ロス、激怒す。

アルバがロスとクレアと「合宿」を始めてから早半月が経った。
その日もアルバは、嫌な気配で目を覚ます。

「勇者さ~ん!朝ですよっ!」

掛け声と共に落ちてくる「何か」。

「うわぁっ!……イテッ!イテッ!」

何これ!とアルバは少しパニクる。
すごく痛いわけではないのだが、やたらとチクチクする。

「何っ!?……いがぐりっ!?」

痛さを堪えて目を開け、身を起こすとベッドの上は無数のいがぐりが転がっている。
何でこんなものがっ?とアルバが目を白黒させていると、ロスが嬉しそうに話す。

「今日の夕飯は栗ご飯だそうですよ!なので一足先に勇者さんに味あわせたくて!」
「食べられる状態になってからにして!!」

皮どころか、殻も向いてない状態で味わえもくそも無いだろう。
しかし、夕飯の材料だと聞かされれば粗末に扱うわけにもいかず、そおっといがぐりを掻き分けてベッドから降りる。

毎朝、こんな感じだ。
今日のように得体のしれない物が降ってきたり、靴を履こうとしたら画鋲が大量に入っていたり。
毎日毎日、手を変え品を変え、ロスは色々ないたずらをアルバに仕掛けてくる。

(よく飽きないよな~)

最近はもう、諦めムードだ。
いたずらされないように、ロスより先に起きられればいいのだろうが、毎日の魔法の特訓がきつくてどうしても自分からは起きられないのだ。
身体の傷は治癒魔法で治せても、精神的・肉体的疲労は中々そうはいかない。
そのせいで毎日ベッドに入ると同時に熟睡、朝もロスに起こされるまで起きられない。
おまけに魔法の使い方を教えてもらっている立場なので、結局はこの仕打ちに甘んじるしかないのだった。

「さっさと顔洗って来てください」
「うん。…これ、どうすんの?」

ベッド中に散らかったいがぐりを指す。

「魔法で集めてください、と言いたいところですが、この家が壊れると面倒なのでオレが片付けますよ」
「……オネガイシマス」

なら、やらなきゃいいのに。というツッコミはロスには通じないだろう。
ロスが少しだけ指をならすと、持っていた袋に次々といがぐりが吸い込まれていく。

(いつもながら、お見事…)

魔法を教えてもらっている最中なので、しみじみ思う。
半月の特訓で、魔力のコントロール…どの程度放出させる、とか逆に抑える、とかはなんとなく出来るようになってきた。
しかし、魔法を使いこなすという点ではアルバはまだまだだった。
なんでも出来るが故に、明確に「何をこうしたい」というイメージを作るのが必須なのだが、それがなかなか難しい。
ロスは一日(千年?)の長があるとはいえ、この魔法の使い方が見事だった。
イメージを作り、それに必要な分の魔力だけを使う。
これだけ、といえばこれだけの事が、アルバにはとても難しいのだ。

(今日もがんばろー)

洗面所に入り、歯を磨いて顔を洗う。
鏡に映る顔は、両目とも生まれながらの色だ。
やっぱりオッドアイ状態は落ち着かないので、魔力で戻してある。

「勇者さん、まだですか~?」
「うん、今行く~」

身支度を整え、さっぱりしたところで洗面所から出てロスのそばに行く。
すると、そのままロスはアルバを引き寄せ、唇を重ねた。
例の「口移し作業」である。

「ん…」

ロスの舌が口内をまさぐって、その舌に向かって魔力が吸い取られていく。
最近はそんな魔力の流れも分かるようになってしまった。
ある程度まで流れると、それが急にせき止められるのだ。そしたら、終わり。

「…はい、終わりましたよ」
「うん」

すっかりこの「作業」には慣れてしまったが、やっぱり終わった瞬間は恥ずかしい。
なので、なるべく顔を見られないように素早く離れる。

「着替えるから、先行ってて良いよ」
「そうですね。じゃ、食堂で」

ロスはそう言って、いがぐりが入った袋を抱えて部屋を出て行った。
それを見送って、アルバはノロノロと寝巻を脱ぎながら、思う。

(いつまでかかるんだろ。これ)

