フィールド・エンジェル 〜戦場の天使〜

       

 眼前の空中に浮かぶステータスサインが、『レディ』のグリーンに変わった。
 操縦ハンドルを握っていた右手を持ち上げて、三角形を描くジェスチャーをすると、仮想平面に装置の状況が投影される。系統、すべて正常<オーノル>オッケー。
 ハンドルを握りなおして、両手のハンドルを前方に押し出し、同時にペダルを蹴る。
 発進!
 あたしの『天使<エンジェル>』は、メインスラスターを吹かして、発進ラインに沿って加速する。射出口を通り過ぎ、母艦から数十メートル離れたことを確認して、それまで軽く踏んでいたペダルを思いきり踏み込む。
 メインスラスターが咆哮を上げ、機体が一気にフルパワーで加速する。操縦シートのベルトが身体を強く締めつけて、息が苦しくなってくる。
 左右のペダルの踏力を調整して進路を変え、遠方に見えるワープキャノンに進路を取る。メインスラスターの噴射音に、ビッチの違う姿勢制御バーニアの音が混じる。
「レボ!」
 コマンドワードをつぶやくと、眼前に球形のレーダーボールが投影され、機体周囲の状況を示す。第一目標のワープキャノンまでの距離は約二百キロ。第二目標の輸送艦はそこから百キロほど離れている。半径四百キロ以内に敵の姿はない。同時に、二番機から四番機までが編隊を保って飛行していることを確認する。
 他の三機の操縦者はどのレベルだろう?と一瞬考える。この作戦に参加しているからには、ゲストではないはず。ビギナーか、それともアドバンスか。アドバンスならば援護が期待できるけど、ビギナーははっきり言って邪魔でしかない。
「十六、ズーム!十七、ズーム!十八、ズーム!」
 レーダーボールにグリーンの点で表示されている味方機を、同時に表示される参照番号で指定すると、それらのクローズアップ映像が周囲に表示される。どれも、あたしの乗っているのと同じ形式の天使<エンジェル>だ。肩に付けられた、所属隊を示す虎のマークを確認する。二番機のマークはグリーン、三番機と四番機はブルー。つまり、二番機にはアドバンス、三番機と四番機にはビギナーの操縦者が搭乗しているということ。
「外部通信<エクスチャン>!……タイガー1よりタイガー。応答せよ<レス>!」
 編隊機への呼びかけに、各機が応答する。
「タイガー2、ここにいます<プレ>!すべて正常<オーノル>!」
「タイガー3、プレ!オーノル!」
「タイガー4、プレ!オーノル!」
 各編隊機の搭乗者が、標準略号<スターブ>で応答を返す。あたしがさっきから使っているのも、同じ標準略号<スターブ>。作戦行動中に長々と話している暇はない。言葉はなるべく短い方がいい、という理由で作られたもの。
「タイガー1よりタイガー。Aポイントに到着したら自動操縦解除<オートオフ>、合図したら編隊解除<セパ>。各自設定したポイントで待機。敵が出現した場合には、タイガー3とタイガー4は互いに援護しながら応戦。ただし、ポイントを離れすぎないように。タイガー2は、あたしとペア。以上」
「タイガー2、了解<ラジャ>!」
「タイガー3、ラジャ!」
「タイガー4、ラジャ!」
 目標点まで数分間、自動操縦による単調な飛行が続く。と言っても、気をゆるめている時間はない。敵はいつ、どこから出現するかわからない。レーダーボールを注視して、周囲の変化を見守る。
