――八王子はり研究会―――――――――――――

 

標治法の臨床応用

 (1標治法について
 (2気と血の変動を見極める条件
 (3ドーゼについて
 (4標治法の実際
 (5)身体各部における標治法のポイント、及び、その注意点

 (1)標治法について

今まで標治法について具体的に述べられた参考書は、見当たりませんでした。そこでこのたび、より臨床に直結したテキストを作成する事としました。
 まず初めに、経絡治療は本治法と標治法から成り立っており、その違いを正しく理解しておく必要があります。
 本治法は、手足の要穴を用いて、病の本体である経絡変動を補瀉により調整する治療法であります。
 標治法は、患者の訴えや、現わす病症に従い、その局所の所見に基づき、それに適応すべく、加える治療法であります。
 経絡治療における本治法と標治法は、車の両輪に例えられ、どちらも重要で、欠かす事の出来ないものであり、本治法が主となり、標治法は、その補助となっています。
 本治法と標治法を前輪駆動の自動車に例えると理解しやすいと思います。本治法である前輪が原動力となり、方向性を維持しており標治法である後輪が、その助けとなっていると考えると、理解しやすいのではないでしょうか。
 標治法だけでも、ある程度の治療効果を上げられますがそれは、経病の場合であり、熱病などの臓病には、向いていないと思います。つまり、本治法は臓病に威力をはっきしますが、経病には弱いのです。そこで、補助療法や標治法が必要となるのです。
 経絡治療要項には、「本治法の前に、脱臼の整復、異物の除去、尿閉、ふんづまり、難産などを処置する」とありますが、この様な患者が来院しても絶対に引き受けない事です。もし、引き受けて失敗したら、処置出来ないまま、たった一人の為に治療室をたたむという事にもなりかねないので、断る勇気も必要だと思います。
 標治法の目的は、局所の治療のみにとどまらず、本治法にて整えられた気をよりいっそう全身に廻らせる事にあります。
 標治法においても、虚実をわきまえて補瀉を行うとされていますが、全ての局所に対し、虚実をとらえて補瀉を行っていたら術者は疲れてしまうので、補寫は考えず、鍼をあてるだけでも標治法の目的を達成する事が出来ます。但し、重要ポイントと思われる所見には、適宜、補瀉を行う必要があります。虚実にこだわらずに施術しても、患者の体の方で補寫を選択してくれるものです。原則として、本治法で整えた脉を絶対に崩さず、より良い脉状にしなければなりません。そのコツは、一箇所に長い時間、鍼をとどめない事です。特に、敏感な人ほど注意して下さい。
 標治法を行いながら、本治法(証)の適否を確認する事が出来ます。誤った証で本治法を行った時の標治法は、筋の緊張がゆるみにくく、正しい証で本治法を行った時の標治法は、皮膚の艶も良くなり、筋緊張も予想以上にゆるんでくれるものです。
 また、リンパ開通法やダイオード、キネシオテープなど、様々な治療法を標治法に取り入れている人がいますが、あくまでも経絡治療の範囲内で、脉を崩さないようなものを取り入れるべきだと思います。(リンパ開通法などは、脉を崩してしまうので不適当だと思います。)
 標治法の適否の判断基準として、皮膚の艶のみを強調しがちですが、それだけに囚われて判断すると、治療効果の持続時間が短いのです。つまり、その場限りとなり、長持ちしないのです。そこで、より治療効果を持続させるには、皮膚の艶の他に、筋の緊張状態も観察する必要があります。但し、乳幼児の場合は、皮膚の艶のみで判断するべきです。
