わんこなアイツ 6

 

 

 











今までアルフォンスに同行したのはもっぱら債権回収業務の場面だったから、俺はてっきり奴の専門が駆け引きやハッタリを効かせた交渉術ばかりなのだという認識を持っていた。
しかし、事実はそうではなかった。
架空の盗聴電波調査会社エレクトリックサーチの社員を演じながら、張り付いて監視をする男とさり気ない会話をかわしつつ、相手の目を盗んで機器を取り付けていく度胸と手際は見事としか言いようがなく、そのオールマイティーなスキルの高さに度肝を抜かれた。

ただでさえケチのつけようがない男なのに、次を知る度に『まだ隠していたものがあったのか』というパターンが際限なく繰り返される。
それでいてこの男ときたら、犬にごときに襲われては涙目で俺に助けを乞うし、俺が飯をやればどんなに量が多かろうが味がまずかろうが嬉しそうに出しただけ全部平らげてしまうし、俺が名前を呼べば何をしていても中断し嬉々として俺のところに飛んでくるし・・・・・。まったく、まるきり犬のようなやつなのだ。
俺が女だったら、もしくはアルフォンスが女だったなら、きっと俺は瞬く間にコイツにゾッコン惚れて、メロメロになってしまうに違いなかった。

でも、俺は男で、そしてアルフォンスもまた、まごうかたなき男であって・・・・・・・・。
何度考えても、いつもその壁に突き当たって、俺の思考はそこから先に進めないでいる。


仕事中にもかかわらずそんな事ばかりに気を取られてしまう自分に鞭を打ち、作業するアルフォンスのサポートをどうにか無事に終えた。しかしそこで気を抜いてしまったのは、完全に俺の過失だった。

念の為の警戒はされていても、疑われる事無く現場から撤収しようとしていた時だ。
ターゲットであるこの家の主と挨拶をかわして門へと向かおうとしたところで、脇にある植込みから大きな犬が突然姿をあらわした。
そうだった。俺の本当の業務はデータの打ち込みや書類のファイリングなどではなく、アルフォンスの護衛だった。
いつもの俺ならば、犬が興奮して手がつけられなくなる前に犬とアイコンタクトをとって動きを封じていた筈だ。
しまったと思った時には既に手遅れで、アルフォンスを見るなり突進してくる土佐犬から守る為、咄嗟に犬とアルフォンスの間に立ちふさがった。
血走った目をした犬とにらみ合ったのは僅か数秒。
犬は立派な体躯のまだ若い雌で、俺の存在をアルフォンスと自分の間を阻むものだと認識したらしく、牙を剥いて唸り声を上げた。次の瞬間には強靭な脚で地面を蹴って宙を跳び、俺の喉笛に噛みつこうと襲いかかってくる。その光景をまるでスローモーションのようにとらえながらも、俺の後ろにはアルフォンスがいるのだ。回避する事など断じて出来る訳がなかった。

来るべき衝撃に思わず目を瞑った俺だったが、次の瞬間何かに体を抑え込まれ、その勢いで抑え込んできたものもろとも地面へ転がった。

目を開ければ、そこには額に汗を浮かべて心配そうに俺を見るアルフォンスがいた。それも、息がかかる程間近に。
アルフォンスの背後には、さっきまでの興奮ぶりが嘘のように大人しくなって項垂れた土佐犬がうろうろしているのが見えた。・・・・と、アルフォンスの肩に知らずに回していた掌にヌルリと温かい感触があって、その感触の正体に目をやった途端、俺は叫びそうになった。

「・・・・アル・・・・ッ!」

「スミス君!!・・・大丈夫?怪我は、ないね?」

ここで本名を口にするのは致命的なミスだ。重大な過失を立て続けに犯すところだった俺を冷静な声でフォローしたアルフォンスだが、その黒いスーツから覗く白いワイシャツの襟の部分が真っ赤に染まっていた。

流石に大事だと思ったらしいターゲットであるここの主人が救急車を呼ぼうとするのを、アルフォンスはやんわりとした口調で遮った。確かに、ここで病院にでも担ぎ込まれ事が大きくなれば、こちらの身元がターゲットにばれる可能性が大きくなる。

