20 - 虹の下

 虹の下を探して歩く、なんて無茶なことをしなくなったのはいつからだろう。
目の前の男のへらへらした顔をみながらそんなことを考えた。

「でさ、これなんだけど」

いくつかの物件情報をテーブルの上におきながら、笑顔で話している男は、所謂私の幼馴染だ。
家族ぐるみの付き合いで、幼かった頃はそれこそ毎日のように遊んでいたらしい。
同じ幼稚園、同じ小学校とその関係は続いていった。
高学年になって男女の差、というものにぶちあたるまでは。
それまでは思いついたら即行動、体格も運動神経も良い彼にくっついて歩く、腰ぎんちゃくのような弱弱しい存在だった。
女の子同士の難しいやりとりを覚え、やがて幼馴染と私は気がつけば数ヶ月も口を利かない関係となっていた。
それは、まあ、当たり前のことだろう。
母親などは、あまり幼馴染のことを気に入っておらず、ようやく女の子の仲間入りをした私に内心喜んでいたようだ。もっとも、彼女が、幼馴染の母親を嫌っていた、という事実にも気がついてしまったが。

「ここなんか、仕事場近いしさー」

当たり前のように自分の職場に近いという物件を嬉々として勧めてくるあたり、やはり、というかやっぱりというか。
共働き前提だというのに、そういうところは意地悪ではなくナチュラルだ。
つまり無神経。
余裕があるときにはそれが男らしく感じてしまっていたのだから、私の頭も相当沸いていたとしか言い様がない。

彼と、所謂そういう関係になったのはお互いが偶然同じ大学に進学した後のことだ。
もちろん進学先も知らなかったし、そうなったのは本当に偶然だ。
私は今、そんなめぐり合わせを心底呪ってるけど。
恋人同士になった、と、告げたときの母親の嫌そうな顔は忘れない。
今ならよくわかる。

「昔さー、あんた無茶ばっかりしてたよねぇ」

ぽつり、とこの場には関係ない会話を挟む。
ぼんやりとこちらを見上げ、そして照れ笑いを浮かべる。
そういう仕草はやっぱり嫌いじゃない。

「言うなよー。子供だったんだからさぁ」

花火を真下から見たいと言ってもぐりこんでは、運営の大人たちに怒られ、虹の先端を見たいといっては迷子になる。
そのどちらも私はきちんと巻き込まれては、両親に叱られた。あまり自己主張をしない私は、彼に振り回されっぱなしだった思い出しかない。
そしてそれは、今でも嫌な思い出として残っているわけじゃない。

「まあ、いいんだけど」

アイスコーヒーを一口飲み込み、バッグから写真を取り出す。
物件情報を熱心にみている彼の視線に、それを滑り込ませる。

「なんか、誰かが送ってくれたんだよね」

今時どういうわけか郵送で我が家にやってきたそれは、差出人不明の封筒に同封されていた。
開けるかどうかをさんざん逡巡してようやく開けた私は、中身をみて腰を抜かした。
驚いたから、じゃない。
やっぱり、と自分の中の違和感が正しかったことを知ったせいだ。
つながらない電話、少なくなったメール。
そして時折香る私のものではない香水。
これだけされて、わからない方がどうかしている。
彼は、幼馴染の気安さで私を侮っていたのかもしれない。

一瞬にして顔色をなくし、彼は口をぱくぱくさせながら私と写真に視線を走らせる。

「あ、それコピーだから」

思いついたように写真を破り捨てようとした彼に、とりあえずの事実を伝える。

「いや、これは勘違いで」
「あ、そうなんだー、勘違いなんだ」

肌色が多い男女の写真を前に、なおもあほな言い訳をならべる。
この手の写真が手に入る立場、ということで差出人もだいたい絞られる。

「ということなんで、後は事務的な手続きに入るね」

「違う」とか「間違いだ」とか、陳腐な言い訳を繰り返し、縋りつく彼を振り払う。
第三者が多い場所でしなくてはいけない、というアドバイスを痛感する。
これがどちらかの家だったなら、私はこんな風に開放されていないだろう。

見上げた空に、消えかけの虹を発見したのはとても皮肉なものだ。
今までの思い出がいっせいにあふれては消えていく。

やっぱり、それでも私は好きだったのかもしれない。
無神経で、やんちゃで、そして誰よりも子供っぽい彼のことを。


再掲載:01.23.2015/08.08.2014




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