18. 空色の瞳

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お題配布元→capriccio

 初めて認識したとき、そのアイスブルーにみとれ、この人と私は同じような世界が見えているのだろうかと疑問に思った。
視覚は脳が見せているのだから、とか、色々な理屈が思い浮かぶけれど。
単純に、その色が綺麗で。
私にとって異質な瞳が、きっと誰よりも私を「人」だと認めてくれるのがわかったから。
そのアイスブルーに、私はどういう風に映っているのかを知りたかった。

 突然わけのわからないところに連れてこられた私は、知らない人たちに囲まれ、知らない部屋に閉じ込められた。
こんなところに来る少し前、何時もどおりに友達と話していたとき、突如膨大な光が出現した。
あまりにまぶしくて、目を閉じたら、今度はふわりと体が浮いた。もがいて、何かを掴もうとして、何もつかめなくて。
光が収束して、ようやく目が開けられるようになった頃、私は知らない場所に落とされていた。
それが、彼らが言う召喚の儀式だということを知ったのは、もっとずっと後のこと。子供程度の言語が理解できるようになった頃だった。
生まれ育ったところとは異なる容姿の「人間」たちは、私を遠巻きに見つめ、やっかいそうな顔をしていた。そして本当にやっかいだったのだと知るのも言葉がわかるようになった頃だ。
世界がどうかなったときに行われる儀式で、生きている人が呼ばれたのは初めてだったのだそうだ。
それがたまたま私で、偶然私で、どういうことか私だったのだけど。
私がどういう効果を齎す「もの」かがわからなかったのだろう。とりあえず豪華だけれども味気ない部屋へ閉じ込められ、えらそうな人たちが代わる代わるわたしの様子を見に来る日々が続いた。
その中には、あの人がいて、やがて彼がわたしの護衛だったのだと知った。
厳つい顔に、ごつごつとした体。
私の体などすぐにでも押しつぶせそうな体躯は、身近には幼い同年代の男の子か、デスクワークが本業の父親しかいない私には酷く恐ろしげに映った。

「神子、どうされました?」

それが私の名などではなく、ただ単に与えられた役割だと知ったときには、すでに私は塔の上が住処となっていた。
訪れるのは神官だという男と、気まぐれな王女、そして常に部屋の外に待機している彼だけの生活。与えられる衣食はたぶん十分に贅沢なもの。だけど私はそれらをろくに口にすることも、袖を通すこともなかった。
何の飾りもついていない質素な白のワンピースは、恐らく神職が身につけるものなのだろう。ゆったりとした袖口と、胴に何の締め付けもないそれだけを身につけ、膝を抱えながらずっと小さな明かり取り用の窓だけを見上げる毎日だ。
やせ細っていく体すら、彼らは気がついていない。
私が、何をどれだけ食べるかなど気にしていないのだろう。
ルーチンの仕事さえこなせばいい、という侍女たちは、必要がなければここへ立ち寄ろうともしない。当然私の世話は私自身がしている毎日で、気にかけてくれるのは護衛の彼だけという有様だ。
それのどこが神の子だと、笑い倒してやりたい気分だ。

「名前」

動かせなくなった体を、彼は後ろから抱きとめ、私を何時も見ていた空の方へ向けてくれる。
骨ばって女らしさどころか人間らしさもない体は、すでに誤魔化しようのないところまできている。
それでも気がついているのは彼だけで、たまに来ては話したいことだけを話していく王女すら気がつく素振りすらない。

「名前を、呼んでください」

私は、神子という名を与えられ、だけれども彼らはわたしの名すら聞いてくれなかった。
唯一知る彼は、その役職からかためらいをみせ目を逸らす。
彼、だけなのだ。
この世界で、私を気にかけてくれる優しい人は。
ぼうっとした意識の中、彼のアイスブルーの瞳を見つめる。
どこまでも青く、まるで私が憧れた空の色のようだ。
目を閉じた私に、彼が小さく私の名を呼ぶ。
目を開こうとして、開けなくて、徐々に世界が白くなっていった。
彼が私を呼ぶ声だけを残して。

2.5.2012:再掲示/11.9.2011
16. たとえ世界を壊してもの神子視点となります。

27. 落ちるように沈む同一世界の少し後のお話。

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