「DASH前史 〜Last menace〜」
著者:青龍さん

1話

数千年昔。 古代の人類が理想とした、飢えも、乾きも、苦しみも無い世界。 それが本人達の手により、『天国』として完全に形となった時代。 地上から遙か高く、大気圏外に浮かんだ「星」、ヘヴン。 それを肉眼で確認することは決して難しいことではない。 その人類の理想郷も三千年前に存在すべき人間がたった一人になり、 その者はマスターと呼ばれた。 そしてヘブン完成後、この存在を脅かし続けた者達がいた。 名を「オズマ」。 オズマとは、現在地上に住みついているデコイの試作である。 「生み出された」時に数人が逃亡し、自分を実験台扱いしたヘブンの存在を 否定し続けてきたのだ。 感情など与えたからこうなったとマザーは言う。 オズマは代々ヘヴンから50万q離れた要塞 −ヘヴンと同じく星形− に住み ヘブンに攻撃を仕掛け続けてきた。 エデンについては難なくその目をかいくぐって来るが、肝心の「目的地」 に到達した者達は、二度と還って来なかった。 その攻撃隊はヘブンの守護者「ロックマン」によって反撃され、敗北するという結果を 繰り返してきていたのである。 そして現在。大幅に戦力が不足したオズマ達は、最後の巻き返しを図るべく、 密かに策を練っていた。 同じ頃、現存のロックマン最強とも言われる戦士がヘブンにて造られた。 名をトリッガー。「一等粛清官 ロックマン・トリッガー」である…。

2話

ヘブンの無機質な通路。 そこでは何体かのリーバードが、遠くまで響く足音を立てて歩いていた。 機械独特の音が満ちた騒がしい通路に、機械とは違う新たな足音が加わる。 その「誰か」が通りかかると、それまで警備に当たり右往左往していたリーバードが 素早く横に動き、 −普通では滅多に見られない速さで− 道を開けた。 機械にも感情があるとすれば、きっとこの時は目の前を通り過ぎる「誰か」に −と言うよりは強さに− 恐怖を覚えていたに違いない。 その通路は薄暗くただでさえ視界が利き難い上に、その「人」は黒服に身を纏っていた。 見た目は若者だ。 既に成人していると言われればそう見えるが、まだ18歳だと説明されたら なるほどと頷くしか無い。 マザー専属の部下、ガガやジジを知る者なら、その外見を想像すればいいだろう。 その黒服はどうやらコートのような形状をしている事が確認できる。膝下まで布の生地が垂れていた。 彼の名はトリッガー。 ヘブンの守護者「ロックマン」の一員であり、一等粛清官に属す。 その戦闘能力は他に類を見ないものだった。 彼はただでさえ強大な力を更に高めるべく、最早日常となっている戦闘訓練のために シュミレーションルームへ向かっている。 広く、複雑な通路を何処へでも最短ルートで向かえるのは、驚異的な記憶力、 計算力もあるが、なにより上層部のメカニックが開発した、サングラス型の 小型ディスプレイのためである。 このディスプレイはミクロ単位の大きさの高性能CPUが内蔵されており、マップの記録、 表示は勿論敵を察知するレーダー、望遠機能、暗視機能、温度感知機能、通信機能がある。 更にコンピュータとしての基本的な機能も揃っている為、当然情報の参照も出来る。 既に記録されている内容は、地上のデコイの全ての言葉や歴史、町や、自然物のデータ等全て。 それに何より重要な敵、オズマ達のデータもだ。 …彼等は強いわけではないが、何分しぶとい。最後のイレギュラーとして、 ブラック・リストに載せられている。 それでも容量の半分をやっと超える程度である。 近く同サイズで更に容量の多い改良型が完成すると言うが、暫くはこれで大丈夫だろう。 またこのコートも立派な防御服だ。ヘヴンの下級の兵士が持つ程度の武器の弾丸なら 難なく弾き返す。 又動きやすいと言う利点もあるが、流石にボスクラスの攻撃には耐えられない。 しかし結局は全てかわしてしまえばいいのだ。 トリッガーは特に今考えるべきで無い事を考えていたが、時間の経つのは早いものだ。 気付けば既にシュミレーションルームの前に立っていた。

