母艦に帰還し、天使<エンジェル>が待機台に固定されたことを確認して、あたしは全システムをスタンバイ状態にした。この状態では、司令部との通信を除くすべての機能はロックされ、天使<エンジェル>は座り込んだ彫像同然の状態になる。
 その唯一作動している通信回線を使って、司令部のコンピュータと天使<エンジェル>のコンピュータを接続し、戦闘中のデータを送信する。わずかの時間で司令部から確認の返事が届く。これで任務完了。
「シェルリリース!」
 コマンドワードに反応して、操縦球の上半分がゆっくりと左右に割れていく。あたし、ベルトを外してシートから歩き出し、操縦球外部のステップを降りて外に出る。
 待ち構えていたギャラリーたちが、わっと歓声を上げてあたしを歓迎してくれた。
「エミリー、すごい! お疲れさま」
 顔なじみの瑞果<みずか>が声をかけてきた。
「瑞果、ずっと見てたの?」
「うん、全部見てた。すごいねエミリー、感心しちゃった。さっすが、エキスパートって感じだね。あたしなんか、またビギナーだし……」
「ま、ね。これでもう三年やってるから、嫌でもうまくなるわ」
「ううん、やっぱ違う。エミリーの才能だよ。なんてかな、本当に生まれつきこういうのに向いてるように見えたよ」
「ありがと」
 そう言うと、あたし、瑞果に手を振って歩き出した。
 ちょっと疲れたから、もう休みたい気分。早く帰って寝よ。
 アーケードを出ようとすると、ギャラリーがまたスクリーンの前に動き始めた。
 どうやら、新しいプレイヤーが操縦球に搭乗したみたい。正面のステージに、次の戦闘の舞台になる宙域の図が表示され、それから、参加する各プレイヤーのこれまでの戦績が順に表示される。
 そう。
 この宇宙戦闘、実は全部ゲーム。
 今一番人気のあるネットワークゲーム、『フィールド・エンジェル』。

『フィールド・エンジェル』のゲームの舞台は、紀元五十三世紀。
 人類は宇宙に進出し、数百の惑星からなる宇宙国家を築いた。
 ところが、さらに銀河核方面への拡大を進めた人類は、その過程でゾガード族、ヌール族という二つの異星種族に遭遇する。そう、さっきゲームの戦闘に登場した彼ら。
 最初に彼らの領土に侵入した初期の人類の振る舞いを侵略と解釈したゾガードとヌールは、人類の殖民した惑星に攻撃を開始し、人類とゾガード、ヌールは戦争状態に突入した。
 実はゾガードとヌールはすでに戦争状態にあり、そこに人類が加わったことで、人類、ゾガード、ヌールは三つ巴の形で戦争を続けることになり、やがてその戦争は長期化し、泥沼化した消耗戦に変わっていった。
 強大な肉体を持つゾガード、精神力で戦闘できるヌールに対抗するため、人類はその科学力を結集し、人間型戦闘兵器、通称『天使<エンジェル>』を開発。人類の兵士はこの天使<エンジェル>に乗り込んで、ゾガード、ヌールと戦闘するのだ。
 ……というのが、このゲームの設定。もちろん、ゲームに参加するプレイヤーは兵士のキャラクターになって、天使<エンジェル>に登場して戦う。
 あたし、葉山 微笑<はやま えみ>。十八才。『フィールド・エンジェル』をプレイして三年、つい最近エキスパートプレイヤーに昇格した。ゲームでのキャラクター名はエミリー。
 気が付くと、正面のスクリーンではすでに次のゲームが始まっていた。差し渡し五メートル以上の大きなスクリーンがいくつかに分割され、各天使<エンジェル>の戦闘状況が映像で表示されている。
 これは、今操縦球に乗り込んでいるプレイヤーたちの戦闘状況を、外部からのカメラ視点で表示した映像。ゲームの状況はこうやって、プレイしていない外部の人間も見られるようになっているから、特にレベルの高いプレイヤーが参加していたりすると、ゲームを見るのを目的にしてくるギャラリーもたくさん集まる。
