演習室21 地球環境政治入門

Seminar21 Introduction to Global Environmental Politics

10/14/2001第1稿

 

【テクスト】

 

第1章「地球環境をめぐる国際政治」、ガレス・ポーター、ジャネット・ウォルシュ・ブラウン著、細田衞市監訳、村上朝子、児矢野マリ、城山英明、西久保裕彦訳、『入門地球環境政治』有斐閣、1998年、1−37ページ。

 

今回は環境問題をめぐる国際政治に関する基礎的な文献を取り上げました。原書は1991年に初版、1996年に第二版が発表され、その第二版が翻訳されました。今年第三版が刊行されています。

 

【目次】

 

1 地球的マクロトレンド(略)

 (1)経済成長と人口 (2)エネルギー、気候、大気 (3)危険にさらされた資源

2 地球環境政治入門

3 環境政治における国際的レジーム

 (1)国際的レジームの概念

 (2)地球環境レジーム概観

 (3)国際的レジームへの理論的アプローチ

4 パラダイムのシフトと環境政策

 (1)支配的な社会的パラダイム

 (2)代わるべき社会的パラダイムの興隆

 (3)代替的な安全保障パラダイム

5 結論

 

【内容】

 

1 地球的マクロトレンド(略)

 (1)経済成長と人口 (2)エネルギー、気候、大気 (3)危険にさらされた資源

 

2 地球環境政治入門

 

 地球環境政治の問題領域は、(1)当該経済活動が環境に与える結果、(2)その問題に巻き込まれた国家・非国家アクターによって範囲が決定される。(1)が地球規模であるか、(2)が単一の地域を超えるものであれば、地球環境問題であると考えることができる。

 地球的共有資源(global commons)をはじめとする各種自然資源が地球環境政治の範囲に含まれる。地球環境政治は多国間交渉や、UNEP(国連環境計画)・FAO・世銀・IMF・GATT・WTO・NGOsなどの活動によって展開され、さらに国内の経済勢力・政治勢力も考慮に入れなければならない。

 地球環境政治には5つの特徴がある。

 第一の特徴は、拒否力を持った国家が拒否国として地球環境政治において重要な役割を果たすことである。拒否力を持つかどうかは経済的なパワーの大小とは必ずしも一致しない。

 第二の特徴は、当該生産物の国際貿易に置いてそれぞれの国家がどのようにかかわっているかによって、その国の役割が決まる、ということであり、その国が途上国であるか先進国であるかによって、地球環境政治における役割が一意的に決まるわけではないと言うことである。

 第三の特徴は、地球環境政治においては、軍事力ではなく経済力の方が、交渉の結果に影響を与えることができる、ということである。地球環境政治においては、軍事力に根ざしたヘゲモニー・パワーは生まれないと言うことであり、重要なアクターの積極的な強調が重要なのである。

 第四の特徴は、拒否力や主権が協力の障害になるものの、多国間交渉によって環境に対する脅威を抑制する強調が達成されやすいと言うことであり、そうした障害を乗り越えて主権国家がどのようにして共同行動を取るのかを分析することが、地球環境政治研究の大きな主題となる。

 第五の特徴は、世論や国内的・国際的広がりを持つ非営利のNGO、特に環境NGOが、人権問題と同様に、経済問題や安全保障の問題よりも一層重要な枠割りを果たすことができると言うことである。

 

3 環境政治における国際的レジーム

 

(1)国際的レジームの概念

 

 国際的レジームには二種類の定義がある。第一の定義は、「暗黙的なものであろうと明示的なものであろうと、特定の問題領域においてアクターの予想を何らかの形で集約してゆくような規範、規則および意思決定過程の集合」というものである。この定義は包括的なものであるが故に厳密さに欠けるという批判がある。

 本書で採用されるのは第二の定義で、それは「多国間協定によって特定化される規範と規則のシステムのことであって、それはある特定の問題ない思想後に関連した問題の集合に関する国家の行動を規制するもの」である。

 レジームには(1)拘束的な協定あるいは法的な手段、(2)非拘束的な協定があり、大部分は(1)であり、また(1)の方が実質的な影響力という意味でより効果的である。

 (1)の代表は条約である。他には条約作成後に細かいルールを決めることを前提として結ばれる枠組条約、枠組条約作成後に具体的な事項を決めた文書として作られる議定書などがある。