3話

トリッガーは支給された武器を自分なりに改良した黒色の銃を構えた。 するとそれが合図かのように、四方八方から10余人のホログラフの敵が襲いかかってきた。 常人の目ではその動きを捉えることも出来ない程の速さで、だ。 トリッガーは慌てず相手を上回る速さで動き、一人一人丁寧に倒していく。 敵の内の3人が、負けてはいられぬとばかりに弾を −無論実弾である− 連続発射してきた。 トリッガーは自分のレーザーで −対シュミレーション・ホロの出力低下キャップが銃口に付けてある− それを全て偏向すると、相手に5発ずつ返す。 拳銃から出る光弾がホログラフに当たると、その画像は瞬時に消えた。 今度は前後左右、上までも囲まれた。しかし問題無い。 全員の銃口から光が炸裂する。 しかしトリッガーはもうその場に居なかった。 ホログラムはそれぞれの正面から出された弾に当たり、消え去った。 上から飛びかかり弾道の中心に着地した敵も例外では無い。 全てのシュミレーション・ホロを倒すと、少し間を置き部屋の壁の一つにマザー・セラの画像が現れた。 しかしセラ本人ではなく、セラのプログラムを戦闘専用に変えた物であり、別人格だ。 はっきり言えば人間性が無い。 「よし。いつも通りの腕だ、トリッガー。ただし、あまり気取るな。弾など偏向せずとも  避けることが出来るであろう。」 「万が一に備えてです。避けきれない場合も考えての訓練を。」 「ならば高速弾攻防専用のプログラムでやるがいい。今回は実戦シュミレートだ。  自分の全力を出すのが目的でもある。今掛かった時間は12秒63…  本気なら6秒で片づけれた筈だ。  第一お前は生身で機械的な部分が無く、防御力は良いとは言えない。  その為に身軽な装甲でいるのだろう。  わざわざ自らの身を危うくする手段をとるな。」 「・・・解りました、マザー・プログラム。次からは気を正します。」 トリッガーは少し皮肉の調子を込めて答えた。人間性の無い相手は、その口調を気にも留めなかったが。

4話

「よお!又叱られたのか?」 訓練室を出ると、直後に誰かに声をかけられた。 …自分と同じ一等粛清官に配属されているロックマンの「リッジ」だ。親友と言える人物である。 相棒と言い直しても良いが。 性格は楽天的で陽気な方だ。 「見てただろ。」 「当然♪」 この野郎。時々思い切り殴りつけたくなる。…毎度の事だが。 しかし、それをせずに敢えてこう言った。 「お前もして来いよ、戦闘訓練。」 「…俺がお前より弱いの知ってて言ってるだろ?」 「当然。」 同じ言葉を返してやった。 リッジはバツの悪そうな顔をした。ざまあ見ろ。 しかしすぐにいつもの笑顔に戻る。 「じゃあ今日の昼もいつもの所でな。」 「ああ。」 そう言い残すと自室の方向へと歩いていった。 くそ。因縁を簡単に捨て去るのは奴の得意技だったな。 「いつもの所」とは、ロックマンの特別休息エリア、娯楽室の近くにあるバーである。 感情のある者を上手く養うには人間的な生活を、と考慮した上で、特別に建造したと言われているが 定かではない。勿論必要ないと主張するロックマンもいる。 そこで週一度に奴と1時間近く飲むのが日課となりつつある。 しかし、まだその時間まで間がある。 トリッガーはそれまでをガラクタ漁りで過ごすことにした。 ジャンクエリアでは地上のデコイ達の進化具合の研究のため、地球の物質を定期的に 採取に行く。 重要施設や民間人から奪うのではなく、主に捨てられた物を人知れず集めるので、 必然的に「ガラクタ」になるのだ。 トリッガーは名の通ったメカニックでもあるので、時々役に立つ物はないかと立ち寄る。 今回もあまり成果があったとは言えないようだ。 時間をかけて見て行くが、役に立ちそうな物が1つも無い。 ただの1つも… 「…何だ?これは…。」 不思議な物があった。 下半球状の物に猿ととれる手、足、頭、尾が付いている。 その顔は汚れだらけだったが、笑顔を崩してはいない。 ただし、かなり無表情に見えたが。 何かはよく解らないが、どうせ奴らの玩具だろう。 興味を引いたのは材質が高級な物だったこと。 このくらい丈夫なら自分の服にも使用している液状の物質強化剤を塗れば 大気圏に突入できる位の強度は得られるだろう。 しかし所詮使い道がない。 まあ、機会が有れば又あれを手にとり、独自に開発中の機動装置を組み込むなり出来るだろう。 取り敢えず保留。 トリッガーはディスプレイの時計機能を出した。もうすぐ昼だ。 猿の玩具を元の場所へ放り投げると、出口へと向かった。

