「DASH前史 FIRST SAGA 〜THE CLOSS FIRE〜」
著者:青龍さん

Prologue....

古代人が建造したと言われる星、ヘヴン。 その全管理を務めるマザー・セラが地上に封印され、勢力、武力共に落ちていた。 そこに残って忠実に職務を務める者は、脳の大半を地上でのマザーの戦いについてで占めていた。 しかし、最近起こったその重大事件に紛れ、職員の間ではある伝説が語り継がれている。 それは過去に起こったヘヴンの歴史的事件でも、最強を名乗る歴代のロックマンでもない。 その頃には何でもない、何処にでもいそうな一人のロックマンの伝説である。 それが伝説である以上、事実かどうかは解らない。 しかし、今もストーリーは続いている・・・。

1話

「ハァ・・・」 リッジは溜息を吐いた。 窮屈な椅子と席につき、かれこれ5時間はこのコンピュータ・ディスプレイと向かい合っている。 画面 −と言っても空中に映し出される3D映像だが− では複雑な緑の線が渦を巻き、 赤や青の点が不規則的に動き回っていた。 そのバックでは講師が手袋型の画面操作機を上下左右に振る。 その動きに合わせて画面も変化した。 リッジを時折睡魔が襲い、頭脳が揺らぎ視界が薄くなるが、その度に立て直す。 彼は再び溜息をつき、口喧しい教習員に悟られぬよう、さりげなく当たりを見回した。 ドーム状の部屋には数百人の訓練生が自分と同じような席についている。 リッジは昔から学習というものが嫌いだった。いくら造られた存在であっても、自分たちには人格があるし 体力や精神力の限界もある。 辞典の数冊を30分で丸暗記できるとはいえ、関係はなかった。 「・・・このNTS22でD5-77陣を組んだ。このときF17-CP8タイプの勢力に対しての適切な手段とは?」 講師が再び新しい画面を出し、 −先と同じくデジタル画像で表したポリゴン地形のホログラムだ−  戦略を課題とした問題を出してきた。 他の訓練生はまるでを目の前にした中学生のように、必死の思考と諦めの狭間で苦しみだした。 しかし、リッジだけは −どういうわけか− 戦いについては天性の才能を持っていた。 躊躇もせず −幾何学パズルを解くように− 画面をいじると、講師は『またか。』と言うような顔で こちらを見た。 数秒後に自動的に全訓練生に送信された回答は、リッジのそれと完全に一致していた。 唯一の正答者は特に得意な顔もせず、ただ講義の終わりを待っていた。

2話

『・・・やはり彼が選ばれましたか・・・。』 リッジは数週間前、暇つぶしに上層部コンピュータにハッキングしたときに、 ヘヴンの監視カメラが捉えた担任の教習員と、一人のロックマンとの会話を聞いてしまった。 ロックマン・・・それはこのヘヴンの守護者であり、リッジもこの守護者になるべく「造られ」、 「育てられた」のだ。 そんな人物がこのヘヴンに何万人いることか。 その中から、真に戦いに秀でた者だけに憧れの階級が与えられる。 では、選ばれなかった者は? 戦えない戦士を待つ運命くらい、リッジも知っていた。 だが、彼は焦りもしなければ、必死で戦士になろうとするような努力もしなかった。 しかし、彼は選ばれた。 その類い希なる才能で。 そんな生き物になったのは、自分の意志か神の意志か。 リッジには分からなかった。 恐らく一生分かることはあるまい。 リッジはヘヴンの武器を制作している工房へ足を運んだ。 そこの窓口であり工場を仕切っているトライスと言う名の老人 −ゆうに150歳を越えているが、 ヘヴンでは別に珍しいことではない− が、リッジの良き理解者だった。 年の割に若々しい顔と体つきをしているのが特徴だ。 老人はドアを開けて入ってきたリッジを目敏く見つけ、声をかけた。 「おお、リッジじゃないか。久しぶりだな。」 そういえば2ヶ月程会っていない。 「よお、爺さん・・・まだ生きてるのか?」 いつもの軽いジョークでジャブを打つ。 「失敬な、まだまだ体力は持つ。戦いの腕ならマザー・セラにも負けんよ。」 彼の言葉は半分が真実で半分が嘘だった。 確かにマザーに敵う者はヘヴンには存在しない。 しかしこの老人はボス級リーバードの30体くらいなら一度にねじ伏せるだろう。 その気になれば50体程はいけるかもしれない。 ヘヴンとはそう言うところだ。誰もが生み出された頃から暗黙の内に理解している。 「これでも昔はロックマンの補佐をしていたんだ。110年くらい前か。あの時は・・・」 得意げに話し始める老人を後目に、リッジはサンプルの武器を漁り始めた。 200m四方はあるかと思われる展示室には、今まで製造された全ての武器が並べてある。 勿論ツイン・クローのようなレアな武器はレプリカがある程度だが。 どうしようもなくやることの無いときは、ここに来ては武器を眺めたものだ。 勿論部屋の隅には武器リストのホログラム起動装置が置いてあるが、リッジはあえてそれを使わず 現物を見ることを常としていた。 しかし、今は幼少の頃と違って、暇な時間が少なくなった。 未だに全てを見尽くしたわけではない。

