3

 一時間くらい、ヘリコプターに乗ってたかしら。
 あたしたちを乗せたヘリは、首都圏を離れた山中にある、小さな平地に着陸した。
 あたしとショウは、ヘリから降りる。まわりは林になっていて、その中に切り開いた場所を作って発着場にしたみたい。周囲に何か所かサーチライトが設置されていて、夜の真っ暗闇を照らしだしている。
 気がつくと、周囲にたたずんでいる人たちは軍服姿で、銃を脇に下げてる。てことは軍人なわけね。すごく、ものものしい雰囲気。
(君は今、狙われている)
 彼の言葉を頭の中で思い出した。この光景を見れば、その言葉が大げさでなく本当のことなんだと納得できる。どういう事情なのかわからないけど、きっともうすぐ分かるんだろう。
 空き地の片側には、二階建ての小さなビルがあった。彼はあたしを先導して、そのビルに向かって歩いていく。
 ビルの入り口の両側に立っている兵士が、あたしたちを見て銃を下げ、敬礼する。彼は軽く答礼すると、そのままビルの中に入って行った。
 そのまま廊下を進み、角を曲がって、突き当たりのエレベータに入っていく。
 ん? 二階建ての建物にエレベータって、ちょっと不自然な気が。
 彼がパネルの前に立ち、あちこちのボタンをいくつか押すと、
 ガコン。突然エレベータが動き出す。ただし、下に。
 なるほど。ありがちだけど、一応秘密基地ってわけね。
 しばらく降りてからエレベータは止まって、ドアが開いた。外に出てみると、ビルっていうより工場という雰囲気の部屋と廊下がずっと続いている。けっこう広い。地上のビルの何倍もの広さがありそう。
 廊下を歩いていって、「第三会議室」というプレートのある部屋に入っていった。そこはちいさな部屋で、中には細長い机が長方形に並べられ、まわりにパイプ椅子が置いてある。すでに先客が四人、その椅子に腰掛けて待っていた。若い男の人が二人、中年の人が一人、あたしと同じくらいの女の子が一人。
 ショウは、「座って待っていてくれ」とだけ言ってあたしに椅子をすすめると、自分も椅子の一つに腰掛けた。
 しばらく、誰も口を開かなかった。沈黙の中で、あたしはほかの四人をそっと観察する。
 四人とも、どこにでもいる普通の人間に見える。外で見張っている兵士さんみたいな怖い感じはしない。服装も普段着やスーツ。ちょっとそわそわしているように見えるのは、きっとあたしと同じように、事情を知らないんだと思う。つまり、この四人も突然連れてこられたってことなのね。
 年長の男の人が、突然沈黙を破った。
「はじめまして、わたしは郷田 遥<ごうだ はるか>。君もブラックマークかね?」
 ブラックマークっていうのは、『フィールドエンジェル』のエキスパートプレイヤーの俗称。プレイヤーのランクを示すマークが、ゲストはレッド、ビギナーはブルー、アドバンスはグリーン、そしてエキスパートはブラックだから。
「そうです。あたし、葉山 微笑。あなたもブラック?」
「そうだよ。わたしのキャラクターはハリー。キャラクターで呼んでかまわない」
 仲の良いプレイヤーどうしは、自分がゲームで使っているキャラクター名で呼び合う習慣がある。
「わかりました、ハリー。あたしはエミリー。キャラクターでいいです」
 あたしたちの会話が沈黙を溶かし、ほかの三人も話し始めた。
「僕は津崎 圭一<つざき けいいち>、僕もブラックです。キャラクターはケインです」
 背が高い、快活そうな若い男の人が言った。
「俺は田原 祐<たはら ゆう>。キャラクターはカーン」
 ちょっといかつい感じの、もう一人の青年。
「わたしは元町 幸恵<もとまち ゆきえ>。キャラクターはソフィアです」
 ちょっとつんとした感じの女の子。
 一通り自己紹介が終わって、ちらりとショウの方を見る。彼は黙ったままだ。誰も聞こうともしないのを見ると、きっとすでにこの四人とは話しているのだろう。
「それで、いったいあたしたちは……」
 なぜ呼ばれたの? と聞こうとしたけれど、そのとき後ろのドアが開いて、スーツ姿の男の人が一人入ってきた。
 その人は正面の椅子にすわると、一同を見回して話し始めた。
「みなさん、よくおいでくださいました。一部の方はいささか強引な方法でお連れしてしまったようで、お詫びいたします。みなさんそろったようですので、説明を始めさせていただきます。わたしのことは田中とお呼びください」