 さらに、主要な作戦はネットワークテレビで放映されることもある。このゲームはもう、プロのプレイヤーもいる大規模なゲームなの。
 スクリーンに繰り広げられる戦闘を見ていると、不意に右手の方向からアナウンスが入った。
「ジャンタクルーガ世界大会第一次予選に参加するプレイヤーは、直ちにコーナー8に集合してください。繰り返します……」
 ジャンタクルーガ、か。
 ヴァーチャル空間の仮想の乗り物だ。なにしろゲームだから、この乗り物は地上、空中、水中を自由に走ることができる。その乗り物を操って、空地水すべてにまたがったコースでレースを行うゲームだったっけ、確か。
 あれも結構人気のあるゲーム。ま、人気がなくちゃ世界大会なんてやるはずないけど。でも、一番人気のあるゲームといえば、今はなんたって『フィールド・エンジェル』。このゲームのビギナー以上の登録プレイヤーは、現在世界中に数十万人。ゲストプレイヤーは登録されないから、世界にどれだけいるのか分からないけど、このゲームを遊んだことがある人は、おそらく世界に一千万人くらいはいるだろうっていうのが推定の数。
 そんなことを考えながら、アーケードの出口に向かったとき、出口の脇の人目に付きにくい場所に、男の人が一人立っているのに気が付いた。
 誰だろ?
 若い。背丈高め。顔はちょっとクールっぽくて、雰囲気ちょっぴりキザったら。ま、ちょびっといい男、かしら。
 扉を通り抜け、その男の人の横を通り抜けたとき、彼が片手をちょっと上げて、小声で言った。
「おみごと」
 あたし、「どうも」とだけ答えて、歩き続ける。
 でも、その一言だけじゃすまなかった。
 彼は一歩踏み出すとあたしの顔をじっと見つめて、言葉を継いだ。
「ちょっと、いいかな?」
「あら? これってナンパ?」
 彼は右手で短い横髪をさっとかきわけて、
「いや、どっちかというとスカウトかな」
「スカウト? 何の?」
 彼はくすっと笑って、
「君は『フィールド・エンジェル』のエキスパートプレイヤーだろ?」
「そうだけど……。ゲーム参加指示は、サテライト社から来ることになってるの。もしかしてあなた、知らない?」
 サテライト社っていうのは、『フィールド・エンジェル』のゲームを開発し、運営している会社。エキスパートプレイヤーは、サテライト社からゲームへの参加を指示される。ちなみに賞金も、サテライト社から出る。
「それは知っている。スカウトと言ったのはね、……特別なゲームに参加して欲しいのさ。詳しいことはここでは言えないが、報酬は十分に用意できる」
 なんだか、話が予想外の方向になってきたみたい。
 特別なゲーム? いったい、どういうことだろ。
『フィールド・エンジェル』のゲームは、世界中にある何万台ものゲーム端末機をネットワークで結んで、サテライト社の中央コンピュータで管理して行われている。世界のどこで行われているゲームも、ゲームという架空世界の宇宙のどこかで行われている戦闘として、中央コンピュータで管理されているのだ。つまり、すべてのゲームはサテライト社が管理している。
 とりあえず、聞いてみよう。
「あなた、サテライト社の人?」
「いや、違う」
 ふ〜ん、どうもうさんくさ。やっぱ関わるのやめ。
「せっかくだけど、やめとくわ。なんか超ヤバそうな気するし」
 あたし、そう言うと、彼に背を向けてビルの廊下に歩き出した。
 後ろで彼がまた、くすっと笑ってつぶやくのが聞こえた。
「ま、そう言うだろうな」
 そのときだった。
 廊下の前方の曲がり角から、数人の男女が歩いてきた。全員黒いスーツ姿で、雰囲気はみんな同じ。怖いおじさん、おばさん。
