12.側にいるよ(ひとつとや)
 こまっしゃくれた子どもであるところの私にしても、晃さんの存在は異質であり特別だ。
私が平気な異性ということだけでも特異なのに、心のどこかでこの人に縋っている部分を認めざるを得ない。
はしっこを持ってもらって安定して、私は徐々に晃さんに汚染されている。



 将来の夢、という陳腐なタイトルの作文が課せられる。どうやら卒業文集に載せられるものらしい。将来私が大物になったら晒される例のあれだ。ここはどう考えても奇をてらった文章をかくべきではない。無難に、無難に。今までの生き方そのもののように平凡にかきあげるのがベストだろう。
だけど、虚飾に満ちた修飾されまくった平凡な人生観など、三行で終了してしまう。
一生懸命勉強して皆と仲良くして一杯働きたいです。女である私なら将来子供がほしいです、などと沿えればおそらくパーフェクトだろう。
だけど、書き出そうとしても、その空々しい希望があまりにも空虚すぎ、ペンが止まる。
普通の家庭、と想像して、ぼんやりと浮かぶのは今の生活の延長線。
つまり、晃さんがいて、晃さんがいて、晃さんがいる。
そこまで考えてその雑念を振り払う。
ストーカー体質の晃さんを振り切ることが出来なさそうな未来を想像してちょっと暗くなる。
どう考えても、私が大人になることを見守っていられるだけの根性があるあの人から逃げ切ることができなさそうで、だからといって、唯々諾々として彼のものになりたくもない私は、平凡な作文の宿題に頭を抱える。
いや、これはただの将来の夢、なのだから、空々しくも子どもらしいかわいい未来を書いておけばいいのだ。
止まっていたペンを走らせ、ある意味本音で、ある意味偽造された私の将来の夢、というタイトルの作文を書き上げる。
後で晃さんに読まれることも考えて、刺激しないように、あくまでも無邪気に。
この年で、そんなことまで考える自分が少し嫌になった。



「へーーー、これ本音?」

すでに懐かしいといった風情を漂わせた卒業文集の冊子を片手に、晃さんが微妙な表情をしている。

「本気、ですよ。もちろん」

将来の夢、というタイトルの作文において、私はできるだけ早く働きに出て、母さんに楽をさせてあげたい、などというお涙頂戴の文章を詰め込んだ。
もちろん、半分本当で半分大嘘だ。
母さんは再婚して、経済状態が向上しているため、母さんを、などとは考えず出来うる限り早く独立する方が得策だろう。いや、自立したい部分はストレートな本音だから、やはり半分本当だ。
いや、独立に関しても最近少しだけハードルが高くなったような気がしないでもない。
義理の娘コンプレックスとも言える母の夫が、それはもう新しいおもちゃを得た子どものように私に構い倒すからだ。
おまけに、策略に乗って二世帯住宅に住んではみたものの、そこはやはり破綻した二世帯住宅、どこかに欠陥があるものだ。私の場合それは一箇所しかない玄関であり、その特性は晃さんよけとしても十二分に機能を果たしていたりもする。まあ、後者に関しては少しだけ感謝もするのだけれど。
鬼のいぬまに、ではないけれど、デートだといって浮かれた母さんが義理父を引きずるようにして連れて行った後、入り込んだ晃さんはすでに何も悪い事もしていないのにまるで間男のようだ。

「晴香はかわいく、お嫁さん、とでも書くのかと思ったのに」

それは願望だろう、と突っ込みたいところだけれど、曖昧に微笑んでおく。
この人は私の本性をどの程度まで把握しているのかがわからないので、油断できない。
把握しているようで、私の黒い部分全てを飲み込んで、それでも望んでくれているような気がして、少しだけ恐い。
私は、それほど望まれるような人間ではないのだから。
ただ、偶然にも晃さんの近くに生まれ、晃さんの側で育ったというだけでしかない。
彼が、これほどまでに渇望してくれる理由がわからない。
わかってしまえば、それに飲み込まれそうで、それも恐い。
晃さんは、私の思考などお構いなしに、繰り返し繰り返し私の文章を読み返している。
本音ではないとはいえ、あまり上手ではない字もあわせて、僅かに恥ずかしさを覚える。

「晴香はさ、早く働きたいの?」

「それは、ええ、もちろん」

自立する、というのが私の中の最大の目標。
勉強はそれほど好きじゃない。せめて高校ぐらいは、という母さんと、制服を着て欲しいという、晃さんのあれな隠れた願望も相まって、今の状態にあるだけだ。もちろん、日本の法律ではなぜだか女性は16歳で結婚できる、という私にとってみればとんでもない法律があったりするからでもある。
働きにでもでたら、「もう一人前だね」といいつつ、私は掻っ攫われてしまいそうだ。いや、晃さんの手際のよさを考えれば、十二分に考えられる。
だから、せめてそれらに対抗しうる年になるまでは母親の保護下にいよう、と思っただけだ。

「じゃあさ……、いや」

何かを言いたそうにして、言いよどむ。少しだけ考えて、晃さんが口にしたのは、呪いのような言葉。

「大丈夫、ずっと側にいるから」

晃さんから吐かれたその言葉が脳の中でリフレインする。
どうやってリアクションをするのが一番我が身になるのかがわからなくて、アルカイックスマイルを浮かべる。
だけど、内心、どこかで喜んでいる私がいることに気がつく。
呪いのようで、祝いのようで、晃さんからもれた言葉が私を縛っていく。
もう少しだけ私は子どものままで。
きっと、後少しだけ。


5.1.2008update/6.28.2008再録
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