 標治法を行う際、皮膚の艶のみを観察する為、皮膚を凹まさないように軽くそっと撫でるように行いがちですが、その程度でも、虚体で敏感な患者には、事足りる事もあります。しかし、実体患者には、ものたりなく満足感が得られないものです。そこで、ある程度の圧力を左手で加えながら行う必要があると思います。多くの場合、鍼を刺す事ばかりに重点を置いているので、左手の使い方がおろそかになっている人が多い様です。左手で押したり撫でたりして、皮膚や筋肉の状態を観察しつつ、左手でも気を廻らすという意識を持つ必要があります。標治法で、一鍼ごとに患者から手を離してしまう人がいますが、左手は、極力患者から離さないようにしなければなりません。それが、患者との気の交流になるのです。
 体表に現れる虚実の触覚所見として、経絡治療要綱には、虚は、陥下・弛緩・寒冷・汚血性鈍麻(非生理的な物が滞った感じがする物)。実は、発赤・緊張・硬結・知覚過敏・キョロなどとありますが、あまり深く考えず、単純に、柔らかい物は虚、硬い物は実と捉えると良いでしょう。
 その他に、皮膚温に注目し、患部の冷えを処置すると、臨床成績も上がるものです。病的な冷えは、深部から冷たく、表面に上がってくる様に感じられます。
 標治法の手順として、原則的には、患部より遠い所から施術し、徐々に患部に近ずき、患部にも施術します。症状の激しいものほど接触鍼で行い、徐々に深度を深めにしていきます。
 本会で行う標治法と、他の団体のそれとは、大きく異なり、特に、左右圧や下圧を用いている事は大きな特徴であります。左右圧は、本治法だけでなく、標治法においても影響力が強いので、その事を意識して施術して下さい。
 虚体で敏感な患者には、左右圧を控えめに軽くしなければなりません。この様な患者に左右圧を強めにかけたり、勢いよく抜いたりすると、胸苦しくなったり、動悸をおこしたりするので、充分注意して治療して下さい。また、時には、硬く滞っているような局所の治療として、下圧をかけて処理する事もあります。
 標治法の使用鍼は、コバルト1寸2号鍼が最も適しているので、皆等しく、これを用いていただきたいと思います。
 長さについてですが、1寸の鍼は、8分鍼や寸3の鍼よりも、手際よく扱えるし、術者の気を鍼先に集め易いのです。寸3の鍼は、鍼先までの距離が長いので、1寸の鍼よりも鍼先に気を集めるのが、やや困難になります。熟練者で、長い鍼でも、たやすく鍼先に気を集められる人はそれでも良いのですが、初心者や未熟な者には不向きだと思います。長い鍼ほど接触の際、患者に衝撃(痛み)を与えにくいので、8分鍼より1寸の方が、当たりが柔らかいのです。したがって、1寸の鍼が最も適していると言えます。
 材質についてですが、コバルト鍼は、痛みを与え難く、暖かみを感じられます。しかし、ステンレス鍼は、痛みを与え易く、冷たく感じられるので、コバルト鍼の方が適していると思います。
 太さについてですが、2番鍼は、3番鍼や4番鍼より細いので、痛みを与えにくく、1番鍼よりも腰が強いので、深刺をするにも使い易いと思います。従って、2番鍼が最も適していると言えます。
 太い鍼ほど気を動かし易いのですが、その分、術者は、疲れやすくなります。太い鍼を使う時、術者は、より実状態にして執りかからないと、うまく気を動かせないし、患者から邪気を受けてしまう事もありますので、その点、注意して下さい。つまり、太い鍼ほど一度に沢山の気を動かす事が出来ますが、患者からの邪気も受けやすいのです。従って、この様な事からも、コバルト1寸2番鍼は、標治法を行うのに最も適した用鍼と言えます。
 鍼は、気を漏らし易いので、補法よりも瀉法に向いており、灸は、気を漏らさないので補法に向いています。お灸は、失敗が少なく、治療効果も得られやすいので、初心者は、もっとお灸を活用すると良いと思います。但し、お灸にばかり頼り過ぎていると、鍼の技術向上に繋がらないので注意して下さい。
 お灸の補瀉について述べておきます。
 補は、艾を柔らかく捻り、温和な熱感を徐々に与え、数多く行います。瀉は、硬めに捻った艾を急激に燃焼させ、強めの熱感を与え、時には吹いて行う事もあります。
また、知熱灸は、井上恵理氏が考案したもので、経絡治療において臨床的価値が高いので、積極的に活用していただきたいと思います。

