56.減ったなあ

「先輩、溜息の数減りましたね」

そんなことを言い出したのは一つ下の後輩。

「そう?」

内心ドキリとしながら、適当に相槌をうつ。
遠距離恋愛をしている彼から久しぶりにきたメールに浮かれすぎていたのかもしれない。
今までは携帯を見ては溜息をつき、着信音に驚きながらもその後落胆していたのだから。

「いいことあったんですか?」
「べつに・・・」

仕事中にこれではいけないと、気を引き締める。
バイト先で出会ったこの後輩は、たまたま同じ大学だったせいで、割と親しく会話をする方だ。だけど、今日のような会話は初めてで、少々面食らってしまう。

「彼氏から連絡があったとか?」

図星をさされて、思わず大声をあげてしまう。慌てて口元を押さえ、周囲を確認する。
お客さんが誰もいない事に安心する。

「だったら何?」

少しだけ踏み込み過ぎてくる距離感に警戒心を覚えながら、できるだけ素っ気無く返す。

「先輩ってわかりやすすぎる」

一つだけとはいえ、年下の男の子にそんなことを言われ、思わず赤面する。

「でも、ためいきばかりつく関係って、あんまりいいもんじゃないと思いますけど」
「あなたには関係ないでしょ」

私と恋人の関係を言い当てられたようで、ドキリとする。確かに今二人の仲はしっくりいっていない。遠距離を始める前は、距離ぐらいでどうにかなってしまうような関係じゃないと思っていた。でも、少なくとも大学卒業するまでは変わらない距離と、ふとした瞬間にほしくなる体温が得られないのが辛いのは本当。
彼との会話の中で固有名詞が出てくるたびに確認する私は、ちょっとしたことですぐに疑心暗鬼にとらわれる。そんな私が鬱陶しくなったのか、頻繁にあったメールも段々と少なくなっていき、今では月に一度あるかないか。
たぶん、彼の中では私たちの関係は終わっているのかもしれない。
確かめる勇気もない私は溜息の中で、彼のメールを待つことしかできない。

「俺なら、もっと減らせると思いますよ」

思わず考え事をしていた私に、唐突に彼の声がかかる。

「ん?」
「だから、俺にしません?」

真っ直ぐにこちらを見つめる視線は、先程のからかいを含んだような色はみられない。
思わずじっと彼の目を見つめる。
突然二人の間を横切る人影が現れ、我に返る。
二人とも何事もなかったかのように仕事に戻っていく。
別の意味で溜息が増えるのかもしれない、そんなことを思いながら。

60.これだ

 会社帰りに何の目的もなくフラリと立ち寄った雑貨屋。期待していなかった割には、私のツボをつく品揃えに、思わず一つ一つ丁寧に商品を眺めていく。引っ越したばかりの今の部屋は、よく言えばすっきりしていて、正直に言うと殺風景。だから、少しばかり余裕の出来てきた私は、こういう実用品以外のものを求めていたのかもしれない。
お店の中央にディスプレイされている小さな花瓶に目を留める。ガラスでできた小さなボールの形をしたそれは、シンプルだけど一人暮らしの私の部屋に置くにはぴったりのようで、思わず手が伸びる。後少しでオレンジ色のガラス球に触れる、その直前に、横からにゅっと出てきた無骨な手に、その行方を阻まれてしまった。

「これいいなぁ」

手を引っ込めるタイミングを失い、軽く握ったまま宙に浮いている。そんな間抜な私をよそに隣にいるであろう人物はしげしげと手に取った花瓶を眺め回している。呆然としたまま、左隣にいる人間に焦点を合わせる。
私などにはまるで気がついていないその人物は、手からくる印象以上に男臭く、おおよそそんなかわいらしい物に興味があるタイプには思えない。
ああ、彼女にプレゼントでもするのか。
そんな考えがふと浮かび上がり、瞬時に彼と花瓶の違和感を納得させる。
ようやく伸びていた手を元に戻し、何もなかったかのように次の商品へと移動する。
体重を右足に移し、隣へと移ろうとしたら、左隣の人物から行き成り声がかかる。

「あの・・・・・・」
「・・・・・・はい?」

重心が傾いたまま条件反射のように返事をする。その後に私以外に声を掛けたのかもと、急に恥ずかしくなり、辺りを見渡してしまう。
幸い周囲に人影はなく、当然彼が話し掛けた相手は私であると確信を得ることができた。

「これ、見てましたよね」
「・・・ええ、それがどうしましたか?」

右手に花瓶を持ったままの彼が、なぜだか照れくさそうにしている。

「すみません、横から奪うようなまねをして」

彼は届かなかった私の右手に気がついていたのかと、少し恥ずかしくなる。

「いえ、別に私のものではありませんから」

やっぱりまだ、それが欲しいけれども、彼が先に手を取ってしまったのだから仕方がない。こんなところでヒステリーを起こして騒ぎ立てるほどの情熱はない。

「俺、買うわけじゃないので、これ」

おずおずといった様相で商品が差し出される。

「彼女さんに買われるんじゃないのですか?」

どうしてそんなことをしてくれるのかわからなくて、思わず初対面の男性に対してプライベートに踏み込んだ質問をしてしまう。激しく後悔はするけれども、言ってしまった言葉は取り返しがつかない。
案の定、彼は非常に困った顔をしている。
ますます自分の口の軽さに嫌気が差しながら、だけれども二の句がつげないでいる。軽率な私が口を開けば、再び土足で踏み込むようなマネをしかねない。

「そういう人はいませんから」

私が悪いのに、申し訳なさそうな顔をする彼に思わず頭を下げてしまう。

「すみません、いきなり不躾な質問をしてしまって・・・」
「いえ、俺みたいなのがこんなのを見ていたら、そう思うのは仕方ないですから」
「あの、ホントにすみません」
「いえいえ、そんなに謝らないでくださいよ」

店の真ん中で、大の大人が謝り合っている姿は奇異なもので、心なしか店員から好奇の目で見られているような気がする。

「お好きですか?こういうお店」
「・・・はい、友達に言ったらなんていわれるかわからないから、内緒ですけど」

ふんわりとした笑顔とともに、私の両手には欲しかった花瓶が託される。

「本当に買うつもりじゃなかったので、良かったらどうぞ、って俺のじゃないですけど」

再びやわらかな笑顔で包まれた彼に、今度は感謝の意味で頭を下げる。

「ありがとう、ございます」
「いや、そんなに、感謝されるようなことじゃないですし」
「これ、本当に欲しいと思ったものなので、嬉しいです」

本来ならばひんやりとしているはずのガラスも、彼が持っていたせいかほんのりと暖かさを感じる。またしても頭を下げあっている姿がおかしくて、思わず笑い出してしまう。私につられたのか、彼も笑い出している。

「こんなにも欲しいと思った人のところにいけるなら、こいつも幸せですよ、きっと」

ひとしきり笑いあった後、彼が掛けてくれた言葉が私の心を暖かくしてくれる。



こうして、私の部屋には新しい花瓶と、携帯にはなぜか新しい番号が追加された。
机の上に一輪のガーベラとともに、一足先に春が来たのかもしれない。

お題配布元→小説書きさんに100のお題
4.21.2006(再録)
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