 透明に近いレーダーボールに輝く、いくつもの光点。球の中心に位置するやや大きな点が、あたしの乗っている天使<エンジェル>。その脇の小さな三つのグリーンの点が、編隊を組んでいる僚機。前方遠くに見える暗いグリーンは、目標のワープキャノンと輸送艦。これらの大型艦は点ではなく、実物のちっちゃなミニチュアとして見える。そのほかにも、いくつものグリーンの点とミニチュアがいくつか。障害物を示すグレーの点がいくつか。すべての点とミニチュアには、参照番号と各種データが一緒に表示され、移動ベクトルを示す矢印で彩られている。
 敵を示すレッドの光点はない。
 今回の任務は、アスタロス宙域に物資を輸送する輸送艦を護衛することだ。輸送艦はワープに不可欠なパールダストのほか、必要物資を積載している。もしこの輸送艦が破壊されれば、アスタロス方面での展開に大きな支障となるだろう。
 でも、輸送艦よりももっと重要なのは、ワープキャノンそのものだ。全長四キロ、直径二百メートルを越えるワープキャノンは、そう簡単に建造できない。一基でも破壊されれば、建造に膨大な資材を割かなければならないし、その間は一部宙域への輸送がほとんど不可能になる。
 それを考慮して、ワープキャノンは通常は装甲板とシールド発生装置で厳重に防護されている。だけど艦船の射出時には、一時的に装甲板もシールドも解除しなければならない。その時に攻撃されると、巨大で移動できないワープキャノンは極めて弱いのだ。
 最悪の場合、輸送船は破壊されても、ワープキャノンだけは守り抜く必要がある。
 目標点まであと一分。
 そのとき、レーダーボールにあざやかな赤が出現する。一、二、……、六。六つの赤い光点が探査域内、約百キロの距離に現れ、急速にこちらに迫ってくる。探査域の外から飛来してきたわけじゃない。ワープ空間から通常空間復帰<アウト>したんだ。
 まだ距離が離れているから種類は識別できないけど、ゾガードにまず間違いない。
「外部通信<エクスチャン>!タイガー1よりタイガー。敵機接近中<カミン>!六機<シックス>!レーダーボールを確認して<ウォーレボ>!」
「タイガー2、確認しました<コン>!」
「タイガー3、コン!」
「タイガー4、コン!」
 編隊機が状況を確認する。空気が一瞬にして緊迫感を帯びる。
「タイガー2よりタイガー1、編隊解除しますか<セパ>?」
「タイガー1よりタイガー。編隊解除はしない<ノーセパ>。まだよ!」
 そう、まだ早い。敵機はまだ射程外だ。射程内に入るまでに、こちらは目標点に到達できる。急いで分離しない方がいい。
 緊迫した数十秒が過ぎる。レーダーボールに輝く赤い光点は、急速に輸送艦に向かって飛行している。距離がみるみる縮まる。
 自動操縦装置<オーコン>が働いて機体を減速させ、輸送艦の速度に近づける。かなり速度が下がったところで、編隊は設定した目標ポイントを通過。レーダーボールを再確認。レッドの光点までの距離は二十キロ。タイプ、識別。ゾガードだ。
 今だ。
「タイガー1よりタイガー。今よ!自動操縦解除<オートオフ>!編隊解除<セパ>!各機個別に攻撃<ファル>!」
「タイガー2、ラジャ!」
「タイガー3、ラジャ!」
「タイガー4、ラジャ!」
 今まで編隊を組んで飛行していた四機は隊列を離れ、戦闘形態に変形。各自の戦闘ポリシーに従って、迎撃ポジションに移動する。
 さあ、いよいよ戦闘開始<パーティータイム>
 胸が踊り、身体がかっと熱くなってくる。
「展開<エクスパンド>!」
 コマンドワードを叫ぶ。あたしの天使<エンジェル>は飛行形態から戦闘形態……つまり、人間型に変形する。変形に要する数秒が経過してから、視野左側の仮想平面に変形完了の表示。すべて正常<オーノル>
 敵機、第一射程距離<スフィア>に進入。来る!
 ハンドルを握った右手を振り上げると同時に、目線で敵機の方角を示す。右目でウィンクして、照準ロック。指のトリガを引く。発射!