 標治法を行う際の鍼先の方向は、原則として、経絡の流れに従い、また、病巣部に向けて行う事とします。
病体を観察する上で、虚実を弁える他に、気の変動であるか、血の変動であるかを見極める必要があります。血の変動状態と、実の状態との違いを、どのように捉えるかが問題になります。 
 血の変化とは、気が病的に集まり過ぎた状態であり、実とは、邪気の侵入による邪実と、気の偏りや経絡の歪による旺気実とがあります。

(2)気と血の変動を見極める条件

1、新しい病は、気の変動、古い病は、血の変動と診ます。
初め、気の病であっても、病が進み慢性化すると、その気が凝縮されて、血の病になる事もあります。
2、機能的疾患は、気の変動、器質的疾患は、血の変動と考えられます。
3、若年層に気の変化が多く、高年齢層に血の変化が多く見受けられます。
4、気の回りの速い人は、気の変動を、気の回りの遅い人は、血の変動をおこしやすい。
5、痩せている人に気の変動が多く、太っている人に血の変動が多い。
 太っている人は、高血圧や糖尿病などの汚血性疾患になりやすい事からも、血の変化をおこしやすいと言えます。
6、皮膚薄く軟弱なものは、気の変化をおこしやすく、皮膚厚く硬く、ゴム粘土様のものは、血の変化をおこしやすい。
7、脉状では、浮・軟・濇は、気の変動、緊・弦・弾は、血の変動と診ます。
 この中のひとつだけを取り上げて簡単に判断する事は出来ません。いくつかの条件を重ね合わせ、総合的に判断すべきものと考えます。
 長期間服薬している人や、女性に血の変動が多く見受けられます(血の道症は、その1例です)。
 気の変動の病として、ノイローゼ・鬱病・不眠症・下痢等が上げられます。
 血の変動の病として、痔疾・蓄膿症・歯周病・子宮筋腫・卵巣嚢腫・脳血管障害等があげられます。
 気の変動に対する標治法の手技は、1〜2番の細い鍼を用い、接触鍼あるいは、1・2ミリ程度の浅鍼を速刺速抜で軽めに手早く行います。鍼を1箇所に長く留めず、気を漏らさぬ様、気を廻らす気持ちで行います。
 血の変動に対する標治法の手技は、2〜4番の太目の鍼を用い、2・3ミリ、時には、2・3センチ刺入し、鍼先の抵抗を観察しつつ、鍼を押したり弛めたりして、深部の緊張を柔らげるようにします。また、鍼を少し深めに刺入し、鍼をじっくり押しながら左右圧をかけ、深部の気を廻らすようにします。この方法は、熟練を要しますが、血の変化に影響し効果的な方法であります。
 補助療法としての、子午・奇経・刺絡は、血の変動に対する治療法なのです。
子午治療は、気を動かす訳でありますが、一度に沢山の気を動かせるので、血の変化に対応出来るのです。奇経治療は、子午治療よりも血の変化に影響し、より有効的であります。刺絡治療は、汚血を取り除く治療法なので、直接血を対象にしていると言えます。
 ここまで述べてきましたが、初心者は混乱を避ける為、気血の変動はあまり考えず、むしろ虚実を対象に考えて下さい。しかし、熟練者は、より臨床成績を上げる為にも、このような考え方を考慮に入れて取り組んで行く必要があると思います。

 本治法の際、血の変化に対しては、太目の堅い鍼を用いるのが原則とされていますが、脉が硬くなり、臨床成績もおもわしくありません。そこで、本治法においては、気血の変化は考えない方が良いと思います。刺鍼技術が向上すると、柔らかい鍼(銀鍼の1・2番)でも充分血の変化に対応出来る様になりますので、その為の技術習練を重ねて行く必要があります。虚実は、全身的に捉え、気血の変化は、局所的に捉えると、臨床的には有効だと思います。

