ロール剛性とロール・センター
厳しい規則で縛られている中で、デザイナーの真の腕の振るいどころは、サスペンションの設計である。
現在(かなり早い時期から)は、平行リンクを応用したダブル・ウィッシュ・ボーン方式に終着したが、上下
のアームが等長で平行だと、旋回時に車体が横に傾斜した場合に車輪も同じ角度で傾いてしまう。
そこで旋回時に車輪が地面に垂直な姿勢を維持しうる、不等長で非平行ダブル・リンクのサスペンションが
必要となる。このタイプの欠点は、直進時に路面の凹凸を拾って車輪が上下した時に起こるキャンバー変化が
避けがたいが、旋回と異なり一時的なものだから、大きな問題ではない。
サスペンションのジオメトリー(幾何学的なリンク長と支点位置)によって影響を被る因子は、旋回時に
おける車体の傾斜を抑制する効果、つまりロール剛性である。
また、旋回時に移動した荷重が前輪と後輪に配分される比率が問題となる。これは前後のジオメトリーに
おける相関関係で決まるが、意外と大きな影響を及ぼす。垂直荷重は外側の増加分と内側の減少分の絶対値が
等しいが、コーナーリング・パワーは荷重増加の2/3乗に比例するため、外側の増加分よりも内側の減少分
の方が大きくなる。つまり荷重が左右に移動するとコーナーリング・パワーの合計が減少してしまう。
前側のロール剛性を高めれば、外側の前輪に移る荷重が増加し、外側の後輪に移る荷重は減少する傾向がある。
1960年代は、上記の物理現象をロール・センターとロール軸を使って説明したそうたが、1970年以降は
あまり流行らなくなった。しかし、理解を助けるのに有効な手段である事に変りは無い。
上図はF1の車体を正面から見た図である。ロール・センターとは、遠心力が働いた時に、傾斜(ロール)の
回転中心となる点の事で、上図では点M がこれに相当する。サスペンションは、上下のアームの延長線の
交点P(瞬間中心)を中心に屈伸する。ロール・センター点M は、車輪幅の中央が地面と接する点と交点Pを
結ぶ線上に有り、かつ車体の中央に位置する。
ロール角の大きさは 重心点とロール軸の間の距離d×遠心力の大きさ に比例するのでロール・センターが
低いとロール剛性も小さくなる。仮にロール・センター点Mが重心と一致すれば、遠心力の大小に関わらず全く傾かない
車体となるが、これでは不都合である。なぜなら高めのロール・センターの場合、クルマがコーナーリング限界に
近づいた事が、ドライバーにとって判り辛いためである。
上図を見ると、ロール・センター点M が高い位置にあると交点Pも高い位置になるため、旋回時には外側の車輪が
外に傾く(ポジティブ・キャンバー状態)ので車体が持ち上がる。結果的にコーナーリング・フォースが
激減する。 従って、リア側のロール・センターが極端に高い市販車では、旋回中にアクセルを放すと荷重が前に
移動して強いオーバー・ステアを示す。
しかしF1のように前輪より幅が広い後輪を履いた場合は、前輪よりも後輪のコーナーリング・フォースが
極端に大きいため、アンダー・ステアになる。これを緩和する目的でロール軸(前後のロール・センターを
結ぶ直線)を前傾させるのがセオリーのようだ。
これは、あくまでも後輪駆動を前提とした考え方である。
つまりサスペンションは、こういう点に設計上の難しさが有って、すべからく高次元の妥協を迫られるのだ。
(Fulcrum 著)