5話

「だからよぉ、聞いてるかぁ?トリッガー。」 「はいはい。しっかり聞いてるよ。」 リッジは実に酒の回りが早い。まだビール3杯だぞ? 他のユーモア溢れるロックマン達によると、生活元となるオズマ退治の報酬 −ヘヴンではチップ制− がここ最近無いため、少ない酒で酔えるように体質を変えたとか。 その時の会話を思い出していると、突然リッジがボヤく。 「最近面白い事が無いんだよ。反逆者の奴らも攻めて来ねェし。」 彼等の意見は図星のようだ。 「そうぼやくな。いざ来たときは一気に千人倒せばいいじゃないか。30年は困らない。」 「おお、やってやろうじゃん。」 微笑いながら言った。冗談めいた返事だ。まあこっちも皮肉で言ったからしょうがない。 リッジは4杯目のビールに手を出しながら続けた。 「それより気になるのは…」 椅子を回し、体ごと振り返る。自分も後に続いた。 「あいつらがこのヘヴンを守る戦士に見えるか、と言うことだ。」 目線の先…と言うよりは視界の全てに、訓練の間の束の間の休息を味わうロックマン達の 姿があった。 数人はテーブルを囲んでボードゲームをしている。 数人は騒ぎながらポーカー等のカードゲーム。 数人はシュミレーションの戦略対戦ゲームだ。 その姿はとてもヘヴンの守護者とは思えない。 勿論「酒を飲んで愚痴っている」数人も。 「…人の事言えないんじゃないのか?」 「分かり切った事を言うな。涙も出ないぜ、その冗談。」 別に冗談ではないのだが。 「そういやさっきお前と別れた直後にな、ジャンクエリアで…」 興味深い発見を、と言おうとしたら、突然警報が鳴り始めた。 『全ロックマンに告ぐ。エリアDの23番ゲート、コード762を中心に、  オズマの編隊が奇襲。それぞれ所定の位置へ移動せよ。  エリアD周辺と、エリアBの警備者は激しい戦いを強いられると思われる。十分に注意せよ。  また、エリアK,X,F,G,のロックマンは、前者達に加勢すること。  繰り返す。全ロックマンに告ぐ…』 「いきなりかよ。全く、都合がいいのか悪いのか。」 「噂をすれば何とやら、だ。喜べリッジ。酒が飲み放題だぜ。」 「敵が俺の警備エリアに来ればな。…エリアDか。」 そう言ったリッジは椅子の音を立て、勢いよく立ち上がった。 両足で微動だにせず佇む姿は、とてもさっきまで酔っていたとは思えない。 ポーカーのカードのイカサマやボードゲームの順位で騒いでいた各エリア担当の 24人のロックマン達も、「ヘヴン屈指のウォリアー」としての顔で放送に聞き入っていた。 「さて、今夜の祝い酒は、倒した敵の少なかった方がおごる。いいな?」 リッジが聞くはずもない条件を、分かっていながらも出してみた。 「おいおい。自分が戦いの中心部担当だからって調子いいな。」 「やかましい。」 おお。うっかり承諾しやがったな。今夜の酒はもらった。

