――八王子はり研究会―――――――――――――

 

経絡治療における標治法(総論)

   はじめに
 1.経絡治療における標治法とは
 2.本治法と標治法の違い
 3.標治法の目標部位
 4.手技・手法
 5.使用鍼
 6.ドーゼ
 7.標治法の順序
 8.まとめ

  身体各部の病症治療(各論)

 はじめに】

 近年、整体・カイロをはじめとして、様々な治療法が誕生している。中でも整体治療は加速度的に増えている。要因として、何となく時代の先端をいっているかのようで、ちょっとおしゃれな感じさえするところにある。
 それに比べ、鍼治療はマイナスのイメージが強い。縫い針を連想させ、痛い・怖い、そして薄着にならなければいけない等がある。
 統計によると鍼治療の経験者は年々減り続けている。それらを改善するには 
(1)治療されていて気持ち良いと感じさせる。
(2)治療効果が終了時にわかるようにする。できれば治療中にリアルタイムに感じられるようにする。
(3)その効果が少しでも長く持続させる。帰宅時に元の状態に戻るようではいけない。1〜2日は楽な状態を保つようにする。最終的には一週間程度持続するのを目標とする。
 
 経絡治療は本治法と標治法から成り立っている。本治法は全体的に病態を捉え、証を立て補瀉調整し、自然治癒力・生命力を高めることを目的とする。標治法は病症を局所的に捉え、補瀉調整し改善するのを目的とする。
 本治法と標治法は車の両輪に例えているが、私は前輪駆動の自動車に例えている。どちらも必要であるが、本治法が主たる働きをしている。前輪で進む方向を決め、前進する推進力ともなる。治療効果の70〜80%は左右するといってもよい。標治法は後輪として前輪に従い働くものなので、どちらも必要なものである。車の両輪に例えたものは、二輪車である大八車である。昭和30年代頃まで存在して、主に荷物を運ぶのに使われていた。江戸時代にはこの車を作る人を車大工と言って蔑んでいた。古代中国ではある職種の名人を代名詞で呼んでいた。料理人の名人を包丁、大工の名人をリンペン、名医を扁鵲と言った。日本では昭和40年代前半頃まで無職でぶらぶらしている人をルンペンと言っていた。昭和25〜6年頃にはルンペンをテーマにした歌が流行した。

.経絡治療における標治法とは】

 経絡治療のすべては本治法であるので、勉強会では本治法だけを修練してきた。そのため臨床では、標治法と称して学校で習った刺激針をしている人が大半である。忙しくなると病症部だけに鍼を刺し、あれこれと刺激を 加え柔らかくしようとして、本治法は疎かにしているケースが多い。経絡治療に基づいた 標治法とは、病巣部のみに囚われないで、その 周辺の気を巡らすことにある。そして終了時に必ず脈状を診て、治療の適否を判定する。それが技術の向上につながるのである。

.本治法と標治法の違い】

 本治法は全身的に影響するので、臓病に適している。内臓疾患・有熱症・全身倦怠等、不定愁訴に対し有効である。標治法は経病に有効で、運動疾患とか局部的な症状に対し適している。子午・奇経・灸・刺絡等を用い、本治法で改善しきれなかったところを補う目的で 行う。虚実を弁え補瀉するのが基本ではあるが、すべてその手法で行うと術者は疲れて しまい、一定の時間内で緩解させるのは難しくなる。ここでは気を巡らす気持ちで施術するのが合理的である。そして変化の状態を みることで本治法の適否の判断にもつながる。標治法の適否をみるには、局部的所見だけで なく、脈状を観察する習慣をつける。それにより脈診だけでなく技術の向上にもつながる。

.標治法の目標部位】

 標治法は皮膚表面から改善させていき、徐々に奧の部分を緩めていくのが原則になる。最初に表面の艶を良くする。次いで皮膚の緊張を緩め柔らかくする。そしてその下の筋膜を緩める。次いで、目標とする筋を捉え、筋全体を緩めるのを原則とする。皮膚表面を良くするだけでは、治療効果の持続時間が短くなってしまう。最初から深部を緩めようとすると症状が悪化したり、新たに別の症状がでてしまうこともある。硬くなったところを見つけそこに鍼を刺すケースが多い。しかしそこは悪いところであって気の動きも鈍いので、治療効果が少ないばかりでなく、症状が悪化したり、他の部分に悪い症状がでてしまうこともある。柔らかい処を目標とするのは、この部分は気の動きも良く鍼も刺し易いので、少ない治療で効果が得られる。最初に目標とするのは筋の間を狙う。次いで筋の両サイドを緩める。そして筋に行うことになるが、筋線維の隙間を狙う。そして筋と腱の境を柔らかくする。この際、必ず起始・停止を確認し、付着部の骨との間の状態を捉え処理する。それにより筋全体を柔らかくすることができる。患部より少し離れたところから処理すると、悪い症状も出にくくより効果的となる。

