毎年毎年、私の誕生日には小さな小包が届く。
大先生と出会った頃から続く奇跡。
たぶん、きっと、差出人は大先生なのだろうけれど、ただ“あしながおじいさん”とだけ書いてある差出人欄を目にするたび、余計な詮索はしちゃだめって訴えられてるような気がして・・・。
中身は毎年違うものだけど、そのたびに私が必要としているものが梱包されている。
小学生の頃は色鉛筆だったり綺麗なハンカチだったり。世界中で誰か一人は私の事を気にかけてくれている。その事実が私への一番のプレゼントだった。
誕生日にはさりげなくおめでとうと言ってくれて、そんな穏やかな雰囲気が大好きで、それは今でももちろんかわらない。若先生は子ども相手に何をしていいのかわからなくて、いっつも早季子さんに泣きついていたらしい。これは後になって早季子さんから聞いた話だけど。
こんなに優しい人たちがいなければ、私はどうなっていたかわからない。
これからもずっと側にいて、優しさのお返しがしたい。
今朝届いた小包をみての願い事。
立ち入り禁止の札がかかったその屋敷は、子どもにはお誂え向きの洋館だった。
適度に古ぼけていて、蔦なんかが這っていたりして、外見だけは完璧に肝試しのためにある屋敷だった。
とても暑かった夏の日に、近所の同い年の小学生達と肝試しに行く約束をした。
当時の俺は、ガキ大将気取りで、「恐い奴はくるんじゃねぇ、その代わり弱虫って次の日からからかってやる」なんて生意気にも粋がっていた。
くもり空で余り日が差さない午後、舞台装置は万全。
いつものようにランドセルを置いて、家を飛び出そうとすると、後ろから声がかかった。
「あんた、遊びに行くんなら和子も連れて行きなさい!」
常なら性別も年齢も違う俺に妹を任すなんてことはしないのに、この日に限って用事のあったお袋が押し付けてきた。
「嫌だよ!和子なんていたら禄に遊べねーじゃん」
「今日だけだろ、あんたもお兄ちゃんらしいとこをみせなよ。さもないと小遣いやらないよ」
小学生にとって命綱のお小遣いの存在を人質にとられたら、黙って言う事を聞くほかはない。だから、本当にその日はイレギュラーで妹を遊び場へ連れて行った。いつもはそんなことしなかったのに。
「なんだよ、おまえ。妹連れて」
「仕方ねーだろ。押し付けられたんだし」
俺の背中におぶさったままの妹を見て周りが口々に囃し立てる。それが鬱陶しくて恥ずかしくて、ことさら乱暴になる。
「もういいだろう。早く肝試しに行こうぜ!」
俺をからかうのにも飽きたのか、早速それに同調する。
「でもおまえ、その子どうすんだ?」
「おぶったままでいいだろう」
どこに連れて行かれるのかわからない妹はただ黙っている。元々大人しい性格の彼女は家でも余り喋らない。
ぞろぞろと子ども達だけで門をくぐる。ロープを飛び越えたりくぐったり。立ち入り禁止の文字は逆に子ども達の好奇心をくすぐる。
強がってはしゃいでみせた仲間達も、分厚い雲とぼんやりと浮かび上がるようにして聳え立つ洋館の雰囲気に飲み込まれようとしていた。
「おし、いくぞ」
リーダー風を吹かせ、先頭を切る。
後ろから仲間達がついてくるのを確認しながら、恐る恐る玄関へと続く階段を上る。どこからか舞い落ちてきた小枝が踏まれピシリと音を立てるたびに、内心びくついていた。
「あ、開けるぞ」
鍵も何もついていないその扉に手をかけ、ゆっくりと押していく。重厚な扉は予想よりもあっさりとその中身を顕にしていく。
ゴクリとつばを飲み込んで一歩足を踏み入れる。
埃っぽさとくもの巣で一瞬息が詰まる。
「どうする?」
半分怖気づいた俺は、後ろの仲間達へと声をかける。
仲間達のほとんどがすでに帰りたがっているのがわかる。
「もうちょっと行く?」
否定して欲しいような声音で訊ねられる。ここまできてまだガキのプライドを捨てきれない俺は、虚勢を張って答える。
「あたりまえだろ」
真正面に見える階段までせめて進もうとゆっくりと足を前へ出す。積もった埃の上に真新しい足跡がつけられていく。
周囲を見渡すのも恐くて、足元ばかり見ていた俺はその異変に全く気がつかなかった。
もう一歩と足を進めた瞬間、うしろから声にならない悲鳴があがる。
飲み込んだようなくぐもった声をあげる仲間達は金縛りに会ったように立ち止まり、数泊を置いて我先にと逃げ出していった。何が起こったかわからない俺は、後ろを振り返り、もう一度前へと向き直る。
黒い大きな塊が前方に立ちふさがる。
扉を開けた瞬間に見渡した室内にはこんな物体はなかったはずと、視線を上へとずらしていく。
そこには青白く血の気の通っていなさそうな男の顔がのっかっていた。
実際には声が出ていない絶叫をあげる。腰を抜かしそうなほどの恐怖に耐え、慌てて玄関の方へと走り出す。