(3)ドーゼについて

 ドーゼとは、フランス語で、葡萄酒の製造工程における香料の測定単位と言われており、治療量を意味します。doserと綴り、服用量を定める、調合する、分量、割合を決める、適度に用いるという意味があります。英語のドーズ(dose)は、薬の一服二服の服に相当します。お茶も一服二服と言いますが、殺菌解毒作用があり、古来より薬として用いられていたので、その名残と思われます。
 1、皮膚薄く、きめ細かく、滑らかで、軽い口調で早口でよくしゃべる人は、肺経・肝経の変動をおこしやすく、敏感で、気の廻りが速いので治療量を少なめにします。皮膚粗く、きめも粗く、鈍重で寡黙な人は、気の廻りが遅く多めにする必要があります。食べ物や薬に過敏に反応する人、アレルギー体質の人も、気の廻りが速いので、注意する必要があります。
 2、高齢者は、鈍感で、小児は、敏感とありますが、中には、高齢者でも敏感な人がいますので注意して下さい。
 3、男は女よりも気の廻りが速く、痩せている人は、太っている人より敏感とありますが、男女や肥痩の違いで、ドーゼを決める事は出来ません。
 4、精神労働者は、敏感で軽く行い、肉体労働者は、鈍感で多めに行うとありますが、むしろ肉体労働者の方が、軽い治療でも、治り易い事が多く見受けられます。
 5、都会生活者は、ドーゼを少なめにし、地方生活者には、多めにするとありますが、近年、都会と田舎の生活条件に大きな違いは、なくなってきているので、このような分け方をする必要はないと思います。
 6、治療経験の多い人には、ドーゼを多めにしないと満足感が得られないとありますが、経絡治療を継続していると、徐々に経絡反応に敏感になってくるので、少なめにしていく必要があります。満足感が得られないから、あるいは、治療効果が思わしくないからといって、治療量を増やすという考えは、刺激バリや投薬に多く見受けられる考え方です。経絡治療においても継続治療をしていて、いつも同じ証で、同じ穴を使っていると経絡が飽和状態となり反応しにくくなる事もあります。時には、証を変え、穴を変える必要があります。また、様々な健康機具、健康食品などは、使用者の体に適合しないと効果を上げられないと思いますが、仮に適合したとしても、常に同じ刺激が何度も繰り返し与えられているので、その刺激に慣れてしまい反応しなくなってしまう事もあります。
 7、初診の患者には、軽く控えめに行い、徐々に強くするとありますが、これは、強くするとか、弱くするという事よりも、まずは、正しい証を見極める事が大事な事で、証が決まったら敏感度や虚弱の度合いを診てしっかり治療して下さい。
 8、急性症は、軽めに行い、慢性症は、多めにするとあります。これでも間違いではありませんが、気の廻りが速いか、遅いかを診て治療量を加減して行く必要があります。
 9、経病よりも臓病は、軽く行います。臓病は、少ない治療量でも影響し、ドーゼ過多は、逆反応をおこしかねないので注意する必要があります。
 重病患者ほど治療量が多くなりがちですので、控えめにするよう心掛けて下さい。重病患者ほど体力が減退しており、敏感になっています。生理学的に言えば、刺激域値が高まっているので、弱い刺激で軽く行っても影響力があり、事足りる訳です。しかし、術者の心理としては、早く治癒に導きたいので、つい、治療し過ぎてしまう傾向にあります。その気持ちを抑えて、なるべく軽く少なく行って下さい。反対に、ドーゼが少なすぎて反応が出て、それを誤治と勘違いする事があります。我々の治療室を訪れる患者の多くは、ある程度の日常生活が出来ている半健康状態の人で、それほど重篤な患者は来院しないと思います。ある程度の治療量が必要で、気を動かさなければなりません。気の動かし方が少ない為に様々な症状が現れる事があります。 特に、血の変動のある人には、多めに施術する必要があります。ドーゼ過多を恐れず、触覚所見に合わせて施術して行けば、それほど、心配する必要はありません。

 「左右圧は、補法・下圧は、瀉法」を基本原則としていますが、標治法においても、患者の敏感度や病の軽重により、左右圧や下圧を手加減しながら使い分けて行く必要があります。その時の手捌きの加減は、直ちに脉位や脉状に反映されるので、ときおり脉状を観察しながら標治法を進めて行くと良いと思います。

 ここで、少し瀉法について述べておきます。
 経絡治療要綱には、「瀉法は、充満した邪気を取り除くものであるから、比較的太めの鍼、ステンレス2〜5・6番の柄をしっかり持ち、速やかに刺入し、刺動法を加えると、鍼先の抵抗がとれて緩やかとなり、邪気と正気が分かれるのを知るので、これを度として抜き去る。」と、あります。
 瀉法を行う際は、補法を行う時よりも、術者は、より実状態にしなければならず、肩の力を抜きます。肩を落とす事により上半身の力が抜けます。そして、臍下丹田を充実させます。それから、「この邪気を取り除くのだ。」という目的意識を持ち、鍼をやや強めに持って瀉法の手技を行います。とかく瀉法は、補法よりおろそかにされがちですが、実際には、補法より瀉法の方が難しいものなのです。陰陽で考えれば、補法は、陰で、瀉法は、陽であり、陽は、動きが速いので、それに合わせて手技も微妙に変えて行く必要があるので、瀉法は、難しい点が多いのです。技術的なものは、その段階に応じて行っていく必要があり、初心者は、熟練者と同じ様に行っても、熟練者のような訳にはいきません。自分に合った技術を基礎から積み上げて、その人なりに作りあげていく必要があります。熟練者は、患者に手を置いただけでも、また、一本の鍼をあてただけでも、気を動かす力、影響力が違うのですから、それを真似ても無理な事なのです。その人のレベルに応じた手技を行う必要があります。