6話

二人は武器庫へ走った。 ここ数年音沙汰無かった奴らのことだ、何かある。用心するに越したことは無い。 自分の担当エリアはDだが、リッジの担当はL。自分の警備場所とは正反対の方向にある。 と言うことは、Lには殆どの敵は来ないだろう。 楽でいいな。奴は。 トリッガーは密かに呟いた。 実際大軍を相手にするのは気が引ける。 さっきの訓練の時のハンドガンを取り出すと、銃口のキャップを外した。 ポイントレーザー、質力増幅装置をつけ、パワー補充もする。 一回り大きくなった銃を右腰の後ろに着けると、小道具のパックを懐のポケットに入れ、 集団戦で絶大な威力を発揮する「ツイン・クロー」を持った。 これは長年最強のロックマン達が愛用してきたと聞く。 未だそれを超える武器を作れる者は居ない。 その強さ故イレギュラー達からは「デス・クロー」と呼ばれていた。 どちらかというと後者が的を射ている。 0,3m位の本体から、1,2mはある2本の合金の爪が出ていた。 この爪の動きは、本体に入れた手の第2、3の指に連動する。 更に爆発力や電流も秘めている。 「一振り50人」がキャッチ・フレーズだと言うからその威力は計り知れない。 トリッガーはこの心強い味方を装着し、外へ出た。 リッジも専用の武器「クロス・ファイア」 −鷲を象った太刀だ− を持ち、 強力な爆弾の着いた中装備型ベルトを着け少し遅れて出てきた。 「よし。間違ってもエリアDの敵を逃すようなことをするなよ。」 「分かってるさ。一人残らず片づける。」 「それと…。何があっても死ぬな。タダ酒が飲めなくなるからな。」 「その深い友情には言葉もないよ。」 「そんなに感謝されるとこっちも言葉がない。」 「…それじゃあ、検討を祈るぜ。」 「ああ。」 二人はそれぞれ逆の方向へ走りだした。 「………?」 十数歩も進まない内にトリッガーは背筋に寒気を覚え、慌てて振り返った。 リッジは角を曲がっていったようだ。その姿はもう無いが、遠ざかる足音が聞こえた。 「…何だ?気の迷いか…。」 それより今はもっと重要な事がある。 今度は全速力で目的地へと走り出した。

7話

−エリアD,23番ゲート、数多い倉庫の一つで− 一旦激しい攻撃の止んだエリアDでは、あまり多いとは言えない兵が倉庫の警備をしていた。 外見とは裏腹に広いその中では、約500人の別の兵が少しの乱れもなく並んでいた。 「いいか、我々に失敗は許されない。これが最後のチャンスだ。」 奥の高い足場で、一人の男が言う。 「我々の全勢力を掛けた、この数千年間の史上最重要作戦…」 一度大きく息を吸う。 「これはなんとしても成功せねばならない。何十代、何百代も前からの先祖の無念を晴らす為。  何十代、何百代も後の子孫の安全を保障する為。」 男は続ける。 「憎むべきロックマン達を!憎むべきシステムを!!今こそこの手で握りつぶすのだ!!!!」 倉庫の所々で歓声が起こる。数分も聞いていたら鼓膜の破れるような叫び。 しかし、その叫びを上回る爆音が後方から起こった。 驚き振り向いた兵士 −オズマ達− の目には、煙に薄く浮かび上がる 小さな、しかし大きな存在の影が写っていた…。 あれか。 トリッガーは自問した。 間違いない。 スコープの温度感知機能 −サーモグラフィーとも呼ばれる− を機動して、確信を持った。 ここへ着いたときは兵が少なく驚愕したが、何やら遠くの方で唯一の声がしたので行ってみた。 結果は大当たりだ。 しかし、少なすぎる… あれほどの攻撃のスケール −実際それに見合う武器があったが− の割に、肝心の兵隊が殆ど居ない。 奴ら戦う気が有ったのかと思うほどだ。 しかし中で演説をしている者の声は緊張し、冗談を言っている気配は微塵も無い。 …何か裏があるな…。 しかし行動が先だ。外の敵は全て片づけた。その音は、中の誰一人気が付かなかった筈だ。 残るはあの約500人。一人でも充分だ。 トリッガーは援護に来て外敵の大半を仕留めてくれたロックマン達を返させた。 扉の前に立つと、中の声がハッキリ聞こえる。 冷静とも、興奮とも取れる声質。 『…憎むべきロックマン達を!憎むべきシステムを!!今こそこの手で握りつぶすのだ!!!!』 歓声。 …ざけやがって。 トリッガーはツイン・クローを大きく振りかぶると、扉に向かって振り下ろした。 爆音。 周りの壁6m四方が、扉ごと吹っ飛ぶ。 しまった。 トリッガーは少し顔をしかめた。 久しぶりにこの武器を持ったので、加減をし忘れた。

