26.とりあえず(彼女に愛を僕に勇気を)

「とりあえず、結婚しません?」
「断る」

以前から思っていたけど、大越さんは結婚願望が強い。しかもここのところそれが激しくなる一方で。
私の方は、同棲までで精一杯。当分結婚する気なんてサラサラないし。
それに、なんだかんだ言っても、女の方が苗字変わる率が高いんだよね。そのあとの改姓手続きを考えるとうんざりすること!

「いつになったらいいんですか?」

モノ欲しそうな目でじっとこちらを見つめてくる大越さんは、ちょっと、ほんのちょっとだけかわいそうに見えるけど。油断は禁物。ここで気を許してはいけない。

「うーーん、一人前になったら、かな」

まだまだ仕事場ではひよっこの私は、足場を固めるのに精一杯で、やっぱり結婚どころじゃない。そりゃあ今、同棲なんてしちゃってるけどさ。

「大丈夫です、もう一人前」

だから、そうやってお目目をキラキラさせながら、手を握るなっていうの。
いけない、このままのペースでいくと、結婚が思いっきに早まってしまいそうだ。

「とりあえず同棲解消したくなかったら、その話はおしまいね」

ニッコリ笑って二の句を断つのよ!
だけど、懲りない大越さんは次の日からも同じことを繰り返すんだろうな。
テーブルの上のサボテンに溜息をついてみた。

27.素肌(雨夜の月)

 異常気象か、地球温暖化か、今年の夏もまた暑い。うだうだと照りつける日差し、アスファルトからの照り返し。どれをとってもあまり心地よいものではない。
そんな気候をものともせず、というか、暑さ寒さを感じるのか?琥珀は、なぜだか木製の桶を物干しが置いてあるちょっとした庭に持ち込む。
その中に庭の隅っこにある水道からホースで運ばれた水を満たしている。
いつもきているこの季節にはちょっと暑苦しい深緑色の着物を脱ぎ、上半身裸になる。
相手は妖怪なのだから、照れることはないのが、それでも姿かたちはきちんと“男”なのだから、やはり照れる。

「何をやっている?」
「こうして手ぬぐいを水に浸して、身体を拭くんですよ」
「暑いのなら、シャワーを浴びてくればいいではないか」
「そんなもの風情がないじゃないですか」
「いや、風情とか、そういうもんか?」
「そうですよ、それに水分が蒸発していくときに涼しく感じます」

それは確か気化熱とかいうものだよな。そんなことをしていたら、いくら夏とは言え、風邪を引きそうだが。

「そんなに軟弱じゃないですよう」
「………オイ、おまえ風邪ひくのか?」

妖怪の癖に、といった言葉は飲み込む。

「限りなく人間に近いですから、風邪ぐらいひきます」
「そう、か…」

そういって、さっきから眩しくって、よく見ることのできなかった、琥珀の姿を眺める。

「肌色、なんだな」
「何色だと思ったんです?」
「いや、ナンデモナイ」

顔も手足も大多数の日本人とほぼ同じ色を呈しているのだから、その延長線上にある部分だって当然肌色なのは、わかりきっている、はず。それに一度は琥珀の素っ裸を目撃したことがあるのに、どうしたことか。

「胴体だけムラサキとかだったら、変でしょ?」

想像しただけで気持ちが悪い。ピンクの縞々だとか、赤色に白の水玉だとか。
やめよう。日差しでちょっと思考回路が弱くなっている。
こんなときは、庭で水浴びができる琥珀を羨ましく思う。
いや、やっぱり暑さのせいだな、そんなことを思うのは。

28.向こうから見たこっち

私から見て、あの人は特別だった。
別に、とりたてて目立つ人じゃない。成績も普通だし運動も普通。顔は、好みが分かれるところだけど、たぶん人に不快感を与えないけど、印象度も与えない顔、らしい。
だけど、いつも目の端にでも入り込んでくるのは彼の姿だけ。
最初は、クラスが同じだから目撃頻度が高いのだと納得していた。
そのうち、姿を見つけるたびに、体温が上昇することに気が付いた。
次には、彼とまともに口を聞けない自分を発見した。
どうしたことだろう。17年間生きてきて、そんなこととは無縁に生活していたというのに。
それを“恋”だと認識した頃には、どっぷりと彼の姿を追いかける生活に突入していた。
こういうものは突然降るか湧いてくるものらしい。
教科書を眺めながら、斜め前に存在している、彼の背中を盗み見る。
前後が逆にならなくてよかった。
彼が後ろにいると意識してしまったが最後、まともに授業を受けていられるほどの余裕は無いと思う。
あと半年、このクラスで一緒にいられるけど。
彼から見て私は、ただのクラスメート。逆転満塁ホームランがなければ、平凡は私に告白をしてくる、なんて宝くじ当選並なことは起こらない。
せめて、彼の視線に少しでも色を感じていれば。
あくまでただのクラスメートの一人として認識されている私は、彼にとってはこのクラスに飾られている花瓶と同じ扱いかもしれない。
神様にお願い、だなんて調子がいいとは思うけど、来年の初詣で大吉のおみくじがあたったら考えてみよう。
彼にとって少しでも特別になれるのなら、毎年ちゃんとお参りに行くから。

