LoveLetter(おまけ)



 今思えば、どうしてあれほどまでにこの人のことを神聖化していたのか理由がわからない。
それだけ惚れていたと言われればそれまでだけど、それにしてもアイドルに憧れる子どもじゃあるまいし、普通の人間である彼のことを完全無欠の人間だと思い込んでいたなんて、本当に本当にアホだ私。

「どこがいいわけ?」

どれだけ周囲に言われたのかわからない。

それでも、私には美男子で頭が良くて理想通りの人間だと思っていた。
のぼせまくっていた私はその勢いでラブレターなるものをしたためてしまった。
おまけに、それを渡してしまったのだから、一生の不覚。まさしく後悔先に立たず。
辛うじて救われたのは差出人を書かなかったことぐらいだろうか。
当然、差出人不明のラブレターで恋が成就するわけもなく、二人の間にはなんの接点も生まれなかった。
そうこうするうちに、のぼせていた頭も徐々に冷えていき、彼がしっかり普通の、どちらかといえばだらしない部類の人間であると気がついた時には、なぜだかちゃっかり付き合い始めていた。
無意識に彼の近くをちょろちょろしていたせいだろうか。

で、結局のところこうなると。

近いうちに私がこの部屋へと転がり込むというのに、まるで片付けていない部屋を眺めながらわざとらしくためいきをつく。
不穏な空気を察知したのか、彼のほうは押入れを開けて、なにやらゴソゴソ荷物整理をしている。
この人だけにまかせていては私が住めるスペースが出来上がる頃には、おばあさんになっているかもしれない。
仕方なしに適当にダンボールを見つけては不要そうなものを投げ込む。
適当にスペースが開いたところで掃除を開始する。
気が遠くなりそうなほどゴールが遠い作業でも、黙々と励めばなんとかなるさ、と念じながら。


ふと、私の出す音以外、まるで静かなことに気がつく。
隣の部屋で整理整頓をしているはずの彼の動向があまりにも静か過ぎる。
私が尻拭いをしているのに、と、僅かな怒りを内にためながらも、とりあえず投げつけるべくぎっしり詰まったダンボールを持ち出す。
そろそろと彼の方に近づいて行くと、案の定彼はなにやら白い紙を熱心に見つめながらも、きっちりとさぼっていた。
もういっそ本当にこのダンボールで殴ってやろうかと、その邪心が伝わってしまったのか、彼の方から先生パンチを食らわしてきた。

「これ、おまえだろ、やっぱり」

ギクリとして、恐る恐る手にしている紙を覗き込む。
そこには、忘却の彼方に放り込んで記憶喪失になりたい程強烈なブツが握られていた。
すなわち、私が書いたラブレターだ。
この男はどうしてもう何年も前の差出人不明の怪しい手紙を、後生大事そうにとってあるんだ?
そんな疑問が飛び散りながらも、咄嗟に我が身かわいさに否定をする。

「ち、ちがうわよ!」

ついでに、自業自得と言うべきか、ダンボールを私の足の上へと落としてしまう。
人間、咄嗟に二つ以上の行動が取れないのかもしれない。逃げようとする足と、荷物を持っている手と、取り繕うとする脳が混乱してしまったらしい。
地味に痛い。
怪我なんかしなくてもかなり痛い。

「急に変な事言わないでよね。私がそんなの書くわけないでしょ!」

混乱したままで口走ってはいけない。

「そんなのって、おまえ内容知ってるわけ?」

あっさりと墓穴を掘って墓標を立てて踊ってしまったかもしれない。
でも、取りあえず証拠も無いことだしと、自分を慰める。
掃除をしない彼をとっちめると言う最初の動機などすっぱりと忘れ去り、私は逃げるようにして自分の持ち場へと舞い戻る。
ギクシャクしたまま、一心不乱にまた掃除をはじめる。
自分が書いた内容を思い出し赤面する。
だけど、結局のところ、書いている内容は今もそのままそう思っていることだったりもする。
情けないことに、私はずっと彼に惚れっぱなしだから。
だらしなくても、掃除が嫌いでも、ついでに優柔不断で少しだけいじわるでも。
これが惚れた弱みかもしれない。
その日の掃除はさっぱりはかどらず、後日へ持ち越しとなる。
まさかラブレター問題が、後日どころか孫子の代まで持ち越しになるとは知らなかったけれど。


5.26.2006


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