 天使<エンジェル>の右手に握られたプラズマライフルが火を吹き、まばゆい白光が前方に輝き、同時にレーダーボールにホワイトの軌跡が現れる。
 レーダーボールに映っている、ゾガードを示すレッドの点が動く。ばらばらに散開してホワイトの軌跡を回避してから、また編隊に戻って接近してくる。
 こちらの射撃はすべて回避された。問題はない、どうせ第一射程距離<スフィア>ぎりぎりではほとんど効果がない。最初から牽制射撃のつもり。
 ゾガード、高速で第二射程距離<スフィア>に進入。そのまま第三射程距離<スフィア>に迫ってくる。
 レーダーボールに輝くレッドの点が天使<エンジェル>に衝突するくらいに近づくと同時に、外部視野に見える豆粒のような敵機が瞬時に大きく拡大し、その姿を現わす。
 便宜上『敵機』と言っているけれど、ゾガードは本当は戦闘機じゃない。ゾガードは、人類とはまったく異なる異星人なのだ。身長は十メートル前後、天使<エンジェル>とだいたい同じ。身体は大まかに人間型だけど、異常に太く強靭な手足、牙と角の生えた頭、褐色の膚、そして背中には羽根に似た器官。全体として、伝説に出てくる悪魔によく似た姿。
 ゾガードの一体が正面から突進して来る。その右手が振りかぶられる。
 とっさにペダルを蹴る。バーニアの噴射音。横G。
 ゾガードの突き出された右手が瞬間槍のように伸び、天使<エンジェル>の左脇腹ぎりぎりをかすめる。後列ペダルを蹴って上昇、第三射程距離<スフィア>……つまり、格闘距離圏から離脱する。
 彼らゾガードは驚くべき強じんな肉体を持っている。人間のように戦闘機を必要とすることなく、ほとんど生身で宇宙空間で機動し、人類の天使<エンジェル>と互角に戦闘することができるのだ。いったいどんな体構造なのか知らないけれど、興味もない。重要なのは、どうすればこいつらを倒せるかと言うこと。
 上昇したあたしの天使<エンジェル>を目がけて、左右から新手のゾガードが襲いかかる。左右から振りかぶられる腕。機体をひねってかわす。右手のトリガを握って、プラズマライフルを一射する。右のゾガードが跳ねて、攻撃をかわす。
 ライフルを投げ捨てて、そのゾガードに突進する。そいつが槍のように繰り出す腕の攻撃をかいくぐり、ふところに飛び込んだ。相手が伸ばした腕を縮めるよりも早く、腹に渾身のパンチをたたき込む。ゾガードの顔が苦悶に歪み、悲鳴が聞こえる、ような気がする。
 ひるんだ相手の両脇腹を手のひらでしっかりと押さえて、左手のトリガを引く。天使<エンジェル>の両手が鈍い輝きを放ったかと思うと、ゾガードの脇腹が変色、変形し、見る間にちぎれる。内臓がはみ出す。吹き出す血。……もっともゾガードの血は茶色だし、人間の血とはまったく成分が違う。
 今のは天使<エンジェル>の武器の一つ、衝撃掌<ショックパーム>。手のひらから衝撃波を発して、相手を破壊する武器。
 相手はもう、戦闘不能。捨て置いて、他の相手をレーダーボールで探す。第二射程距離<スフィア>に二体。編隊機に向かっている。
 口笛でマイクロトピードのキーメロディーを吹く。発射機構、すべて正常<オーノル>。ウィンクして標的ロック。トリガ。発射!
 天使<エンジェル>の胸部発射口から射出されたマイクロトピードが、目標のゾガード二体に向かって飛ぶ。口笛のキーメロディーでプラズマライフルを取り返して、マイクロトピードを回避しようとしたゾガードに向かって連射。一体が胸部を撃ち抜かれて、戦闘不能になる。もう一体はかろうじて避け、標的をこちらに変更して迫ってくる。
 そのとき、目元に警告サイン。後ろ!
 避ける間もなく、接近したゾガードの腕が後ろから襲いかかる。その鈎爪が、左肩をかすめた。損害表示に、肩に受けたダメージが映し出される。装甲板破損。内部系統に異常なし。
 ペダルを踏み込み、メインノズルを噴射して相手から離れる。噴射の勢いで相手は吹き飛ばされ、いっきに距離が離れる。反転して、ライフル射撃。相手の回避方向を予測して、再度メインノズルを噴射して突っ込む。伸びてくる腕を、左腕前面のアームシールドで受け流す。
 ふところに飛び込んで、パンチの一撃……。だけど、相手はそこにいなかった。どこ?
