気が付いたのは一瞬。
でも、すぐに蓋をした。
わたしは、彼のともだちで、知り合いで、クラスメートで。
だから、ちらりと過ったこの気持ちは沈めて封印して沈めてやる。
何でもない顔をして、笑顔で告げた彼を見上げる。
彼女ができた、と綺麗に笑う彼は、やっぱり大好きな彼で。
ともだち、だと何回も頭の中で繰り返す。
けれどもやっぱり、何かがあふれ出しそうで、わたしは用もないのに忙しいふりをする。
背中に、彼を残し、わたしはただまっすぐに歩いていく。
明日も、また顔を合わせなくてはいけない。
それが、飛び上がるほどにうれしい、と思ったこともあるクラスメートとしての特権であり欠点だった。
「おはよー」
能天気な挨拶をもらう。
わたしはそれに気が付いて、ただ頷く。
耳元には大好きな音楽が流れ、彼のおしゃべりを適当に躱す。
それは、別に今までと変わったことじゃない。
ただ、音楽を突破して彼の言葉を聞き取ろうとしていた今までの努力がなくなってしまっただけだ。
ご機嫌に話し続ける彼に、適当に相槌を打つ。
たぶんきっと、会話は微妙にかみ合っていないのだろう。
そんなことも気が付かずに、彼は始終ご機嫌だ。
憧れの人、と付き合えたのがよほどうれしかったのかもしれない。
それを告げられたわたしが、どんな気持ちになるのかも知りもしないで。
いや、それはただの八つ当たりだ。
わたしは彼に、小指の先ほども気持ちを悟らせないようにしていたのだから。
帰宅しようとしたわたしに、後ろから声がかかる。
それは、少し前ならとてもうれしくて、これからの予定をすべて変える算段をしてしまうほど待ち焦がれていた声だった。
渋々と振り向くと、そこには予想していた彼と、予想していなかった女性が隣に立っていた。
彼女は私と違って、綺麗な茶色の髪を緩く巻いて、ルーズにまとめていた。
それが、固すぎず柔らかすぎず、とても彼女に似合っていた。
服装も量産型でも、個性を突き詰めたものでもなく、さらりとまとまって品がよく、適度に流行を追った装いだ。
正直、私よりも一段も二段も「女性」として上の彼女にあきらめがつく。
彼は、こういう女性が好きだったのだと。
「はじめまして」
そう言って挨拶をする彼女は、どこにも隙がない。
けれども、彼に気が付かれるほど強すぎてもいない。
こんな風に立ち回れる女性に、勝ち目なんかあるわけがない。
わたしは、ただのクラスメート、もうともだちですらない。
そう言い聞かせる。
たぶん、きっと、彼女はわたしの立ち位置を確かめにきたのだから。
彼にとっては仲の良い異性のクラスメート。
それ以上でも以下でもないわたしの存在を確認して、彼女は僅かだけ安堵の感情をもらして私に微笑みかける。
その笑顔が、女のわたしですらかわいいとおもって、瞬間息を止めた。
わたしのきもちはやっぱり、どこか遠くへ放り投げよう。
いつか、だとか、たぶん、だとか。
そんなもの全部、どこか遠くへ、どこか深くへ。
お題配布元→capriccio様
再掲載:07.27.2024/update:05.30.2024