わんこなアイツ 9

 

 

 












それから、作業は3時間ほど続いた。その間淡々と手元のキーボードをあやつりつつ俺とハボックに指示を出していたアルフォンスだが、依頼された情事の一部始終を撮り終えると、大きな息をついてクッションに沈んだ。

「アル・・・・!」

「平気・・・・・大丈夫だから。ハボ、その後も女が門を出るまでは撮り続けて」

「了解ボス」というハボックの声を最後に、アルフォンスは手にしていたインカムの電源を落とした。同時にそれに繋いでいたスピーカーからの音も消える。部屋の中は、急に水を打ったような静けさになった。

作業に没頭(するようにして)いたお陰で顔のほてりは大分取れたはずだが、自分だけがドギマギと居心地悪さを感じるのが少々悔しくて、俺はわざとアルフォンスの周囲の片付けをてきぱきとこなした。データのバックアップが終了した事を確認してパソコンの電源を落とし、繋いでいたケーブルを抜き、スピーカーも撤去する。ついでにアルフォンスのクッションを整えてやり・・・・・・そこで、手を掴まれて固まった。

「エド・・・・」

ヤバい。アルフォンスの顔が直視できない。
俺は掴まれたままの手に構わず不自然な体勢でアルフォンスに背を向け、必要もないのに足元に散らばっていたケーブル類を片手で手繰り寄せてまとめてみたりなんかした。

「飲むモン持ってくるか?お前、まだ手が熱いぞ。ほら、手を放・・・・・ウア・・・!!」

思いがけず強い力で腕をひかれ、危うくアルフォンスの上に倒れこみそうになったところをアルフォンスの身体の両脇についた腕でなんとかこらえた。

「何すんだ馬鹿野郎!お前骨折してんだぞ!?そこに乗っかるとこだったじゃねぇか!」

アルフォンスに覆いかぶさったままの状態で怒鳴る俺の唇に、つ・・・と、アルフォンスの熱い指先が繊細な動きで触れた。アルフォンスは、なんとも言えない目で俺を食い入るように見つめている。
俺の脳は其処から逃れたいとは思いつつも、そう動けと体に指令を出せずにいた。

「水分ならさっきたっぷりとった。エドに飲ませてもらった・・・・・ありがとう」

そうだ。そうだ。そうだった・・・・!コイツは俺が恥を忍んで体をはってせっせと水を飲ませてやっていたというのに、狸寝入りをしていやがったんだ。
それを思い出した途端、一気に頭に血を上らせた俺はアルフォンスに掴みかからんばかりの勢いで詰め寄った。

「アルッ!お前・・・お前という奴は!」

「違・・・!本当にハボの声がするまで眠ってたんだって・・・・」

「言い訳すんな!本当はいつから目を覚ましてやがった?この詐欺男め!うなされてメソメソ泣いてるから優しくしてやろうと仏心を出したのが大間違いだったぜ!」

「・・・・・・・・・・・・泣いてた?僕・・・・・?」

アルフォンスの驚いた顔に、どうやらコイツは本当にハボックからの通信があるまで眠っていたらしいと分かる。
ところがその表情が、一瞬にして頑なになる。
・・・・・俺は、地雷を踏んでしまったのだ。
けれど、俺は自分がいつまでも知らない振りを続けられるような器用な人間でない事を知っていた。だから、地雷と分かっていてもここは進むしかないのだ。

「『キャッシー』に何度もゴメンゴメンって謝ってたよ、お前。うなされながら、ちっさなガキみたいに泣きじゃくってた」

これでこいつは、俺がノックスから全てを聞いたのだと悟っただろう。アルフォンスは、どう応えるだろうか。その扉を閉ざしたまま、俺の手をはね退ける?それとも・・・・・・。

今まで俺が見てきたこいつの顔は、天真爛漫な犬のような明るい顔や、犬に襲われかかって悲鳴を上げて泣き叫ぶ情けない顔、俺の顔色を窺いながら距離をつめてすり寄ってくる甘え顔、そして仕事モードの男らしく精悍な顔。それから・・・・・告白してきた時のとんでもない色気を含んだ顔。それで全部だ。
でも、今のアルフォンスはそれのどれとも違う、俺が初めて見る顔をしていた。
感情を押し殺し、なにも悟られまいとする頑なな心がありありと見てとれる、あまりにも寂しい・・・・・顔だった。
ノックスが言っていた、無表情で言葉をはっせず、キャッシーの存在だけをよすがに生きていた頃のアルフォンスは、きっとこんな顔をしていたんじゃないかと思った。
そして、そう思ってしまえば俺の身体は勝手に動いた。