 下!とっさにペダル。上昇。相手の伸びた腕が、脚部の装甲を切り裂く。
 いったん横に飛んで、相手の射線から出る。機体を反転して、ライフル。一瞬遅く、相手は射線から消えている。
 こいつは、強い。相手の得意な格闘戦でやり合うのは不利だ。
 メインノズルを噴射して、全速で離脱する。相手の射撃を、不規則なバーニヤ噴射で避ける。
 ひとまず第二射程距離<スフィア>に敵がいなくなったことを確認してから、あたしは戦況を見渡す。タイガー2は、ゾガード一体をちょうど倒したところ。タイガー3と4は予想通り、敵から逃げ回るだけで、戦闘の役に立ってない。しょせん、ビギナーね。タイガー4にいたっては、すでに片腕を失い、片足のバーニアも破壊されていて、戦闘不能に近い状態だ。
「外部通信<エクスチャン>!タイガー1よりタイガー4、損害状況を報告<ダレポ>!」
 いちおう状況を聞いてみる。
「タイガー4よりタイガー1、片腕を失いました<ワンアームロス>。機動能力低下<ローアクティヴ>。戦闘続行は可能です<ポシファイ>
「タイガー4へ、無理しなくていいわ。離脱しなさい」
「タイガー4、ラジャ」
 応答する声に緊迫感はない。そもそもビギナーは加速も痛みも感じないから、気楽なもの。
 輸送艦はすでに、ワープキャノンの基部に接近している。円筒状のワープキャノンの片端の大きなハッチが開き、輸送艦の進入を待っている。あと数分で輸送艦は射出される。それまで、守りきればいい。
 あたし、ふっと小さな苦笑をもらす。戦闘に熱中しているとつい忘れてしまうけど、任務は輸送艦とワープキャノンを防衛することで、敵を全滅させる必要は全然ないのだ。
 ワープキャノンの周囲を防護しているイーグル小隊は、いまだ待機中。レーダーボールで、ワープキャノンを取り巻く五つのグリーンの光点が確認できる。
 ゾガードの残りは三体。こっちの戦力は実質的に二機だけど、輸送艦がワープキャノンに到着したから、防護目標はワープキャノンだけになった。ゾガードが攻撃してくれば、イーグル小隊の五機も応戦に加わる。
 この戦力差ならば、あと数分守りきるのは楽なもの。……もっとも、敵の第二波が来なければの話だけど。
 輸送艦がワープキャノンに進入し、巨大なハッチがゆっくりと閉じていく。眼前の仮想平面に、射出までのカウントダウンがデジタル表示される。
 あと五分。
 射出に備えて、ワープキャノンの発射口をふさいだ装甲板が開いていく。周囲をおおうシールドはすでに解除されている。
 レーダーボールで、ゾガードの動きを確認する。二体がタイガー2と交戦中だけど、明らかに彼らは退こうとしている。もう一体はすでに第一射程範囲<スフィア>近くまで後退している。間違いなく、不利を悟って退却を開始したんだ。
 もう大丈夫だと思うけど、タイガー2の援護に向かう。ペダルを踏み込んでメインノズルを噴射、一気に距離を詰め、第二射程距離<スフィア>に入る。
 タイガー2と交戦していたゾガード二体は、新手のあたしが接近してくるのを見ると離脱に転じた。逃げる姿に向かってライフル射撃。ゾガードは射撃を避けながら、第一射程距離<スフィア>から出ようとする。
「外部通信<エクスチャン>!イーグル1よりタイガー1、敵機接近中<カミン>!新手、ヌールだ!レーダーボール確認<ウォーレボ>!」
 不意に、イーグル小隊から通信が入った。
 レーダーボールを見る。ワープキャノンをはさんでこちらと反対側に、新たなレッドの光点が八つ。
「二十六、ズーム!」点の一つを指定して、拡大表示。
 仮想平面に映し出された拡大映像には、半透明の繭に包まれた、翼を広げた鳥のような姿が写る。ヌールだ。もう一つの異星種族。
 戦闘コンピュータが敵機の移動ベクトルを検知すると、赤点に矢印が付加される。敵機はまっすぐにワープキャノンに向かっている。イーグル小隊は、すでに迎撃体制。
「外部通信<エクスチャン>!タイガー1よりタイガー。敵機接近中<カミン>!八機<エイト>、ヌール!」
「タイガー2、確認しました<コン>!」
「タイガー3、コン!」
 編隊機が応答する。タイガー4からの応答はない。すでに戦線を離脱している。
 とっさに戦術を検討する。ヌールは第二射程距離<スフィア>での戦闘を得意とする。彼
らの遠距離攻撃は強力じゃない。それなら、ワープキャノンから少し距離を取って迎撃。突入してくれば、第三射程距離<スフィア>の格闘戦に持ち込むのが有利だろう。よし!