3話

「・・・ん?」 暫く歩く内、リッジの目は一つの武器の写真に釘付けになった。 どうやら太刀のようだ。全体に青みを帯びている。横にはその設計図と思しき絵があるが、 それには前者の刀と対照的に赤い刀も一緒に描かれていた。 リッジが気になったのは、この陳列室で唯一「写真」だったこと。 先に述べたように、ここにあるのはホログラム、実物、あるいはレプリカのみ・・・の筈だった。 もう一つ気になったのは、非常に目立たない所にあったこと。 武器と武器の間にわずかに覗いている程度だった。 「これは・・・」 「ああ、それか。」 不思議がっているところへあの老人が声をかけてきた。 ・・・何時の間に後ろに? 油断も隙も無いな。 気にしないふりをしながら、リッジは疑問を口にした。 「・・・爺さん、これは一体何だ?なんだって、こんな写真に・・・」 「話せば少し長くなるが・・・聞きたいか?」 リッジは間髪入れず言葉を返す。 「いいか、その台詞は人間の知的好奇心、及び記憶中枢神経細胞を刺激し・・・」 「はいはい、わかったよ。」 老人はリッジの遠回しの返事を遮り、話し始めた。 リッジは自室にいた。 ベッドに横になり、散らかっているとも片づいているとも取れる部屋を呆然と見つめた。 何も考えずにいると、さっきの老人との会話が蘇ってきた。 持ち前の記憶力で、一語一句間違いなく、頭に並べる。 『いいか、リッジ。その剣は、お前のようなロックマン候補生の依頼で特別制作した物だ。』 彼はとても老人とは思えない口調で話し始めた。 『その剣は二本で一組だ。しかし一人で二本持つことは出来ない。我々はもう一人の「持ち主」  となる人物の協力が必要だ、と言ったら、心配いらないと答えた。  何と言っても候補生だから、それ以上の追求も疑問も抱かずに我々 −と言っても仲間の一人が− は刀を制作した。  もう一度言うが、特別な品だ。並大抵の技術では造れない。その写真にある刀が完成したとき、  彼には直ぐににもう一本を造るほどの体力は残っていなかった。  そのロックマン候補生はその直後に、刀を制作したわしらの仲間を殺し刀を奪った後姿を消した。』 リッジは振り向き、今一度写真に目を凝らした。 一昔前の機械で録ったのが原因のようだ、あまり鮮明ではないが、刀の柄に文字が書いてあるのが見えた。 『この文字は?』 『・・・KILLING THE COLD・・・  そのロックマン候補生がつけた刀の名だ。  外見のイメージでも分かると思うが、物質を瞬時に冷却、凍結させる能力を持っている。  だが、その他にもう一つの力がある。』 リッジは、その刀に鍔に埋め込まれたヘヴンでも珍しい小型の視覚偽証装置に目を向けた。 これの質の悪い物を、ネオ・イレギュラーは幾つも持っていると聞く。 『・・・ステルスか。』 『そうだ。奴はその力を使い、今もこのヘヴンの何処かに居る。 H/B,S,P,(Heaven/Best Search Party−ヘブン最高捜索隊)でさえ、未だに彼を捜し出してはいない。』 『そいつは物騒な話だ。そのロックマン候補生が俺の朝食をシャーベットにする前に捕まえるように  捜索本部に活を入れとけ。』 『茶化すな、リッジ。』 老人はリッジの背中を張り飛ばすと、思い出したように言った。 『そうだ、リッジ。お前にもう一つ話がある。』

4話

リッジはベッドから降りると部屋を出た。 廊下では丁度H/B,S,P,のメンバーと、右胸に衛星のマーク −ヘヴンを模した物だ− を付けた 巡回シャルクルスの一個小隊が通り過ぎたところだった。 奴を捜しているのだな、とリッジは思った。 『お前、この剣を持ってみないか?』 老人は設計図に描かれている赤い方の刀を指差した。 『・・・それがもう一つの話か?』 『ああ。剣は二つで一つ。奴の剣があるだけではいずれヘヴンの脅威になるだろう。  そうなる前に始末する必要がある。』 『確かに決して悪い話ではないが・・・やめておくよ。』 老人は少し戸惑ったようだ、一瞬言葉を詰まらせた。 『・・・何故だ。』 リッジは自分の腰に付いている刀を見下ろした。 『立てるようになってから持たされ、今までの生涯を共にしてきた武器は簡単に手放せない。』 『・・・しかし、そんな弱い剣ではロックマンとしてやっていけないぞ。』 老人の言い分ももっともだった。実際、こんな剣ではネオ・イレギュラーの10人も追い返せない。 『ああ・・・考えておく。その気になったら連絡するよ。』 リッジは部屋を出ようとして、一番目立つところに飾ってあるツイン・クローの複製に目を向けた。 『そう言えば、爺さん。』 『何だ、まだ何かあるのか。』 『かつてロックマン最強を名乗っていたロックマン・ロイがこの前死んだよな。あの武器はどうなるんだ?』 リッジはレプリカを顎で示す。 『心配せんでいい。直に特別区間で養成された戦士が着くよ。何でもなかなかの腕利きらしい。』 『特別区間?聞いてないぞ。くそ、俺達と差別しやがって・・・。』 リッジはボヤきながら部屋を出た。だれもそんな愚痴を聞く者はいないが。 暫く歩き、曲がり角で担任の講師に遭った。 このヘヴンの広さと彼の様子を見ると、偶然というワケではなさそうだ。 『おいリッジ、探したぞ。』 声をかける彼の目は特に表情が無く、それ以上何かを読みとることは難しい。 『何ですか、いきなり。』 『これから着任式をするから、1時間後にマザー・セラ様の多目的エリアに行くように。  式を終えれば、お前は晴れてロックマンだ。おめでとう。』 やっぱりか。 リッジは監視カメラの映像が真実であることを改めて思い知った。 『分かりました。有り難う御座います。』 講師は少し変な顔をした。リッジの反応が意外だったのだろう。 しかし、追求はしなかった。 彼はもと来た方向に歩き出し、十数秒で廊下の闇にとけ込んだ。