「馬鹿、お前・・・・・俺にまでそんな顔するんじゃねぇよ!大体眠りながら泣くなんて無精もいいトコだ。しっかり起きてる時に、俺の前で泣きやがれ!」

「エ・・・ド・・・・・?」

傷に障らないよう体重をかけないよう気を配りながら、それでもできる限りの強さでアルフォンスの頭をかき抱いて、その熱い額に頬を押し付けた。
アルフォンスはただ黙って、俺にされるがままでいる。
さっきまで胸の中でくすぶっていたの正体不明の『何か』が、今突然爆発したように噴き出して、それが俺を突き動かしていた。
――――どうしたらいい?
こんな気持ちになるのは生れてはじめてで、自分がどうなってしまうのか怖いくらいだ。けれど、俺を突き動かす『何か』はおさまるどころか勢いを増していく一方で、まるきり制御不能に陥った。

何もまともに考えられず、後先の事などどうでもいいと、ただ心に浮かんだ言葉を喘ぐように口にした。それで、アルフォンスがどう思うかなんて、考えられないままで。

「畜生・・・・・!なんでだ?俺はお前が・・・・・可愛くて仕方ねぇ・・・・!お前を悲しませたり、辛くさせるものから全部俺が守ってやりたい・・・・アル・・・・アル・・・・俺はできるなら、お前の兄貴として生れていたかった。そしたらお前に、あんな辛い思いなんか、俺が絶対にさせなかった・・・・・!」

感情を押し殺すアルフォンスから本音を引き出したかっただけなのに、いつしか俺の方が泣いていた。アルフォンスは、やはり何も言わない。黙ったまま、優しい手が俺の背を抱き返してくるだけだ。

・・・・俺では、駄目なのだろうか。アルフォンスの心に深く刻まれ生涯消える事の無い傷に触れることは、許されないのだろうか。

そう思い、失意の内にアルフォンスの上から身を起こそうとした時だ。
俺の背にあったアルフォンスの手に力がこもり、震えだしたのだ。身を起してアルフォンスの顔を見ようとしたが、俺の顎の下に顔をうずめてしまった為にそれは叶わない。
けれど、アルフォンスは言った。聞いている俺の方が更に大泣きしてしまいたくなるような声で。

「エド・・・・・・好きだよ。好きだ・・・・君が、好きだ・・・!どうしよう・・・・嬉しい・・・・!!嬉しく、て・・・泣きそうだ・・・・」

そう言いながら既にアルフォンスが泣いているのが分かり、俺もまた、馬鹿みたいに一緒になって泣いた。

あれほど衝撃を受け、身構え、あれこれ思い悩んでいた、アルフォンスからの『好きだ』という言葉。
今は不思議にもすんなりと俺の心に響いて・・・・・染み込んだ。
俺の行く手を阻んでいた大きな壁であった男同士という障害は、嘘のように何事でもなくなってしまった。俺の中で急激に何かが変わったのか。それとも、アルフォンスが変わったのだろうか。
腕の中で泣き続けるアルフォンスという男がただひたすら愛おしくて、でもそれをどんな言葉で伝えていいのか知らなかった俺は、熱い額に、頬に、幾度となく唇を寄せた。

「熱が全然下がんねぇな・・・・・寒いか?」

黙って頷くアルフォンスは、まるで仔犬のようだった。
畜生コノヤロウ。こんなに可愛いなんて反則だ・・・・!
お陰で俺の中で庇護欲がメキメキと膨れ上がり、いくらでも甘やかしてやろうという気持ちになってしまう。

俺はさっきおろしたばかりのシャツとスーツのズボンを脱ぎ、パイプ椅子の背にかけた。アルフォンスは何故か目を見開き、慌てふためいている。

「?なんだよ?寒いんだろ?俺が横で寝てやるから。ひっついてりゃちっとはあったけぇだろ?」

「エド・・・・エド・・・・・あの、有難いけど・・・・それ、エド・・・裸じゃ不味いよ。僕も上着てないし・・・ああッ!ちょ・・・・触らないで!あああああ脚ッ・・・ナマアシを絡めるのも止めて・・・うわ!うわ!うわ!」

「・・・なんだよ、まるで犯されるみたいな声出すなよ。それより傷にさわるからモゾモゾ動くなっつの!」

体を起こして逃げ出そうとするアルフォンスの額をバシンと掌で押さえつけてクッションに沈めると、俺は遠慮なくアルフォンスのスベスベむっちりとした胸板に腕を回し、これまた適度にムキっとした太股に足を絡めて眠る体勢に入った。

「お前、マジで熱高いぞ?タオルは俺が途中で起きて替えてやるけど、もし眠っちまってたら遠慮なく起こしてくれよ?」

「ワ・・・・ワ・・・・ワカリマシタ・・・・」

ようやく腕の中で大人しくなったアルフォンスに満足した俺は、昨夜眠っていなかった事もあり、瞬く間に意識を手放した。




可哀想なアルフォンス

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230511UP

 

 


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