戦いの果てに勝ち得たもの

 人間に例えるならば、それこそ心筋梗塞の発作とも言えるノッキングの対策に、ルノーがどのような

アプローチをしたか。これこそがドラマだと考えて資料を漁った。確かに詳細な文献は見つかった。しかし

それらは、ルノーの尻馬に乗って群雄割拠した後発組が、「ルノーを出し抜くためにどうやったか」を綴った

ものに留まった。そのためターボF1が、ノッキング対策とノッキングの原因となる馬力向上をどのように

勝ち得たかを見ていくことにする。「馬力の歴史は回転数の歴史である」という格言に基づけば、高回転化

体積効率の向上が馬力向上のカギであろう。

  

 バルブ挟み角を狭くした事で、燃焼室がコンパクトに出来た事は、上死点時における燃焼室の表面積を容積

で割った値、すなわちS/V比が小さい事を意味し、冷却損失(圧縮時に燃焼室から外に漏れる熱量)が減少

する。これはノッキング対策を行う上で有利に働き、エンジンの外形も小さく納まった。

 愛煙家ならば誰でも御存知だろうが、タバコに火をかざしても瞬時に火が付くものではなく、しばらく暖めて

やらなければ、燃え上がらない。つまり熱が伝わるには時間がかかるのである。とすれば自己着火が起こる前に

正常な燃焼を終了させればノッキングは起こらない筈である。また、火炎伝播に偏りが無い事が条件だ。

燃焼室がコンパクトである事は、火炎伝播距離を短くできる点で、高速燃焼に有利である。

 静止している新気における火炎伝播速度は、20 m/sec 程度だが、10,000rpm 以上の回転数でまわす事を

前提にするなら、90 m/sec に達しても不思議ではない。この火炎伝播速度を実現するには、新気を攪拌して

やる必要がある。そこで吸気行程の時に、タンブル流(縦方向の渦流)を作るわけだ。流入抵抗はタンブル流

発生を阻害するから、吸気バルブ径を大きくする事には意味がある。また、タンブル流を形成する上で支配的な

要素はバルブ挟み角で、αが大きいと理想的な気流が発生しない。吸気ポートの内側(燃焼室の中央側)の速い

流れが7割、外側の遅い流れが3割程度で流入する角度だと、燃焼室の隅々まで気流が行き渡り、燃料と空気が

均一に混合する。22゜< α < 28゜が理想のバルブ挟み角だろう。

燃焼室内を攪拌する効果は、タンブル流の他にスキッシュがある。スキッシュは圧縮行程の終盤に、燃焼室の

周辺部に有った新気が、中央に押し出される効果である。周辺部の新気を上げて寄せるスキッシュは、周辺部

の新気を冷却し、自己着火の抑制を期待できる。

 一旦着火すると、新気は火炎が燃え広がるほど周辺部に追いやられて圧縮する。そのため体積が小さくても、

高密度な気体となっており、発熱量も周辺部の方が大きい。従って、燃焼室の周辺部は、可能な限り容積を

小さく抑える事が得策で、ここの部位をスキッシュ・ゾーンと呼ぶ。

 

 正常な燃焼では、上死点直後に熱発生が最大となり、上死点後30゜(クランク・シャフトの角度)で燃え

尽きる。つまり、ルノー・EF1エンジンの場合は 5.7 mm ピストンが降下した時には燃焼が終了している

ポルシェがシリンダー・ヘッドだけを水冷し、残りを空冷しているのは、けして手抜きではないのだ。なにしろ

8割の熱がシリンダー・ヘッドから放出されるのである。排気バルブや点火プラグの近傍を重点的に冷却し、

吸気バルブは弱冷する事で、燃焼室の温度分布を均一にすれば、ノッキングの防止に大きく貢献する。

 排気バルブは、過熱の防止が必要だが、逆に排ガスの噴出し圧力を期待できることから、バルブ径を若干

小さく出来る。その分、吸気バルブのバルブ径を大きくするのがセオリーである。

 

 摩擦損失が有ると、出力低下が起こるだけではなく、部品そのものがストレスを溜め込む事になる。部品が

ストレスを溜め込むという事は、その延長に破壊が起こる。だからエンジンを壊したくなければ、摩擦損失の

低減に努めなければならない。とりわけピストンの溶損は大問題である。

 ピストンの溶損対策として、より確実な潤滑と冷却がある。それまでも潤滑を目的として、ピストンの裏側や

シリンダー内壁の摺動部にオイルを噴霧する事は行っていたが、ピストンの裏側に、直接オイルを噴射する事で

油冷を併用している。

(Fulcrum 著)