 彼はいったん言葉を切り、鋭い目であたしたちを見渡してから続ける。
「最初に断っておかなければなりませんが、今回みなさんをお招きした要件は、日本政府が直接関与している重要な問題です。もちろんみなさんは民間人であり、政府から任務を受ける義務はありません。そのため、任務の内容をお聞きになったあとで、断られることは自由です。ただし、任務の内容を説明する前に、引き受けるか否かに関わらず、ここで聞いた内容を絶対に漏らさないことを誓約していただきます」
 彼が机の上の箱を開けると、中からビー玉くらいの小さなマイクロカメラが飛び出し、空中を飛んでハリーの前に来て停止した。
「一人づつ、誓約をお願いします」
 ハリーはカメラを見つめて言った。
「わたし郷田 遥は、この場で見聞きした内容について、任務を引き受けるか否かにかかわらず、いっさい口外しないことを誓います。……これでいいかね?」
「けっこうです。今のあなたの誓約は証拠として録画されました」
 つづいて、あたしとショウを含めて五人が同様に誓約を行い、すべて録画された。
 田中さんはマイクロカメラを箱に戻し、話を続けた。
「それでは、まず事件の始まりから順にお話しましょう。みなさんは、現在五ヶ国合同で進められている、新型宇宙船の開発計画をご存知と思います」
 その言葉に、みんながうなずく。あたしも、その話は聞いたことがあった。
 彼はかばんからコンピュータを取り出し、キーを叩く。と、並んだ机の真中に仮想平面映像が投影された。
 その映像を指しながら、彼は説明を続けた。

 日本・アメリカ・フランス・中国・ロシアの五ヶ国が参加した新型宇宙船『プロメテウス』の開発は、もう七年間続けられているプロジェクトで、完成は間近に迫っていた。
 この宇宙船は、大きさも史上最大のものだったが、それが今までの宇宙船とまったく一線を画しているのは、この船に史上始めて超光速エンジンが搭載されるということだった。
 ゲームの世界と異なり、現実のこの世界では、未だに超光速エンジンは開発されていない。そのため、今まで有人の宇宙船が太陽系から外に出たことはないのだ。プロメテウスは五カ国の総力を結集して設計・製造されたもので、史上初めて太陽系を脱出し、他の星系を訪問する探査船となるはずだった。
 ところが、三週間前に小さな事件が発生した。
 プロメテウスの心臓部である、超光速エンジンを開発しているメンバーの中心的な技師である、ユーリ・プロストが突然消息を絶った。アメリカ警察が捜索したが、行方はまったく突き止めることができず、完全に消え去ってしまったのだ。
 数日後には、事態は想像以上に重大であることが判明した。彼の研究資料もすべて消えていることが分かったのだ。しかも驚くべきことに、超光速エンジンのもっとも重要な部分は彼が開発し、彼以外の誰も、実際に超光速エンジンを建造できるだけの知識を持っていないことが明らかになった。
 五カ国の政府は、プロストを必死で捜索する一方、彼の資料のうち残っているものがないかを徹底的に調査した。彼がコンピュータに残したわずかなメモを解析した結果、ようやく突き止められたのは、超光速エンジン建造に必要なデータは、厳重に暗号化された形でネットワーク上に存在しているということだった。そして、そのデータを解読する方法はたった一つしかないことも判明した……。

 田中さんはまた周囲を見回し、みんなの反応を確認した。
「これが、なぜみなさんをお連れしたかの理由です。プロストの残したデータを解読するたった一つの方法……、それは、『フィールド・エンジェル』のゲームを終了することなのです!」
 あたし、唖然として口がきけなかった。まわりのみんなも、あまりに途方もない話に同じような反応を示している。
 ハリーがためらいながら、
「しかし……。データが暗号化されていると分かっているのなら、それを解読する方に力を入れればいいでしょうが。暗号解読のためにゲームをするだなんて馬鹿な……」
「当然、できるものならやっていますよ。しかし、この暗号は専門家にも、そもそもどんな暗号になっているかさえ不明という代物なのです。解読の努力はしていますが、そっちの方法で成功することは望めない状況です」
「ゲームを終了すれば解読できるのなら、ゲームのプログラムを変更して終わったことにすればいいんじゃないですか?」と、ケイン。
