「双星深海 前編」
著者:コブンのおばけさん
後編

プロローグ

 突然、青白い光が、暗闇を照らし出した。 線路のように、光はほのかに彼女のこれから歩く道と、 これまで走ってきた道にそって浮き立つ。  彼女は、ぽつりと何かをつぶやくと、かすかな音を立てながら歩き出した。 その背後から、激しく駆けてくる足音が、少しずつ大きくなりながら聞こえてくる。  彼女の目に、光の線路の先にある、巨大な扉が蜃気楼のように映りはじめた時。 ついに激しい足音は、彼女を呼ぶ叫びとなって、彼女を立ち止まらせた。  ゆっくりと、彼女は、迷いから目をそらすように振り返る。  閉じていたスクリーンが、上映とともに開いていくように、 ゆるやかに彼女は目覚めた。 窓からの秋の光が、青みがかった黒髪に当たり、 飛行機の揺れが体に伝わってくるのを感じる。 「また、あの夢、か…」  物心づいてから10数年。 彼女は同じような不思議な夢を見続けてきた。  夢は、前兆もなく現れる。  退屈な時間を持て余して、読書にふけった日の夜にも現れ、 遺跡に入り、リーバードと激闘を繰り広げた日の夜にも区別なく現れるのだ。 「起きてたのか、グレープ。ニーノ島に着くまでには、まだ時間があるから、 ゆっくり休んでおきな」  夢を見始めてから最初のうちは、夢と一緒に運ばれてくる不安感や 言いようのない悲しさに悩まされたものだが、数年もたつと慣れてしまった。 「ええ、そうするわ」  世の中の物事―ディグアウトや剣技―が、彼女、グレープの心を 奪っていったのだ。 「へへ、さすがのアンタも、今回は疲れたらしいな」  そう言って男は、操縦席へと入っていった。  世界でも5本の指に入る腕前のSS級ディグアウター、『灼熱の吹雪』。 それが彼女の肩書きである。 (そういえば、運転手は、あの人ひとりしか乗っていなかったはず…。 歩きまわっていて大丈夫だったのかしら…)  そんな考えがちらりと頭をかすめたが、すぐに再び眠気が襲ってきて、 グレープは、窓に、腰までとどく長髪を持った頭をもたせかけた。 (次の任務は何かしら…。 そういえば、ギルド長が、近いうちに 大きな調査をすると言っていたわね…)  窓ガラスに、女優のような、白い肌の、整った顔立ち―左の喉元から、 あごにかけて刻まれている、大きな傷跡さえ無ければ―が映っている。 「お〜い、みんな寝てるんだから、起きてても静かにしてろよ」  前方の扉から、男がひょっこりと顔を出した。 「大丈夫だから、ちゃんと運転していてね」  そうつぶやくグレープの顔を、 ガラスの中の2つの目がじっと見つめていた。

新たな感覚 @

「今後の予定だが」  数日後の、ニーノ島の会議室に、ギルド長の声がひびき渡った。 茶色いズボンと上着、黒いシャツという、 いつものお決まりの服を着ている。 「諸君には、危険度SS級の未調査遺跡へ行く調査団の、 ガードをつとめてもらいたい」  危険度SS級―遺跡を守るロボット、リーバードが強力すぎて、 全て調査されきっていない遺跡の事である。 「現在、SS級の遺跡は世界で3ヶ所だが、1週間後の最初の調査は、 スタールー島の遺跡で行う。攻撃力の高いリーバードが出現するので、 準備をおこたらぬように。資料は全員、受け取ったな? では、解散!」  集まった、ギルド直属のディグアウター達10数人は、 それぞれ音を立てて部屋から出て行った。  グレープは、ギルドの受付のある部屋を通り、エレベーターへ向かって 歩きながら、資料に目を通す。 (北の海の、無人島の遺跡…。こんな小さな島の遺跡、 どうやって見つけたのかしら)  そんな事を考えながら、資料を見つつ、エレベーターを待っていた、その時。  突然、ある1枚の写真に、彼女の目が釘付けになった。 伸び放題に伸びた草木の間から、暗い洞窟がぽっかりと 口を開けている様(さま)が映っている。  この風景に見覚えがある! そう彼女の目は脳に告げたのだ。 なぜか焦りが体の奥からこみ上げてきて、風景がどんどん迫ってくるように感じ、 思わず彼女はよろめいた。