8話

煙が完全に晴れる。 両者の姿がお互いに確認できた。 トリッガーは相手が絶望の色を浮かべると思っていたが、全員が命を捨てたような顔で、 とことんやってやる、と心の中で叫んでいるように見えた。 目つきも体つきも、今まで戦ってきた者達とは桁外れに違う。 なるほど。最近お目にかかれなかったのはこういうワケか。 …今度は面白くなりそうだ。 ツイン・クローを装着している右腕の手首を左手で支えるようにして握り、 その腕を後ろに少し引くと、体を低く構えた。 何時でも行ける。 そんな印象を与える構えだった。 相手もオリジナルに改良の加えた銃をトリッガーに向けた。 この武器なら致命傷とまでは行かなくとも、動きを或る程度鈍らせる傷を与えられる。 数秒の沈黙。 永遠にも思える静寂。 それを先に破ったのはオズマ側だった。 示し合わせたかのように400以上の銃が一斉に火を吹き、光弾が飛び交う。 トリッガーは訓練の数倍の速さで集中攻撃を逃れると、そのスピードを保ったまま避け続け 先頭の兵士の鼻先まで近づいた。 すかさずツイン・クローの片方を折り曲げ、一本の爪で突く。 高熱を帯びた巨大な爪は、その兵士の真後ろにいた数人の命と体の自由をも奪った。 傷口は焼かれ、血は一滴も出なかった。 文字通り敵のど真ん中に来た。しかしこれは好都合だ。 左右の敵はトリッガーを狙い向かい合う。 しかし誰一人発砲出来なかった。 万が一弾が外れ、向かいの仲間に当たったら? 戦力の低下が心配だったのだろう。 トリッガーは元の位置へへ飛び退いた。 「俺はフェアな戦いが好きでね。」 すかさずそう告げた。 「…ただし手加減はしない。」

9話

躊躇した相手も直ぐに立ち直り、再び光弾の雨霰を浴びせかけてきた。 トリッガーはまたもや難なく避け、その間にツイン・クローを第2,3指から1,2指に持ち替えた。 同じ方向を向いていた爪が内側に向かい合う。 その外見は爪というより牙だった。 トリッガーは「牙」を大きく開き、噛みつく虎の如く襲いかかった。 開いては閉じる牙に、何人かが犠牲になった。しかしなかなか全員を倒すというわけにはいかない。 しょうがない。殺せないのが欠点だが、あの方法で…。 トリッガーは牙を地面に突きつけた。金属の床が飛び散った。 敵が散らばる。光弾も一瞬止み、その隙に外へ飛び出した。 広い所のほうが戦いやすい。 相手も壁中亀裂に弾を撃ち込み建物の一辺を完全に無くし、一気に出てくる。 「あまり俺達をなめるなよ…。」 反逆者達は一気に撃ってきた。しかし銃のパワーは底を尽きかけている。 無理もない。先程から出力を最高にして、休み無く撃ち続けてきたのだ。 この程度の弾など偏向するまでもない。 トリッガーは巨大な爪を少し曲げると、向かってきた光弾に突き出すように振った。 たちまち弾は消滅する。 威力の低い弾は、物理的な攻撃でも相殺できるのだ。 「くそ!!」 敵の顔はは驚きと恐怖で引きつった。 十数年間訓練を受けた者の直感が告げている。 『もう「この男」にはこれ以上の攻撃は効かない』 と。 「…なかなかだった。充分楽しませてもらったぞ。」 トリッガーは半ば本音で言うと、微電流を帯びた爪を構え、体ごと勢い良く回した。 途端に周りに電流が飛び散り −この電流はあらゆる防具を貫通する− 360°の 全ての敵に命中した。 敵は次々と倒れ伏し、動く様子は見せない。 直ぐ側に倒れていた、まだ意識のある兵士に言った。 「安心しろ。気を失うだけだ。5時間もすれば目が覚める。もっとも…目を覚ます前に死ぬが。」 兵士がその言葉を聞き取れたかどうかは解らない。 直ぐにその兵士も皆と同様に完全に意識を失った。 …これで全員か。