.手技・手法】

 病巣部を点として捉えてはいけない。面として広い範囲で捉え、その周辺の気を巡らす気持ちで行う。基本的な手法は、鍼を穴所に接触して鍼先に重みをかける気持ちで押し続ける。そしてゆっくりと静かに少しずつ深く刺して行く。そして常に押し続ける。気の動きが鈍い時は、60度程度を限度として鍼を右に回す。深刺しの際、鍼を抜き刺ししたり、雀啄等を加え刺激してはいけない。鍼を引くと気が動かなくなり、脈も開いてしまう。それでは鍼先の狭い範囲に影響するだけで、治療効果も少なくなってしまう。広い範囲に影響させるには、押し続けなければいけない。皮膚・筋膜を緩めるには接触鍼で鍼先を押す感じで、一ヶ所に0.5秒程度を限度として当て、穴所を変えていく。浅鍼で多鍼することで広い範囲に影響する。また接触鍼で押し続けると、より広い範囲に影響を与えられる。例えば関元穴に行うと全身に影響し、本治法の代わりにもなる。深刺しで鍼を大きく動かすと筋線維が切れて症状が悪化することもあるので注意する。かつてスピードスケートの清水宏保は、どこの筋線維が切れるのか自覚できるので、絶対に鍼治療は受けないと言っていた。鍼だけで良くしようとしないで、左手を活用する。示指・中指・薬指の3指を穴所に置き、筋線維に対し直角の方向に揉む感じで動かすと、気の動きもよくなる。補瀉に拘らなくとも、患者の身体自身が補瀉調整してくれるのである。
 「左右圧は補をもたらし、加圧は瀉に通ず。」とある。標治法においても重要なテクニックであり、経絡治療に基づいた標治法ともなるのである。左右圧をかけることで、刺鍼部の周囲のみでなく全身に影響を及ぼすこととなる。加圧では、左右圧ほど広い範囲に影響しないが、硬くなった部分を和らげるのに有効となる。抜鍼時ばかりでなく、気の調整にも有効的となる。皮膚・筋膜には左右圧をかけるのが有効的で、深部の硬いところを緩めるのには加圧が有効的となる。左右圧をかけながら加圧もかけることもある。表面が柔らかく深部が硬い時に用いる。慢性の腰痛とか、ふくらはぎの強いむくみにより、左右圧・加圧の度合は患者の様子を観察しながら適宜変えなければならない。鍼は穴所に接触する時、垂直に立ててはいけない。気が動かない上に痛みも与えやすい。20度から30度程度の角度にして流注の流れに随うか、病巣部に鍼先を向け当てる。そして左手は常に皮膚に当てているようにする。1鍼、1鍼、左手を離すと気の動きが悪くなる上に、患者は気持ちよく感じられなくなってしまう。

.使用鍼】

 使用鍼はコバルト1寸2号鍼で、鍼先の形状は「のげ」とするのを原則とする。コバルト鍼は、銀・ステンレス製より温かく気が動きやすい。銀より硬く運用しやすい。ステンレスより軟らかく痛みを与えにくく刺しやすい。1寸の長さは8分より鍼先がしなり、接触の際痛みを与えにくい。8分の場合、深刺しで適切な深度に達しないことがある。寸3では軟らかく、接触の際痛みを与えにくいが鍼先に刺手の気を集めにくくなる。そして鍼管を使用するので運用しにくく時間もかかってしまう。1号鍼は2号鍼より細く軟らかいので痛みは与えにくいが気の動きが少なくなる。3号鍼は気は動くが接触の際、痛みを与えやすく抵抗も強いので深刺ししにくくなる。そして術者は気をたくさん動かすことで疲れやすくなってしまう。鍼先の形状は現在は「松葉」が一般的であるが接触の際、痛みを与えやすく深刺しの際、抵抗が大きく撚鍼では刺しにくい。「のげ」ではその欠点が緩和される。

