16.池に映った

 薄暗い中、一人ぼんやりと池を眺める。どこからどうみても、立派に怪しい。一応見た目はどこにでもいる女子高生だし。
だけど、何か嫌なことがあったときには自然とここへと足が運ぶ。
遅かれ早かれこうなることはわかっていたのに、いざそうなってしまうとやっぱり動揺してしまう。
水面に写る自分の姿を見つめる。
取り立てて特徴のない顔。特徴のない体型。若さゆえにお愛想でかわいいぐらいは言ってもらえる程度。
ため息をついた瞬間、もう一つの姿が水面に映る。
あまり澄んでいない水面に映るぼんやりとした姿でも誰だかわかる。

「どこに行ったかと思った」

多分、いつものあの笑顔でいるのだろう。

「どうしたの?」

彼の方へは振り返らずにそのままの姿勢で話し始める。

「いや、仲のいいおまえには話しておきたくてさ」

ああ、やっぱりあのことかと落ち込んでいる心に追い討ちをかける。

「大丈夫、知ってるから」

聞きたくはない、彼の口から直接だなんて。

「は?もう知ってんのか?」
「うん、知ってる。彼女の方から聞いたから」

私の気持ちなんて知らない彼女は嬉しそうに報告してくれた。

「ああ、友達だったっけ?」
「そう、トモダチ」

彼も彼女も私の友達、それ以上でもそれ以下でもありはしない。
手元に転がっている小石を拾い上げ、水面に投げつける。
消えてしまえ、彼の姿ごと私の気持ちも。
でも、小さな石で作った波紋はそう時がたたないうちに元の形へと収まっていく。

もう一度形作る、彼と私の姿を。
こんなことで消えやしない。

17.もういない?



 これで何度目かわからない。
子供のまま大人になった夫は、独身時代と同じ気楽さで結婚生活を送っている。
昔からもてる人だったが、それに最近拍車がかかってきたらしい。
本来相手にのめりこむタイプではない。全てにおいて程ほどをしっている。だからどの女にも立ち入らない。
だけど、そんな彼が結婚してしまったのは、私が物言わぬお人形さんに見えていたのと、私の家の地位と財産だろう。
そんな簡単なことに気がついたのは最近のことで、今になって友人たちの苦渋の表情が思い出される。
彼が執着しないタイプだとしても相手も同じようなタイプばかりとは限らない。
今回も何回目かと同様、妻である私に対してアピールをしてきた。
もっと極端な人だと、乗り込んできて、「別れてください」と言い募るタイプさえいる。
そんな面倒くさい女性を相手にしないで欲しい、そう喉まででかかったけれども、私は何も言わずに全てを静かに処理してきた。無論証拠を残してだが。
いつまでもこのままお互い無関心で暮らしていけば、それはそういうものだと思えればいいけど。
ふと、これから何十年も続く生活を想像して、背筋が寒くなる思いがした。

久しぶりに帰ってくる予定の夫がこの家を見たら驚くだろう。
もぬけの殻となった部屋。
いつまでも待ち続ければいい、何もない部屋で。
私がそうしていたのと同じだけ。

18.冴えたやり方(彼女に愛を僕に勇気を)



いつも目立たないようにひっそりしている彼女に気がついたのは入社してダイブたった後。
同期入社だった俺たちは所属部署が違うものの、たびたび同期の飲み会なんかでは一緒になっていた。その時には完璧に猫を被っていたらしく、完璧に俺もだまされた口。
だけど、彼女がただ大人しいだけじゃないって気がついたのは悔しいかな大越が先だった。

「深谷っていい女だよね」

いくら女好きのこいつとはいえ、あの地味を絵に描いて歩かせたような女に対してナニを寝ぼけたことを?なんてつっかかってしまった。今思えばその頃から微妙に気になる存在ではあったみたいだ。

「は?おまえどこ見てんの?あの子って綺麗だよ?顔だって整ってるし、目大きいし、まつげばさばさだし」

次々と彼女の美点を挙げていく大越。
それを一つ一つ確認する俺。
確かに言われてみれば、整ってるといえば整ってる、よな。
考え込む俺になおも大越は続ける。

「日向さんほど華やかじゃないけど、深谷だってちゃんとした格好できちんと化粧すれば、かなりいけると思うよ、まじで」
「おまえ、いやに褒めるな・・・・」

そこまで言って嫌な予感がする。
こいつはトモダチ感覚で深い関係になってしまえるぐらい軽い男じゃなかったか?
俺の不躾な視線に気がついたのか、大越が笑いながら口を開く。

「いやー、さすがに同期をどうかする気はないよ。それに今本命がいてそれどころじゃないし」

皮肉な笑みをたたえながら、こちらに視線をよこす。
この瞬間「やられた」と思った。
こいつは俺をけしかけようとしているんだ、と。

「それに俺が気がついたぐらいだから、他にも気がつくやつが出てきてもおかしくないだろうし」

そんな捨て台詞を残してその場をとっとと去る大越。
罠にはめられたような気分だが、自覚してみると、思った以上に深く深谷のことを気にしている自分がいたりする。
仕方がない。のってやりますか。
彼女を嵌める手順を考える。
実際大越ってやつは、頭のいいやつだよな。自分のことにはとことんニブイやつだけど。

19.方程式



 世の中には男と女がおよそ半分ずついるはずなのに、特定の反応を示す相手は一人しかいない。理不尽だ、と世の中を何度呪ったことか。いや、それは少し大げさかもしれないが。

「おはよう」

後ろから元気な声が届く。
私はそれを合図にして、いつもと同じ特別な反応を示す。

「おはよう」

気取られないように挨拶を返す。きっと血圧計で測ったら即再検査になってしまうだろう。

「宿題やってきた?」
「あ、うん数学のだよね?」
「そうそう、あれさ最後の問題が解けなかったんだよ、悪いけど見せてくれるか?」

同級生としては真っ当な会話。
だけど、私の脈拍はもはや正常な数値を示していない。ひょっとしたら顔も赤いかもしれない。彼とはかなりの身長差があり、こちらの顔があまり見られないのが幸いしている。
これから彼がただのクラスメートで終わるのかどうかは予想できない。
自分自身の気持ちすらどうなっていくかわからないのに、不確定要素を含んだ予想など当たるはずもない。
私の問題は宿題の数式のように簡単には解けないらしい。

20.没頭(ダブルゲーム)


 真剣に論文を片手にあっちの世界へいってしまっている。
普段あまりかけることのない眼鏡をかけて、そこに座っている姿は、まさに知的な男という感じがするのだけども。
じっと見詰めていると、あまりにも思考に集中しているのか、まだ入れたてのコーヒーが注がれているカップが傾くのが見える。
慌てて叔父さんを現実世界に戻そうとするも、時既に遅し。
琥珀色をした液体は無残にもそのまま真下のカーペットに直撃し、今年何回目かの染みを作り出す。

「だーかーら、考え事しながら、カップ持たないでってあれほど言ったのに」

雑巾を片手に今年すでに何回目かの説教をする。

「ごめーん、さくら。気をつけるから」

このにやけた男の人が先ほどの知的な男と同一人物とはとても思えない。
叩くようにして汚れを少しでも落とそうとする私と、カップを台所まで戻して、掃除に参戦する叔父さん。
こんな日常風景も素敵かもしれない。

お題配布元→小説書きさんに100のお題
6.15.2005(再録)
>>100のお題>>Text>>Home