「タイガー1よりタイガー!全機ワープキャノン前面に移動して迎撃。敵機が突入してきたら格闘戦に。第二射程距離<スフィア>での戦闘は避けるのよ!」
「タイガー2、ラジャ!」
「タイガー3、ラジャ!」
 イーグル小隊はすでに、ワープキャノンと接近してくるヌールの間の迎撃ポジションに移動している。あたしたちタイガー小隊も、合流するためにそちらに飛行する。
 ちらりとカウントダウンを確認する。あと四分二十秒。
 ヌール編隊、第一射程距離<スフィア>に進入。イーグル小隊が攻撃を開始する。プラズマライフルの射線と、マイクロトピードの軌跡が、ヌールに向かって迫る。ヌールはまっすぐ突っ込んでくるから、射程距離ぎりぎりでも命中率は高い。
 でも、命中したライフルの射線も、トピードも、ヌールの周囲を包む繭にはじかれ、打撃を与えられない。エネルギーを吸収した繭が一瞬、明るく輝く。
 ヌールは、人類ともゾガードともまったく異なる形態の異星人だ。人類のような高度な機械も、ゾガードのような強じんな肉体も持たない。その代わりに恐ろしく強力な精神力を持ち、その力で自分のまわりに肉体を守る繭を作りだし、宇宙空間で機動し、攻撃することができる。
 あと三分。
 キーメロディーをハミングして、サイフレアを発射準備。発射機構、すべて正常<オーノル>
 ヌール、第二射程距離<スフィア>に侵入。
 同時に、彼らの翼が赤く輝く。紫色の繭を通して見える彼らの姿は、陽炎のようにゆらめく。ヌールが精神力を集中させている。
 左手のトリガを引いて、サイフレアを噴射する。天使<エンジェル>前面の発射口から散布された微細なサイフレアの粒子が、天使<エンジェル>の前に拡散する。
 次の瞬間、ヌールの繭に無数の光点が輝く。その光点は繭の一点に向かって流れ、そこからビーム状になって発射される。ビームはサイフレアの層によって拡散、中和されるけれど、その威力の一部は天使<エンジェル>をとらえる。コクピット内に警告サインが投影され、仮想平面に天使<エンジェル>の状況が示される。ヌールの精神攻撃によって、機体各所に過荷重が発生している。サイフレアなしで受けたら、機体のあちこちがちぎれているだろう。
 ペダルを蹴って、ヌールの編隊に突進する。ヌールはこちらの第三射程距離<スフィア>に入ることを避け、迂回しながらワープキャノンに接近を試みる。格闘戦は不利と見て、離れて攻撃するつもりだ。
「イーグル1よりイーグル!全機、格闘戦に持ち込め。ワープキャノンに近づかせるな!」イーグル小隊長が、編隊に指示を出す声が聞こえてきた。
「タイガー1よりタイガー!全機、格闘戦!」あたしも、自分の小隊機に指示する。