5話

リッジは歩き始めた。 とうとうロックマンになる。 生きるための目標であった。 「俺がヘヴンの守護者に、か・・・。」 呟いたとき、かつてのロックマン、ロイの顔が浮かんだ。 まさに戦うために生まれた男だった。 マザー・セラと一、二を争う程の感情の無さで、「了解」「任務完了」「問題ありません」 の言葉意外は、一切話さなかった。 彼は確か、攻めてきたネオ・イレギュラーの大軍をほぼ一人で撃滅、 逃げようとしたイレギュラーの船に乗り込み、 中から爆発させ全滅させたのだ。自らを犠牲として。 自らを・・・犠牲に。 ・・・。 自分に出来るだろうか。 リッジの心の中を、数秒の間不安が満たした。 俺は、自分の命を放り出してまで、ヘヴンを守ることが出来るのだろうか。 リッジはマイナスの感情を振り払った。 そうだ、俺はロックマンだ。 年に数人しか出ない候補生の中から選ばれた戦士なのだ。 ただ重かった足取りが、急に力強くなるのを彼は感じた。 多目的エリアのドアは、もう目の前にある・・・ リッジはドアを開けると、恭しく進み出て跪く。 「マザー・セラ。ロックマン候補生、リッジ・オズベルト、只今参りました。」 「よし・・・予定より早いが、早速着任式を始める。」 マザー・セラはガガを従えて前に出てきた。 ヘヴン・システムの頂点に立つ彼女は、少女の外見を持ちながら、威圧感は相当のものだった。 リッジは、マザーから手渡された有機物質と機械で造られているチップを左腕に差し込んだ。 直ぐにチップは肉体と一体化する。このチップはロックマンの証であり、同時に各ロックマンを管理する役目を持っていた。 「では、リッジ・オズベルト。貴公は、ヘヴンの平和と秩序を守るため、正義の名の下に戦うことを誓うか。」 「誓います。」 チップの露出部のランプが一つ輝いた。 「そして、上層部及び司令部の命令に服従し、如何なる手段を持ってしても命令を達成することを誓うか。」 「誓います。」 続けて二つ目。 「同時に、時には自らを犠牲にしてででも、我々に尽くすことを誓うか。」 リッジは返答に悩んだ。誓ったことは実行せねばならない。 しかし、今更引き返すこともできない・・・。 答えるべきか・・・断るべきか。 今までの努力を意味ある物にする為には、行くべき道を行くしかあるまい。 「・・・誓います。」 最期のランプが光り、その直後チップは完全に体内に潜り込んだ。 「・・・よし。では早速、最初の任務を与える。」 やれやれ・・・到底楽しい人生を送れるわけはないか・・・。 「任務はある人物の捜索だ。対象者の名はクォーク。」 マザーが指令を出し始めると、空中に3Dスクリーンが現れた。 それには、その「クォーク」らしき人物の全身像と頭部、その他のデータ画面が映し出されている。 「彼はかつてのロックマン候補生だが、精神に異常を来したらしい。  武器製造員を殺害し、武器を奪って逃げているという。」 あいつか。 先に老人から聞いた話の人物らしい。 やるべき事は決まったようだ・・・。 「見つけ次第処分して構わない。  詳しい情報は工場長から訊くか、データバンクにアクセスするといい。  健闘を祈る。」 マザーはそう言うと、ガガと共に部屋の奥へと消えた。 着任式は、終えてみると何でもない。あまりにあっけなかった。 数分間そのままでいたが、意を決して部屋を出た。 彼の足は、ほんの一時間前に居た場所に向かっていた。

6話

老人トライスは窓口にいた。 24時間365日、殆ど離れないこの席に、老人は今も座っていた。 彼はリッジの事を考えていた。 ヘヴン・システムのメインコンピュータによるアナウンスで、 今さっきリッジがロックマンになったことを知った。 喜ぶべき事のはずだが、特にその事実に対する感情を見出せない。 それはリッジ自身とて同じ事だろう。 彼はこれからどうする気なのだろうか。 予想することは出来ないが、薄々感づいていた。 彼はここに来る。 その時、ドアが開いた。 早速か。 リッジは老人に告げた。 「・・・あの武器を造ってくれ。」 勿論だとも。 「了解。」 意気揚々と言葉を返した。 トライスは設計図をスキャナに通し、画面に映した。 暗い部屋が青白い光に照らされる。 「さて、今一度この刀の説明をしよう。」 「ああ、頼む。」 2人はスクリーンを映し出しているホログラム起動装置が付いた机に腕をつき、体重を預けた。 「この刀の威力は、持ち主の意志の力に反映する。弱い心を持つ者が使えば、ただのガラクタと同じだ。  だが、逆に強い心を持つ者が手にすれば、天井知らずのパワーを持つ。  それがメリットなのだが、戦いの最中弱い心を少しでも見せれば、まず負けると思っていい。  この刀の性質の構造はまだ解明されてない。  造るのは私達だが、本当の制作者は持ち主なんだ。」 「・・・なるほど。だから一人で二つは持てないのか。」 「ああ。精神が崩壊する危険があるし、下手をすれば死ぬ。」 「だが、俺には要るんだ、その剣が。奴に対抗する唯一の手段なんだ。」 「分かっている。では、早速始めるか。」 老人は製造室のドアを開け、中に入った。 「しかし、この武器と別れるのも惜しいな・・・。」 呟きながら暫く佇む。 すると老人がドアの向こうから顔を出した。 「何してるんだ、リッジ。その剣をベースにして造るんだから、早くよこせ。」 早く言えよ。 リッジは乱暴に放り投げた。 老人は受け損なうとバランスを崩し、工具の山に突っ込んだ。

