ときおり暴れだす衝動を押さえつける。
今、ここに刃物があったのなら。
自分はそれを誰に向けるだろうか。
無邪気な王女?
それとも、何も出来ない自らに向かってなのか?
国の存在が揺らいだと神託されたときに行なわれる召喚の儀。
数十年ぶりの儀式を開いた王族たちは、今までとは異なるものが召喚されてしまったことに戸惑っていた。
神からもたらされる役に立つ何か、を期待していた彼らはあからさまに落胆した。
その場で、それを捨て置くことさえ進言されたほどだ。
彼らとは違う言葉のようなものを叫び、そして周囲とはあまりにも異なる容姿をもっていた何か、は歴史上初めて召喚されてしまった「人」であった。
多少のごたごたはあったものの、ようやく国にとって役に立つ「神子」だと認定された後も、彼女への扱いは改善されはしなかった。
丁重に、だけれども見下すように接する世話係の態度に、彼女が気が付かなかったはずはない。
だいぶ幼く、華奢を通り越した貧弱な体を抱きしめ、ただ神子は彼ら彼女たちを見上げていた。
やがては視線すら合わせなくなり、そして一向に理解できない叫び声をあげることもやめていった。
今では心優しい王女にすら、その口を開くことはない。
そのことに苛立ち、王女を崇拝する侍女たちからは神子へ対する蔑みさえ見られる有様だ。
「いつになったら心を開いてくださるのかしら?」
綺麗な顔に憂いを帯びた表情をのせ、お綺麗な王女さまは小首をかしげる。
敬愛する王女の憂い顔に憤りを感じ、神子でさえなければ今この場で切り捨ててしまいたくなる衝動を、騎士たちは抑える。
そんな気配など一向に構う様子もなく、神子は沈黙する。
それと同時に、神から賜る言葉も少なくなっていく。
注意深い人間なら、その因果関係に気が付いただろう。
だが、この国にはもはや、心から神を信じる人間も、国を案ずる人間も、残されてはいなかった。
「また会いましょう」
可憐な挨拶を残して、聖女と呼ばれる王女は神子の塔を去っていく。
神子は再び誰一人としていない部屋に閉じ込められ、扉は固く閉ざされる。
唯一彼女に同情する見張りだけを扉の外へと残し、塔の中は静けさに包まれていく。
手が届かない明り取りの窓から、ようやく一日の終わりを知る。
出された夕食を一瞥し、神子は寝台の上にうずくまる。
今日が終わり、明日がやってくる。
日に日に心の中の刃物が、鋭利なものへと変化しながら。
※ 短編集の中にある異世界トリップ風ファンタジーの短編連作の中のお話です。身もふたもない内容ですが。
再掲載:11.01.2014/02.25.2014