新たな感覚 A

「お、おい! 大丈夫か?」  自分を急いで支えてくれた手の主の方を向くと、 彼女より少し背の低いギルド長の顔が見えた。 「お父さん…。ごめんなさい…」  青白い顔から、かすれた声を出して、グレープは立ち直る。 「体の具合が悪いのか? 無理をする事はないぞ」 「大丈夫。少し、貧血気味なだけだと思うから…」  グレープが話している間にエレベーターが開き、2人は乗り込む。 「お父さん…」  エレベーターの振動を感じながら、彼女は義理の父親に呼びかけた。 「何だ?」 「私、どこか、他の家族から、養子にもらわれて来たんだよね?」 「…ああ。1・2才くらいの頃にな」 「私が、前の家庭の時に、どこかの島や遺跡へ行った事があるのかどうか、 分からない?」 「…すまない。分からないんだ。前の家族も行方不明だし…」 「そう…。じゃあね、おやすみなさい…」  開いた扉から、微笑を残してグレープは自分の部屋の方へと歩いていく。  困ったような、悲しいような顔をしたギルド長の姿は、 閉じていくエレベーターの扉に隠されていった。  自分の中の1番古い記憶は、既にギルド長に引き取られた後のものだ。 その記憶の前に、一体、何があったのか。 毎晩のように迫ってくるあの夢、物心づいた時からある首の古傷、 天才としか言いようがないとされる戦闘の才能。 その秘密が、全て記憶と共に、どこかに眠っているように思えた。  …知りたい。 この、幸せと呼べる生活に、暗い十字架を背負う事になろうとも。  彼女は、月明かりに照らされた部屋の中で、ひとり、 強く、強くそう感じていた。

到着

 1週間後、4台の小型飛行機が、スタールー島に到着した。 静かな陽射しと、黒い木陰(こかげ)が混じる地面に、 次々と人が降り立ってゆく。  その中に、紺と黒のアーマーに身を包んだグレープの姿があった。 ほのかに海の香りがただよう中に、 調査団とガード、合わせて20人ほどが、ごった返している。 「グレープ!」  呼ばれて振り返ると、見覚えのある20代前半ほどの青年が走ってきた。 グレープより少し背の高い体に、ジーンズ柄のズボンと上着、白いシャツを着て、 スポーツ刈りの細長い頭にメガネをかけている。 「モーラス。そんな軽装だと、ケガをするわよ?」  少し、懐かしそうな笑顔で、グレープはモーラスに笑いかけた。 「ははは、調査団長は、荷物持ち付きだからね。 遺跡に入ったら、もうちょっとは何か装備するさ」  モーラスと呼ばれた学者は、息をはずませている。 外見は頼りないが、遺跡研究のスペシャリストである。 「もう、出発よね。頼りにしているわ」 「はは、それはこっちも同じさ」  そうして、モーラスはグレープにひと通り予定を説明した後、 出発の号令をかけた。  歩きながら、グレープはギルド製のブレードアーム―ビームを剣の形に 変えて、敵を攻撃する武器―のエネルギーを再確認する。  その時、突然グレープは再びあの感覚に襲われる!  はっ、と顔を上げると、人と草木の奥に、あの写真と同じ暗い穴が見えた。 (やはり、この洞窟には、何かが…?)  心に、雨雲のように黒く渦巻く不安を感じながら、 口をきゅっと引き締めて、グレープは人々の流れと共に、 古代の空気の中へと足を踏み入れた。