7話

リッジは剣が造られる過程を、一部始終見守っていた。 目の前の製造器の中には、ベースの剣と設計図通りに調合した合金が入れられている。 老人は最期の製造プロセスを終えると、しつこく服に絡みついていた工具の最後の一つをようやく外した。 彼も神経をすり減らしたのだろう、先に居た部屋に引き返した。 リッジは合金と刀が一つになるのを感じた。 刀は一回り二回り大きくなったようだ。あの青い剣に匹敵する太刀だろう。そう願った。 暫くして、ようやく完成するのを感じた。 機械がさっきまでとは違う音を奏でだした。 中では複雑な動きがあった後、刀が製造器の上にせり上がってきた。 全ての光を完全に反射するかの如く光輝く刀身と、赤みを帯びた柄に、リッジは暫し見とれた。 全体で自分の身長程の長さがある。3分の2が刀身で、残りは長くて細い握りやすいグリップ・・・。 太刀を握り、一振りしてみる。 風が唸り、剣の10mも先にあったガラクタの山が切り裂かれた。 まさかここまでとは・・・。 リッジは切ろうとしたつもりも無かっただけに驚いた。 鞘も無いので、スーツのマグネット・ジョイントに付けておく。 すると、まるでその為にあったのかのように、刀は丁度装着された。 「爺さん、出来たぜ。」 リッジは、ぐったりと椅子に身を預ける老人に報告した。 「おお、出来たか。・・・うむ、流石だ。光り方が違う。裏切り者と、そいつに殺されるような  馬鹿が造った刀とはまるで別物だ。」 「爺さん、口がきつい。」 「・・・で、名前はどうする?」 「は?」 唐突な質問だったので、思わず間の抜けた声が出た。 「『は?』じゃないだろ。名前だよ、名前。刀の名は何にする?」 そう言えばクォークの刀にも名前があったな。 「ちょっと待てよ、今考える・・・。」 名付けか。こういうの苦手なんだよな・・・。 「考え過ぎだぞ、リッジ。」 「・・・だめだ。どうも思いつかない・・・。  悪いが後にするよ。その内パッと浮かぶこともあるかもしれない。」 「そうか。だが早めに越したことはないぞ。」 「ああ、分かったよ。じゃあ、早速行って来る。」 リッジは狭いドアを刀を擦らないように通り抜け、廊下に走り出た。 ようやく任務が始まったのだ。 先ずすべきことは何か。 廊下を歩きながら、彼は講師の教えを思い出した。 『武器を扱うのなら、その武器との調和を保たねばならない。』 トライスの話によると、刀と刀は引き合う性質を持っている。 どんなに隠れても、刀がその場所を知っている。 しかし、リッジはまだ刀と調和していない。 この武器について知り尽くし、使いこなすまでは何も出来ない。 刀が自分を持ち主だと認めない以上、刀が語りかけることはないのだ。 リッジはもう一つ、講師の教えを思い出した。 『自分にとっての試練と向き合ったとき、命運を決するのは才能ではなくそれまでの修行だ。』 つまり、それが答えだ。 技を体得するのに修行が必要な事は、多少頭が弱くても分かる。 自分が満足出来るまでは、 −少なくとも1ヶ月は− マザー・プログラムの下で 対ホログラム戦を繰り返さねばならないだろう。 その前にゆっくり休んでおくか。 リッジはゆっくりと自室に引き返すと、刀を壁に立てかけ、自分はベットに転がった。 薄暗いネジウム・ライトの光りを浴びて光る太刀は、先程より輝いて見えた。

8話

リッジは栄養ドリンク剤にレービング・ソーダを注いだ。 このドリンクは対象者の現在の体調に見合った内容で出してくれる。 「今日の特訓は辛かったな・・・。」 そう言うと、カップの中身を一気に飲み干した。 暖かいアルコールが喉を満たす。この飲み物は披露回復にはもってこいだ。 修行は、もう2,5週間は続いていた。 コンピュータならではの驚異的な学習能力で、マザー・プログラムは刀の能力を見つけ、それを最大限に引き出した。 毎日の修行は大抵メニューがあり、ある程度の法則をもって繰り返される。 先ずは体をほぐす軽い準備運動。ロックマン・エリート(過去のロックマンの個体ホログラム)20人をなぎ倒す。 次に筋力トレーニング。部屋を20Gの重力に上げ、跳躍での部屋の往復を2万回、逆立ちをしながら瞑想を2時間。 メインのソード・トレーニングでは、数々の剣豪の戦いを参考にした「カレスチズ・セフ」と、「エクセリジェント・ローグ」 の型を練習、続いて、先と同じく人工重力の設定を変え、0〜30G間でソードマスター・ホロと戦う。 また、物質操作の応用で肉体の状態も変える訓練も受ける。 これにより体内の気圧を変える等して、数分間は無着用で宇宙空間での行動も可能になる。 また、心臓や脳波も自由に変えられるので、一時的な仮死状態にもなれる。 ただし、爆発などの瞬間的作用には対抗できない。 これを15時間休み無しで続ける。 ただし、これは「現在の」メニュー。初めの頃は、準備運動だけでへばったものだ。 候補生時代では、ロックマン・エリートの一人でさえかすり傷も付けられなかっただろう。 彼は下等なリーバードに手こずった恥ずべき記憶を思い出した。 あんな物はもう素手で倒せる。たとえパーフェクト・シャルクルス100体が相手でもだ。 たった18日間でこれだけ腕が上がるとは、自分でも驚きである。 リッジは改めてヘヴン・システムとマザー・プログラムの凄さ −決して過小評価していたわけではない− を思い知った。 若きロックマンは、2〜3回頭を振った。 もうやめよう。15時間も訓練をして、残りの時間も戦いのために頭をつかうなんて。 特別休息エリアでの夕食を何にしようかと思案していると、不意に右腕の通信機から、ピッという短い受信音がした。 この受信装置は、ヘヴンでの大体の活動を知らせてくれる。今度は何だ、と思い起動してみた。 小型で少し画質の悪いホログラムが、空中に映し出される。 『テストにより不良、又は不適切と見なしたロックマン訓練生750名の処分を、今から18時間15分00秒後に開始。』 決まりかけていた夕食のメニューが、束の間頭から消えた。 だが、ほんの束の間だ。 暫く、メッセージ終了と共に動かなくなったホロを見つめた。 少し前までは共に学び、共に活動した訓練生が頭に浮かぶ。 殆ど交流は無かったものの、取り敢えずは仲間だった。 リッジは少なからずショックを受けた。 しかし、ロックマンと候補生とは次元が別だ。もう俺とは関係ない。 自分自身に言い聞かせて、気持ちを落ち着かせた。 そう、関係は無い。