10話

リッジは困惑していた。 何故こんなに敵が? エリアLに着くと、大勢のオズマが待ち伏せていた。 その数はゆうに1500人。 まさか!本部の調べだと敵は全部で2562人だ。 およそ3/5がここへ集結したというのか? だが集中攻撃を受けたのはエリアDだった筈だ。 思案している暇はなかった。 400人余りが一斉に撃ってきた。辛うじて避ける。 しかし更に400人が加勢する。これではトリッガーでも無理だ!! 避けきれなかった数発が体の所々に傷を与えた。 物陰に飛び込むと、すかさず連絡装置を起動する。 「おい、本部!聞こえるか!本部どうぞ!!」 しかし、無情にも「ザー」というノイズ音が聞こえるだけだ。 「無駄だ、ロックマン。」 後ろから声がする。独特の響きから、スピーカーを使っていることが解った。 「ここの警備システムは全て切らせてもらった。勿論通信妨害装置も仕掛けてある。  貴様らが呑気に遊んでいる間に我々は確実に勝利を手に入れることが出来る計画を立て、  その為の武力を蓄えて来たのだ。」 くそっ! リッジは遅まきながら後悔した。 敵は殆ど来ないと思い込んでいた為に、装備も絶望的だ。 確かに奴らの計画は完璧だ。 エリアLを乗っ取り、そこをベースに中から攻める。 リーバードでは相手にならないだろう。 他のロックマン達も気付いた時にはもう遅い。 本部は殆ど無防備だ。 どうすれば……。 激しい光弾の音と共に、隠れていた壁が吹き飛ばされた。 すかさず攻撃の嵐。 リッジは次の物陰へ、次の物陰へと飛び退きながら、解決策を考え続けた…。

11話

「……!」 トリッガーは一旦崩していた構えを直した。 確かに意識のある人の気配がしたのだ。 「…出てこい。何時でも相手になってやる。」 センサーが動く者を捉えた。 ほぼ同時に、研ぎ澄まされた神経も反応する。 素早く5時の方向に向くと、倒れた兵士の中から起き上がる二人の人物の姿があった。 よく見ると、先に演説をしていた者と、その隣に立っていた補佐らしき人物だ。 どうやら奴等は階級を完全に実力で決めるらしい。 もっとも、卑劣な手で権力を手に入れようと思うほどの余裕も奴等には無いが。 しかしあの電流が何の効果もなかったとは。相当肉体を強化している。 もしかすると、まだ他に居るかもしれない。 取り敢えず尋ねた。 「…お前等だけか?」 「ああ、どうやらその通りだ。こんな電流に耐える訓練を受けたのは、私達位だからな。」 嘘は無い。 長年の訓練で授かった直感が告げた。 トリッガーはツイン・クローを外すと、2,3m先の地面に突き刺した。この武器はもう使わない。 瞬発力の必要な少人数戦では、その実力を出し切れないからだ。 代わりにさっきのハンドガンを引き抜いた。 相手もライフル型の銃を構える。 「自己紹介位はさせてくれよ。私はプラトー。隣はカリストだ。」 「俺はトリッガーだ。現在のロックマンでも実力は上級にランクされている。  …貴様等、命は惜しくないか?」 挑発のつもりで言ったが、相手は意外な反応をした。 「まさか。命を捨てるつもりで来たからな。」 トリッガーはこの相手の完全な本音を聞き、作戦の全てが読めた。 こいつらは囮だ! ディスプレイのマップ機能を開き、遠距離センサーも起動する。 二つの画像が重なり、何処に、どんな物があるかを映し出した。 およそ1500の物体が…エリアLに。 「気付いたようだな。」 「ああ。しかも用事が出来た。貴様らを速攻で片づけ次第、ある場所へ向かわねばならん。」 怒りを込めて言う。通信装置が使用できないのは既に知っていた。 …デコイと言う名は、むしろこいつ等に相応しいかもしれない。