遭遇(そうぐう) @

 曲がりくねった洞窟の、奥の部屋のエレベーターで、 一行は遺跡の中へと侵入した。 「みんな、ここから先はもうリーバードの住みかだ。十分に注意してくれ」  モーラスの声に、グレープはブレードアームをいつでも使えるようにセットする。 戦いの前の緊張感と興奮が、体を包んでいる。  目の前の、坂になっている通路をしばらく下ると、 向こうの壁が見えないほど広い部屋に出た。 「調査が済んでいるのは、この先の2部屋ま…」  で、とモーラスが言いかけた時、グレープの手がその口をふさいだ。 「静かにしていて…」  ささやくようなグレープの声を突き刺すような金属の足音が、 かすかに聞こえてくる。  モーラスの無線機から、 「部屋に多数の高エネルギー反応!」  という声が聞こえてきた。  グレープが、その黒い瞳をよくこらすと、はるか向こうから、 20体以上の、角ばった人のような影が、こっちに向かって歩いてくるのが見えた。 「みんな! シャルクルスよ!」  グレープが叫ぶのと同時に、シャルクルスが走り出す、 空気が割れるような金属音が鳴り出した!  周りのディグアウター達が撃ち出すバスターを横目に、 グレープが走り出す! 正面にシャルクルスの集団をとらえながら、ブレードアームを発動させる。 彼女の右腕の先から、腕と同じほどの長さの白い光の剣が現れた!  味方のバスターがシャルクルスに当たって、花火のように砕け散る中、 ついにグレープは敵の集団に突っ込んだ!  ドリルのように向かってくるシャルクルスの右腕を背中でかわし、 うなりをつけてその足から肩へと斬り上げる! 剣に重たい感触を残したまま、コマのように回転して 別のシャルクルスの頭を横に斬り飛ばし、 もう1体の腕を斬り落とし、そのまま剣を上にはね上げて胴を斬り上げる! と同時に前転して後ろからの攻撃をかわし、 すぐ起き上がって振り向いて右腕を伸ばしきって突進し、 敵の頭を串刺しにする!  すでに部屋の中には戦闘の音がオーケストラのように響き渡っている。  突然、グレープは右肩に攻撃を受けて吹っ飛んだ! さらに追いつめるように再び突進してきたシャルクルスの右腕を ふわりと両腕で持ち上げるようにして受け流し、がら空きのわき腹を斬り払う!  とにかく、彼女は斬って斬って斬りまくった。

遭遇 A

 部屋に響き渡る金属音、爆発音がだんだん少なくなってきて、 足元もシャルクルスの残骸(ざんがい)で足の踏み場も無くなってきた頃、 グレープが辺りを見回すと、向こうの壁際で、 モーラスが1体のシャルクルスに追い詰められているのが見えた!  ダッ、とガレキを跳び越し跳び越ししてグレープは駆け出す!  モーラスは、シャルクルスを目の前に、 バズーカを慌てた手付きでいじくっている。  シャルクルスをグレープが斬り伏せた瞬間、 バズーカが轟発(ごうはつ)した! 白い光を青い光で包んだような光弾がモーラスの正面に出現したかと思うと、 あっという間に向こうの壁に当たって砕け散る! 「グ、グレープ!? まさか、当たってしまったんじゃ…」  我を失って、彼が周りを見回していると、 「もう少しで殺されてしまうところだったわ。 …あなたに」  深い息づかいと共に、彼の足元からグレープの声が聞こえてきた。  はっ、と彼が下を見ると、シャルクルスの残骸と一緒にお昼寝をするように、 グレープが寝転がっていた。  繰り返し謝るモーラスの声を聞きながら、グレープは起き上がって、 戦いの音の止んだ部屋を見回す。 どうやら、調査団側には大したケガ人はいないらしい。  ふと、ガレキの群れと化したシャルクルス達の中の、 1体の頭と目が合った。 体が活動を停止した後でも、その目は閉じられることなく、 じっ、とグレープを見つめている。  グレープは、ふっ、と目を伏せた。