 とは言っても、接近しようとするとヌールは素早く逃げ、なかなか第三射程距離<スフィア>に入れない。逃げながらも、じりじりとワープキャノンに接近し、攻撃可能距離に入ろうとしている。
 こちらの数の方が多ければ、敵一体に対して複数の天使<エンジェル>で包囲する方法が取れるんだけど、数は八対八。すべての敵を包囲することができない。
 あと二分。
 ワープキャノンに向かって飛行する一体を、後ろからライフルで射撃する。同時にマイクロトピードをロック、発射。そのままペダルを蹴って、天使<エンジェル>を最大戦速で突進させる。敵がライフルとトピードを回避したすきに、第三射程距離<スフィア>に入り込む。
 至近距離からライフル射撃。ヌールのまわりの繭がエネルギーを吸収して、輝く。連射……だけど、相手はすっと身をかわして避けている。
 繭の表面に光の波が起こり、翼が赤く輝く。とっさに左手のトリガを引く。サイフレア。
 次の瞬間、外部視野が歪んだ。レーダーボールが、でたらめな情報を投影する。精神攻撃を感知して、警告サインが眼前で点滅する。
 ペダルを蹴って、サイフレアを噴射しながら全速後退。ようやく視野が正常に戻ると、ヌールは第三射程距離<スフィア>を離脱し、再度ワープキャノンに進路を向けている。
 ヌールの精神攻撃から防御する手段がサイフレアしかないっていうのはもどかしい。
「イーグル3、戦闘続行不能<インポシファイ>……」不明瞭な通信が入る。レーダーボールでグリーンの光点がひとつ、またたいて消える。破壊されたんだ。操縦球は無事みたいで、マーカー信号は発している。
 続いて、もうひとつ。タイガー3の光点も消滅した。
 相手がいなくなったヌール二体が、ワープキャノンに向かって突進する。まずい。
「タイガー1よりタイガー!標的二十九と三十一を追撃!撃たせないで!」
 タイガー2に指示して、追撃に移る。メインノズル全開で、前方のヌールに追いつく。
 でも、ヌールの向こうにはワープキャノンがある。射撃が外れれば、ワープキャノンに命中してしまう。
 天使<エンジェル>のライフルの一発や二発では、巨大なワープキャノンにはどうといった損害ではないはず。でも、艦船射出時のワープキャノンは、エネルギー的に不安定な状態になっている。当たった場所が悪ければ、何が起こるか分からない。
 となれば、この手か。
「タイガー1よりタイガー2!援護して!」
 通信を送ると同時に、ワープキャノンに迫るヌールをレーダーボールでロック。トリガ。マイクロトピードを発射。同時に、
「収縮<シュリンク!>
 コマンドワードを叫ぶ。ペダルを蹴って、メインノズル全開のまま飛行形態に変形させる。
 飛行形態に変形した天使<エンジェル>は、ほとんどの武器が使用不能になる。その代わり、飛行速度は大幅に上がる。
 間に合うか……?
