腹持ちの良い飯

 古き良き1500cc時代には、馬鹿でかいウイングをつけた1970年代のクルマとは比較にならないほどソフトな

サスペンションを備えていた。1970年代には、どんどんスプリングはハードなセッティングになってゆくが、

まだ救いが有った。

 当時のクルマの重量は、燃料が無い場合で580kg、タンク容量が170kgである。そのため燃料が空と満載では

重量の差が20%に至る。下手をすると出走時と比べて、終盤では3cm近く車高が上がる事も有りうる。となると

ロール・センターは車高変化の2倍上がるから、操縦性に影響しないわけがない。また燃料の残量によって

重心位置が移動する事は、正しくヨー慣性モーメントに影響が出る。そこで燃料の残量に関わらず、一定の

ヨー慣性モーメントを得るにはタンクを重心位置に置くしかない。ウェッジ・シェープが流行りだす直前に

コクピット脇を大きく膨らました子持ち魚のようなスタイリングに人気が出た理由である。

 燃料タンクと言うとアルミの箱を連想するが、ことレーシング・カーに関する限り、ゴム製の袋を車体の

隙間に押し込む場合が多い。形状が馴染むので無駄が無い点と、ぶつけても燃料の流出が少ないという利点が

ある。1978年までは、燃料バッグを3つ積むのが流行で、そのうちの一つはエンジンに導く集合用であった。

だから、この時代のクルマは給油口が左右に二つ備えたクルマが多かった。しかしロータス72E を見る限り、

給油口は一つだけである。これはチャップマン先生新しい物好きで、開発されたての発泡樹脂充填式

よる一体成形タンクである。

 

 頼りなく感じるが、レースは350km程度の短距離で行われるため、タンクと限らず、特にエンジンは400kmも

走ると故障するように作ってある。逆に言えば耐久性を度外視するからこそ、軽い車体が作れるのである。

 ところが第二次大戦を生き延びた例の日本人技術者は、アメリカの機関銃で撃たれても怯まないクルマを

夢見たようで、燃料バッグを8つも載せて走らせた。とんでもない大将を仰いだレース監督の中村 良夫 氏は

この事で進言を繰り返したが、大将の顔には何処に耳が付いているのか見つけられなかったようだ。

 中村 良夫 氏の後日談によれば、米軍規格に適合した横浜ゴム製の航空機用燃料バッグでは考えられない

ことだが、英国製の安いレース用の燃料バッグでは、成型時に出来たバリが後から後から出てきて、それが

キャブレターに詰まって苦労した話がある。                     (Fulcrum 著)