12話

「速攻で?面白い、やって見ろ。」 「…命知らずに命は無いぜ。」 トリッガーは呟くと二人に向かって最大出力で連続発射した。 プラトーとカリストは左右に飛び退き、同時に打ち返してくる。 この二人の実力の差は殆ど無いらしい。 トリッガーは体全体で半円を描くように横転し、何の苦労もせずにかわした。 さて、どうする? 今度はカリストが弱出力 −しかしまともに当たれば致命傷に成り得る− で、しかし 最高速で撃ってきた。 腕がいい戦士の弾は、400人の弾より強力だ。 全て避けるのは少し骨が折れる。 プラトーはどうした? 避けを怠らずその方向を向くと、恐るべき事に弾のチャージをしていた。 発射口が明るく輝く。 来る!! 見かけとは裏腹の低い音が轟く。 直径1mはあるかと思う弾が信じられない速度で迫ってきた。 トリッガーは相変わらず止まないカリストの弾を気を付けて慎重に避け、 チャージ・ショットが当たる直前、後転しながら飛び退いた。 爆発。 片手をついて着地しながら前を見る。 さっきまで自分の立っていた所は大きな穴が空き、床の合金の欠片が飛び散っていた。 危なかった。こいつ等は侮れない。 反撃するべく銃を構える。 途端に激痛が走った。 うっかりしていた。カリストの一発が右腕に当たっていたのだ。 左手に銃を持ち替え、撃ち直す。敵が追撃する前に跳び、物陰へ左肩から前転で着地した。 左手はホーミング設定した銃を上に向け、撃ち続ける。時間稼ぎにはなるだろう。 後ろで必死に弾を避ける気配がした。 痛む右腕で小道具の箱から即効性麻酔注射を取り出し、銃と注射を持ち替える。 すかさず傷に打つと、痛みが一時的に消えた。 今しか無い。 銃を持ち直すと直ぐに飛び出した。 「この一発の礼だ!」 炸裂弾はカリストに向かって飛んでいく。 しかしカリストは造作もなく避けた。 「こんな弾で何を・・・」 と言葉が出かかる瞬間だった。 炸裂弾はカリストの真後ろにあった硫酸のタンクに当たった。破裂して液が飛ぶ。 「何!?」 思わず振り返ったカリスト。さっきの弾は避けるべきではなかったのだ。 トリッガーはこの隙を見逃さなかった。 「喰らえ!!」 轟音と共に飛び出した弾。それは彼の装甲を貫き、心臓の鼓動を奪った。 一人の敵の死が、もう一人の敵の隙を作る。これほど都合のいいことは無い。 トリッガーは高性能センサーでも関知できない静かな音で着地すると、突撃隊のリーダーにも銃を向けた。 10発前後の弾はカリスト以上の重装甲をも完全に貫き、その中身を亡き者にした。 …さっき物陰から飛び出してから、3秒もかからない早業だった。 「言ったろ?速攻だと。試作品の出来損ないが俺達に喧嘩を売るからだ。」 そう言い捨てると、エリアLへと走り始めた。