 ペダルを床にめりこむくらいに踏みつけ、メインスラスタ全開でヌールに迫る。ワープキャノンに向かって直進するヌールが、ワープキャノンを第二射程距離<スフィア>に収めようとしたとき、あたしの発射したマイクロトピードが後ろからヌールに迫った。
 ヌールがマイクロトピードをかわした瞬間、あたしはトピード自爆のキーメロディーをハミング。二発のトピードはヌールの繭のすぐ脇で爆発し、閃光とともにサイフレアを散乱させる。そう、いま発射したのは普通のトピードじゃない。弾頭にサイフレアを詰め込んだ、対ヌール用撹乱兵器。
 周囲にまき散らされたサイフレアは、ヌールの精神エネルギーを散乱し、数秒間の間だけ効果的な攻撃も索敵もできなくする。
 そのすきを逃さず、あたしは天使<エンジェル>を飛行形態のまま、ヌールの繭に突っ込ませる。
 飛行形態の天使<エンジェル>の先端は、ちょうど衝角<ラム>のようにとがった矢型で、装甲でおおわれている。その衝角が繭に突き刺さった。繭の表面に白い閃光が走り、機体に加わった過圧に、眼前に警告サインが光る。次の瞬間繭が切り裂かれ、衝角はヌールの本体に突き刺さり、真っ二つに切り裂いていた。かすかにぐしゃっとした感触。精神力で維持している繭さえ切り裂けば、ヌールの本体は人間と同じくらいぜい弱な身体に過ぎない。
 ヌールの本体が死んだ瞬間、繭は光の粒と化して消滅し、本体はばらばらの肉塊となって飛び散る。
 ほっとする間もなく、眼前にワープキャノンの巨体が迫る。
「自動回避<オーコン>!」
 コマンドワードを叫んで、自動回避に切り換える。こういう場合には、戦闘コンピュータに操作させた方がてっとり速い。最適の回避コースが瞬時に計算され、メインスラスターとバーニアが自動的に噴射し、衝突を回避する。
 ワープキャノンとの衝突コースを回避してから、再度操縦を手動に切り換え、
「展開<エクスパンド>!」
 戦闘形態に復元する。
 ……やっと一機撃墜、か。
 再度戦況を確認する。味方の残機は五機、敵は六機。敵のうち一機がワープキャノンに接近していて、タイガー2が応戦している。その他はワープキャノンからは離れている。
 あと一分。
 ワープキャノンに近い一機さえ撃破すれば、ほかの敵機は問題ないだろう。タイガー2を援護するために、そちらに進路を向ける。
 タイガー2と対戦中のヌールに、背後からライフル射撃。第一射程距離<スフィア>だから、命中しても損害は与えられないけれど、注意をそらせればいい。
 ペダルを踏みつけて、全開でヌールに迫る。第二射程距離<スフィア>に進入。トリガ。発射されたマイクロトピードが、ヌールを追尾する。
 狙われたヌールは、攻撃を回避しながらワープキャノン射出口に進路を変える。戦闘コンピュータで敵の進路を予測、到達点に進路を向けて先回りする。
 ライフル、ロック。発射!
……トリガを引こうとした瞬間、目元にいくつもの警告サインがきらめく。反射的にペダルを蹴る。一瞬前まであたしのいた場所を、精神攻撃波が閃光を発して通過する。
 危険域を離脱してから振り返る。新手のヌールが四体。隊列を組んで迫ってくる。
 四体のヌールの繭が輝く。とっさにトリガを引く。サイフレアを噴射しながら回避。
 次の瞬間、サイフレアの霧にビームが突き刺さる。精神攻撃の余波を受けて、天使<エンジェル>の機体がぶるぶると震える。
 くそっ、あと少しなのに!
 タイガー2が、四体に向けてライフルを発射する。四体のヌールは一瞬隊列を広げてビームを回避し、すぐに元の隊列に戻る。高度に訓練された部隊だ。
 二対五ではあまりに不利。レーダーボールで、ほかの味方機の状況をちらりと確認する。だけど、他の機は残りのヌールに足留めされていて、こちらに援護にくることはできないみたい。
 なんとか、この二機で守り抜くしかない。
 あと五十秒。
 どうする?あたし、瞬時に考えをめぐらせる。
 やっかいなのは、ヌールの精神攻撃はヌール自身には効力がないってこと。つまり、彼らはどんなに接近して戦っても、同士討ちをする危険がないのだ。
 よし。こうなったら、奥の手。
 あたし、天使<エンジェル>を最大戦速で飛ばし、ワープキャノンの発射口の方向に離脱する。同時に、タイガー2に指示を与える。
