「ねえ、そのうねうねってしたの何?」
ついっと口を滑らした由香子の言葉に、吉井は絶句した。
「うねって、それはこいつのことか?」
吉井が指差した先を確認して、由香子が頷く。
どこかで見たような気がする、といった顔をして小首をかしげている。
「DNAの二重螺旋を知らないなんざ、大卒を名乗ってほしくはないな」
冷たい口調で吉井が突き放す。
いくら文系、とはいえ知らなかったという事実に唖然としたままだ。
確かに、吉井は文芸関係の知識には乏しいが、二重螺旋に匹敵するほどの文系的知識の欠落はないはずだと、大げさにため息をつく。
「あ、そうか、それそれ。なーんか見たことあるって思ってたんだよねぇ」
そんな態度などものともせずに、由香子はモップを手にしながら謎が解けた喜びに浸っている。
気分の乱高下などをまともに気にしていては、吉井の近くになどいられたものではない。
そういう耐性だけはしっかりとできてしまっているようだ。
「・・・・・・で?」
「いや、ちょっと掃除しにくいなぁ、と思って」
相変わらず雑然とした吉井の部屋を整えるべく、由香子はせっせと掃除をしに通っている。
彼女にとってはわけのわからないプラモデルみたいなものがあるなぁ、と、気にしてはいたのだが、本日ようやく長年(?)の疑問が解決したようだ。
「まあ、それは確かに」
まったく整理整頓のセンスのない吉井は、気まずそうな顔をして視線をはずす。
彼女がいなくなればこの部屋の現状がやばいものになる、という認識はしている。
「それに、なんか本増えてません?」
山積みとなった真新しい本にちらりと視線を走らせ、ぽんぽんとモップの柄を叩く。
「あーー、ちょっと出版依頼があって」
資料となる本を取り寄せていたらこんな状態になった、と、先週の惨状よりも悪化した今週の部屋をみないようにしながら吉井が呟く。
「まあいいや、ちゃっちゃとやるから、せんせーもちゃっちゃと仕事して!」
バンダナと軍手をしてやる気満々の由香子は、宣言どおりてきぱきと掃除を始める。
「あ、からあげ追加で」
常連の店の、量が尋常ではない定番メニューを口にする。
それを想像しただけで満腹になったような気がして吉井はためいきをつく。
年の差、とは言いたくはないが、これだけは理解の範疇を軽く超えている、と。
結局いつものように仕事に熱中してすっかり遅くなった吉井と、由香子の口げんかが響く中、吉井研究室はいつもの平和な一日が終わりを告げた。
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再掲載:01.23.2015/08.08.2014