サージ・タンク
仮に、エンジンの燃焼室を教会だとすれば、新婦たる燃料と式を上げるために、新郎である空気が暫しの
休息を取るための控えの間とでも言えばいいだろうか。位置的にはインター・クーラーとエンジンの中間
(下の模式図におけるS)に有る、単なる空気タンクである。
なんで燃焼室の手前に空気タンクが必要かと言えば、インター・クーラーの説明で引き合いに出した
気体の状態方程式を見直すと解りやすい。
P(圧力)×V(体積)=n(分子の数)×R(気体定数)×T(温度)
上式において、インター・クーラーは右辺側の議論だったが、サージ・タンクは左辺側の議論である。
上の模式図において、エンジンはV(体積)を一定に保ち、P(圧力)を変化させる事で出力を得ている。
ところがターボとは、飛行機のジェット・エンジンに付いているコンプレッサーを持ってきた物だから、
エンジンとは逆に、P(圧力)を一定に保ち、V(体積)を変化させる働きをする。そこでエンジンに
導く前に、例によって掛け算の組み合わせを変更(例えば 2×12 を 8×3 に)する必要があるわけだ。
そのために一定容積の空間を用意した。それが サージ・タンク である。
なお、サージ・タンクはプレナム・チャンバー(インダクション・チャンバー)とも言うそうである。
1987年、1988年のF1では、ここにPOV(ポップ・オフ・バルブ)が装着された。
POVはレギュレーションで決められた過給圧よりも多く過給した場合に、吸気圧力を放出してしまう意地悪
な仕掛けで、ウェイスト・ゲートとは違って貯蓄没収装置である。FISA の趣旨では「基本的にPOVは作動
しないように運用されるべきであり、それがエンジン・メーカーの務めだ」という事だったそうだ。
POVは、2001年のCARTで騒動を起こしたあれである。何でもシーズン前にあって、各チームは参加車
におけるプレナム・チャンバーの設計図をCART主催者に提出し、承認を得るそうである。その意味で
ホンダに少しも違反は無かったのだが、トヨタに言わせれば「ホンダとフォードはプレナム・チャンバーに
特殊な形状を施し、POVの直下に低圧領域が生じる細工があって、POVに実際より低い圧力しか作用
しないようにした」のだそうで、トヨタがホンダを告発した。この告発を真に受けた主催者は第7戦から
19ミリのスペーサーをかませた新型POVを各チームに配布した。その追加処置によって、折角稼ぎ出した
70馬力を殺ぎ落とされたホンダとしては「設計図はシーズン前に承認されていた」と抗議した。事態は
二転三転し、玉虫色の主催者に呆れ返ったCART観戦人口が、結果的に他に流れていった。
問題は、「設計図を提出しろ」などと御大層な事を言った主催者ではあるが、彼らの技術知識は地に落ちた
もので、各チームの設計を読み取る力が無いのだ。そのために盲判を押していたわけだ。その証拠にトヨタの
告発も充分審議しないでスペーサー付きPOVを採用したから、第10戦からは元の規則に戻したりする。
トヨタも「目糞、鼻糞を笑う」ところがある。と言うのも空力テストセッション(参加チーム少数)の時、
新型POVをテストした上で、対策エンジンを第7戦に持ち込んだのだ。ただし結果は、第7戦でフォードの
エンジンが勝ち、続く第8戦、第9戦を征したのはホンダのエンジンだった。
(Fulcrum 著)