「エクスチャン!タイガー1よりタイガー2。編隊を組んで<フォム>!」
「え……?……タイガー2、ラジャ!」
 この状況で編隊に戻るというのは、普通の戦術ではない。タイガー2は一瞬躊躇するけど、指示に従う。作戦行動中は、小隊長の指示は絶対。
 タイガー2が編隊を組んだのを確認して、あたしは新しい指示を送る。
「タイガー1よりタイガー2、全トピードポッドにサイフレア装填!マーク一三○・二六一に全弾発射!」
 あたしも自分の天使<エンジェル>で同じ操作を行い、二機の天使<エンジェル>はありったけのトピードにサイフレアを装填し、ヌールの編隊に発射する。
 あと四十秒。
「タイガー1よりタイガー2、後に続いて<フォロ>!」
 指示を叫ぶと同時に、メインノズルを全開。ヌールに向かって突進する。
 ヌールたちは、トピードから散乱したサイフレアの散布を避けて、ワープキャノンから離れた方向に移動している。そう、トピードはちゃんと計算して射出したの。ヌールにとって、自分の精神波を妨害するサイフレアは極めて不快なもの。人間だったら、空中にコショウを散布されたみたいなもの、かしらね。
 ヌールの回避方向を予測していたあたしは、ライフルの照準をロック。
「タイガー1よりタイガー2!あたしの示す標的を射撃<ブマータ>!全火器を使用<オーポン>!」
 同時に、自分でも両手のトリガを引く。
 二機の天使<エンジェル>から発射されたプラズマ流とトピードが、ヌールの編隊に迫る。
 四体のヌールは、中距離のプラズマ射撃を繭で受け止め、軽妙な機動でトピードをかわす。敵にダメージはなし。だいじょうぶ、それは計算のうち。
 あと三十秒。
 さあ、ここが問題。彼らが怒って、こちらに向かってくるかどうか。
 もし向かってこなければ、この作戦は失敗。
 天使<エンジェル>を転回させ、ヌールから逃げ出す。タイガー2はあたしの操作にぴったり合わせて、自分の天使<エンジェル>を転回させて後ろにつく。なかなかの腕前。
 レーダーボールを確認する。こちらの攻撃を回避したヌールは、一瞬躊躇したようすを見せてから……、
 後ろから、急速にあたしたちに追いすがって来た。
 しめた。少しだけ、口もとがほころぶ。
 あと二十秒。
 あたしたちは、そのままメインノズル全開で、ワープキャノンの先端に向かって突進する。
「タイガー1よりタイガー2。次に合図したら、収縮<シュリンク>して、指定の方角に全速で離脱」
「タイガー2、ラジャ!」それから、
「そうか、そういうことか……」付け加えた。
「そういうことよ!」
 あと十秒。
 さて、ここはタイミングが重要。一秒でも狂ったら、それまで。
 全神経を集中して、レーダーボールと時計をにらみ付け、タイミングを計る。
 今だ!
「今よ!」
 タイガー2に指示すると同時に、コマンドワードを叫ぶ。
「収縮<シュリンク!>
 二機の天使<エンジェル>は飛行形態に変形。一気に速度を増し、ヌールとの距離を広げる。
 攻撃体制に入っていたヌールは一瞬あわてたようすを見せてから、やはり加速して追いすがってくる。
 四秒前。三秒前。
 ワープキャノンの巨大な発射口が間近に迫る。
 二秒前。
 二機の天使<エンジェル>は、発射口の直前を通り過ぎる。一瞬、発射口の奥に光がきらめいているのが目に入る。
 一秒前。
 後を追うヌールが、発射口の前にさしかかる。
 ゼロ!
 そのとき、発射口からまばゆい紫色の光がほとばしる。
 光は発射口から霧のように広がり、ヌールの編隊を包み込んだ。その姿がかげろうのようにゆらめくと、次の瞬間光のしずくとなって消滅する。
 やった!
 ワープキャノンから発射されたパールダスト粒子に飲み込まれたのだ。パールダストに包まれた物質は、そのままワープ空間に送り込まれてしまう。彼らがどこに飛ばされるのか、神さまにだって分からない。
 次の瞬間、パールダストの雲に包まれた輸送艦が、発射口から弾丸のように射ちだされ、光のしずくとなってワープ空間に消滅した。
 ……ふう。
 あたし、大きな吐息をひとつ。
「タイガー1よりタイガー2。自動操縦<オートオン>。帰投するわ」
 指示を与え、自分の天使<エンジェル>を自動操縦に切り換えると、ぐったりとしてシートに身体を沈めた。

Syo!の落書き帳