最近のロスの魔法の使いっぷりから見ても、大分移っている気がするのだが。
しかし、クレアシオンの持っていた魔力はケタ外れに大きいので、あれでもまだまだなのかもしれない。

(前に、初代魔王のこと「魔力おさえられてるけど、それでもその辺の魔族よりは強い」とか言ってたし)

それに匹敵するほどの魔力なのだから、ある程度の時間がかかるのはしょうがないのか。
自分の中の魔力の量なんて、実際アルバにもわからないのだし、ロスに聞いてもわからない可能性の方が高そうだ。

ちなみに、この「作業」は一日2回のペースで行われている。
理由は謎だがインターバルを置かないと、魔力の吸い出しができないのだ。
それに気がついたのは3回目…「作業」としては2回目の時。
ロスの「確認」からそれほど時間が経っていない状態で行った「作業」時のことだ。
確認作業時と同じ要領で魔力を吸い出そうとしたロスが、しばらくして口を離し、流石に複雑そうな顔をして「吸い取れません」と言ったのだ。
色んな可能性を考慮し、その日はその後「作業」せずに過ごした。
そして次の日の朝、もう一度試すと成功。

(2日目は散々だったよな…)

そう、朝に「作業」が成功すると、ロスはいい笑顔で「じゃあ今日は、何時間空けば復活するか計ります」と宣言。
そしてその方法は(まあ、他に無いのだが…)1時間おきに「作業」を試みる、というものだった。
結果は8時間。
それを踏まえ、生活サイクルを考慮した結果、1日2回ということになったのだ。
時間はわかりやすく、朝起きた時と夜寝る前。
そう決めた時、クレアに「お早うのキスとお休みのキスだね~」と言われ、うっかり「ホントだ!」と思ってしまい微妙な気分になったものだ(もちろん、クレアは言い終わった瞬間にロスにぶっ飛ばされていた)。

(早く終わればいいのに)

だって、行為には慣れても。

ドキドキは、するのだ。

(なんでだろ)

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「じゃあ今度は、この崖の先の部分だけを落としてください。砕いちゃダメですよ。そうですね…この辺りに亀裂を作って、まるごと落とすんです」

言いながら、ロスは崖の突き出た部分を指さした。
大分パワーのコントロールは出来るようになってきた、と言う事でここ数日は実践的な使い方を教えてもらっている。
色んな課題を出されて、その通りに魔力を使う練習だ。

覚悟はしていたが、思った通りロスの特訓は厳しかった。
特に最初の数日はホントにきつかった。主に精神的に。
「こんなことも出来ないなんてwww ホント情けないの通り越して可哀想になりますよwww」
だの、
「なにこのくらいでへばってるんですか。勇者さんカッコ笑いカッコ閉じって呼びますよ。呼びますね」
だの。
よくもまあ、と言う程、次から次へと人を腐す言葉が出てくるのである。
もちろん、言われたことが出来なければ当然のように殴られたり蹴ったりもされた。
まあ、何が恐ろしいと言えば、それが今までの二人の日常と大差ないと言うことかもしれないが。

そんなこんなで、ツッコミしたり、防御したり、大騒ぎしながら特訓は進んでいった。
意外にも暴力(言葉・物理共)を抜きにすれば、ロスの教え方は分かりやすかったので、アルバはきついながらも充実した合宿だよな、と思っていた。

さて、本日も昼休憩を挟んでの午後最初の課題である。
ロスに示された崖の近くに立ち、魔法のイメージを作る。

(砕いちゃダメ…ってことは、あんまり力任せには出来ないから…)

鈍器、ではなく刃物のイメージだろう。魔力を使って刃を作り崖を切り落とす。
どのくらい魔力がいるかも予想して、両手に魔力を溜める。

(よし…!)

「ハァぁぁあっ!!」

イメージを固めたところで両手を振りかざし、掛け声と共に、魔力を放出する!

ザシュッ!!