暗い霧の中へ @

「問題は、この先の部屋なんだ」  先ほどの部屋からの長い通路を歩きながら、モーラスがつぶやいた。 「…どんな問題があるの?」  暗い通路の中で、グレープの白い肌が浮き上がっている。 「中心に巨大な柱があって、その奥に2つ扉がある部屋なんだけど、 天井に強力なリーバードが張り付いていて、爆弾の雨を降らせてくるんだ。 前回の調査は、そのリーバードを倒せなくて、1つの扉はロックされていて、 1つの扉の奥には大きなディフレクターがある。それだけ確認して退却したんだ」  と、モーラスが話し終わるのとほぼ同時に、 「そろそろ例の部屋へ到着します」  という無線が入った。 「分かった。みんな、戦闘準備を整えるように!」  それぞれ、カチャカチャと何かを手入れする音を立てながら、 ついに一行は巨大な扉に突き当たった。 「私達ディグアウターが、先に敵を全滅させてくるから、他の人達は待っていて」  そう言うと、グレープは扉を開いて中へと入っていった。 中心に立つ巨大な柱を正面に、周りに注意しながら歩いてゆく。  最後のディグアウターが扉をぬけ、ガシャンと閉まる音が聞こえた、その時!  グレープの頭上で小さな物が風を切る音がして、 飛びさがった彼女の正面で爆発が起こった!  最初の爆発に反応するかのように、次々と部屋の至る所で爆発が起こる! 慌てたディグアウター達は、天井へ向けて滅茶苦茶に撃ち始めた! (この爆発の数…! 敵は1体だけではないわね…)  爆風に髪をなびかせながら、グレープは天井を見上げる。 暗闇の霧がかかったようにぼやけて見えない天井に昇ってゆく バスターの雨の中で、動物のような影が蠢く(うごめく)気配を感じた。  何かを心の中で決意して、グレープは口をきゅっと結んで走り出す! 爆発をくぐり抜け、 全速力で正面の壁とぶつかりそうなほど近付くと、 突然グレープは壁を蹴り、反対側の巨大な柱まで飛び移り、 それを繰り返し繰り返し、天井へと昇り始めた!  ほぼ天井と地面の中間に来た時、グレープの真上で爆発が起こる! とっさに頭をかばい、バランスを崩した彼女は、壁にそって落下していく!

暗い霧の中へ A

 周りの空気が自分によって次々と突き破られていくのを感じながら、 彼女は剣を壁に深深(ふかぶか)と突き立てた! グッ、と強い重力を感じた後、彼女はぶらさがりながらタメ息をつく。  しかし、ゆっくり止まってはいられない。 爆弾の雨が、部屋全体で爆発し続けているのだ。  彼女は自分の体を持ち上げて、剣を壁に突き刺したまま、 バックジャンプのように壁を蹴る!  下のディグアウター達が点のようにしか見えなくなった高度で、 ついにグレープの目はクモのようなリーバードの姿をとらえた!  思いきり壁を蹴ると、その勢いをのせたままの剣を敵の体に突き刺す! 天井から敵の足が全て離れてしまう前に跳躍(ちょうやく)し、 グレープは、アリの行列のように天井に蠢いている敵の集団を、 跳び移り跳び移り斬り落とし始めた!  さっきまで落ちて来ていた爆弾の変わりのように、 リーバード達は地面へ力なく落ちてゆく。  残り2〜3体となったリーバードへ、グレープは勢いをつけて跳躍する! 瞬間、不思議な感覚が彼女を襲った! 視界が2重にずれる! いや、別な光景が、現実の光景と重なって見えたのだ。  タイミングを外した彼女は、何とか敵に剣を突き立てたが、 そのまま落ちていってしまう!  体を包む目眩(めまい)を、頭を振って吹き飛ばし跳び上がり、 そのままの勢いで残りの敵を一掃する!  無事に地上に降り立った時、つうっと冷や汗がこめかみから流れてきた。 (何なの、あの光景…)  クモのようなリーバード達と重なって、いくつもの人影が見えたのだ。 (これほど強く印象が残るのは、初めてだわ…)  扉を開けて、調査員達が入って来たのにも気づかずに、 グレープはその場に座り込んだ。