 彼らはあたしを目にすると、まっすぐこちらに歩いてきた。ごていねいに、全員で廊下の幅をふさいでる。
 な〜んとなく、いやな予感。
 あたしの目の前までくると、中央の男が口を開いた。
「葉山微笑君、だね?」
「そ、そうですけど?」
「ご同行願いたい。事情は追って説明する」
 うわ、予感的中。
 スカウト第二弾、かしら。しかもこっちは、数倍ヤバそう。
 あたしが返答を返しかねていると、彼らはさっとあたしを取り巻いた。ちらっと周囲を見回すと、全員目つきは真剣そのもの。どう見ても、冗談とか、連れてってびっくりパーティーとかいう雰囲気じゃない。
 どうしよう。逃がしてくれそうもないし、おとなしくついて行くしかないみたい。
 でも、ついて行ったらますますヤバそうな雰囲気。
 そのとき、後ろで動く気配がして、同時に
「目を閉じろ!」
 叫び声が聞こえた。
 あたし、とっさにそちらを振り向く。
 と、その瞬間、ものすごい閃光が目の前で光った。
「ぎゃーっ!」あたし、悲鳴を上げて目を閉じ、両手で顔を覆う。
 次の瞬間、ぼかっ、どさっというような音がして、それから身体がだれかにつかまれて持ち上げられる感触。
 目を開けてみたけれど、さっきの閃光で目がくらんでいて何も見えない。
 あたしを持ち上げた誰かは、すぐにあたしの身体を床に降ろしてから、こんどはあたしの手を強く引いて走り出した。
「こっちだ!」
 あ、この声、さっきのスカウト第一弾さん。
 まだ目が見えるようにならない。言われるままに手を引かれて走ってくと、後ろで音がした。
 ぱん、ぱ〜ん。ひゅん、ひゅん。
 迫力ない音。そういえば、本物のピストルの音って結構迫力ないって聞いたっけ。
 ……って、ええっ? ピストル? もしかして本物っ?
 い、いやぁっ!
「きゃあぁっ!」
 あたし、悲鳴を上げてスカウト第一弾さんの腕にしがみついた。
 自慢じゃないけど、あたしゲームの戦闘は得意だけど、本物の戦闘なんてだいっ嫌い。ていうか、そもそも本物の戦闘経験なんてあるわけない。
 後ろからはまだピストルの音がする。あたし、音がするたびに悲鳴を上げながら、とにかく引っ張られるままに走りつづけた。
 ようやく目の前がぼんやりと見えるようになってきたとき、そこはエレベータの前だった。彼はエレベータの中に走りこんでボタンを押すと、すぐに走り出て、またあたしの手をつかんで、脇の階段を駆け上がり始めた。
「ちょ、ちょっとまってよ! もう自分で走れるから!」
 あたし、抗議の声を上げる。
「それなら、ついて来てくれ」
 そういうと、彼はあたしの手を離す。
 本当についてっていいの? と一瞬思ったけど、そのとき下のほうで、スカウト第二弾さんたちが走ってくるらしい音。
 しかたないか。あちらさんにつかまるよりはましな感じだし。
 あたし、彼の後について階段を全力で駆け上がった。
 ……でも、五階か六階まで上がったところでもうヘトヘト。息が切れて、足が上がらなくなってきた。彼はそれを見ると、何も言わずまたあたしの手を引いて階段を上がっていく。
 ううっ、運動不足ってつらい。
 走りながら、彼がもう一方の手で携帯電話みたいな機械を取り出して言った。
「……そうだ。十一F、E十五だ。今から一分後に準備頼む……」
 十一階まで上がったときに、彼は不意に階段を上がるのを止め、壁にはりついてぴたりと止まる。
「どうしたの?」と言いかけたあたしを、彼は人差し指を立てて黙らせた。
 そのとき、あたしもはっと気が付いた。階段を上から駆け下りてくる足音。
 もしかして、さっきの連中? 上からも回ってきたの?
 下からの足音も迫ってくる。どうしよう?