9話

リッジは相手の繰り出した危険なプラズマ・ブレードを、刀を右から左に軽く払い偏向しながら懐に飛び込んだ。 そしてすかさずバック・ハンドで切り返し、近くの3人まとめて斬り裂いた。 真っ二つになったホログラムは、一瞬動きが止まり、その後粉雪のように砕け散った。 リッジはその攻撃結果を確認もせず直ぐに振り返ると、後ろから跳躍してきた的をその勢いで斜めに叩き降ろした。 その個体ホログラムもリアルにバウンドすると空中で消えた。 直後に左右から襲いかかる二本の刃を持った相手の攻撃を受ける。 二人の二刀流を一つの刃で相手にするには特別な戦法と技術が要る。 論理的には可能だが「不可能」とされた対二刀流戦法は、あまりに難解な上人間の限界を超えた技術力が必要なのだ。 しかし、リッジは「人間」ではない。 造り出された生物であって、人間の体と心を持つリーバードに近い。 その身体能力が、この秘剣法を成し遂げた。 勿論この戦法はマザー・プログラムに記録されていた物で、自分はその初めての継承者である。 恐ろしく素早い動きも手に入るこの技は、あらゆる攻撃の防御、偏向の応用にもなる。 火花が散る程の激しい攻防の最中、一人に隙が出来たのを見逃さず、相手の片腕を蹴り上げると すかさず刃を突き刺した。 ホログラムが消える −息絶える− 前に剣を一振りして、もう一人に投げる。 不意を突かれて瀕死の仲間にぶつかったホログラムは、二人合わせて吹き飛んだ。 そして彼等が地面に落ちるより早く、リッジは両方胴体から切り捨てた。 同時に着地点にいた敵の武器も跳ね飛ばす。無防備になった敵はなす術無くリッジに捕まった。 リッジはホロの首を掴んだまま、残りの5人の敵が固まっている所へ走り出した。 彼等は慌てて撃ち始めたが、リッジは捕まえたホログラムを盾にして突撃した。 数十発も一度に喰らって消えるホロを後目に、リッジは刀を一閃させた。 5人のホログラムの首が飛ぶ。 そして、一瞬後には全てが消えていた。残ったのは発汗一つしていない、若きロックマンだけだ。 今日の「準備運動」は2分で終わった。日毎にタイムが縮んできている。 「さてと・・・次は跳躍トレーニングだな・・・」 リッジは深呼吸しながら言うと、パネルとコンテナのある部屋の一角を目指した。 部屋の重力を上げるためにプログラムを呼び出そうとした矢先、その相手が向こうから現れた。 スイッチを押そうとした瞬間だけあって、多少驚いた。しかし、何か用があるに違いない。 「・・・何か問題でも?マザー・プログラム」

10話

プログラムは少し早口で話し出した。 「事件だ。処分の決定していたロックマン訓練生750名が地球に脱走した。  彼等の処分を遂行する職員20名も殺されたようだ。」 「!」 昨日のメッセージだな。 「しかし、処分の決まった彼等のメモリーはプログラムで規制したため、脱走を企てる筈がない。  第三者が、訓練生とは別の自らの意志で実行に移したものと思われる。  事実カメラが、職員が一瞬の内に凍り付き『斬り』殺される映像や、意識のない訓練生を何者かが誘導する映像を記録した。  問題は、そのカメラもヘヴン内のセンサーも、犯人を感知していないことだ。」 マザー・プログラムは、その映像と、同時刻のセンサーの記録を映した。 確かに、「見えない何か」が職員を斬り殺し、同じく「見えない何か」が訓練生をシャトル・ベイに誘導している。 ここまできてやっと、リッジはプログラムの言わんまいとすることが解った。 「・・・犯人はクォークですね。」 「その可能性があまりに強い。処分予定訓練生の追跡、捕獲、処分は別のロックマンに任せた。  とにかく、犠牲者がでた以上、訓練を引き延ばしている余裕はない。  今すぐに犯人を捜索せよ。」 来るときが来たな。 リッジは最初の任務の完了の近さを感じながら、 「了解。」 そう言った。 リッジは一人静かな訓練室の中央に立つと、刀を右手で地面に立たせた。 この刀を使いこなせるようになった今なら、もう一つの刀を見つけられる。そして、その持ち主も。 リッジは今まで戦うために使ってきた全意識を、全て刀との調和と知覚のみに使った。 体中が、軽い静電気に包まれたような感覚になる。 リッジはゆっくりと目を閉じた。 初めはいつも通りの暗闇の世界だったが、突然目の前で光りが弾けた。 一瞬、目を開けそうになったが、辛うじてとどまった。 光りが薄れてくると、刀を持って精神統一している現在の自分が見えた。 これが刀の「眼」なのだろう、とリッジは思った。何とも不思議な感じだ。 その「眼」はやがて部屋を出て、見慣れた無機質な廊下を映しだした。 と、突然視界が走り出した。交差点では忙しく当たりを見回し、また走り出す。 時々リーバードや職員等と擦れ違うが、彼等は気付いていないようだ。 つまり、今しているのはいわゆる「透視」というやつだろう。 刀の「眼」も時々何かを感じようとするように止まる。 何度も交差点を曲がり、何時の間にかドーム状の部屋に来ていた。 「(そうだ、ここは自分の講習室だ・・・)」 今でも講義をしているようだ、講師がホログラムを操作している。 そして、ドーナツ状に並ぶ席の奥に薄く見える人影がある。 講師、その他の訓練生は、その人影の存在に気付いていない。 その人影の形は次第にはっきりしてきた。 明らかに訓練生とは違う雰囲気を漂わせる彼は、青味を帯びた太刀を背負い、数週間前は自分の座っていた席を 見下ろしている・・・・・・・ そこで再び光りが弾けた。 リッジは思わず眼を開けた。目の前には、いつもの訓練室の光景が広がっている。 本当に見えた・・・。 しかし、今は感動している余裕は無い。 どうやらクォークは現在あの講習室にいるらしい。 居場所が分かった以上、グズグズしていられない。 急がなくては。 リッジは扉を無造作に開けると、素早く飛び出し、走り出した。 ・・・急がなくては。