(4)標治法の実際

 日頃、治療室で行っている標治法を具体的に述べてみます。
まず本治法の後、患者の右側にて鍼先を上に向け、腹部(巨闕・中脘・天枢・関元)に接触鍼を行います。天枢は、鍼先を下に向けた方が効果的で、巨闕は、左右圧を軽めにし、関元は、やや深めで左右圧もしっかり掛けます。しかし、この際も、患者の敏感度に合わせて加減します。腹部の施術を嫌がる人や、くすぐったがる人には、額に施術するとされています。また、私は、百合に行っています。
 百合は、仏像の額中央にあり、そこからエネルギーを発して、人々に恵を与えるとされています。百合に施術すると全身に影響します。
 次に、患者を右上側臥位にして、後頸部・側頸部の表面の緊張を弛める目的で、天柱(膀胱経)・風池(胆経)の通りを、縦に手早く接触鍼を行います。この際、鍼先は、上に向けます。次に、肩上部の大椎側から肩峰に向かって同様に接触鍼を行います。再び、後頸部・側頸部に戻り、今度は、少し深めに行い、前頸部にも軽く接触鍼を行います。再び、肩上部に接触鍼、あるいは、ポイントを決め、少し深めに施術します。次に、三角筋にも接触鍼を行い、特に前縁の緊張を弛めると、頸肩部の緊張も弛んでくるので有効と思われます。時には、上腕・前腕にも刺鍼する事があります。
 一箇所に固執せず、頸・肩・腕を繰り返し施術します。つまり、点として捉えるのではなく、面として捉え、全体的に気を廻らすつもりで行います。一箇所を長く施術するより他を施術する事により、その部の緊張を弛める事が出来るし、短時間で治療効果を上げる事が出来るのです。次に、反対側も同様に施術します。
 右側を先に施術するというのは、自覚的に右の凝り感を訴える人が多いからですが、左を訴える人でも右から施術します。患者の訴えにより、右から施術したり、左から施術したりと変えていると、術者は疲れてしまいます。いつも同じペースで治療していると、数多くの患者を取り扱うようになっても疲れにくくなるもののです。
 次は、腹臥位にて、背部を施術します。鍼先を下に向けて、患側から施術します。まず、肩外兪付近から肝兪付近にかけての表面を弛める目的で、2〜3回繰り返し接触鍼を行い、反対側にも行います。その後、肝兪付近から腰部にかけて、左右に同じ様に施術します。背部は、原則として外側(膀胱経の第2行線)から施術すると効果的です。いきなり脊際に刺鍼するよりも、脊柱起立筋の外縁・中央・そして脊際と、徐々に緊張を弛めるつもりで施術していくと良いようです。腰仙部まで施術したら、再び肩外兪付近から腰仙部まで触察しながら、所見に従い、時には入念に施術します。
 次に、ふくらはぎに接触散鍼、あるいは、少し深めに刺鍼して緊張を弛めます。ふくらはぎを治療する事により、背腰部の緊張もいっそう弛んでくるものです。時には、補助療法として、承筋・承山付近に吸角をつける事もあります。背部の緊張を弛めるのに有効的なので参考にして下さい。しかし、時には吸角痕が残る事もあるので、夏場など女性に行う時は注意して下さい。
 頸肩背腰部では、全体的に表面の緊張を弛めるようにし、その後、患者の訴えている所、凝り・緊張の強い所を少し入念に施術します。
 今度は、仰臥位にて、倦怠感・目の疲れ・頭重などを訴える人には、百合部に鑱鍼で処置しています。百合は、全身に気を廻らすのに有効で、殆どの患者に応用しています。
 検脉の後、坐位にて再び、頸肩部に軽く施術します。仰臥位のまま治療を打ち切り、すぐに立ち上がらせると、何と無くふらつくように感じるものです。座位にて、もう一度施術する事により、満足感を与えられます。
 患部に対する施術が多すぎると、重苦しくなったり、かえって痛みが増したりする事があります。患部と健康部の境目に施術すると、悪い反応も出にくく、より有効的となります。最終的には、施術過剰にならない事と、全身的に気を廻らす事を目標に、治療して行くと良いと思います。