進展

「こいつが、問題のディフレクターさ」  片方の扉の奥で、ディフレクターが宙に浮いて白く輝いている。 「もう片方の扉のロックは、このディフレクターのエネルギーで行われている らしいんだけど…」  モーラスは、グレープがよそを向いたまま、ぼうっと立っているのに気づいた。 「…おい、大丈夫か?」 「ええ、…大丈夫。 続けて」  お互いの顔の半分を、白い光が照らしている。 「どうやって解除すればいいかが分からないんだ。 でも、何とかしてみせるから、少し待ってて」 「分かったわ。 …ねえ、私は、今まで大きなディフレクターは 台の上にセットされているものしか見た事が無いのだけれど、 ただ、宙に浮いているだけのものも自然な事なの?」  そう言われて、モーラスはディフレクターを見る。 確かに、それは地面から直(じか)に浮いている。 「いや、俺もこんな浮いているだけのものは初めて見たな。 …そうか、ひょっとしたら、誰かがこの遺跡が作られた後で 設置したものなのかもしれない」  ディフレクターから扉までのエネルギーの流れを探そう、 もし強引に設置されたものだったら下手に刺激するのは危険かもしれない、などと、 学者たちの間で始まった話を聞きながら、 グレープは顔をディフレクターの方に向ける。 数千年の時を超えて輝き続ける光は、これから先も力尽きるまで その営み(いとなみ)を続けていくのだろうか。 私達は、その営みを、ただ自分たちの欲望にまかせて、 むやみに止めてしまっていいのだろうか?  そんな事をグレープが考えていると、不意に一瞬、視界がぼやけた。 頭を片手で支える。 (…そう。このディフレクターには傷があったはずよ…)  突然、湧き上がってきたイメージに足が勝手に動いて、 ディフレクターに近寄り、じっと見つめる。 果たして、その角に小さな引っかき傷があった。 「あっ、おい、触るな。何が起こるか分からんぞ」  モーラスの言葉が耳に届いた時には、 すでに彼女はその傷に触れてしまっていた。 少し、温かい。 人間の肌のようなぬくもりがある。 グレープが、まるで夢遊病のような顔つきでディフレクターを見つめていると、 目の前に広がる光の中で、女性の顔が微笑んだ(ほほえんだ)ような気がした。  直後に、ディフレクターが砕け散る! はっ、と我に返ったグレープが手を引くと、 「モーラスさん! 扉が開きました!」  という声が、外の部屋から聞こえてきた。 「ひ、開いた? どういう事だ?」  モーラスの言葉の最後は震えていた。 遺跡全体が震え始めたのだ。

疾走 @

「何か、嫌な予感がするな…」  モーラスのつぶやきに、当たり、と言うかのように、 天井が大きく崩れてきた! 「遺跡が崩壊するぞ! 退却しろ!」  モーラスの叫びにはじかれるように、全員が出口を目指して駆け出した! 耳が割れるような大音響と、土クズが遺跡全体に振り注いでいる。  ちょうど集団の中心で走っているグレープが通り抜けるのと同時に、 さっきまで彼女が飛び渡っていた大きな柱が崩れる! 「急いで!」  グレープの言葉もむなしく、真下にいる人々は足がすくんで動けない! グレープはブレードアームを全開にして振り向き、 彼らに降り注ぐ巨大な岩へと走り出した!  彼らの頭上が岩で真っ暗になった瞬間、 グレープは大きく跳躍して岩を斜め上へ思いきり斬り上げ、 彼らの中心に着地すると同時に頭上を大きく斬り払い、 大きな破片を粉々にした! 「あ、ありがとう…」 「早く行きなさい!」  両手で彼らを前へ突き出すと、 振ってくる岩を避けながら彼女も走り出す!  先に退却していった集団を追って、ようやく最初の部屋へ辿り着くと、 すでに辺りは濛々(もうもう)たる土煙(つちけむり)で覆われていた。

疾走 A

「こ、これじゃどうしようも…」  1人の男がかぼそい声をあげた時、 「グレープ! みんな! こっちだ!」  揺れと崩壊の大音響の中から、かすかに声が聞こえてきた。 大岩の雨をかいくぐり、その声の方へ向かってゆくと、 「こっちだ! 急げ! 揺れがどんどん大きくなって来てる!」  モーラスが、ありったけの大声で手を振っていた! そばに、エレベーターまで続く坂道の入口がある。  流星の大群のように降り積もる岩々(いわいわ)に追い込まれるように、 全員が全速力で駆け込んだ! 「他は全員、エレベーターで待ってる! 頑張れ、もう少しだ!」  そうモーラスが言った途端、逃がすまいとするかのように、 天井がそのまま全て砕けたかと思うほどの量の岩が降り注いできた! 立ちすくもうとする仲間を無理矢理に前へ突き飛ばして、 グレープは降ってくる岩を片っ端から斬り払ってゆく!  ついに、先頭のモーラスがエレベーターのある部屋へ駆け込んだ、その時! まるで巨人の足のような巨大な岩が、グレープ達の頭上に落ちてきた! とっさに前にいた男を突き飛ばして、グレープは跳びさがる!  必死の形相(ぎょうそう)をして、男達が部屋へ飛び込んでいった! 「グレープ!? グレープ!!」  その名を呼び続けるモーラスの目が、続続(ぞくぞく)と重なっていく岩の奥に、 黒と紺のアーマーが見え隠れするのをとらえる。  何とか無事らしい。しかし、どうすればいいのか。 「モ、モーラスさん! 早く!」  とっさにモーラスは腰の無線機をつかんで、 「君はまだ死ぬには早すぎる! 何としてでも生き残ってくれ!」  グレープのアーマーが見えた所へ投げ入れ、 そのまま駆けてエレベーターにとび乗った。 「グレープ…」  エレベーターの中で、壁に頭を押しつけてモーラスが深くつぶやいた時、 轟音(ごうおん)が聞こえ、遺跡が激しく崩壊していく震動が伝わってきた。

