「そういうことで」
軽く手を上げて、ユッカは走りさっていった。
わけがわからない顔をして、それでもアーニルスは彼女を見送った。
「とーちゃん、あれ何?」
「まあ、仕事だろうなぁ」
わらわらと小さい男の子の後から、さらに小さい子供たちが集まってくる。
唐突な結婚宣言からこちら、アーニルスを追い詰めたユッカは、あっという間に既成事実を作り上げていた。
つまるところ、ユッカはアーニルスとの子供を次々と作っては産んでいたのだ。
あの小さいからだで、だの、少女趣味だの揶揄されながらもアーニルスはなんとなく今の生活を受け入れている。
いや、親を知らない彼にとって、どうしていいのかわからないまま忙しく過ぎる日々を送る生活は、存外悪いものではないと思っているふしもある。
つまるところ、幸せなのだと。
「かーさん、大雑把だから」
六人の子供の中で一番年嵩の兄が、ためいきとともに呟く。
彼はまた両親に非常によく似た大雑把で、肉体派の片鱗を存分に見せ付けてはいるが。
「おかーさん」
小さく呟く次男は、父そっくりの厳つい顔を幼いながらに発揮している。
もちろんまだ、中身は相応に幼くはあるが。
「……おなかすいた」
「めし」
同時に呟いたのは双子の三男と四男であり、彼らはすでにこの状態を達観している。
上二人よりは頭はよさそうなものの、それもどちらかといえば狡い方向へ伸びそうな予感がする。
あの四姉妹を伯母にもつのだから、それなりの影響は受けていそうだ。
「……ねむい」
何の感情もこもらないかわいらしい声は、この中では唯一の女児であり末っ子の次女のものだ。
彼女はどちらかというと、氷の美貌と名高い彼女たちの二番目の伯母に似た容姿をもっている。
完璧な容姿に、緻密な頭脳、そして残念な性格の伯母は、自分に似た彼女をとてもかわいがっている。
もっとも、中身は似ても似つかないほど能天気なユッカ似ではあるが。
「あー、おまえたち、とりあえず朝ごはんにするぞー」
旅装で飛び出した母のことは、とりあえず雇い主に聞くとして、彼は慣れた様子で子供たちの世話を焼き始める。
大雑把な母ユッカよりは、ずっと保護者として機能している。
「あ、ねーちゃん!」
子供たちを引き連れて食堂へと急げば、そこには彼とは血のつながらない長女が台所にぽつんと立っていた。
「……とりあえず玄関から入ってくれねーかな?」
「ごめんなさい、面倒くさくて」
花のような顔に似合わないぞんざいな言葉を口にする。
容姿から見ればとてもではないが血縁とは思えないが、口を開けばなんとなくユッカと母娘、であることがわかってしまう。
「ごはん、出来ましたよ?」
全く義父のことを取り合わない様子で、長女ツバキが弟妹たちに話しかける。
「やった、ねーちゃんのメシすっげーうまいから!」
十二分に餌付けされた弟妹たちは、言われるままに手を洗い、大人しく食卓へとつく。
常ならばそこまででも疲労困憊する作業となるはずなのに、と、少しだけ悔しい思いでアーニルスも椅子に座る。
「はい、召し上がれ」
空腹を刺激する匂いが立ちこめ、ツバキの無表情だが恐らく笑顔なのだろう、という表情を添えて食事が開始される。
無言で、欠食児童もかくや、という風情で朝食をかきこむ五人兄弟をみて、これが父親の違いか、などと詮無いことを考える。
「いえ、大叔母のおかげです」
彼の思考を読み取ったのか、ツバキがすかさず突っ込みを入れる。
「まあ、ユッカと俺じゃあなぁ」
がさつな傭兵家業の癖は抜けない。
食事など、いざというときのための下準備、ぐらいにしか思っていなかった月日は長い。
今でも、正直「食を楽しむ」という感覚は備わっていない。
どういうわけかお嬢様育ちであるはずのユッカもその性質であり、彼らが教える食事というものは栄養補給と戦闘準備に他ならない。
最近では、徐々にではあるが変化しているものの。
「まだ子供ですから」
微かに笑い、彼女も食事に手をつける。
結局ユッカが帰ってきたのは一月後であった。
雇い主、王女によれば彼女の気まぐれによる魔獣狩りのための遠征、だそうだが、詳しいことは聞かないでおいた。
色々得られたもので、よからぬことを考えているのはいつものことで、巻き込まれるような阿呆なまねはしたくはない、と決意する。
それでも、結局のところもっとも癖のある王族の護衛として雇われている彼が巻き込まれるのはいつものことで、近いうちに彼は空を見上げてためいきをつく。
だが、それも悪くない。
そんな思いを抱きながら。
6.20.2016再掲載/03.17.2016
→懇願する王子