鈍い音を立てて、地面に亀裂が走る。
数秒後、ズズッと地滑りの音がし始め、崖の先端…いまや、巨大な岩の塊、が落下を始める。

「出来た!」

アルバはパァっと表情を輝かせ、落ち始めた崖のギリギリまで様子を見に行く。
ロスが「危ないですよ」と声をかけてくるが、構わず下をのぞき込んだ。

数十メートル下の地面に向かって、岩の塊が落ちていく。
そして、その着地するであろう地点に、

何か、動くものが。

「……危ないっっ!!」

考えるより先に、身体が動いていた。

「勇者さんっっ!?」

ロスの珍しく切羽詰まったような声が聞こえたが、気にする暇は無かった。
崖の上から身を翻し、魔力で加速して岩よりも早く下の地面に着地する。
素早くその小さな生き物を懐に囲い込み、アルバが上を見上げると。

自分の落とした岩が、目の前まで迫っていた。

(避けられない…っっ!!)

ガードしなきゃ!と魔力を自分の周りに張り巡らせた。
小さな生き物をしっかりと抱きしめ、身を縮めて衝撃に備える。

しかし、

いつまで経っても衝撃は訪れなかった。

数秒後にそれに気付いたアルバは、伏せていた顔を上げ、辺りを窺うと、何故か視界いっぱいの砂嵐。

「え…?なに、これ」

きょとん、としているとだんだん砂嵐が収まっていく。
視界が開けてくると、そこに人影があるのに気付いた。ロスだ。

「ロ……」

ス、と言おうとして、アルバはそのまま固まった。

そこには、魔王とは斯くやあらん、といった表情のロスがいた。いや、魔王の息子とはいえ、元勇者なのだが。

(な、なんかめちゃくちゃ怒ってる……っ!?)

「………勇者さん」
「ハイっ!!」

地を這うような声で呼ばれ、無駄に良い返事をする。

「せっかく助けたものが、窒息しますよ」
「へ?…あっ!ゴメン!」

しっかりと胸に抱き込んだままだったのを、慌てて腕の力を緩める。
アルバが抱きかかえていたのは、小さな狐だった。
驚いたのだろう、プルプルと震え、逃げることも忘れてアルバの腕の中に収まっている。

「ゴメンな、驚かせて。大丈夫…?」

そっと地面に置いてやると我に返ったように動き出し、慌てて森の中へ走って行った。
あの分なら、大丈夫そうだ。アルバはホッとして地面に座り込んだまま子狐を見送る。

「勇者さん」
「はいィっ!」

ホッとしたのもつかの間、相変わらずの声色で再び呼ばれ、思わず背筋を正して返事をする。

(なにっ?なんなの!?なんでロス、こんなに怒ってんのっ!!?)

理由が判らず、アルバはパニクる。
そんなアルバを、ロスは据わりきった目で見下ろしながら、言葉を連ねた。

「流石、勇者さんですね~。あんな小さな獣にまでお優しいことで!あ、そうかそういえばあなた「赤い狐」なんでしたっけ。なるほど同族を放ってはおけなかったって事ですか、俺の知ってる勇者さんは辛うじて人間だったはずなんですが、いつの間にか人間卒業して獣の仲間入りしていたんですね。いやぁ、気付かずに申し訳ありませんでした」
「なにそれ、褒めてんの!?貶めてんの!?」
「褒めてるように聞こえてるとしたら、役に立たない耳ですね。いらないでしょう、切り落としましょうか」
「役に立たないとしてもいらなくないよ!!?」

目がマジだったので、思わず耳を両手で塞いでガードする。
すると、ノーガードだった頭に容赦の無い拳骨が降ってきた。

「いたぁっ!!」

今度は頭を押さえて、涙目になる。
なんなんだよ!と思ったところで、今までとは違った響きの、ロスの声が届いた。

「まったく……あんたって人は…っ」

なにか、様々な感情…怒りだとか、憤りだとか、安堵だとか…が混ざり合ったような複雑な声。
それを珍しいな、と思いロスを見上げると、

不意にしゃがみ込んだ身体を、抱きしめられた。

(え……?)

それはもう、力の限り。背骨が折れるんじゃ無いかと思うくらい。

(え、えぇええぇぇっ!!?)

