窓際族にも役割を
飛行機にとって車輪は大切であるが、飛んでいる最中は「ただの荷物」である。レーシング・カーにとって
燃料タンクは必要だが、その実、荷物でしかない。この燃料タンクに生産的な役割を課したデザイナーがいる。
元々ブルース・マクラーレンの下でNo.2のデザイナー(No.1はマクラーレン自身)だった彼は、クールで
理論的な設計戦術家である。この男、ロビン・ハードは、アイデアの豊かさではチャップマン先生にひけを
とらないが、まだこの時点では花開くところに至ってなかったようである。
超音速旅客機コンコルドの設計メンバーだったロビン・ハードが、友人と共に立ち上げた新会社が、例の
マーチ・エンジニアリングだが、マーチの処女作が701、今で言うウィング・カーの始祖鳥 注)である。
マーチ 701
サイド・ポンツーンを燃料タンクにする代わりに断面形状を翼型にした。写真の映り込みを見るとはっきりと
わかる。ただしダウン・フォースは専ら前後のウィングに頼っているようで、このような形状では頼みの秘策
グラウンド・エフェクトは、さほど期待できなかった事を伺わせる。
奇しくもロータス72と同じ年に現れた事もあるが、まだラジエーターが車体の最先端に陣取っている。
サイド・ポンツーンをうんぬんする前にラジエーターの配置をどうにかすべきだろう。それにしても崇高な
発想の基に作られたにしては間抜けた構成だ。
それに空力をうたうならば、冷却水の配管を車外に設置する事も無かろう。レースが終わった時、ドライバーは
下車に苦労したはずだ。なにしろ下手をすると脹脛を今晩の夕食にしかねない。
空力部品の下面に生じる負圧をダウン・フォース獲得に使うと言っていながら、リア・ウィングの下を物置小屋
にしている始末である。
しかし、レン・テリーの弁によれば、乱れた流れの中に置かれたリア・ウィングは、整然とした流れの中に
ある翼がリフトを発生させる理屈とは異なり、単に空気を跳ね上げるだけでダウン・フォースを獲得しているの
ではないかと考察している。この場合、空力部品の断面は、正しい翼型でなくとも平板か、僅かに反った板で
充分だとも言っている。ロータス72のウェッジ・シェープも、空気を跳ね上げを利用した実例であろう。
マーチ701の戦績は二勝だけで、誰もこのやり方に関心を寄せなかった。当のロビン・ハードも次の年には
このウィング・カーを引っ込めてしまった。もう少し煮詰めてから出品すれば、グラウンド・エフェクトの
オピニオン・リーダーになれたろうに。 (Fulcrum 著)
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注)
尤もこれはレースの話であって、いわいるギネスの速度記録用車においては、1938年にアウト・ウニオン
(今のアウディーの前身)がストリーム・ライナーで、それらしい試みを実施している。練習走行で449km/h
を達成したものの、本番では横風にやられて大事故を起こす。
当時の空力と言えば「空気抵抗」の事を指す言葉だったようだ。自転車の様に細いタイヤである。
それでも前年の1937年には、406.3 km/h という記録を残している。