.ドーゼ】

 ドーゼとはフランス語でワインの製造行程における香料の測定単位と「要綱」にあるが 私の調べたかぎりではフランス語でDoser と記して薬の服用量を定める、調合する、分量 割合を定める、適度に用いる等の意味がある。英語ではドーズ(Dose)と記して一服・二服の 服、またはお茶の一服・二服と表現するが、以前は毒消し・殺菌作用があるとして薬と考えられていた名残と思われる。ドーゼと表現したのは誰がいつから言い出したのか判らない。
 気の巡りが速そうな人は、皮膚薄く肌理細かく滑らかで、軽い口調で早口で話し口数も多い。気の巡りが遅そうな人は皮膚厚く肌理荒く、寡黙で鈍重な感じがする。また薬・食物アレルギーがある人は、敏感で悪い反応もでやすいので注意する。高年齢の人より子供とか若い人は気の巡りが速いとしてよい。体形が太っている人と痩せている人、男女差は考慮しなくともよい。精神労働者と肉体労働者でも考慮しなくてもよいが、肉体労働者の方が治癒しやすい傾向にある。気の動きは太ると遅くなり痩せると速くなる傾向がある。薬とか刺激針では、治療を重ねていくと強くしなければならなくなるが、経絡治療ではこのようなことはない。患者によっては経絡の反応がよくなり少ない治療で行うこともある。整体では慣れといって、同じ刺激を持続させるとそれに対し反応が鈍くなることがある。以前から多種多様な健康器具が売られている。しかし最初は良くなるが、少しずつ効き目が鈍くなり使わなくなって埃をかぶっていることが多い。薬でも睡眠薬とか痛み止めのようなものは、強いものを使用しなければならなくなる傾向がある。最初は軽めに慎重に行い、証がはっきりした段階で強めにするとよい。急性症は軽めに、慢性症は強めに行うのが原則であるが、気の巡りの有無に応じるのが理想とする。
 病状の重い人ほど何とか早く良くしようとして、ついついやり過ぎてしまう傾向がある。このような人は、敏感状態で体力も落ちていることが多いのでよくよくやり過ぎないように注意する。経病より臓病は軽めにする。反対にドーゼが過ぎないように神経質になり過ぎて、治療が足りないと症状が強くなったり、他のところに新たに出てしまうこともあるので注意する。