11話

リッジは講習室の前まで来ると、直ぐに刀を持ち透視をした。 今度は先程よりも短時間で簡単に出来た物の、結果はかんばしくなかった。 奴は既に居なかったのだ。 一体何処へ? 透視体勢のまま当たりを見回す。 すると、数百メートル続く廊下の交差点の一つを、黒い影が横切った。少し透明感を帯びている。 奴だ!! 今度こそ逃がさない! リッジは眼を開けて走った。 不思議なことに、まだ奴の姿がはっきりと見えている。 刀の眼と一体になったのだろうか。 しかしそれより重要なのは、とんでもなく早く走るクォークを何処に追いつめるかだった。 前を走るクォークを見失わないようにしながら、リッジは思考を巡らした。 しかし、逃げている筈のクォークが訓練用の実戦室に入ったとき、そんなことを考える必要は無くなった。 あの実戦室は袋小路だ。何回か入った事がある。 しかし、新たな問題が出た。何故ここに逃げ込んだのか? 奴も候補生だったのなら、俺と同じく実戦訓練をしたことがある。 この部屋が行き止まりだということは解っていた筈。 ということは、出て来る答えは一つ。 奴は俺をここへ誘き寄せたのだ。 どんな罠があるか解らない。充分注意しなくては。 リッジは大きく深呼吸をした後ゆっくりと太刀を外して慎重に構え、何時でも攻撃 −と言うよりは優先的に防御−  出来るようにして、扉の前に立った。 造成時と新任時に埋められた2つの有機体チップの微弱な電波を感知した扉がシュッという 気圧スライド式の音を立てて、わずか0,5秒で開いた。 リッジにはその0,5秒が長く感じられた。 かなりの速度で動く物も見極めることが出来る彼にとって、この時間は実際に長かったのかもしれない。 扉が完全に開くと、広く薄暗い実戦訓練室の全体がやっと見渡せた。 奥行き1q、幅500m、対熱線コーティングと衝撃加工のしてある、見るからに丈夫そうな壁、 実戦用バトルリーバード投入口・・・。 何とか通路の光の届くところに、腕を組んで立つ人物が居た。 白と黒の髪、長目の前髪に隠れた眼。 黒で統一した戦闘服は角度によって煌めき、その場所は部屋の向こう側を映し出す。 体全体が輪郭を残して消え去っているかのようだ。 そして、その人物は教習所と同じ不敵な笑みを浮かべていた。 ヘヴンとその全てに関する存在を否定する、邪悪で、不敵な笑みを。

12話

「貴様がクォークか。」 リッジは敵の不可思議な姿とあまりの無防備さにすこし動揺しながらも、それを表に出さないよう努め、 同時に奴と回りを交互に、油断無く見回しながら部屋に入った。 突然、チップの電波の受信圏内にいるにも関わらず、後ろの扉が閉まった。 リッジはチラリと後ろを見たが、また向き直る。 「君が、この僕をやっきになって捜し回っているというリッジだね。  そんなにキョロキョロすることは無いんじゃないか?  ・・・ついでに言うが、その扉は開かないよ。」 クォークが、敵にしては、と言うよりはこれから戦うにしてはあまりに普通な口調で話してきた。 自分の事を知っていたのは、おおかたシステム・データバンクに侵入したのだろう。 「その扉のシステムに、自作のウイルスを感染させた。無理にシステムに侵入しようとすれば、  たちまち扉の開閉用回路を食い潰してしまうだろう。  扉を壊そうにも、この部屋は特別丈夫に造られている。並の攻撃じゃビクともしない。」 本当に、とんでもないことを平気で話す奴だ。 だが、その道では自分も負けない。 「・・・で?」 構えを解き、同じく通常の口調で言ったリッジに対してクォークは言い放つ。 「つまり、この部屋からお前が出るためには、このウイルス・キラーを私から奪い取らなくてはならない。」 クォークは銀色のタバコ箱サイズの直方体を見せながら続ける。 「ただし、私がこれをお前に渡すのは、私が死んだときのみだと思え。」 やれやれだ。リッジは思った。 俺の第一の任務の標的が、こんなに遊び好きとは知らなかったよ。 「奪うか奪わないかは関係ない。ただ、貴様を殺すのは賛成だな。」 言うなり、リッジは剣を振りかざし飛びかかった。 クォークは剣を鞘から引き出す途中だったが、突然のリッジの攻撃を難なく受け止めた。 リッジは直ぐに次の攻撃に移った。 カレスチズ・セフの基本形、マシンズ・ライという素早い連続攻撃を仕掛ける。 しかし、クォークは全ての技を太刀で微妙に偏向しながら避け、攻撃中心のこの技で隙の出来たリッジに 肉体的とは違う力を込めて一撃を繰り出した。 リッジは後ろに飛び退いて、あの鋭い刃をかわした。しかし、反射的にガードの姿勢に移して前に出た 左腕が、一瞬の内に氷に包まれた。 とっさに肉体操作をして、超低温に耐えられるようにする。 凍り付いた右腕を少し見つめた後、クォークを睨みつけた。 「・・・私の刀の能力は知っていた筈だが、忘れたのかい?  それとも君は相手の情報を集めても対策を立てられないバカなのか?」 挑発だ。 しかし、リッジは言った。 「貴様が俺の訓練を、毎日欠かさずこっそり見に来てたのなら、そんなことは言えないはずだ。」 この言葉に、クォークは微妙な困惑の表情を浮かべた。 どうやら奴は予想通り、自分の訓練を毎回監視していたわけではなさそうだ。 リッジは太刀を一振りすると、刃を凍った自分の右腕に当てた。 部屋が一瞬明るくなった。 リッジの剣を当てた右腕は、大きな炎に包まれていた。 氷が溶け、水に変わり、それをさらに火が蒸発させる。 微妙な肉体操作を続ける。そして、刀を離しその炎を消したときには、腕は元通りだった。 「そう・・・氷に対抗するのは火しか無い。これが、俺の対策だ。」

