バケツの水は何処へ行く?
エンジンの冷却には、空冷と水冷の二つがあるのは、御存知の通り。熱容量(比熱×熱伝導率)を見ると
水は空気の89倍(比熱:4.2倍 × 熱伝導率:21.2倍)となるため、水は冷媒として圧倒的に有利である。
ところで、熱にとって水は、どんな存在かと言うと、熱を運ぶためのバケツに当たる。バケツで汲み上げた
熱はどこかに捨てなくてはならないが、熱の最終処理工場が放熱器つまりラジエーターである。
(熱の最終処分場は外気である。エネルギー保存則のため熱は無くせないが、熱を移動する事は可能。夏場に
都心で起こるヒート・アイランド現象とは、クーラーによって屋外に排出された熱が上空に篭る現象である)
空冷式は、水とラジエーターを持たないので小型軽量となるが、エンジンの大型化、大出力化を阻む。
放熱器つまりラジエーターのことを熱交換器とも言うが、言葉の響きが原子炉を連想させるので使わない
ことにしよう。
ラジエーターそのものは至って単純な構造で、水を導くパイプと放熱鰭を立て横に編んだ網に風を当てる、
要は網戸である。市販車では冷却水が垂直方向に流れるダウン・フロー式が一般的だが、F1用の場合は高さが
空気抵抗を決める要因となるため、冷却水が水平方向に流れるクロス・フロー式が多い。
ロータス72 が出現する以前は、空気が一番当たる特等席、車の最先端がラジエーターの指定席だった。
しかし形状が嵩張るために、ボディの先端を細くしかねることから、ラジエーターを寝かせる試みはかなり
前から有った。
空気は熱を加えると、膨張して密度が減るので上昇する。そのため、ラジエーターを寝かせても下(前)に
吸入孔を、上面に排出孔を設ければ良い。しかし物が有る以上は厚さに限界が出るわけで、ボディ形状に制約を
与える。
ロータス72 は思い切って、ラジエーターを重心位置(後輪の直前)に設置したサイド・ラジエーター方式を
採用した。これでウェッジ・シェープが可能となり、かつヨー慣性モーメントの低減にも成功した。
ヨー慣性モーメントの低減には各チームが興味を示し、その後の様式として定着し今日に至る。
ただしサイド・ラジエーター方式の場合、ラジエーターの前に前輪やサスペンションが有るため、気流が
乱れて流入する。そのためフロント・ラジエーター方式に比べて冷却効率が下がってしまう。
従って、サイド・ラジエーター方式ではラジエーターの大型化が必要となる。
(Fulcrum 著)