29.まぶしい(Seasons)

「おはよう」

親友の祐貴がさわやかな笑顔で挨拶を告げる。

「おはよ」

祐貴の隣の人間が酷く気になる俺は、それを悟られないように踏ん張って答える。
件の人間は、朝だからだろうかぼんやりした視線で、軽く会釈をしてくれる。
これでもものすごい進歩。
元来人見知りする彼女は、基本的に自分から懐くことは無い。だからといって周囲の人間も祐貴の壁と本人の近寄り難さで、迂闊には近づかない。
ひょっとして、ひょっとすると、祐貴を除いて、今一番近くにいる男友達は俺じゃないか、という気がしてきたりもする。

「和奈・・・。起きてる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・てる」
「和奈」
「起きてる・・・たぶん」

弱弱しい返事を返す姫はいつもにも増して生気が感じられない。

「どうしたの?」
「宿題に埋もれてね」
「宿題?酒井さんとこって、埋もれるほど出たの?」

彼女と俺はクラスが違う。俺と同じ祐貴も当然異なる。

「イヤガラセよ・・・あれは」

ちょっとだけ生き物のオーラがでてきた姫が握りこぶしを握る。

「まあ、半分以上そうだろうね」
「半分じゃないわ、全部よ!」
「いや、でも・・・和奈の成績を考えたら、ね」

盲目的に彼女を愛している祐貴にとっても、彼女の成績はお世辞にもいいとは言い難い。

「数学よ、数学さえなければ」
「その数学が足を引っ張って、地盤沈下をおこしてるから」
「・・・・・・・・・・・・・・・祐君なんて大嫌い。これからは美紀ちゃんに聞くもん」

そう言って、怒って早足で歩き出した彼女を、笑いながら追いかける美少年。
絵になるね、っていうか、悔しいぐらいお似合いだよな。
後輩連中が輝いてるっていったのもあながち間違いじゃない。
まだまだ残暑がきつい、秋初めの太陽を見つめる。

30.爪(MyDoctor)

「それどうしたの?」
「早季子さんに塗ってもらったんです」

はにかみながら答える香織ちゃんは確かにかわいい。
でも、どこからかもやもやした物が胸に湧き出てくるのを止めることができない。
薄いベージュピンクに彩られた香織ちゃんの爪は、いつもの彼女のものとは思えなくて、よそよそしく感じてしまう。どこからそんな風な感情が生まれてくるのかはわからない。
手を眺めながら、嬉しそうにしている横顔も、本来なら自分に喜びを与えてくれるはずのものなのに。

「今度、お化粧も教えてくれるって」
「ダメだよ」

嬉しそうに語る香織ちゃんに反射的に答えてしまう。
咄嗟に口走ってしまった言葉に、己自身が驚愕する。今更口を押さえたところで、一度飛び出してしまった言葉は、二度と消えない。

「ごめんな・・・さい」

冷水を浴びせられたようのしょんぼりと落ち込んでしまう香織ちゃんを見ても、胸のもやもやは消えない。

「いや、違うんだ」

それだけ言うのが精一杯で、疲労を理由に自室へと逃げ込んでしまった。



わからない。
高校を卒業して、大学へ進学する彼女を喜ばしく思っていたはずなのに。
頑なな子供のように、昔のままでいればいいのに。そう思ってしまう自分が情けなくて。
一体どうしていいのか検討がつかない。

大人になる彼女。
変わらない自分。

変化する彼女が疎ましいのか、受け入れられない自分が悔しいのか。

胸が苦しい。

子供なのはこちらの方なのかもしれない。

お題配布元→小説書きさんに100のお題
8.2.2005(再録)
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