わんこなアイツ 10
夜半、やはりアルフォンスが心配で何度か目を覚ました。うなされてまた泣きだしはしないかと表情を窺っても、その寝顔は穏やかで、安心したように緩みきっていた。
起きる度に汗を拭き、額のタオルを替え、口移しで水分を与え、熱をはかり、それが済むとまたアルフォンスに寄り添って眠る。殆ど幼子の面倒をみる母親だ。
アルフォンスはインカムの音には即座に反応したくせに、やはり俺が何をしても目を覚まさない。つくづくオンとオフの切り替えがハッキリした男だ。
4度目か5度目かに起きて、またアルフォンスの世話を終えた時、それまで目を覚まさなかったアルフォンスが目を開けた。
外はもう既に薄明るく、鳥の声が聞こえている。
「どうだ?少しは良くなったか?熱は大分下がったみてぇだ」
「ん、随分いいよ・・・・・・エド、ありがとう」
うつぶせのまま肘で身体を支えてアルフォンスの顔を見る。薄暗い中で微笑む頬に、そっと手の甲で触れて撫でた。伸びた髭がザリザリとあたって、眠る前の仔犬のような可愛らしさが台無しだと少しだけがっかりした。・・・と、その手にアルフォンスの手が重なり、するりと指を組まされる。そのまま好きなようにさせていたら、今度はその手を口許に持って行き、ちゅ・・・・と音を立てて吸いつかれた。
「じゃれるな」
気恥ずかしさに手を引こうとしても、振りほどけない。アルフォンスの身体の事を思い乱暴にできない俺の弱みにつけ込んだずる賢く甘え上手な犬は、そのまま俺の手を甘咬みしたり吸いついたり舐めたりし始めた。
「ア・・・・・・・ッ」
背中をゾクリと何かが走り、思わず息をつめた途端、アルフォンスの金色の目がキラリと光った。
「エド・・・・・・・」
情けない悲鳴を上げることもある癖に、こんな声を出すなんて詐欺だ。俺は催眠術にかかったみたいにアルフォンスの手を許してしまった。
俺の左手を解放したアルフォンスの手は、一度大きな動きで俺の頬をひと撫でするとそのままくすぐるように顎のラインを後ろに移動して、項に辿りついた。
さっき感じた背中を下から上へと撫でられるような感覚が再びやって来て、思わず目を閉じた。
アルフォンスの指が後ろの生え際からそっと髪に差し入れられ、頭蓋に沿って撫で上げるようにされると、もう駄目だった。
俺は、たったそれだけで性的な快感というものを明確に自覚させられてしまった。
「アル、手・・・・はなせ・・・・やめてくれ・・・・」
「そんな色っぽい顔で言われたって、無理でしょ」
ニッコリ笑った色男の顔には、仔犬の可愛らしさなんてもうどこにも見当たらなかった。
そのまま引き寄せられ、アルフォンスの上に覆いかぶさるようにさせられ、唇を食べられた。
口移しで水を飲ませるのなんて、目じゃない。ぶっちゃけ、こんなに猛烈なキスなんて、生れてこの方俺は知らなかった。口の中だけじゃなく、内臓まで全部舐められてるような気分にさせられてしまうそれに、俺はアルフォンスに体重をかけないように自分の身体を支えているのが精いっぱいだ。
そして、困った事態に陥った。男だけに、その部分が熱をもって疼き始めたのだ。さらに俺の腰骨の付近にあたっているアルフォンスのモノものっぴきならない状態になっているらしく、これ以上は不味いと頭の中で警鐘が響く。
「エド、左足をこっちに頂戴?」
「え?あ・・・・よせ・・・・!」
アルフォンスは動かせる方の左腕で俺の左膝を掴むと有無を言わさず自分の右わきに移動させ、俺はいとも簡単にアルフォンスの身体の上に四つん這いという体勢にさせられた。
身体は既にクニャクニャで、逃げるばかりか自分の身体を支えているのさえやっとだ。
「勃ってる・・・・可愛いな」
俺の股間をトランクスの上から撫で、唇をペロリと舐めながら目を細めるアルフォンスに、逃がれる事は不可能だと思い知らされた。完全にスイッチが切り替わっている。
誰だ!?コイツを『温厚で隙だらけ』とか、『人懐っこい大型犬』とか、『仔犬のようだ』とか言った奴は!?
