35 - 歪みのもと
眠っている妹をみて、ほっと息を吐く。
生きている、そう確認できるだけで自分は安堵する。
名家、というものに生れ落ち、長子長男の自分はそう言う風に育てられた。
跡取りであり、この家を継いでつなげていく存在だと。
父もそうだったし、祖父もそうだ。
そして気が遠くなるほど長く続いた自分の家には、そんな後継ぎたちとそれになれなかった屍たちがごろごろとしている。
だからなのか、自分を脅かさなく、かつ絶対に裏切らない異性の血縁というのに執着する傾向にある。
自分もご多分にもれずに、妹に執着している。
もちろん、絶対に庇護すべきかわいい存在。
ただそれだけだ。
けれども、こんな風に妹を手元におけば置くほど、家を継ぐには不可欠な配偶者の存在が遠くなっていく。
父も、実姉に執着し、そして色々あって立場の弱い母親を娶ったのは有名な話だ。
多産系なだけが取り柄で、数代前の不祥事で家格を落としていたあの家は、ちょうどいい年まわりに女子がいた。
どこかで聞きつけたのか、それをあてがい、彼らは夫婦になった。
そんな始まりがうまくいくはずもなく、母は自分を産み落としたはいいものの、精神を病んでいった。
だからといって名門貴族の夫人の立場をそうそうに降りられるはずもなく、まもなく妹を身ごもり出産をした。
そして、ほんとうに心のうちに閉じこもって出てこなくなってしまった。
産声も弱く、そのあとろくに実母に抱かれたこともない妹は、虚弱でさみしがり屋だ。
自分は、そのことをたてに妹を手元に置き続けている。
病弱でか弱い、彼女は守らなくてはいけない存在だと周囲に触れまわりながら。
うまくいくはずもない幾度目かのお見合いのあと、いつものように妹の寝室を訪れる。
彼女は規則正しい寝息をたて、細くて折れてしまいそうな体を寝台に沈めている。
呼吸を確認し、暗がりでもその顔色を判断する。
そんなあたりまえの作業ともいえる行動を、周囲はすでに咎めることはない。
幾代前から続くそれに、麻痺しているのかもしれない。
「あれの嫁ぎ先が決まった」
父と二人きりの朝食の席で、唐突に告げられた。
脳が、一度目の言葉を拒絶する。
だけど、次に告げられたのは具体的な家名で、それは自分もよく知る親戚筋の凡庸な家の男の名前だった。
「……承知しました」
荒れ狂う内面を抑え込み、そして従順な言葉を吐き出す。
父も、そうだったのかもしれない。
伯母が嫁いだのも、親戚ともいえるほど近しい家系だ。
彼女はそこで、幸いにも夫婦仲もよく、何人も子どもを育て上げている。
正直なところ実父の執着が解かれた後、よほど幸せそうにしている、のかもしれない。
だけど、と、妹と自分の関係を照らし合わせ、想像してみる。
あれと、幸せそうに寄り添う妹の姿を。
ただ、それだけで今まで詰め込んだ朝食がせりだしてきそうな気持ちとなる。
そんなことはだめだ。
けれども、それを口にしてはいけない。
ぐっと呑み込んだ何もかもを、飲み物で流し込む。
一言だけ言葉を交わし、すぐに食堂を後にする。
自分たちとは一緒に食事をしない妹の部屋へと急ぐ。
まだ寝台の上に座っって何かを飲んでいる妹に近寄る。
「お兄様」
彼女の頭に口づけをおとし、そっと息を吐く。
手放せない、手放さなきゃいけない。
もう歪みはどうにもできないほど、煮凝ったまま。
なんとか、ため息を抑えて一日がはじまる。
彼女が本当に嫁ぐ日など、こなければいいのにと呪いながら。
再掲載:7.27.2024/update:05.30.2024
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