16. たとえ世界を壊しても

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お題配布元→capriccio

 世界の安定のために何かを召喚する、という儀式に自分は全く興味がなかった。
ただ、ぼんやりと、自分の世界のためだけにするそれを、ひどく身勝手なものだと思ってはいた。
だけど、自分が生きている間に、それが行われる可能性はひどく低くて、真剣にその儀式について考えたことなど一度もありはしなかった。
あんなことになってから、死ぬほど後悔したけれど。
偉い神官さまが、世界が揺らぎ不安定であると告げたことがきっかけとなり、制定されている法に基づき召喚の儀式が行なわれた。
数十年単位で行なわれるその儀式は、そのたびに役に立つ何かが招かれ、どういうわけか世界は安定に保たれたのだと聞かされている。
生まれながらの武官の家で、剣ばかりを握っていた自分に、そういう細かいことがわかるわけはない。ただこの儀式に参加することになったのは、家柄と自惚れだけではないが、剣の腕のおかげなのだろう。
記述通り、全てを仕切るのは王族である。
王の代理である王子と、聖女として参加する王女が、徳が高いとされる神官たちが輪となっている様子を少し離れた位置から眺めている。そして自分たちのような腕の立つ武官たちが、王子と王女を守るようにして取り囲んでいる。具体的に記されてはいないが、以前の召喚時に、武官がいないがための惨事とやらが起こったおかげで、このような格好となったようだ。
神官たちは、自分たちのことを集中を邪魔する筋肉の塊だと、見下してはいるのだが。
幾時間もの長い祈りのあとに、いかにもひ弱そうな神官たちが何やら唱えると、腰ぐらいの高さの祭壇を中心に太陽よりも明るい光が溢れた。目が開けられない程の光の洪水は、やがて小さくなっていき、徐々に一点に収束していく。
さすがの自分も光には逆らえず、片手でさえぎりながら、開いた方の手は剣を握り締める。
元の明るさに目が慣れたころ、祭壇の上には小さな少女が自分の体を抱きしめるようにして座りこんでいた。
まず目を奪われたのはその幼さだ。
すぐに泣き叫んでもおかしくないほど小さい少女は、唇をかみ締めながらこちらをずっと伺っていた。
極度に警戒しているさまは痛々しくもあり、真っ先に駆け寄って保護したい気分にかられる。
周囲が停滞している中、まず王女が彼女に近よった。王女は聖女として名高く、その微笑みはすべてのものを癒すと言われている。
自分のようなむさくるしい男がいくよりも安心するだろう、と、王女の行動を見守る。
白く細い手を少女に差し出す。だが、意に反して少女は後ずさり、祭壇から落下した。
呆然としたままの神官を尻目に、王女を守るという名目で彼女を後ろへと下げる。そして、最も近くにいる自分が自然な形で、気を失った彼女を抱き上げ、あわてて用意した部屋へと連れていった。
召喚されるのが人だとは思わなかった神官たちは途方にくれ、前例のない事態に王は頭を抱えた。
やがて彼女は軟禁状態となり、日々表情がなくなっていく少女を、俺はただ見守るしかなかった。
世界の揺らぎは徐々に消えていき、少女が神から使わされた神子だと認定される。
周囲の歓喜とは反対に、言葉も話せず、泣き言すら言えない少女は徐々に衰弱していった。
その王女とは異なる白い手に、無骨な俺の手が触れる。あまりの細さに、身勝手なことをした自分たちに呪いの言葉を吐いた。
誰も本心では接しないこの世界の中で、自分ひとりだけでも彼女に誠実であろうとした。やがて微かだが、心が通い合ったころには、俺は彼女を連れ出したい衝動に駆られていた。
俺にしか見せない笑顔に、心がとらわれていく。
やせ細った体を傷つけないように抱き寄せるたび、彼女が笑って過ごせないこの世界こそ間違っているのだと強く思う。
たとえ世界が滅んでも、俺は彼女に笑っていてほしいのだと、そう願った。

再録:1.21.2012/10.22.2011
18. 空色の瞳の護衛視点となります

27. 落ちるように沈む同一世界の少し後のお話。

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