13話

クォークは自分と同じ種の剣の存在にショックを受けたようだ。 だが、無理をして言い返す。 「ふん・・・いいだろう。そうこなくては面白くない。」 敵の心中がグラついていることが、リッジにはよく解った。 あともう一突きすれば崩れ落ちるだろう。 「そうかい。じゃあ、どんどん行くぜ。」 リッジは剣を構え直した。 同時に、刀身が炎に包まれる。 そのまま火花を散らしながら、先制攻撃を放った。 クォークも同じように剣を構え、冷気に包まれた剣を繰り出した。 二つの剣が交わる。燃えさかる火と渦巻く冷気が合わさり、物凄い分裂反応の音を出しながらスパークした。 二人とも休まず攻撃を続けた。 相手の攻撃は避けれない。自分の剣で受けて相殺しなければ、代わりにその報いを受けることになるのだ。 二人は一度大きく右に振りかぶり、剣を打ち合うと同時に飛び退いた。 今だ。 「喰らえ!Dragon Fram!!」 リッジは飛び退きながら相手の動きが止まるのを見て、空中で技を繰り出した。 確かに龍と捉えられる火柱が、火花 −それが火花と呼べるほど小さな物なら− をまき散らしながら、 不規則な渦を巻いてクォークに向かっていった。 明るい炎の光で、一瞬視界が鈍る。 眼を凝らすと、クォークが冷気で体を包みながら横に飛び退くところだった。 炎が過ぎ去り、両方が姿勢を立て直す。 数秒の静寂を、クォークが破った。 「火龍・・・か。だが、私に言わせればDrag on fram −だらだらと長引く炎− だったぞ。」 クォークは、あの攻撃を避けたことで多少の自身を取り戻したようだ。 ・・・やはりあんな技じゃ無理か。 リッジは二度目の挑発を無視して言った。 「・・・一つ訊いておきたい。お前は何故もうすぐ手に入った筈のロックマンの称号を捨て去り、  ヘヴンに反逆するような真似をした?」 なんとなく気になっていたことだった。 そもそも、こいつの気まぐれが変な任務になったのだ。その理由ぐらい聞いてみたい。 クォークは感情を少し高ぶらせて言った。 「決まっているだろう。ヘヴンに仕えるため、そのためだけに造り出され、やりたくもない戦いと  戦略の学習の日々。そんな努力をして目指す物がロックマン・・・命まで武器にして戦うクズどもなのだ。  しかも、いくら経っても腕の上がらない訓練生は、処分と題されて殺される。  まさにその運命を目の前にした者を救ったことの何が悪い!」 どうやら彼の怒りは最高に達したようだ。 「そしてもっともらしい事を言い、遠回しに『死ね』と呼びかける。  自らの身を守るためなら何でもする偽善者集団・・・これが、そいつらの『天国』、ここヘヴンの正体であり、真相だ。」 説得して何とかなる相手じゃないな。 リッジは直感的に思った。 「真相 −lowdown− と言ったが・・・」 そう言って続ける。 「貴様の姿が見えてもいない職員を殺したお前のやり方は、卑劣 −low-down− としか言えない。」

14話

クォークの精神は再びもろくなり始めている。 それを、リッジは更に一突きした。 「元ロックマン・候補生、クォーク・ディティール、貴様をネオ・イレギュラーと認定し、処分する。  ・・・ヘヴンシステムの価値も解ろうとせず、自らの望みのみを追求しようとする下等な人間と同ランクの存在は  全ての滅亡を招く。  750人の不適切者も同じだ。」 クォークの顔色が変わった。 動揺、怒り、不安・・・あらゆる負の感情が入り交じった顔に。 「・・・黙れ!」 突然クォークは叫んだ。 「貴様に何が解る・・・あまり俺に生意気な口をきくんじゃない!  いいかげんにしないと、ここから脱出する唯一の手段をコナゴナに破壊するぞ!!」 哀れな奴だ。だが、仕方がない。 「唯一の手段・・・ってのはコレか?」 リッジは組んだ後ろ手を崩すと、右手に銀色に光る物を持ってかざす。 ウイルス・キラーのデータだ。 クォークは慌てて懐を探った。 「き・・・貴様、何時の間に・・・」 「お前は知らぬ間にコレを奪われるほど未熟なんだ。ヘヴンに盾突こうなんて5000年早い。」 リッジは相手の言葉を遮って続けた。 「しかも、手間をかけてこんな物を作るということは、貴様はあの扉を破れないということだな。」 そう言うと、リッジはデータ・ボックスを握り潰し、背を向けて扉に歩み寄った。 唖然としてその行動を見守っていたクォークは、その隙に攻撃しようなど夢にも思わなかった。 リッジは扉の前まで来ると、剣を構えた。 先の戦いの最中とは段違いの密度の炎が刀身を包み込む。 彼はそれを確認すると、刃を一気に扉に突き立てた。 「!!」 クォークは息を呑んだ。 有り得ない。こんな筈はない。 しかし、現に扉はクォークの目の前で溶け始めている。 数秒後には、人が楽に通り抜けられる大きさの穴になっていた。 「結局お前は並の攻撃しか持たないんだな。  お前がウイルス・キラーを俺に見せつけたところで、既に勝負はついていた。  ・・・これがロックマンと候補生の絶望的な差だ。」 リッジは刀を引き抜きながら言い放った。