・・・・・・・・・俺だ。
俺の馬鹿野郎――――ッ!!!
これのどこがそんなんだ!?見ろ、この獰猛な目を!俺なんか一瞬で骨までしゃぶりつくされちまいそうだ。こんな肉食獣を街中に放し飼いだなんて物騒すぎるぞ!?
頭の中だけで喚き散らしている間にも、どんなマジックを使ったのか俺の身体からトランクスが無くなっていた。直に握りこまれ、思わずふにゃんと力の抜けた下半身がアルフォンスの上に重なってしまう。
「アル・・・・ッ」
「僕なら大丈夫。むしろ僕の身体を心配してくれるなら、そのまま逃げないで大人しくしてて?」
グイと下半身を擦りつけられて、アルフォンスの熱い高ぶりが俺に存在をアピールする。
「触って」
耳元で吐息まじりに言われ、馬鹿な俺はアルフォンスの手に導かれるまま、ソレに触れた。
まさかこの俺が、マッパで男に跨って自分以外の男のチンコを弄くりまわすはめになるなんて・・・・・嘘だろう!?
頭の中はパニックなのに、身体は勝手にアルフォンスの言うがまま従順に動く。もはや俺の身体のコントロールは、すべてアルフォンスの手の内にあった。
片手で体を支え、もう片方の手だけでアルフォンスの脈動に触れ、その熱を扱き上げる。その俺の顔を、アルフォンスが見上げている。
俺がしている方なのに、何故その俺がこんなに羞恥を感じなければいけないのかと理不尽さに唇を噛むと、頭の後ろに添えられた手に引き寄せられて、また唇が重ねられた。
さっき少し触れられただけの俺の中心はギリギリの瀬戸際まで追いつめられていた。辛い・・・・でも、俺の両手は体を支えるのとアルフォンスを慰めるのに塞がっていて、どうにもできないもどかしさに腰が勝手に揺らいだ。
・・・・恥ずかしくて、本当はこのまま叫び声を上げながら逃げ出してしまいたいのに。
「・・・・・エド・・・・・・!」
その俺の様子を切なげに眼を細めて見ていたアルフォンスが、心臓を鷲掴みするような色気をまとった声で俺の名を呼ぶから、また更に煽られる。
頼むから、もうどうなってもいいから、どうにかして欲しい――――!