 .標治法の順序】

 本治法の後は必ず腹部散鍼をする。それに より全身的に気が流れ脈状も良くなる。巨闕、鳩尾付近から始める。この際、接触して軽く置き左右圧は拇指腹、示指腹で鍼体を感じる程度に留める。次に中穴に行うがここは硬くしこりになっているため、それを緩めようとして強く長くやりがちとなってしまうので、3秒位を限度とする。左右圧も、巨闕・鳩尾より少し強め程度に留める。次いで左右の天枢だが、やや長めに強めにする。この際、左を心持ち長めに、左右圧も強めにする。最後に関元穴だが、3ミリ程度を限度に入れて左右圧をしっかりとかけ、全身に気を巡らす気持ちで行う。巨闕・鳩尾・中でやり過ぎると気持ち悪くなったり、吐き気をもよおすることがあるので注意する。この際、鍼先は常に胸部に向け行う。敏感で腹部散鍼ができない患者には額の中央、白毫部に鍼で行うとよいが、毫鍼を使用する際は、鍼先を下に向け左右圧はあまりかけないで行う。必要があれば本治法の前に奇経をやり、腹部散鍼の後に子午を行うようにする。
 最初は右上に側臥位で行う。天柱から始め 僧帽筋前縁に沿って肩のところまで行う。ここではC2のしこりを緩めるように、その上下に行う。側頚部を軽く浅めに行った後、こめかみに接触鍼で行う。頚肩部を緩めるのに三角筋部を緩めるのが必要、中央部から前縁部・停止部を重点的に行う。この際、硬くなっている肩井穴にいくらやっても効果は得られない。肩井の前で僧帽筋前縁に行う。鎖骨上窩の上部は肺尖部があるので深鍼は避ける。これらのところを数回繰り返し行う。鍼を入れて気を流すと、他の部分を行っている間にそこの部分も柔らかくなるものである。そして左側も同じような要領で行う。
 うつ伏せにし、顔を向きやすい方向にしてもらい、大椎の高さから肩甲間部、TH7—9の高さ、TH10—L1の高さ、L2—S1の高さをブロックに分けて処理する。
 人は本来、四足歩行であったのでそれに適した構造になっている。二足歩行となったため負荷がかかり故障を起こしやすいところがでてきた。C2、C7、TH7、TH9、TH12、L1、L4—S1になる。また血液の逆流を防ぐためにある静脈弁は手足のみにあり、体幹部には存在しない。そのため下腹部のトラブルの原因になっている。近年、椅子に長く座ることが多くなりTH12とL1のところに故障が増えている。また転倒して起きる圧迫骨折はここに集中している。膀胱経第1側線のところは盛り上がっており硬いので、ここにのみ治療する人が殆どであるが治療効果が少ない。第2側線をやり脊際をやる。特に先にあげた故障の起きやすいところを重点的に行うようにする。また棘突起の間に行い、棘突起が上下に動くようにする。
 必ずふくらはぎを緩めるようにする。承筋・承山・飛陽あたりの後側から外側にかけ行う。内側部は緩まない上に気持ちよくない。これにより腰背部の緊張が緩むのである。そして仰向けにして、中から巨闕にかけて鍼を置く感じで処理すると、胸苦しいとか吐き気等が軽減される。最後に座位にして頚背部を処理する。寝かした状態で治療終了すると、起立した際ふらついて軽い眩暈感を感じたり、頭重感もでることがあるので注意する。TH9ぐらいまでは処理する。TH7-9の脊際に指を当て、圧迫しながら上下に動かし緩めると頭部から頚肩背部が軽くなる。C2から側頚項を処理することで一層緩んでくる。そして顔のみを左右に向け緊張部を見つけ処理すると患者は満足感が得られる。
 上腕部では三角筋停止部から曲池穴の部分を行うとよい。また三頭筋の後側部を緩めるとよい。二頭筋部は効果がなく、痛みやすく気持ちもよくない。一般に頚肩部は浅めにし 左右圧は軽めにする。腰部のように下の部分は深めにし、左右圧を強めに処理するのが原則となる。また硬いところでは加圧をかけ気を巡らすようにすることである。ふくらはぎのように表面がむくんで柔らかく深部が硬くなっているところでは、表面部は左右圧をかけ、奥の硬いところでは加圧をかけ、時には左右圧をしっかりとかけ、加圧もかけるとよい。坐位にする前に必ず検脈する習慣をつける。それにより脈診の上達ばかりでなく手技手法の上達にもつながる。
 治療されて気持ちよく感じるところと嫌に 感じるところがある。例えば上肢では、手首まで大腸経と三焦経は気持ちよいが、内側特に上腕部は痛みも感じやすい。下肢では大腿部は胃経、胆経が気持ちよく、下腿では膀胱経が気持ちよく腎経は気持ちよく感じない。頸部では膀胱経はよいが、胃経は緊張しやすい。腰部では、胆経はくすぐったく感じがちなので気を付けて触れるようにする。腹部は、何年も治療している人でも緊張しがちであるので、初診者には反応を観察しながら慎重に行う。特に下腹部は注意する。傾向として、皮膚厚めで深部の硬いところは気持ちよく、皮膚薄く深部柔らかいところは痛みやすい気持ちよくないようである。気持ちよく感じられるところは長めに行い、気持ちよくないところは痛いと訴えていない限り行わない方がよい。他のところをやることで緩解することが多いのである。

.まとめ】

 かつて脈診が身につかなかったとして挫折した人もいたが、その人は脈診だけでなく他の診断法から本治法・標治法も、ここで習ったことを実践していなかったのである。診断から治療まで一体なものであって、それぞれが補いあって向上していくものである。未熟ながらも実践することでそれなりに治療効果は得られるもので、その積み重ねによって向上し形もできてくるのである。
 経絡治療に基づいた標治法とは、気を意識して接触鍼を柱にして行い、深刺しも痛みを与えないで行うことでより多くの病症を扱えるようになるのである。
最初は概念として気の存在を認めなければいけない。そして臨床を積み重ねながら実態としてはっきりと感じられるようになる。空気の存在は感じられないが、風に当たることで感じ取れる。そのためには上肢と上半身の力を抜き、臍下丹田を充実させて、最初は意識的に行い、多くの患者を取り扱うことで自然と行えるようになる。湯川秀樹は理論を組み立て中性子の存在を予言した。その後存在するとして研究を重ね発見に結びついた。あると思わなければ見つけられるものではない。
 標治法総論として13年前の5月、各論は8年前の12月に発表しているが、大体の人は聞いただけで実践していない。治療室では病症の改善方法を持たずに、何となく過ぎているようでは治癒させることは難しく、それでは患者増に繋がらない。



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