丹念にほぐされたその場所に押し入ってきた熱い塊は、最も奥深いところまで突き入ったまま、動こうとはしない。
「………?」
獣の形で貫かれている蒼井には、背後の月村の表情が見えない。
「――――――」
その静止と沈黙に晒されるあまりの羞恥に耐え切れず、おずおずと、まるで初めて男を知った少女のようにぎこちなく腰を揺らめかせた蒼井を、月村がやさしく咎めた。
「ダメですよ。動いちゃ」
「っ、なんで……」
答えのかわりにしっとりと汗ばんだ背中に、唇を落とされた。
覆い被さってきた月村の動きに呼応するように、躯の内部の熱がさらに深いところを突く。
「――――っぁ…」
ヒクリ、と。
その楔を咥えこんでいる入り口が蠢くように収縮し、勃ち上がって熟れた果実の先端からとろりとした蜜がこぼれた。
体内に受け入れた月村の形と熱が、ひどくリアルに蒼井の感覚を刺激する。
ソレを口の中に含んだときの質感、指を絡めたときの感触までが生々しく記憶に蘇り、あまりにもいたたまれない思いに苛まれる。
いっそ、その楔で何もわからなくなるほどにぐちゃぐちゃに突き上げて欲しかった。
どこかで理性を残したまま、こうして放り出されることは、堪えがたかった。
肌を触れ合わせることは、もっとケモノじみた行為だと思っていた。
食うか、食われるか。
ギリギリのせめぎあい。
かつての男には、そう、教えられた。
その男によって刻み付けられた悦楽は、痛みと苦痛との境界にあるような激しいものばかりで、自分はただ、浚われた波に翻弄されてしまえばそれでよかった。思考をめぐらせる暇など与えられない嵐のような交わりの中、ただ、自分を抱きとめた男の腕の中で溺れていれば、それでよかった。
あの男は――――伊坂はそうやってこの躯を抱いた。
比べるつもりはないけれども。
こうしてどこかに理性を残したまま与えられる緩慢な刺激はいたたまれない。
隠しておきたい自分の想いのすべてを――――どこまでも貪欲に月村を求め続けてしまいそうな想いのすべてを暴かれてしまいそうで。
怖くなる。
逃げ出してしまいたかったけれども、信じがたい部分で繋ぎとめられたままのこの状態では叶うわけもなく。
哀願する言葉も持たないまま、手放しで泣き出してしまいたいような羞恥ともどかしさに堪えながら、蒼井は必死でわななく唇を噛み締める。
背を向けていてもわかる。
自分を見つめる月村の痛いくらいの視線。
沸きあがるのは、羞恥という名のたまらない愉悦。
全身を嘗め回すように這い上がってくる痺れるような感覚に、舌の根が震える。
そうやって喘ぐように躯を震わせれば、尖りきった胸の飾りに擦れるシーツの感触が、痛い。
「……っ――――」
あわててシーツを噛んだ蒼井を諌めるように、硬く猛ったその熱で一度、抉るように突き上げられた。
「ンぁっ………」
啜り泣きのような嬌声が、薄い唇からこぼれ出る。
どこまでも強情な蒼井の逃げを打つ躯を背後からまわした腕の中に閉じ込めて、月村は首筋に吐息のような囁きを落とした。
「どうして欲しいか、ちゃんと言ってください」
「や……」
お願いだから、と、どこか悲痛な表情で、月村は蒼井を抱く腕に力を込めた。
自分のこの想いのすべてが腕の中の蒼井に伝わればいいと、そう願いながら。
知って欲しいことがある。
いや、どうしても知って欲しかった。
抱かれることが、まるで罪悪であるかのように肌をあわせるこの人に。
まるで、投げ出すように躯を差し出すこの人に。
心から、知って欲しかった。
抱き合うことの意味を。
躯を重ねることの悦びを。
肌のぬくもりの心地よさを。
彼を愛おしいと想う、この心のすべてを。
知って欲しかった。
「………蒼井さん」
「月村……もう――――」
「もう?」
「もう……もっと……」
欲しがる言葉をどうしても口にできないまま、シーツの波間に完全に崩れ落ちた蒼井の背にぴったりと胸を合わせ、月村が甘やかな囁きを落とす。
「聞こえますか? 俺の、心臓の音」