(5)身体各部における標治法のポイント、及び、その注意点

1、頭部 顔面部
 百会は、痔疾に多く用いられています。頭重痛には、用いない方が良いと思います。
 頭重痛・目の疲れには、むしろ、百会の1寸前の前頂に、1ミリ程度の浅鍼で処置します。この際、深く刺さない事と左右圧を掛けないように注意して下さい。
 目の疲れには、こめかみに接触散鍼を行います。決して刺鍼しない事です。ここは、刺鍼すると悪化するので、あくまでも接触鍼で行って下さい。
 顔面では、額から頬にかけては胃経で、鼻の下から下顎にかけては、大腸経の支配なので、この辺の病症は、子午治療で対処出来ます。
 百合は、全身に影響しますが、頭重痛・目の疲れなどに応用しています。上眼窩・下眼窩の、ふわっとした反応点に鑱鍼をあてると、目の病に有効です。鼻根の両側・鼻背の両側に鑱鍼をあてると花粉症などの鼻の病に有効です。
 顔面を触られたくない人や、顔面の症状を特に訴えていない人には、触らない方が無難だと思います。
2、頸部
 後頸部では、第2・第3頸椎側には、多くの人に硬い凝り所見が認められますが、これを弛めると、眩暈・耳鳴・難聴・目の病などに有効です。
 側頸部において、胸鎖乳突筋の後縁は、目の病に有効で、中央部は、鼻の病に有効で、前縁は、耳の病に有効です。
 前頸部では、人迎付近の反応を処理すると、咽喉痛・神経症・鬱病・自律神経失調症等に有効です。下顎三角は、口内炎・下歯の痛み・鼻の病・唾液が出にくい時に有効で、接触鍼で処置します。
3、背部
 背部は、あらゆる病症に用いられますが、脊際の凝り所見を取り除く事が重要となります。脊際の触察すらしない人もいるようですので、臨床に取り入れてみて下さい。慢性症には有効で、特に、上部胸椎側は、咳嗽に効果があります。
 身柱は、小児に多く用いられますが、大人の神経症にも有効です。この場合、深く刺さず、接触鍼、あるいは、堤鍼で処置して下さい。
 大椎には、全ての陽経が集まっており、様々な病症に用いられています。特に体温調節に関係があり、有熱患者、あるいは、寒気のする人・風邪をひきやすい人・重ね着をしても寒がる人などには、温灸器で暖めると著効があります。
4、胸部
 中府・雲門は、神経を使い過ぎる人で、息を深く吸えない人に有効ですが、深く刺入せず、接触鍼で対処して下さい。膻中も良いのですが、左右圧を掛け過ぎたり、深く刺入すると、息苦しくなったり、動悸を起こしたりするので、注意する必要があります。
 腎経の第4・第5肋間付近に、ふわっとした触覚所見が現れている時、咳嗽の患者に用いて著効があります。時には、肋間のみならず、肋骨の上に反応が現れる事もあります。
5、腹部
 左の季肋部の緊張を弛めると、胃・膵臓・大腸に影響し、右季肋部は、肝臓・胆嚢・大腸に影響します。この両側季肋部の緊張を弛める事は、とても重要で、それにより、腹部全体の緊張が弛み、健康増進につながります。
 腹部には募穴があり、全身に影響を与えています。使用頻度の高いものとして、巨闕・中脘・期門・章門・京門などが上げられます。
 鼠径部の病症に対しては、ムノ治療を行う事が多い様ですが、女性の場合、場所的に注意する必要があると思います。私は、よほどの事がない限り、直接、ムノ部には施術しません。鼠径部は、脾経の支配領域なので、子午治療で対処しています。つまり、反対側の外関に施術します。
6、上下肢
 手足の病症には、直接、局所に施術するのが一般的ですが、その他に、体幹部(頸・肩・背中)の緊張を弛める目的で、上下肢に施術する事があります。体幹部の局所に施術するよりも、鍼数が少なくてすみますし、より広い範囲の緊張を弛めるのに効果的です。しかし、どのような時に、何処に施術するかという事は、今後の研究課題になると思います。

 最後に、頸・肩の標治法は、浅めに瀉法ぎみに行い、腰は、やや深めに補法ぎみに行います。背部において、膈兪・肝兪付近の緊張は、弛みにくく、不眠症・神経症の患者は、特に硬くなっているので、下圧を掛けて弛めると効果があります。
 標治法は、基本的に患者に心地良い感覚を与える事にありますが、それによって、リピーターも増え、治療効果も上がるものです。どのような治療法でも、痛みや不快感を伴うものは、良い治療に繋がりません。そこで、より良い治療をするには、ある程度の快感・満足感を与える事はとても大切な事なので、その事を考慮に入れて標治法に取り組んで下さい。

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