「既婚とはおしいことをした。私にふさわしい女だったのに」
アベリアが帰り際にせっせと商売活動をしている中、この国の世継ぎである王子は、アベリアの顔を思い出しながらためいきをついていた。
「何をとぼけたことをいっているんです。分不相応という言葉を覚えなさい」
側に控える宰相が顔色も変えずに言葉を挟む。
「あれが商人の出だとしても、側室ならば気にしないぞ」
「逆ですよ逆。あれほど優秀な女性がお飾りのぼんくら王子に嫁ぐ意味がない。寝言は寝てからおっしゃってください」
言葉遣いは丁寧だが、辛らつな言葉を吐き出す宰相は、その名称とは名ばかりの、議会と王家をつなぐ中間管理職として機能している。
ここの王家は確かに象徴として議会の上に君臨している。
だが、代々の王たちはそこに大したくちばしを突っ込むことはせず、対外的に装飾品のように威厳をまとって存在すればよい、ということを自覚していた。慈善事業や文化活動には熱心で、その代わりに政治にはかなり疎い。
その状態で非常に上手く運営されているというのに、この王子は中身が全く伴わないにも拘わらず、議会において権限をもつことをたくらんでいるのだから厄介だ。ことあるごとに挟んだちょっかいで、議会は混乱し、国民生活もそれに引きずられてしまう。それを解消すべく、あてがわれたのが宰相であり、貧相な王子の隣で眉間に皺を寄せて立っている彼である。
政治家として優秀であり、なおかつ家柄の良い彼がこの位置に立つのは仕方がないことなのかもしれない。
しかしながら、大きな子供の守をしているかのような毎日は、彼の眉間の皺を深くし、ため息の数を増やす。
「だいたい、側室はもういるでしょう?」
「・・・・・・あれは、まあ」
権力者の常として、女は必要だな、という単純な理由で、家柄の良い娘たちを娶ったはいいが、彼はその奥向きを一向に掌握していない。
寵を競う、のではなく、己こそが一番だと勝手に競い合った妃たちの浪費は、目に余るものがあり、宰相が手配したものによる粛清により一段落したものの、今だその火種は燻っている。
彼は、数名居る側室を把握もせず、またまとめることもできないくせに、紫の魔女の予言を頼ってまた馬鹿なことをしているのだ。
「あのばあさんがぼけてたのはご存知でしょう?」
時間軸のずれた予言は、全くあてになるものではなく、過去の出来事であれば、それはただの歴史書の文言に他ならない。
「いや、そんなことはないぞ。私はあれを信用しておる」
何を馬鹿なことを、という言葉を飲み込み、ただ深く息を吐き出す。
「だいたい、少し調査すればヴァイシイラ家ほどの人間はすぐわかりますでしょ?やり手の当主を呼び出して、何をしているのですか、何を。私ですらアベリアさまが結婚していたことは存じておりました!」
「そんなことは一言も書いてなかったけどなぁ」
王子はやけに薄い調査書に目を落とす。
「まあ、いいんですけどね」
あなたの気が紛れれば、という言葉をあえて黙し、宰相は次の仕事へと王子をせきたてることにした。