09.孤独をうつした その姿(ひとつとや)
 基本的にこの子は聞き分けのいい子だ。
いや、我侭な言葉をその口から聞いたことなど一度も無い。
それが、やっぱり異常なことなのだとは、気がついてはいた。

死んだ母親には兄弟姉妹がいて、当然そのうちの何人かには子どもがいる。
だから、血を分けた従兄弟や従姉妹というのも存在しているのは知ってはいた。知識としては、と、前提条件をつけざるを得ないが。
母が死んで、ろくでもない女と再婚した親父は、一時期母親の親戚との付き合いが途絶えていた。
向こうにとってみれば、だいぶ時間がたったとは言え、父親の再婚にいい気がするはずもなく、まして元々向こうと父親はまるで血が繋がっていないのだから当たり前だ。
その仲立ちをするべき唯一血のつながりのある俺は、あの頃からずっと晴香にかかりきりで、そちら側の親戚になど注意を払っているヒマがなかった。
だから晴香と似たような年の従妹がいるなどとは、全く気がつかなかった。
今日こうやってこの家のリビングに呼ばれるまでは。
なんとなく招いた要因はわかるような気がするけれど、俺はあくまで気がつかないふりをする。
リビングの中心には叔父とその娘達。
男が生まれるまでは、とがんばった結果、彼には五人姉妹というやかましくも華やかな娘達が勢ぞろいすることになった。
標準サイズと呼ばれるリビングに五人姉妹とその両親、さらには叔父の両親、つまり俺のジジババまで勢ぞろいする様子はなかなか圧巻で息苦しい。
しかも向こうの要求が見え隠れするものだから、余計だ。

「仕事も順調だそうだな」
「ええ、まあ」

世間から見ればエリートに属する俺は、こういった探りあうような視線に晒されることには慣れているし、こうやって曖昧な笑顔を浮かべたまま何一つ決定的な言質を取られない会話をすることも苦ではない。

「もうそろそろ、三十だっけ?」
「ええ、あと二年ほどありますので、今のうちにあがこうかと」

晴香の年を数える作業は、当然自らの年も数える作業となる。
どれだけのんきに構えたところで、俺は世間からすれば身を固めた方がいい年齢に差し掛かっているらしい。
俺の意識の全てをもっていってしまっている晴香は、まだ義務教育の最中だというのに、そういうときだけはこの年の差が少しうらめしい。
チラチラと、こちらを見ていないようでしっかり値踏みしている長女は、この田舎だと適齢期真っ只中の年齢ということになる、俺の知ったところではないが。
そう、当然これはそう言った意味合いを含むセッティングであり、俺はハンティング対象の獲物といったところだろうか。

「うちもねぇ、そろそろちゃんとした跡取が欲しいと」

何の跡をとるのだと、この今風の建築様式をした建売住宅を思い浮かべながら毒づく。
これが、築百年以上はある有所正しい日本家屋ならいざしらず、定年にはようやく終わるであろうローンで買った家に住み、三代前から遡った家系図はかなり怪しい様相を呈しているというのに。
まあ、田舎のただ一人の長男の男の子どもであった叔父の気持ちはわからないでもない。
その連れ合いの跡取を産むべしというプレッシャーもまあ、わからないでもない。
だが、俺がそれを尻拭いする謂れはない、というだけだ。
俺の中の何もかもが晴香のために存在し、ただそのためだけに生きている。
それを表立って表明することはできないけれど、だからといってただ安穏と彼らの思惑にのるつもりはない。

「いくつ?」

恐らく一番年下、五女である女の子に尋ねる。
あまり向こうに深入りをしないようにしてきた俺の唯一の質問が、少女への年齢を尋ねるものだということに、若干の戸惑いを覚えたものの、叔父は少しでもこちらの興味を引こうとあっさりと答える。
もうすぐ中学にいくのだという、叔父の答えに、あっさりとうなずき、晴香とたいして年の違わない彼女を眺める。
あまり俺のような年齢の男とは面識がないのだろう、照れて下を向きながらもこちらを意識しているのがわかる。
これが、年相応の普通の女の子の反応なのかと、少し新鮮に思う。
テレながらも好奇心旺盛に、こちらを興味深く観察している。
微笑めば俯き、だけれどもこちらから視線をはずすことはない。
年齢順に並んだ彼女達を順順におっていく。
それぞれ顔は異なるものの、さすがに姉妹だけあって雰囲気はよく似ている。
彼女達は所謂普通の家で、普通に育って、普通に成長したのだろう。
下の子どもが成長すれば恐らく長女のようになって、将来はその母親のようになるのだろう。もっといえばこっちを窺っているばあさんになるのだろうけれど、さすがにそこまで想像するのは酷かも知れない。
長女の良いところを親ばか丸出しにアピールしている叔父と適当に話をあわせながらも想像するのは晴香のことばかり。
もし、彼女がこういう家庭で育っていたならば。
もし、彼女の母親がもう少し彼女のことをかまってあげていたのならば。
もし、彼女の母親の男運がもう少しよかったのならば。
彼女はこんな風に素直にこちらを見ては照れる少女に育っていたのだろうか。
そして、そんな風に育った彼女を、俺は今のように焦がれるように欲することができただろうか。
そんな仮定は無意味だ、人生に「たら」も「れば」も有りはしない。
だけれども、俺は思ってしまうのだ、晴香のあの孤独をうつしとったような瞳の色を、知っているから。



俺がのらりくらりとかわしながらもその場を辞した後も、考える事は晴香の事ばかり。
あの従妹たちのように、屈託なく笑ってくれるのはいつの日になるのだろう。
そして、その隣には俺がいるはずだと、強く願う。
あの孤独の色をこれ以上晴香に纏わせたくはないから。


3.26.2008update/5.17.2008再録
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