11.やさしいふりでもいい
「これ、落し物」

うっかり落とした筆記具を拾ってくれた人の顔を見て、心臓が止まっちゃうぐらい驚いた。
人形がついた子どもっぽいシャープペンシルを片手に笑うその人は、私の憧れの人で、ああ、こんなことならもっとまともな筆記具を入れておけばよかったと、わけのわからないパニックに陥る。

「あ、あ、ありがとうございます」

上擦っちゃって、みっともなくて、でもようやく口にした御礼とともに私の落し物が引き渡される。
たった数分、いや、何十秒かの貴重な時間は、当然それとともに終了した。
あの人が、私に興味を持つはずもなく、あっという間に恋人だと言われる先輩の下へと走り去っていった。
少し茶色い髪が風に揺れ、恋人の黒い髪とのコントラストがとても綺麗。
私は、後ろから見ることしかできなくって、その日拾ってもらったペンは、触るべからずのしるしをつけて、机の上へ飾ることにした。
今思えば、私の長い長い片思いは、コレで過熱の一途をたどっていった、ような気がする。



 やりたくはないけど、少しだけ邪まな心で立候補した副委員というポストは、想像以上に激戦を強いられた。
半数以上が、いや、ほとんどが同じ目的をもって立候補したクラスメート達は、なにがなんでもそのポストを奪い取る、といった気合に満ち満ちている。このままでは肉体的被害も被りそうだと判断した、女子に比してあっさりと決まった新委員長の判断で、とても平等に、誰がついても変わりがないと明らかに宣言する方法で選出されることになった。
そう、じゃんけんだ。
恨みっこナシのじゃんけん大会で、一生分の運を使い果たしたかのように、私はそれを勝ち取ることができた。
まあ、恨みがましいクラスメートの視線をめいいっぱい浴びはしたけれど、それ以上妬まれるほどでもないこの役得に、とりあえずヒートアップした集団心理は、徐々に落ち着いていってくれたらしい。
私の名前と委員長の名前を書き込んで、担任に提出する。
他のクラスもある程度は似たような現象が起きているらしく、どこもじゃんけんかあみだくじで選んだようだ。
やっぱり、誰がなっても大して差はないと、いいかげんな選び方にも文句はでなかった、らしい。
こうまでしてやりたかった副委員長の仕事は、ホームルームを仕切ることと、クラス代表会議に出席すること。
そう、そのクラス代表会議、というのが重要だ。
各クラス二名、正副委員が勢ぞろいする会議は、別にどうってことのない毎年決まった議題を議論したり議決したりするところだけれど、形式だけでも生徒の自主っぽいものをやらせようという学校側の判断で、すたれることなく今まで続けられてきた。実際問題、学生の自治といったところで、クラブ予算は一定のルールのもとに決められて、部活動がしょぼいうちの学校ではそれが変化することはなく、文化祭体育祭の日程だって、決まっているし演目だって変わらない。友達が通う高校ではそれなりに派手な文化祭をしてはいるらしいけれど、一応腐っても進学校、真面目なパネルディスカッション以外は喫茶店や文化部主催の催し物ぐらいしか行なわれないここでは、張り切ろうにも張り切る隙がない。
だから、こうやって月に一回あつまるのも、まあ、形式的といえば形式的だともいえる。
その形骸化した委員会にもぐりこみたかった唯一にして絶対の理由といえば、中央を空間としてぐるっと四角くそれを取り囲むようにして机や椅子が並べられた会議室の、黒板側、つまり上座に鎮座しているあの人、の、せいなのだ。
長い長い片思いの相手、生徒会副会長の先輩その人が淡々と会議を進めている。
その隣には生徒会長の何とかさんと、会計や書記の先輩方が並んでいる。
ああ、今月もお顔を拝見できた、と、配られたプリントなど一瞥もせずに、うっとりと顔を眺める。
周囲にしても女子の半分ぐらいは同じような目的の人間ばかりで、残りの半分は優等生で押し付けられた口だ。
私のクラスはたまたまミーハーなのが多くて、熾烈な戦いになったけれども、本来ならば押し付けられて渋々やるのが正しいとも言える。
いつのまにか終了した会議は、結局なんの話なのか一つもわからなかった。
まあ、委員長がしっかり聞いているし、聞いていなくてもプリントさえ見ればわかることだからと、のんきに帰り支度をする。
未練がましく、チラリと、前の方を見る。
生徒会長と思しき男の子と笑いあっている先輩。
あの輪の中に入りたいなんて贅沢は言わないけれど、私の存在ぐらいは覚えてもらえればいいのに、と、まっすぐに視線を飛ばす。
ふと、先輩と視線が交わる。
突然のことで、逸らす事もできなくて、でも、不審な行動には違いなくて、とりあえず引き攣りながらも笑顔を作る。
ふわりと、先輩がこちらを見て笑う。
そうして、何事もなかったかのように隣の男子生徒と談笑を続ける。
ああ、やっぱり、アレぐらいの接触など、先輩にといっては日常に埋もれてしまうヒトコマに過ぎないのだと、わかっていたことでも気分が落ち込む。
視線が合ったことによる喜びなど、とうにしぼんだまま、私は会議室を後にする。
気まぐれに親切にしてもらった出来事を宝石のように大事にして、それでも私はそれを手放せないでいる。
やさしいふりでもいい、なんていう人はそれが過ぎ去った後の寂しさを知らない人だ。
私は、やっぱり先輩のことが好きなのだと自覚する。
やっぱり、ふりだけでもやさしくしてもらえれば、だなんて思いながら、今以上の寂しさがこみあげる。
私は、私の気持ちをどうすることもできないまま、もっと深い恋に落ちてしまった。


5.1.2008update/6.28.2008再録
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