闇に囲まれて @

 細い、死神のような三日月に照らされる飛行機の中で、 モーラスは目の前の無線機に向かって呼びかけ続けている。  モニターの中の、小型無線機の位置を示す印は、ぴくりとも動かない。  疲れきった空気が、逃げのびた一行の中に漂い、 モーラスの他は誰ひとりとして言葉を発していなかった。  しばらく、呼びかけだけが続き、部屋に重い空気がのしかかり始めた時…。 「…して。私は生きているわ」  という返事が無線機から飛び出し、 突如として飛行機の中に歓声の嵐が渦巻いた。 「良かった! 生きてたんだな! 今、どういう状態なんだ?」  一安心と、先への不安から、複雑な声をモーラスは無線機に送り込んだ。 「今、シャルクルスがいた部屋にいるの。 床には私の背よりも高く岩が積みあがっていて、 エレベーターへの通路は完全にふさがってしまったわ」  その声を聞いて、再び部屋には重い沈黙が訪れる。 「まだ、崩壊は完全に終わってはいないみたい。 時々、小さな揺れが起こるわ。多分、このままだと…」  そこで、1度グレープは言葉を切った。 「…そのうち大きな崩壊が起こって、 この遺跡は完全に埋もれてしまうでしょうね」 「…ブレードアームで、何とかエレベーターまで切り開けないかい?」 「試してはみたけど、無理だったわ。 出力を最大にして斬り払ってみても、その上から新しく崩れてくるのよ」 「そうか…」  しばし、2人は押し黙る。

闇に囲まれて A

 モーラスは、これからどうすべきか、窓の外を眺めながら考えていた。 まだ、希望は1つだけある。しかし、うまく行く可能性は限りなく低い。  冷たい風が、木を押し倒そうとするかのように強く吹きつけ、 木の葉が次々と夜空に舞い上がっていく。 そのうち、全ての木の葉は吹き散らされて、凍るような冬がやってくるのだろう。  深く意を決すると、モーラスはグレープに話しかけた。 「なあ、奥にはまだ進めそうか?」 「ええ、扉は半分以上埋もれてしまっているけど、 何とか通り抜けられそうよ」 「よし。…グレープ。よく聞いてくれ。この遺跡は、 未調査区域の奥の奥に、巨大なエネルギー反応が発見されてるんだ。 多分、ディフレクターだと思う」 「…そのディフレクターのエネルギーを使って、 ブレードアームの機能を暴走させて、エレベーターへの道を切り開け、 と言うのね?」 「そう、その通りさ」  その話を聞いた後ろの人々から、 「ディフレクターだという保証は…」 「もし、途中で遺跡が崩れてきたら…」  というつぶやきが流れてきた。 「じっとここで立っているよりは確実、よね。分かったわ。先へ進みましょう」 「できる限りのサポートはする。頑張ってくれ」  不意に、小さな揺れの音が、無線を通して伝わってきた。

