小話1

 相変わらず家に入り浸る皆川さんが素朴な疑問を口にした。

「翠ちゃんって強いみたいだけど、どうしてなの?」

あまりにも唐突に、だが本質を突いた質問に、どうしてだけか同じくお茶をしていたもやし委員長とすっかり存在を忘れていた真が顔を見合わせている。

「どうして、と言われても」

困った私は、とりあえず真の顔をみる。
真は湯飲みをもったままわざとらしいぐらい首を横に向けている。委員長は委員長で部活をしていない私がどうして強い、などと評されているのかわからないせいなのか、かわいらしく小首を傾げている。
ひょろい眼鏡男にそんな仕草をされたところで、一ミリグラムも愛らしいとは思えないが。

「まあ、色々と」
「それに、なんか道場みたいなのあるよね?」

あの騒動以来なし崩し的に友達として過ごしてはいるが、皆川さんは私のバックグラウンドを知らない。
どうしても男の跡取りが欲しくて欲しくて、姉が生まれて落胆し、妹の私が生まれて開き直った父が、私を後継者に育て上げた過去など、どちらかといえば口にするのも嫌なせいもあるのだが。

「うちがそういう家だ、というほかはないというのか」
「ああ、格闘技一家なんだ」
「まあそうとも言えるが」

母は全く関係がない上に、私たち姉妹がそういう道に足を踏み込むことを現在進行形で嫌っている。姉は強い上に、表面上彼女の要求に応えるような器用な性格なせいで、母と姉は割りと上手くいっている。不器用で、どちらかといえば要領の悪い私は、実のところ本音を割って母としっくりきているとは言いがたい。
わたしのもやもやとした思考が伝わったのか、琥珀が私の手を握り締めうなずいている。

「大丈夫です、僕はいつでも翠さんのお婿さんですから!」

発言はわけがわからないが、琥珀なりに慰めてくれようとしていることはわかる。すかさず真にけりをいれられ、涙目で真とにらみ合ってはいるが。

「でもさ、女って筋肉とかウェイトとかで不利じゃない?」
「一般的には」
「でも、やっぱり強いよね?翠ちゃんって」

お綺麗な試合という形式をとらなければ、結局力関係がものをいうことが多いのは確かだ。

「俺、一回も勝てたことないぞ?」

真がいらない口出しをして、皆川さんの好奇心が膨らんでいく。

「それは・・・・・・」
「言っとくけど俺一回も手加減したことないし」

真がその外見を気にしてうちの道場に通い始めてから、事実私は真に負けたことがない。
それはイトコ同士や、性別の違いからくる遠慮、というものが全くなかったかといえば、正直少し疑ってはいる。
だが、不意な問いに考えをめぐらせ、わたしの格闘人生を振り返ってみたものの、そのどこに出しても嫁にいけなくなるような戦歴に、少し驚いた。琥珀の「僕の僕のお嫁さんにー」、という絶叫は真の絞め技で徐々に聞こえなくなっていった。

「合気道とかならわかるんだけど、それでも相手が口も聞けなくなるほどのダメージって与えられなくない?」

どこで、私のそんな姿をみたのだ、という突っ込みをしたくなる。
彼女とは、摩訶不思議な体験に巻き込まれたことはあっても、そういうことで一緒になったことはないはずだ。

「そんなの、簡単ですよ」

ぜいぜいと肩で息をしながら何時の間にか私の背中にとりついていた琥珀が口を開く。

「翠さんには神様がついているからですよ!」

だが、あまりに突拍子もない琥珀の説明に、一斉に斜め上の琥珀へと視線が集まる。私も出来ればこの鬱陶しい男を投げ飛ばして、顔を覗き込んでみたいぐらいだ。

「翠さーーーん」

情けない声をあげ、琥珀がしゅんとする。
そういう姿は思わず同情したくなるからやめて欲しい。

「治外法権、摩訶不思議担当だと思ったら、そういうところからもうすでに人外だったんだ」
「お願いだから私をそういう目でみるのはやめてくれ」

琥珀を指差しながら、皆川さんが指摘する。
ここのところ、というか割と、確かにそういう目に遭遇することはするが、断じて私のせいではない、と思いたい。

「憑いてるって言葉が悪かったですかね。所謂加護があるってやつですよ」
「カゴ?」
「翠さん違います。神のご加護とかそういう方です」
「ああ、だがなぜだ?」

私は一応仏教徒の家に生まれてはいるが、信心深いなどとはお世辞にもいえない。先祖の墓参りぐらいはするものの、それ以外は初詣以外宗教施設に赴くことはない。いや、しかもそれは宗派どころか神様が違うのか。

「なんか、翠さんのおかーさんがキツネだか狸だかを助けたとか」
「だったら全国でそういう人間が大勢いそうなものだが」
「運が良かったんでしょうねぇ」

そう琥珀にしみじみ言われ、それを運と片付けてしまってもいいものかどうか迷う。

「やっぱり、体質なんじゃない」
「体質って」

これやあれやそれが、自分自身のせいだとは断じて認めない。
認めるわけがない。
新しい茶が琥珀から配られ、何事もなかったかのように他愛もない会話を始める。
最初から最後までやはりどうしているのかわからなかった委員長に、少しだけ勉強を教えてもらい一日が終了する。
夕飯に琥珀のおいしいごはんを口にしながら、ごはんがおいしければ文句はないか、と思うことにした。
にこにこした琥珀と、炊き立てのごはん。
運がいい、ということにしようと、白米を飲み込んだ。

11.29.2011
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