 (2)はいわゆるソフト・ローと呼ばれるものであり、また「アジェンダ21」のような「包括的レジーム」もこの種に含まれる。

 

(2)地球環境レジーム概観 (略)

 

(3)国際的レジームへの理論的アプローチ

 

 国際的レジームの形成と変容を説明するためのアプローチは、大別して4つある。

 第一のアプローチは「構造アプローチ」、もしくは「ヘゲモニー・パワー・アプローチ」である。このアプローチによると、レジームの形成と変化の主要因は、関連国家の相対的な力であり、より強い国家が指導的な役割を果たしてレジームを形成する、というものである。このアプローチには(1)強制力を重視する見方(軍事力・経済力によって他の国を参加させる)、(2)「公共財」に焦点を当てる見方(他の国家にとっても便益となる財を提供する)がある。

 第二次対戦以後の世界経済システムに対する分析としてこのアプローチは有効であるが、ヘゲモニー国家であるアメリカが積極的ではなく、またアメリカのヘゲモニーが日本やヨーロッパによって相対的に低下してきた80年代以降に地球環境レジームが形成されて来たことを十分に説明することはできない。

 第二のアプローチは、「ゲーム論的アプローチ」であり、交渉の当事者の数が少なければ少ないほど、相手の交渉戦略を容易に知ることができるので成功しやすい、と考えるものである。しかしこれに対する反証はさまざまに存在する。

 第三のアプローチは、「制度的交渉アプローチ」であり、国際レジームの効果に関する情報の不完全性が高い場合にのみレジーム形成が成功しやすい、とう考える。しかし実際には層でない場合の方が普通であり、情報の不完全性以外の要因によってより多く、アクターの(特に拒否国の)行動は決定されるのである。

 第四のアプローチは、「認知共同体モデル」と呼ばれる。これは、科学的研究に基づいた国際的な知見を持つ科学・技術の専門家エリート集団が、レジーム形成に重要な役割を果たす、と考える。彼らは国家を超えた「認識共同体」、ある政策課題に対して共通の価値観とアプローチを持つ専門家協同体を形成するのである。しかし認識共同体はあらゆる分野に対して影響力を持つとは限らず、イシュー次第では科学者エリートたちの見解が受け入れられないことも往々にしてあり得る。

 

 これらに加えて考慮に入れなければならないのは、(1)アクター内部の政治・経済・社会過程がアクターにもたらす影響、(2)交渉の場のルールや、ある特定の交渉が他のさまざまな交渉全体との関わりにおいて持つ影響力、(3)国家間の政治的・経済的関係などである。

 すべての歴史的なパターンを説明できる理論的アプローチを構築するためには、一変数アプローチではなく多変数を含む検証可能な仮説を展開しなければならず、またそれをさまざまなケース・スタディによって検証していかなければならない。

 

4 パラダイムのシフトと環境政策

 

(1)支配的な社会的パラダイム

 

 以前の経済学の支配的なパラダイムは「排他論者的パラダイム」、すなわち「フロンティア経済学」とも呼ばれるような、資源が無尽蔵であり、社会は開かれたフロンティアである、と前提する世界観であった。

 こうした世界観は、(1)自由な市場が社会的厚生をつねに最大化する、(2)自由な市場が機能するならば、自然資源だけでなく、これらの資源を収奪することから生じる廃棄物の処分のための「捨て場書」さえも無尽蔵に供給される、という、新古典派経済学の二つの過程に依拠している。イデオロギーこそ違え、旧ソ連や共産圏諸国も同様の仮定を置いてきたのである。

 1960年代に入り、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』などが排他論者的パラダイムに対する批判の嚆矢となり、1972年のストックホルム会議(国連人間環境開発会議)は初の世界規模での環境会議として開催され、UNEPも誕生した。

 

(2)代わるべき社会的パラダイムの興隆

 

 1972年のローマ・クラブ『成長の限界』や、1980年のカーター大統領のイニシアチブに基づく、米国環境諮問委員会と国務省による『西暦2000年の地球』などは、このままのペースで経済発展や人口成長が続くと、地球の環境容量を超えてしまうという、「成長の限界」的展望を提示し、フロンティア経済学に対して代替的なパラダイムを示す契機となった。これに対しては、技術革新や資源としての人間の可能性を考慮に入れていない、発展途上国の成長を締め出すことになる、という批判がなされ、また80年代初頭の新自由主義の台頭によって、「成長の限界」的展望はいったん後退したかに見えたが、そうした見解を支持する人々は徐々に増えていった。