それを言葉にすることはとてもできなかったけれど、深く交わっていた唇で自分の窮状を伝えようとアルフォンスのキスを真似てみる。
アルフォンスに触れていた俺の手がいきなり外された。
「ん・・・・そろそろ、限界・・・・・・・・体ささえてられる?ごめんね・・・」
「ア・・・・ッ」
今度は両ひじで体を支える事を許された俺の腰にアルフォンスの両手がかかって、何をされるか分からぬまま強く引き寄せられた。ベッドがぎしりと大きな音を立てた。
「あ・・・あ、やだ・・・・・!アル・・・・」
「ゴメン。許して。お願い・・・・・エド、好き、好きだよ。愛してる」
アルフォンスと俺の滾ったモノが擦れ合うようにされ、アルフォンスの大きな手が纏めて扱き上げる。反射的に悲鳴のような声を上げて背を反らせば、上からかかる体の重みがそのまま更に刺激を強くして、これまで聞いた事のないあられもない自分の声というのを聞かされる羽目になった。
「エド・・・・・エド・・・・・エド・・・・・・」
アルフォンスは、何度も何度も俺の名を呼びながら俺の胸や肩や喉に吸いついては、そこから快感という名の甘い毒を埋め込んでいく。容赦手加減なしに。
心臓が壊れちまうんじゃないかというくらい激しく打ち、全身が溶けだしてしまうような恐ろしい感覚が絶えず俺を襲った。
「あ・・・・あ・・・・熔ける・・・・・・・・・アル・・・ッ」
それをしている張本人に助けを請えば、更に強く握りこまれて先端に指先をねじ込むようにされ、喉元にガブリと咬みつかれた。
やっぱり、コイツは危険な肉食獣だったんだ・・・・・。
「エド。熔けちゃって」
「ウアア―――――ッ!」
こんな残酷な激しい絶頂があるのかという衝撃に、俺の意識は耐えきれなかったらしい。そこから先、暫くの間の記憶が、抜け落ちていたからだ。
夢を見ていた。
其処は古びたアパートの入り口に続く石段で、脇にはあまり良く手入れされていないプランターに植えられっぱなしのパンジーが申し訳なさそうに咲いていた。
・・・・・・どこからか、誰かの泣き声が聞こえてくる。
石段を見上げると、その中ほどに一人の少年が座りこみ、自分の膝に顔を埋めて声を押し殺して泣いていた。
その横には妙に輪郭の薄ぼんやりとした毛足の長い犬が居て、少年を見つめながら鼻を鳴らし、時々困ったように首をかしげていた。
『キャッシー・・・・・ゴメン・・・・・痛かったよね。苦しかったよね・・・・・僕が・・・・僕がお前を呼んだりしなかったら、お前はあんなふうに死なずに済んだのに。ゴメン・・・・僕と一緒に生きたせいで、ゴメン。僕を幸せにしてくれたのに、僕はお前を殺したんだ・・・・・!キャッシー、キャッシー、キャッシー・・・!』
すぐ傍に寄り添うように居るのに、その少年―――アルフォンスは、キャッシーの存在に気付けないでいるようだった。
名前を呼ばれる度、応えるように鼻を鳴らし、アルフォンスが顔を上げて自分に気付いてくれないだろうかと首を右に左にとかしげながら待ち続けているキャッシーの存在に。
―――――ふと、キャッシーが俺の気配に気づいて此方を見た。
シルエットだけでは分からなかったが、やはり純粋なシェルティとは違い、マズルがやや太く短めで、目も丸く大きい。しかし、むしろそれがキャッシーに子犬ような可愛らしい印象を与えていた。
キャッシーはつぶらな瞳を何度か瞬きした後、わずかに尻尾を振りながら階段を駆け下りてくると、俺の足元に座り見上げてきた。
「キャッシー・・・・・・アルが心配か?そうだよなぁ・・・・・お前も、自分の事気付いて貰えなくて寂しいよな?」
それに鼻を鳴らしたキャッシーは、猫のように俺の足に体を摺り寄せながら一周する。やや透けて見える身体なのに、その感触は俺のズボンの布越しにしっかりと伝わった。
「分かったよ。アルの事は俺が守ってやるから。お前はもう心配すんな。安心して良いぜ」
その俺の言葉を待っていたかのように今度は大きく二、三度尻尾を振るとアルフォンスの傍へ戻り、触れられないアルフォンスの顔に鼻先を寄せた後、俺にしたのと同じように体を摺り寄せながらゆっくりとアルフォンスの周りを回った。その後再び階段を降りると、アルフォンスを振り返りながら、どこかへ歩いて行く。
何度も何度も立ち止まってはアルフォンスを振りかえり、少し歩くとまた振りかえり・・・・・。
泣き続けるアルフォンスと、そのアルフォンスを残して去らなければならないキャッシーの姿を、俺はただ涙を流しながら見ていた。
最後に、遠くでキャッシーの甘えるように鼻を鳴らす音が聞こえた気がした。
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※重要な補足 結局、ちゃんと合体してません(←えー;;)
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