馬だけが残され、打ち壊された馬車と、幾人もの死体を背に、男三人が輪となって座り込む図は、なかなか妙なものがある。
惨状で一人残された、はずの私は彼らの顔を見渡しながらぎこちない笑みを浮かべる。
「参ったなぁ」
「困った」
「どうしよう」
三者三様の言葉を口にし、彼らはまたお互いに顔を見合わせてうつむく。
あどけないふりをして、私は再び笑う。
「ガキに媚売られてもねぇ」
「困ったなぁぁぁ」
「どうしよう?」
やはり、それぞれの個性に合わせて素敵な言葉を吐き出した彼らに、ただひたすら困ったような泣き出したいような微妙な笑みを作る。
彼らに取り囲まれ形で座られ、立っているはずの私は、どういうわけか彼らと視線が合う位置に、自分の視点があることに落ち着いていない。
いつ、どうして、なぜ、とは私自身が一番口にしたい言葉だ。
だが、生存本能がそれどころではないと訴えかけている私は、生きるため最善と思われる策をとる。
つまるところそれが、生き残った大人である彼らにどうにかして自分を拾ってもらう、ということだ。
数刻前、私は商人である父親に連れられて、父の持っている商隊とともに、商いの地へ赴くところであった。
戦争が終わり私が生まれ、それなりに平和となったこの国では、私のような子供が商隊にまぎれたところで何の問題もないはず、であった。
だが、運の悪いことに、今だ消えることのない強盗の一味に目をつけられ、一行はあっという間にそいつらに惨殺されてしまった。念のため用心棒も雇っていたものの、平和なときが続きすぎたせいなのか、彼らの腕は全く役に立たなかったようだ。
荷の中に隠され、死んだふりをしていた私は、強盗の下品な笑い声が、悲鳴に変わり、そしてまた静寂が訪れたことを知る。
そしてゆっくりと顔を出した私は、彼ら三人に取り囲まれ、盛大にため息をつかれるはめとなったのだ。
「目立たないように行く約束だったじゃないですか」
「放っておけるわけないだろう」
「そうやってるから、僕たちがこうやって逃げなきゃいけないんじゃないか」
どうやら、何某かの理由で逃亡中だった彼らは、一人の男の暴走で、私がいた商隊とかかわる羽目となったらしい。
一番目に口を開いた男は、金色の髪を腰まで伸ばした美丈夫であり、酷薄そうなところをのぞけば、なかなかのいい男である。ただ、やはり私を真っ先に切り捨てたい思いを隠そうともせず、胡乱な視線を私によこしてくれている。
次に口を開いた男は、いかにも、といった傭兵風の男で、短く刈り上げたこげ茶の髪と、頬のひきつった傷跡がその風貌をいっそう厳つくさせている。やはり、彼はどこかに勤めていた兵士らしく、私たちが襲われていることをしるや、何も考えずに飛び込んできたようだ。彼は困ったような顔をして、この場にふさわしくない「子供」であるはずの私にひきつった笑顔を見せてくれた。普通の子供なら、それこそひきつけを起すまで泣き倒しそうなほどのそれを。
最後に口を開いた男は、いかにも面倒くさそうな顔をして、胡坐をかき、頬杖を突いた左ひじを腿に乗せている。最初の男が学者か魔術師、二番目が兵士とするのなら、この男はどこか軽い雰囲気を纏わせ、だが、決して腹の中は見せない狡猾さものぞかせている。恐らく自分が最もよく知る、やり手の商人に似た人間なのだろう。私から見ても、理想主義の塊のような優男と、熱血主義で後先考えない大男の間を取り持ち、彼らをそれなりに現実世界に即した中庸な手段を実行する人間だとわかる。
彼らを順々に観察し、私はようやく、己の生きる道を理解する。
とことこと、おぼつかない足元で父親だった死体へ近づき、懐からあるものを取り出す。
彼らは全員ぎょっとした顔をし、声もないまま私の行動を固まったまま見つめている。
「通行証です」
「国境越えか?」
「はい。行き先はプロトアの王都ですから」
彼らはそれを穴が開くような熱心な目でじっくりと眺め、ゆっくりと私に振り向く。
「もらっても?」
「私を連れて行ってもらえれば」
「帰らないのか?」
「意味がないです」
もっぱら私に話しかけている魔術師でも傭兵でもない現実主義者の男は、胡散臭い目つきで私を値踏みしている。
彼らが思う年頃の子供が、こんな風に取引を持ちかける、ということじたい、怪しいのは確かだ。
「それに、荷の中に値のはるものがあったはずです。それらと引き換えに、私の生活の保障を」
彼らはお互い顔を見合わせる。
「俺たちは泥棒じゃねー」
「父亡き後、私が荷の持ち主です。私がいいといえば、良いのではないですか?」
傭兵風の男が黙る。
「みたところ行き先は同じみたいですし、なのに通行証明書はもっていない。わけあり?ですよね?」
「ここでお前を殺して口をふさげば話は簡単なんだが?」
現実主義者が半分本気の脅しをかけてくる。だが、それも残り二人の顔色の変化で、実行される可能性が非常に低いことがばれてしまっている。
「そちらの人がそんなことをさせないでしょ?」
念のためわが身の安全、とばかりに傭兵の男に抱きついておく。
子供らしくかわいらしく笑った私に、彼は場違いな笑顔となる。
たぶん、こいつ、子供好きだ。
そう思った私は、彼を安全の盾としながら、交渉を続ける。
「私は子供ですし、あなたたちがいないとさすがに国を越えられません。あなたたちも、証明書がなければ越えられないでしょ?いい話だと思うんだけど」
「くそがき、おまえいったいいくつだ?発育不良の腐ったばばあじゃねーだろうな?」
「子供の一人や二人、庶民の生活なら、あそこの荷で十分お釣りがくるはずです。父は普通の商人ではありませんでしたから」
己の記憶を手繰り、私はそう断定する。
魔術師っぽい男が、荷を確認し、私の言葉が事実であることを確認する。
「どうする?」
三人はお互いの顔を確認し、沈黙する。
ややあって、大人三人と子供一人、という変則的な隊が形成されることとなった。
それは、私が私として覚醒した第一日目のことである。
口に出したらおかしなやつだ、と烙印を押されるかもしれないが、私、は国有数の商人の娘クイア・コルドルサとして生まれ変わった、らしい。
正確には生まれ変わった、というのも違うのかもしれない。
襲撃の恐怖に耐え切れなかった本物の子供であるクイアは、その魂を死滅させた。そのままいけば、肉体もゆるゆると腐っていくはずのところを、どういうわけか、その肉体にとっくに滅んだはずの私の魂が入り込んだ、ようだ。
さすがに、神秘の国フェルミだけのことはある。
よくわからない作用で、よくわからない現実となった私は、だが、クイアとして生きていくほかはなく、子供の私は、彼らにくっつくほか生きる道はないのだ。
「そろそろ行こうか」
私は傭兵男に担がれ、運ばれる。
そして、私と彼らの変な日常がゆっくりとはじまっていった。
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御伽噺の乙女、少女と将軍、たとえそれが〜と同じ大陸でだいたい大雑把に同じ時代の話
三カ国目のフェルミが絡むお話、舞台は少女と将軍と同じプロトア。ほのぼのの中に猜疑心が紛れ込む育児日記のようなかんじです。
8.23.2010update/6.10.2011再録