前進

 グレープは無線を腰にひっかけて、顔を上げた。 暗い部屋いっぱいに、岩石が敷き詰められている。 (1人で、危険度SS級の遺跡の探検、か…)  これまでに生命の危機は何度もくぐり抜けてきたが、 これほどのピンチは初めてだ。 モーラスには話さなかったが、実はブレードアームのエネルギー残量が 半分を切ってしまっているのだ。 (今日は、奮発して使いすぎてしまったわね…)  岩石の上をとび渡り、自分の頭ほどのスキ間しか無くなってしまった扉を、 トカゲのように這いつくばって何とか通りぬける。 (ダイエット、していないのだけれど…。 このままでも、十分やせているという事よね)  そう考えているうちに、ディフレクターが砕け散ったと同時に ロックが解けた扉が足元に見えた。 さきほどの扉と同じようなスキ間がある。 「モーラス。 ロックされていた扉に着いたわ」 「…どうだ? 潜り込めそうか?」 「ええ。これから入るわ」  グレープは、スキ間をのぞき込んだ。 奥に部屋が広がっている気配はなく、どうやら通路らしい。 「まだ、モニターには巨大なエネルギー反応は映らないんだ。 とにかく、どんどん進める所へ進んでいってくれ」 「分かったわ」  グレープは、スキ間に体を滑り込ませた。 かすかに、胸が高鳴り始めている。 不安に、探求心と好奇心が打ち勝ちはじめたのだ。  途中から下り坂になっている岩と天井の間を、ヘビのようにくねりながら 進んでいくと、小さな子供ほどもある岩が、通路の真ん中をふさいでいた。 そのワキに、わずかなスキ間があいている。 (このスキ間を通りぬける事ができたら、少し太らなければいけないほど やせているという事になるわよね…)  何とか通りぬけようと悪戦苦闘していると、 不意に、ズリ、と岩が動いた。  あっ! と言う間もなく体の下の岩々が、 川のように流れ始める!  あわてて、中に飲み込まれないようにバランスをとるグレープを乗せて、 どんどん流れはスピードを増していく! (こ、こんな所でジェットコースターだなんて、聞いていないわ!)  いくつもの角を曲がり、時に急に、時にゆるやかになる流れは、 気の遠くなるほどの時間をかけてグレープを運びつづけた。

衝突

 突然、広い空間に放り出されて、 グレープはゴロゴロと地面の上に積み重なった岩の上を転がった。  ようやく回転が終わり、起き上がろうとして手をつくと、 平らな感触が伝わってくる。 顔を上げると、目の前には平らな床が広がっていた。 「おい! グレープ! 大丈夫か!?」 (そう…。ここまで深い部屋だと、上の階で起こった崩壊が伝わって来ないのね…)  モーラスに、大丈夫よ、と返事をしながら、後ろへ振りかえる。 グレープを運んできた岩々が、床に厚く積み重なっている。 (とにかく、しばらく遊園地には絶対に、行かないんだから…!)  そう彼女が深く決意した瞬間、 岩を吹き飛ばして多数のシャルクルスが飛び出してきた!  彼女の頭が驚いたのは、足元に敵の残骸が転がった後だった。 頭よりも体が戦闘法を覚えているのだ。  すぐさま左右からの敵の攻撃をはじき、 1歩、2歩と踏みこんで斬り倒す! そこから剣を真後ろまで斬り払い1体の頭を斬り飛ばすと、 突いてきた敵の懐(ふところ)に飛び込んで胴を刺し通し、 その体を盾にして攻撃を防ぎ、引き抜くと同時に斬り上げ、斬り下げ、 真っ二つになって離れる敵の奥に見える最後の1体を、 タックルのように飛び込んで斬り倒した! 「グレープ! 高エネルギー反応が7つだ! 気を付けろ!」  そうモーラスが言い終わる頃には、グレープはブレードアームのスイッチを 切っていた。  残りエネルギーの4分の1ほどを使ってしまったようだ。 「おい…。まさか、もう倒しちまったのか?」 「ええ…。敵のエネルギー反応は残っているの?」 「いや、全て消えたんだけど…。よ、よし。じゃあこの調子で…」  急に、モーラスが口をつぐんだ。 「…どうしたの?」 「次の部屋、全体がリーバードの反応を示してるんだ。…どういう事だ?」  グレープは、次の部屋への扉に目を移す。 何の変哲(へんてつ)もない、ただ時代を何もせず過ごしてきただけ、 という雰囲気を、扉は彼女に強調しているように思えた。


transcribed by ヒットラーの尻尾