 1980年代中盤以降、ブルントラント・レポートが提示した「持続可能な発展」という概念が、新たな社会的パラダイムとして次第に有力となってきている。「持続可能な発展」とは、「現代世代のニーズと同様将来世代のニーズも損なわない」発展、として定義されており、現行の経済政策を続ければ、自然システム自体が不可逆的な損害を被ることを警告している。

 「持続可能な発展」における「発展」概念は、いわば資本を食いつぶすことなく、利子で生活していくことを人々に求めることになる。そして国家観・社会観・世代観の公平性を守るために、途上国の開発のあり方や先進国における物質的豊かさのあり方に再考を迫るものである(具体的にはすでに、環境会計、環境サービスの向上、緑の税の導入などがなされ、遅々としたものではあるがこうした取り組みが浸透し始めている。またこうしたパラダイムへの転換の象徴的な事件として、1992年のUNCEDをあげることができる)。

 

(3)代替的な安全保障パラダイム

 

 軍事力を重視し、他の国家を主な脅威をみなし、国家の最優先関心事項は国家の存在や自立性を守ることである、という伝統的な安全保障パラダイムもまた、現在転換を迫られている。

 代替的な安全保障パラダイムは、「包括的安全保障」「共通の安全保障」などと呼ばれるように、核戦争や環境破壊といった地球規模の問題に対する、国際社会全体が共有する問題に対して協働していかなければならないと考える。しして伝統的な軍事安全保障政策は、こうした共通の地球安全保障にとってはむしろ障害になると考えるのである。そして環境安全保障は、核戦争の回避に比肩する重大な脅威なのである。冷戦以後の各国の動きは、こうしたパラダイム・シフトの動きを裏書きするものである。

 

5 結論 (章全体の単純な要約なので略)

 

【コメント】

 

 環境問題に対する基本的な認識については、すでに加藤三郎論文でざっと概観したこともあり、今回は国際関係学でここのところよく取り上げられる、「レジーム」概念の話とからめた論文を選んでみました。レジームについては、山本吉宣「国際レジーム論−政府なき統治を求めて」(『国際法外交雑誌』第95巻1号、1996年)という決定的な文献があります。ここで採用されている第一の定義はクラズナーによるものです。

 それから「認知(または認識、知識)共同体(epistemic community)」モデルはピーター・ハースなどによって提唱されて、環境レジームの話ではおなじみの概念ですね。これ以降ではリツフィンの言説アプローチが、知識共同体モデルに対する批判から出発して登場しています(阪口功「象牙取引規制レジーム 知識・言説・利益」『国際政治』119号、1998年の序論部分がこの辺の議論の流れを明快に整理しています)。

 リオ・サミットの時も日本で環境ブームが起きましたが、京都会議以降、Webにはずいぶんたくさんの環境関連HPができました。他にもいろいろあると思いますが、京都新聞社のHPなどは、以降の展開をフォローし続けていてとても役に立ちます。

 最近の環境をめぐる問題については『国際問題』2001年6、7、8、9月号に連載された、「講座地球環境(1)(執筆高坂節三)(2)(執筆長谷敏夫)(3)(執筆岩間徹)(4)(渡部茂巳)」が極めて有益です。全部で40ページほどですが、これを一通り読んでおくといっぱしのにわか環境通になったような気分になります。

 その(4)で渡部茂巳さんが触れているのですが、「渡り鳥条約」というのが非常に気になりました。日本はアメリカ(1972年)、旧ソ連(1973年)、オーストラリア(1974年)、中国(1981年)と結んでいるとのこと。渡り鳥には人間が勝手にこしらえた冷戦も国境も関係ないはずなんですが、おもしろいですね。ヒトの国際移動は多くの研究者がやっているので、国境を越えた動物の移動と人間の国際関係との関係を専門にやってみようかな、などと考えている私としては、いつか渡り鳥の研究でもしようかなと密かにたくらんでいるところです。これはやりようによっては相当おもしろいことになると思うんですよ。

 

(芝崎厚士)

 

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