こくりと、頷くのが精一杯の蒼井は、喘ぐような呼吸を繰り返す。
「こんなにドキドキしてるのは、俺が今、蒼井さんと繋がってるからです」
他の誰でもない、貴方と。
とくん、と。
月村の胸と触れ合っている背中から伝わる、確かな鼓動。
とくん とくん とくん
そして、躯の内側では月村の熱が猛々しく脈打っている。
至るところで感じられる、月村の匂い。体温。溢れる想い。
そして自分は、鍛え上げられた腕の中に抱かれている。
しっかりと抱きとめられている。
たまらない想い。
それは、狂喜。
ぶるり、と。
身を震わせた蒼井に月村が問う。
ゆるやかに腰を蠢かせながら。
「蒼井さん、貴方は?」
ねぇ、と。
誘うように、甘えるように、言葉を誘う。
「ふぁっっ……」
繋ぎとめた蒼井の躯の内部をゆるゆるとかき回しながら、まるで、躯の中から問い掛けるかのように、月村は言葉を求める。
求めながら、やさしく、秘めやかに。
容赦なく深い部分を探り当て、突き上げていく。
「蒼井さん……」
「おかしく、なる……」
濡れた音が耳を打ち、次第に激しさを増す腰の動きに追い詰められていく。
「どうして?」
「っ……ぁ――」
こぼれる吐息。
「ねぇ、どうして?」
たたみかけるような言葉に翻弄される思考は、ただ、心に秘めた思いをその唇に迸らせる。それは、むき出しの本音。
「………おまえ、だからっ!」
だからこんなにも満たされている。
だからもっと、欲しがってしまう。
だから――――
悲鳴のような叫びに月村はたまらず蒼井の腰を引き寄せ、揺すりたてた。
もっと深く感じたい。
もっと密に繋がりたい。
もっと……もっと。
「俺も。蒼井さん、あなただから……」
その動きに共鳴するかのように、蒼井の唇から啼き声が零れ落ちる。
「――いい……っぁ…つきむらっ」
自分を浚っていくのは、何もかもを委ねてしまいたくなるような、甘やかな波。
高く腰を突き上げたまま、蒼井の上体がシーツの上をしなやかに泳ぐ。
ことさら感じる一点を責めたてられて、蒼井の目尻に涙が滲む。
「ぁぁ……ン…あぁぁっ!」
高く掠れた声をあげ、内腿を細かく震わせて、蒼井が果てた。
さんざんに拓かれて綻んだ肉襞が痙攣するように収縮し、その動きに絡め取られるように月村も熱い濁流を蒼井の中に注ぎ込んだ。
そのまま躯を離すことができず、尚もその一点で結びついたまま、ふたりは荒い呼吸を繰り返す。どこまでが自分のものなのか、判別がつかなくなるほど、深く溶け合ってしまった躯。
腕の中に強く抱いた蒼井の濡れた首筋に唇を落とせば、まだ昂ぶったままの過敏な躯をぴくりと震わせて、縋りつくように身を寄せてくる。
その仕草にどうしようもないほどの愛しさがこみ上げて、月村はたまらず言葉を紡ぐ。
「あなただけです、蒼井さん。あなただけ………」
しっとりと躯を絡みあわせながら、心からの言葉を何度も。何度も繰り返す。
何故か、涙がこぼれそうになった月村の耳に、掠れるような囁きが届いた。
「俺にも、おまえだけだ」
と。
それは、小さな、とても小さな呟きだったけれども。
確かに耳に届いた言葉に、月村は熱い想いを噛み締めるのだった。
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恋しくて。
愛しくて。
誰よりも大切で、かけがえのない命。
その存在を確かめたくて。
その魂をより近くに感じたくて。
いっそひとつに混ざり合いたくて。
腕の中に抱きしめる。
そして感じる、ふたり分の鼓動。
ふたり分の体温。
ふたり分の吐息。
五感のすべてで、躯中の細胞で、互いの存在を感じ、受け止める。
募る思いのすべてを伝えたくて。
ただ、伝えたくて。
そして、感じて欲しい。
それが、抱きあうということ。
抱きあうということ。
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