「ところがですね、サテライト社に立ち入り調査した結果、『フィールド・エンジェル』のプログラムの中心部分は、同じプロスト氏が作成していることが分かったのです。そして、こちらもデータは残っておらず、本人以外には解析できない。へたに変更を加えても、ゲームが動作しなくなってしまうのです」
 さらに何人かが口をはさもうとしたのを制止して、田中さんは話し続けた。
「みなさんのおっしゃりたいことはわかりますが、我々も思いつくことは試してみたのです。すべて無駄でした。これは偶然の事故などではあり得ない。プロスト氏は何年も前から、綿密に計画を立てていたに違いないのですよ。ゲームを正規の手順で終了する以外の方法では、決してデータを手に入れられないように、あらゆる手段が講じられているのです」
 言うべきことが見つからず、あたしたちは黙り込んだ。すると、今までじっと話し合いを静観していたショウが突然口を開いた。
「この一件で、五ヶ国の協力は危うくなっている。どの国も表向きは協力体制を続けているが、内心では超光速エンジンのデータを自国で独占できないかと狙っている状況だ。五ヶ国のすべてが、我々と同じようにエキスパートプレイヤーを集め、自国の手によってゲームを終了して、データを手に入れようとしている。
 五ヶ国だけじゃないだろう。他の各国も、あわよくばこの機会にデータを手に入れ、プロメテウスに関する権利を一部でも手に入れようとしている。もしそれができなくとも、データさえ手に入れれば外交上有利だ。今や、あなたたちエキスパートプレイヤーは、各国から狙われている存在なのですよ」
 そういうことなのか。「君は狙われている」とショウが言った意味は。
 田中さんがまた話し始めた。
「さて、事情を説明したところで、みなさん一人ひとりに、この依頼を引き受けていただけるかどうかをお聞きしたい。引き受けていただいた場合、この一件が解決するまで、我々の指示に従ってゲームに参加していただきます。報酬については……、そう、お望み通りにすると言っておきましょう。
 断っておきますが、依頼を引き受ける受けないにかかわらず、みなさんは今後各国のエージェントに狙われる可能性があります。事態が解決するまでの間、みなさんに護衛をつけさせていただきます」
「護衛、兼、監視役ということかね?」ハリーが皮肉っぽく言う。
 田中は平然と応じた。
「否定はしません」
 まさか、こんなことになるとはね。
 あたしは思いもしなかった展開に、内心ちょっとビビってた。でも最初のショックを過ぎると、ゲーマーとしての本能がむらむらと湧きあがってきた。
 『フィールド・エンジェル』のゲームを終了する、とこの人たちは言った。
 終了……、つまりゲームの真の結末<トゥルーエンド>にたどり着くってこと。
 『フィールド・エンジェル』のゲームは、普通にプレイしている限りはただの戦闘ゲームに過ぎない。ゾガード、ヌールとの戦闘は果てしなく続き、戦争が終結する気配はまったく見えないのだ。
 ところが、世界中のプレイヤーたちが何年もゲームを行っているあいだに、どうやらこのゲームには隠された真の結末があるらしいことが分かってきた。通常の方法ではたどり着くことのできない、ゲーム宇宙のどこかに、伝説の惑星『シャングリラ』が存在する。そして、そこにある『原初の神殿』には、三種族の戦争を終結させることのできるなにかがある、というのだ。これ、ゲームのあちこちにばらまかれた手がかりから、プレイヤーたちが推測したこと。
 でも、これまでそこにたどり着いたプレイヤーはいないし、シャングリラの位置さえ誰一人突き止めていない。
 そうだ。
 あたしはゲーマー。国家機密とか、そんなことはどうでもいい。ゲームの真の結末<トゥルーエンド>が見たい、それだけで理由は十分。
 いままで、あたしもエキスパートプレイヤーとして、たくさんの戦績を上げてきた。だけど真の結末<トゥルーエンド>に到達できれば、そんな戦績はどうでもよくなる。真の結末<トゥルーエンド>にたどり着いたプレイヤーこそ、ゲームの真の勝利者だから。
 よし、やろう!
「あたし、やります!」
 あたし、言い放った。
 ほかの人たちも、あたしと同じように考えてたみたい。みんな微笑んで強くうなずき、口々に自分も参加を表明した。
 辞退者は誰もいなかった。

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