15話

クォークは暫く俯いていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。 「・・・これから貴様を捕らえ、監房主に引き渡す。その後の決定はマザーが・・・」 リッジは言いながら近づこうとしたが、突然クォークが剣を振り上げたのを見て足を止めた。 案の定、クォークは再び襲いかかってきた。 ・・・だが、最期の足掻きだ。 リッジは、クォークの必殺の一撃の振り −本人にとってはそうなのだろう− を素手で受け止めた。 『この刀の威力は、持ち主の意志の力に反映する。弱い心を持つ者が使えば、ただのガラクタだ。』 トライスの言葉を、リッジは覚えていた。 「戦いには学習も大切だな。・・・今回の戦いで俺が学んだ教訓だ。」 リッジは腕に力を込めた。 「ガラクタ」同然の相手の刀は、苦もなく −本当に簡単に− 折れた。 クォークは刀に注いでいた全力が抜けたことで、前につんのめった。 リッジはすかさず刀で斬りつけた。 孤独なネオ・イレギュラーは、その力で50m以上吹っ飛んだ。 リッジは後を追って跳躍し、斬って、斬って斬り続けた。 最初は逆らうように動いていた相手の手足も、人形同然の動きになった。 恐らく最初の一撃で既に致命傷だったのだろう。 部屋の奥に来るまで斬り続け、完全に死体となったクォークを上に斬り上げて飛ばした。 屍は高く、高く上がり、やがて落ちてくる。 「・・・受けるんだな、裁きの十字架を・・・」 リッジは剣に一段と炎を纏わせて跳躍した。 そして、落ちてくるクォークと上昇するリッジの高さが重なった。 「Cross Fire!!」 叫ぶと同時に放った必殺の剣の動きに合わせて、炎が十字に飛ぶ。 その炎は標的を的確に捉え、壁に叩きつけた。 十文字の炎は落ちもせず、消えもせず、屍を壁に両手を広げた状態で止めている。 まさに、炎の十字架だった。 リッジは着地した後それを見届けると、 「俺にはヘヴンを守る義務がある。例え幾つかの点でお前と同意見だとしてもだ。」 そう言って、踵を返すと出口へ向かった。 十字を背にしたリッジの姿は、何処か悲しげだった。 炎の十文字で必要もないのに攻撃をしたのは、かつての救世主に見立てた彼なりの情だったのだろうか。 クォークにとっては、それが唯一の慰めとなったに違いない。 しかし、真実を語る者はいない。 一人は死に、もう一人は一生この任務について他人に話すようなことはないからだ。

16話

翌日。 リッジはマザーに報告ともつかない報告を済ませた後集合をかけられ、特別休息エリアの職務関係室で待機していた。 どうやら、最強のロックマンとしてツイン・クローを持つことを許されたという強者が初めて現役のロックマン達の前に姿を表すらしい。 しかし、待機の間は特にすることもない。 ・・・そう言えば、刀の名前、まだ考えてなかったよな。 敵 −それも兄弟剣− と戦った後なら、何か考えれそうな気がする。 しかし、リッジの命名センスというのは特に変わっていないらしい。数分経ってもまだ考え付けずにいた。 不意に、ザワザワとしていた部屋が静かになる。と同時に入り口の扉が開いた。 リッジはそんなことはそっちのけで、上の空で剣の名前を思案している。 後ろにいたリッジの友人であるロックマンの一人が肩を叩き、「おい、来たぞ」と耳打ちしたのでリッジはようやく顔を上げた。 すると、丁度その人物がが入室するところだった。 黒い防弾着コートを纏い、情報端末らしきサングラス型ディスプレイをかけた人物が。 彼は半円状に並ぶロックマン達の中央に静かに立つと、愛想のない声で言った。 「ロックマン・トリッガーです。以後、宜しく・・・」

Epilogue.....

その後、全システムが特殊なウイルスに感染してフリーズした実戦訓練所が隔離され、閉鎖の道をたどることになる。 この作業についての発見報告や処理をした者は駐在職員1名及びその仲間とされていたが、実際はそうではないだろう。 一時、講師見習いにより『実際にこの作業をしたのはロックマンの一人で"R"である』と書かれた調査報告書が出回った。 もっともな理論と根拠による結論だったが、特に上層部に相手をされることもなく、いつの間にかこの話題は消え去っていた。 リッジとトリッガーはその後共同の任務に就き、それがきっかけで親友と呼べる仲になった。 二人は最強のコンビとなり、この二人が協力すればあらゆる不可能を可能にすると、多少誇大な噂も流れるようになる。 リッジはその後ネオ・イレギュラーが滅亡した「エリアLの戦い」で、命を落とす。 間もなくトリッガーとマザーの対立により、ヘヴンは混乱に陥る。 トリッガーはマザーとの戦いで深手を負った。ユニットのリセットで回復するものの、その人格はもう死んだと言っていい。 マザー・セラが地上に封印され、ヘヴン内に残るのは一部の職員とリーバードを残すのみとなり、 地上の遺跡の守護をしていた意外のロックマンは、ヘヴンから姿を消した。 そして、そのヘヴンの一部では一つの伝説が語り継がれている。 あるロックマンが裁いたと言われる、一人のネオ・イレギュラーの炎の磔。 今も、その火は燃え盛っているという。 この伝説が終わりを迎えない限り、その炎も永遠に絶えることはないだろう。 しかし、それが伝説である以上、事実かどうかは解らないのだ。 ・・・今もストーリーは続いている。 数十年の時を越えて、まだ続いている。 結末は解らない。 物語の結末は、誰にも解らない。                     Fin.


transcribed by ヒットラーの尻尾