数秒の思考の空白の後、何が起こっているのか理解した途端、一瞬で顔が真っ赤になるのがわかった。

「ろ、ロロロ、ろす…?」

辛うじて、声を絞り出す。どもってしまったのは、しょうが無いだろう。
そんな、明らかに動揺したアルバの声を馬鹿にするでもなく、ロスは抱きしめていた腕を解き、片手をアルバの後頭部にやり、そのまま……



「ふぎゃっ!!」

地面に、

顔面を叩き付けつけた。

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「あんな風に、身を挺して庇わなくても、いくらでもやりようがあるでしょう」
「う、うん…。でも、あの時は思い浮かばなくて…」
「それを出来るようにならないと、いくら魔力をコントロール出来るようになっても宝の持ち腐れです」
「はい…」

地面に正座をして、神妙に項垂れるアルバ。
あの後ロスの声色や様子は元に戻ったが、お説教自体は終わっていなかった。

「まったく…。あんな事が原因で死んだりしたら、墓碑に「伝説のお馬鹿勇者・トイレマンここに眠る」って刻みますからね?」
「それどこにもボクの要素ないよねっ!?」

思わずツッコミを入れてしまってから、しまったと口を押さえる。
結果的に大丈夫だったとは言え、危ない橋を渡ってしまったのは事実で、ロスにも迷惑をかけたのだ。

そう、何故あの大きな岩が落ちてこなかったか。
それは、ロスがあの岩を粉々に砕いたからだった。
アルバが目を開けた時に起こっていた砂嵐。あれは砕かれた岩が舞っていたものだったのだ。

「…ご、ゴメン」
「はぁ…。まあ、もう良いです」

呆れたようにため息をつきながら、ロスが言う。

「次から気を付けて下さい。…献身、なんて結局のところ自己満足で、誰も喜びはしないんですからね」

お前がそれを言うか、と思ったが、だからこその重みもある。
それを理解してなお、そうすることしか出来なかった勇者の、重み。
そして「誰も喜びはしない」ことを、アルバは誰よりも知っている、つもりだ。

「うん…気を付けるよ」

神妙な返事に、ロスも表情を緩める。
あ、いつものロスだ。とアルバはその顔をみて安心する。
さっきのは、きっとあれだ。ロスも珍しく焦って、動揺してたんだろう。すごく珍しいけど。

「わかれば良いです。じゃあ、次の課題に行きますか」
「うん。あの、ゴメンなロス。迷惑かけて」

特訓に戻る前に、もう一度キチンと謝ろうと思いアルバがそう言うと。

何故か。

「………迷、惑……?」

またも地を這うような声。ロスの雰囲気が、逆戻りした。

「え?あの…ロス……?」
「……やっぱり、今日はもう終わりにしましょう」
「え?な、なんで?」
「あなたにそれを聞く権利があるとでも?」
「ひっ!?」

なんだか、背中に暗雲が立ちこめているような気がするんですけど、気のせいですか!?

(なんで?なんで?なんで?なんで?)

急にまた、怒りモードが発動してしまったロスに、アルバは疑問を頭の中で渦巻かせながら、為す術も無く屋敷に向かって歩き出したロスの後を追うことしか出来なかった…。

--END--

-------pixiv投稿時コメント--------
少しはロスアルっぽくなってきたかな~?(当社比)
次回急展開!かもしれない。
鈍感アルバうまうま。
少しずつ、自分の中に生まれた感情に気付きそうで気付かない二人です。

あ、もちろん、魔法の理屈とかは私が適当に考えたものなので、信用しちゃいけませんよ~。

-------サイトUP時コメント-------
遅ればせながらサイトにもUP。今後もこんな感じで遅れてUPします。
まあ、と言っても残り2~3話だと思いますが。
実はこの話以降は2パターンの展開を考えていて、この話を書き始めるまでどちらか悩んでました。
一回今書いてる方に決めたんだけど、ここにたどり着くまでにまたもう1つのに傾いたりしながら、やっぱりこっちの展開かな、と。
ただ、うっかりすると大団円の前にシリアスちっくになる可能性が…
今までと雰囲気違いすぎだろ!!とか言われない程度に収めようと思いますですよ。

pixiv投稿:2013/3/21 | サイトUP:2013/4/14

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