 彼の方をちらっと見ると、目を閉じてじっとしたまま動かない。ちょっと近寄って見ると、なんか数を数えてたりする。
 あたしがとにかく逃げ出そうとすると、彼は目を閉じたまま一言だけ、
「動くな」
とだけ言った。
 どうしよう? 信じてもいいの? この人を。もしかして、この人も彼らと同類とか、それともひょっとして、グル……ってことも。
 とまどっているうちに、階段の上と下から団体さんのご到着。
 うわ、絶対絶命。
 あたしたちを追い詰めた彼ら、今度は不用意に近寄らず、いっせいにピストルの狙いをつける。そしていっせいに、引き金を……。
 その瞬間、スカウト第一弾さんが前方に身を投げ出す。弾は後ろの壁に当たって跳ね返る。
「耳をふさげ!」
 声が聞こえたけど、はっきり言葉が聞き取れなかった。
「えっ、なによ?」
 次の瞬間、周囲にものすごい不協和音が響き渡った。あたし、悲鳴を上げて耳を両手で押さえる。あたしたちを取り囲んだ連中も同様に、耳を押さえた。
 ちらと彼のほうを見ると、左手になにか小さな箱型の機械を持っている。彼はその場のみんなが耳を押さえているすきに、近くの窓に走りよると、その機械を窓に当てた。
 言葉にできないような奇怪な轟音が鳴り響くと同時に、窓ガラスが粉々になって飛び散る。
「くそっ、音響銃か……」
 誰かがうめくように言ったのがかすかに聞き取れた。
 気がつくと、窓の外に上からロープが垂れている。彼はそのロープをつかんであたしに走り寄り、下端のフックをあたしのベルトに引っかけると、あたしの背中を抱き寄せて、
 窓から、飛び出した。
 えっ? 飛び出したってことは……ここって、空中なの?
 ひぇぇぇぇ!
 ダメっ! 下見ちゃダメよっ!
 あたしがパニクってると、あたしを抱きかかえてる彼が一言、「心配ない」ってささやく。その声を聞いて、ちょっとだけ気分が落ち着いた。
 気がつくと、上からバラバラって大きな音がしてる。首を向けてみると、あたしたちの上にヘリコプターが飛んでいて、ロープはそこから垂らされてる。
 まもなくロープがヘリコプターにたぐり寄せられて、あたしたちはヘリコプターの中に引っ張り上げられた。座席にぐったりと腰掛けて、ようやく落ち着いた気分になれた。
 横の座席に座ってる彼が、熱いココアのコップを差し出してくれた。遠慮せずにコップを受け取り、甘いココアをすする。ふぅ。やっと人心地ついた気分。
 冷静になって考えると、あの連中から逃げ回ってた間のあたしのみっともない行動を、いやでも思い出してしまった。ううっ、非常事態とはいえ、なんたる醜態。恥ずかしい。 それにしても……、あいつらって何者なの? それに、この人たちも。
 あたしの横で黙ってる彼の方を向いて、話しかける。
「それで、ねえスカウト第一弾さん?」
 彼、あたしの言葉にちょっとあごを落として振り向き、苦笑した。
「……なんだい、その呼び方は?」
「だって……、名前も聞いてなかったし」
 あたしがちょっとだけすねて見せると、
「タチバナ・ショウだ。キャラクターはショウ。キャラクターで呼んでいい」
「あなたもゲーマーなの? それじゃショウ、改めて聞くけど……、あの連中は何者なの?」
「……、フランス側か、中国側の手先だろうな」
「……? 手先ってどういうこと?」
 質問を続けようとしたあたしを、彼は手をあげて制止した。
「それ以上は、目的地に着くまで教えられない」
 ふう。ぜんぶ、後で説明なわけね。はいはい。
 あたし、それ以上の質問はやめにして、ココアをすすりながら考えをめぐらせる。
「そうだ、これだけ言っておいてもいいな。君は今、狙われている」
 狙われて……いる?
「君だけじゃない、世界中の『フィールド・エンジェル』のエキスパートプレイヤーは、いまは最重要人物だ。各国が奪い合っていると言っていい」
 どういうこと、なの? いったいなぜ、ゲームのプレイヤーが最重要人物で、各国が奪い合わなきゃならないの?
 大きな吐息をひとつ。
 なにがなんだかわからないけど、どうもとんでもないことに巻き込まれちゃったみたい。

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