13話

あったぞ。奴等を倒す方法が。 クロス・ファイアも弾を防いで折れてしまったが、リッジはヘヴンを守る唯一の手段を見つけた。 完璧に見えた計画にも欠点があった。エリアLのこの部屋は、爆発物貯蔵庫の隣だ。 そして壁は薄い。しかもリッジはその壁の前の物陰に居た。好都合極まりない。 だが…これをすれば… いや、そんなことを考えている暇は無い。やるなら今だ。 リッジは物陰からゆっくりと出た。流石に敵も直ぐに撃っては来ない。 「どうした?降参かい?」 またもスピーカーで挑発的に言ってくる。 冗談じゃない。 「いいや…俺の勝ちだ。」 リッジはそう言うとベルトから小さな武器を外し、同じくそれに付いた小さなボタンを押す。 「カシュン」という音を立て、カプセル型の爆弾が上下に開いた。 その隙間からは、ほんの一瞬だが爆発性液体の入った透明な小型タンクが垣間見える。 そして敵に考えさせる暇も与えず振り向くと、それを壁に投げつけた。 …『避け切れぬ現実は悲観に成り得る』 そう言っていたのは誰だっただろうか。 トリッガーは全速力で走っていた。 自分が行ったところで、1500人に勝てるかという考えは少しも起こらなかった。 もうすぐ…もうすぐエリアLだ! 酸素を求める肺に鞭打ち一段とスピードを上げたその時、向かう方角から物凄い轟音が聞こえてきた。 思わず立ち止まる。 「これは…爆発音か?」 いやな予感が頭を過ぎった。 レーダーを起動する。しかしエリアLにはさっきまであった幾つもの生物反応が、今は無い。 まさか!! トリッガーは又走り出した。ようやく爆発のあった場所に着く。 ここは…爆発物貯蔵庫か?いや、「だった」と言うべきか。 全てが燃え尽き、広い部屋は原型を止めていない。 その広い部屋の隣の部屋も壁越しに吹き飛ばしている。 そしてさっきまでここに居たはずの1500余人のオズマ達が…そして そこの警備担当だった親友の姿が…もう無かった。

14話

『オズマ壊滅、及びロックマン・リッジの死亡を確認。  繰り返します。オズマ壊滅…』 放送は休息エリアの娯楽室に虚しく響いた。 いつも活気あるこの部屋も、今日ばかりは静かだ。 本当なら喜ぶべきあの放送も、素直には喜べない。 トリッガーは5杯目のラムに手を付けた。 一気に飲み干す。 「リッジ…勝負はお前の勝ちだったな…。」 誰にも聞こえないほどの声でそう言うと、一昔前の −かなり高級な− スコッチの栓を抜いた。 その瓶を隣の空席に置くと…トリッガーは席を立ち、出口へと向かった。 当然の事ながら、誰もその瓶に手を付けなかった。 …誰も。 この記憶は捨てた方がいいのか。 過去は忘れるべきなのか。 トリッガーは束の間迷った。 「お呼びですか、マザー・セラ。」 トリッガーは部屋に入るなり跪くと、そう言った。 「何の用かは分かっている筈だ、トリッガー。  お前はエリアDの敵を全て倒したは良いが、気絶したままの敵を放置して行っただろう。  お前らしからぬ行動だった。あの者達は、お前の連絡が無いのを不審に思った  別のロックマンが駆けつけ、処理してくれたがな。  いいか、わざわざ気絶させる必要など無い。敵に情など要らん。」 …言うことはマザー・プログラムと同じだな。 トリッガーは心の中で呟いた。 「長年続いてきた戦いに終止符を打てたことは感謝しよう。  最後は丸く収まったからな。  しかし気が付いた敵がまた逃亡しマスターを狙ってきたらどうする気だった?」 「……………。」 「分かっておるな。マスターは最後に残られた唯一の人間だ。  我々はマスターを守るために構築されたシステム。マスター無しでは、存在する意味もない。」 プログラムは流石にそこまでは言わないがな。 「わきまえております、マザー。」 しかし、素直に頭を下げた。 「…よいか。くれぐれもマスターの冗談を間に受けぬようにな。」 マザー・セラが部屋の奥に移動し、片腕とも呼べる部下、ジジと話し始めた。 「まったく、マスターもどのような酔狂であの者を側に置かれるのか…理解に苦しみます。」 「…マスターも寂しいのだ…。」 用事はもう終わったようだ。 トリッガーは立ち上がると、きびすを返し部屋を出た。 いつもと変わらない無機質な廊下を、行く宛もなく歩き始めた。 これから、どうするか…。 『…マスターも寂しいのだ…』 つい十数秒前に聞いたセラの珍しく感情的な声が、不意に頭に響いた。 そして何故か、この言葉が…何時までも脳裏に焼き付き、離れなかった。 マザー・セラとの戦いは、この1週間後の事である。 …To be continyrd?


transcribed by ヒットラーの尻尾