男が俺の肩を掴む、それを必死になって振り払い、驚くほどの速さで走り去る。
無我夢中で走っていった先は、仲間達とよくつるんでいた広場だった。
呆然と座り込んでいる仲間達を見つけ、安堵の溜息をもらす。
仲間達も俺が戻ってきたのを知り、笑顔を見せる。
だけど、次に発せられた言葉で血の気が引いていく。
「妹はどうした?」
その言葉によって。俺が妹を置き去りにしてきた事にようやく気がついた。
あとの事はあまりよく覚えていない。
仲間達と戻った俺たちが見たものは。
もう少しで彼女の15度目の命日がやってくる。
こんな暑い日にはいつまでもいつまでもあの日の事が思い出される。
幼かった俺とまだ小さかった妹の最後の思い出。
目覚めも快調で元気いっぱい家を飛び出した日、登校途中によりにもよって一番苦手な人間に出会った。
「おはよう」
「おはようございます」
白い歯をキラリと見せる歯磨き粉のCMのようなインチキくさい笑顔で挨拶されてしまった。あわてて、わたしもアルカイックスマイルを作る。
「相変わらずですね」
これもまた曖昧に受け流す。彼が言った相変わらずというのは、彼のその胡散臭い笑顔に惑わされないということだ。
どういったわけかコイツは人気がある。
まあ、見てくれはいいし、成績もまあまあ、運動もそこそこ。それに周囲に平等に優しいとくればもてないわけはないのだが。なぜだか私は最初に出会ったときからコイツの言動を快く思っていなかったらしい。そのアタリは無意識レベルなのだが。
周囲に気配り王子と呼ばれるだけはあって、目ざとくその異端児である私を見つけ出し、懐柔にかかる。
そこで剥がれ落ちた仮面。
コイツはとんだ詐欺師野郎だった。背中に黒い翼が生えてやしないか?
だから私も本性がばれないように適当に適当に仮面を被る。
それがどうやら気に入らないのか、やたらめったら私へちょっかいをかけてくる。
おかげで周囲のおねーさま方やら同級生から要らぬヤッカミを受ける羽目となった。
おまえのせいじゃ、と突っ込みたい気持ちを思いっきり飲み込んで、笑顔を保つ。顔の筋肉がつりそうだ。
「そうそう、事後承諾であれですが。周囲に宣言しておきましたよ」
ニッコリ微笑むこいつの顔はやっぱり胡散臭い。
「何を?」
それを受ける私も笑顔も思いっきり偽善者臭い。
「僕達が恋人同士だって」
「そう・・・恋人・・・・・・。ってはい!?」
思わず笑顔が壊れ素の自分が出てしまうが、慌てて仮面を引き戻す。
「残念。素になったのに」
ちっ、やっぱりばれてたか。ではなくて、先程言っていた言葉に対して突っ込みを入れる。
「言葉通りですよ。ほら、仲良しでしょ、僕達」
「誰と誰が仲良しですって?」
「あなたとぼくが」
眉間に皺が寄りそうになるのを必死で堪え、笑顔のまま彼をにらみつけるといった器用な芸当をお見せしてしまう。
「少なくとも、僕はあなたのことを好きですよ。だから無問題」
にーっこりと、怪しさMAXの妖艶な笑顔。
彼を追い払うには警察よりも悪魔払いの神父様が最適だろうか。緊急事態にも関わらずそんな間抜な事を考えてしまう自分が悲しい。
学校へたどり着いた私達を待っていたのは、大量の好奇心に満ちた視線だった。
イチイチ説明をするのはメンドクサイが、このままにしておくわけにもいかない。事後処理の煩雑さに溜息が出てしまう。
後2年コイツから逃げ切れるかどうか、自分自身に掛けてみようか。
大穴に違いないのがアレだけど。
琥珀がいまここにいて存在していることそのものが、時々幻ではないかという思いが脳裏によぎる。
そんなことはない、確かに存在しているではないかと、その姿に触れてみるのだけれども、与えてくれる柔らかな感触だけでは、その存在を証明するのには弱すぎる。
では、もっと触れ合えばよいではないか、そんな邪心に気づかれたくなくて軽くその想像を振り払う。
「翠さん?ごはんですよ」
その声音もその眼差しも、現れた時と同じように突然消えてしまうのではないかと。
常なら賑やかなこの部屋でそんなことを考えるのは、人の気配が消えたせいなのか。
「二人きりというのも久しぶりですね」
姉家族はどこか旅行へ、それにともなってあのうるさい金髪の兄妹も出現しない。琥珀がくる前は一人きりだったその空間に、二人ぽっちでいるのは慣れているはずなのにやはり少し寂しいと感じてしまう。
「琥珀はこちらの方が好きなのか?」
姉らを日ごろからうるさいと忌避している琥珀に尋ねる。
「好きといいますか、翠さんがいればそれでいいですから」
サラリと意味深なことを言ってのける妖怪男は、照れもせずニコニコとしている。
少しだけ早くなった鼓動と、熱くなった体温。
私がいる、だから琥珀もここにいる。
今はただそれだけでいい。
再録中止