。そのメッセージを解読して、みんながもう何度も聞いた伝説の断片が明らかになった。ほかにもさまざまなデータが得られているけど、調べた結果、ほかのデータはシャングリラと関係ないことが分かっている。
 ソフィアがじれったげに言う。
「とにかく、せめてほかの手がかりがどこにあるのか、それだけでも分からないの? もうはっきりしたじゃない、今まで見つかった手がかりを調べ直しても、新しいことは見つからないのよ。今まで見つかってない手がかりを探すしかないんだわ!」
「そんなことは分かってるさ!」とカーン。「だが、その手がかりもどこにあるのか皆目だ。手がかりは全部偶然見つかったもので、その場所にも関連性が見つからない。次の手がかりがどこにあるのかのヒントも、何もないんだぜ」
「……でも、何かあるはずだわ! 手がかりが全部偶然でしか見つからないのなら、そんなゲームは解けないわよ! フェアじゃないわ!」
「いろいろ検討してはみたよ! 手がかりの見つかった場所の配置、近くの恒星の色と大きさ、宇宙船の進行方向から出発点が割り出せないかとかな。もちろんメッセージそのものも、徹底的に意味と音韻を解析した。だが、なにもわからなかった。これがゲームの謎なんだよ。答えがわかるなら、教えてもらいたいもんだよ!」
「だけど……!」
 ソフィアとカーンの話がどなり合いになろうとしたところで、
「やめろ!」
 ハリーが一喝した。二人はびくっとして、沈黙する。
「言い争ってなんになる。自分だけでゲームをやってるつもりなのか? 君たちもブラックマークなら、ふだんは隊長だろう。アドバンスやビギナーを従えて戦うときも、自分で勝手に行動しているのか?」
 う、その言葉、耳が痛い。
 自慢じゃないけど、あたし自身もそれを言われることがあるのだ。あたし、自分で戦闘するのは得意だけど、部下を指揮するのはちょっと苦手。ついつい指示が遅れたり、各自個別に戦闘<ファル>の指示を出してしまったりする。本当に指揮がうまいプレイヤーには感心してしまう。本当は一人で戦闘するほうが楽なんだけど、エキスパートは基本的に隊長に配置されることになってるから仕方がない。
 やっぱり、年長のハリーの言葉にはソフィアとカーンも逆らえないみたいで、二人とも黙ったまま、うつむいてしまう。
 それにしても、確かにハリーの言うとおり。自分だけで戦ってるつもりになると痛い目にあう。……何回も体験してるな、あたし。
 あ、そうだ。
「どうかしら? ねえ、これってあたしたち六人だけで調べていても、駄目なんじゃないかって気がするの。考えてみると、これって質より量、って話じゃない?」
「と、いうと?」ケイン。
「つまり……。見つかったのがみんな偶然なら、六人で必死で探すより、大勢のプレイヤーがゲーム中に見つける方が確率高いでしょ?プレイヤー全部に協力してもらって、誰か手がかりを知らないかどうか問い合わせてみたほうがいいと思うわ」
「それはそうだが……」と、ショウ。「そんな大勢に事情を話すわけにはいかない。この一件は本来国家機密扱いだ。だから、君たち全員に秘密を守るように誓約までしてもらった。しかし、事実を知っている人間が多くなれば対処できない……」
「事情を知らせなければいいでしょ?」あたし、食い下がってみた。なにしろ、このままじゃなんの進展もなさそうだし。
「そうだ! 今夜、あたしがよく行ってるゲーマーのチャットがあるわ。あそこなら『フィールド・エンジェル』に詳しいゲーマーがいっぱい来るし、そこで聞けば、きっとなにか手がかりを知ってる人がいるわよ。とにかく、ここは大勢の助けを求めたほうがいいわ!」
「うん……」ショウは考え込んだ。
 ……そういえば、このショウって人は何者なんだろ?
 あたしたち、ショウ以外の五人は、間違いなくただのゲーマーで、単にエキスパートプレイヤーだったから、選ばれてこの任務のために集められただけ。でもショウは、確かに最初から事情を知っていた。彼はなにも知らすに集められたゲーマーじゃなくて、事情を知ってプレイヤーを集めた側の人間だ。それなのに、どうしてあたしたちのチームにプレイヤーとして参加しているんだろう?
 あたしが考え込んでいると、ショウが顔を上げて言う。
「いいだろう。確かに、このまま調査を続けても成果は得られそうにない。見込みがありそうなことはやってみよう。ただし、『プロメテウス』のプロジェクトのことはいっさい話さないこと。あくまで、ゲームの謎を話し合うだけにとどめことだ。いいね?」
「いいわ」あたし、即答。やった。これで、なにか見つかるだろう。こんな成果の上がらない調査を繰り返すの、もううんざり。
「今夜家に帰って、チャットでみんなに聞いてみる。期待してていいわよ」
 あたしの自信まんまん(ちょっとだけハッタリだけど)の返事に、彼はくすっと笑って肩をすくめて見せた。
「頼んだ。それからほかのみんなも、自分のルートで探ってみてくれ。こうなれば、手に入るだけの助力は使うべきだろう」

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