俺は万が一の時(といってもそれは自分用に)いつでも使えるようにと内ポケットに忍ばせてあった止血用のパッチを素早く取り出し、アルフォンスの襟元から指を差し入れて出血していると思われる部位に張り付けた。これだけおびただしい量の出血になるとあくまでも一時的な効果しか期待はできないが、数分の止血は出来る筈だ。
アルフォンスの黒いスーツの色のお陰で、実際の出血量が分かりにくい事も幸いして、俺達は何事もなかったかのようににこやかにあいさつをし、ターゲット宅を後にする事が出来た。

門を出た後もさり気なく見えるようにアルフォンスの身体を支えながら、インカムで近くに居る筈のハボックを呼び寄せた。
間もなくやってきたハボックが回したワゴン車の後部座席にアルフォンスを抱えたまま滑り込んだ途端、それまで冷静を装っていた神経が限界に達してハボックに叫んだ。

「ハボック!ハボック・・・・!アルが咬まれた!」

「インカムで聞いてたから状況は分かってる。もう医者は手配済みだぜ。事務所に向かう足でココに寄ってボスを拾って行ってくれるらしい。落ち着け、エド」

「ウ・・・・ウ・・・・・アル、ごめんな・・・・・アル・・・・・・!」

足を引っ張る事しかできなかった自分が情けなくて、そしてそんな自分を庇ったアルフォンスにこんな怪我をさせてしまったショックで、俺は今までにない程取り乱した。
現場から送られてくる電波を監視・分析するのにハボックは手一杯だから、俺は震える手で身動きできずにいるアルフォンスの身体から慎重にブレザーを脱がせ、ネクタイを解き、血で濡れた襟のボタンをはずした。
首の真後ろだと思っていた咬み傷は、やや外れて右肩の付け根から鎖骨周辺にあった。だが太い血管を外れているとはいえ、顎の力が半端ない土佐犬に噛まれたのだ。軽傷で済む訳がない。
止血パッチでは抑えきれなくなった血が溢れて、ワイシャツをはだけられたアルフォンスの裸の背中を滑り落ち、膝の上にアルフォンスの上半身を抱えるようにしていた俺のズボンにも血が染みていった。パッチは剥がさない方が良いと判断し、パッチの上から数か所の出血部位を指で圧迫する。
汗で濡れたアルフォンスの顔が苦痛にゆがみながらも、俺を見上げる時だけは唇に笑みの形を浮かべるのが堪らない。

「馬鹿!んな時にまで、無理してニコニコすんな。窮屈だろうけどもうすぐ医者が来るから、それまでこの体勢で勘弁してくれ」

「・・・・・みたい・・・・だ・・・・・・」

言葉を発するだけで痛むのか、アルフォンスが吐息混じりに小さくつぶやく声を聞き取ろうと唇に耳を寄せた。

「天国・・・・みたい・・・・・幸せだ・・・・・・」

命にかかわる怪我ではないとは思っても、こんな大量な血を流されながらそんな言葉を呟かれた俺は縁起でもない気分になり、もしかしたらこのまま失血性ショックでアルフォンスが命を落としてしまうのでは・・・・と危機感を高ぶらせた。

「アル・・・・・アル・・・・・・!イヤだ・・・・しっかりしろ!な?もうすぐだ。もうすぐだから、ちゃんと俺を見て、俺の声を聞いてろ!」

「エド・・・・・泣いてるの・・・・・?ごめん・・・・・好きだよ・・・」

次第にまるで死に際を看取るような雰囲気になっていた事にすら気付かず、力なく俺に身を任せるアルフォンスの身体を抱きしめながらひたすらアルフォンスの名を呼び続け、ついにはとんでもないセリフまで口走ってしまう。しかも、涙を流しながら・・・・・・。

「アル・・・・・!分かった、俺もお前が好きだから!だからしっかりしろ!」



「・・・・・・・・・・・本当に?」

「・・・・・・ん?」

それまで俺に全ての体重を預けてぐったりしていたアルフォンスの身体に、急に力が漲るのが分かる。そしていきなりガバリと起き上がるなりデカい両手で俺の肩を掴んでガクガクと揺さぶってきた。

「アル・・・・・・!馬鹿野郎無茶すんな!うわ!血が・・・・血が・・・・・・!!」

「エド!ホントにホントにホントにホント!?僕が好き!?ねえ好き!?好きって言ったよね今!?言ったね?ハボも聞いたよね?ね?わはははははーっ!やった・・・・・!やったぞ!エド、僕も君が好きだよ!愛してるよ!銀河の果てまで〜っ!」

出血の為に血の気が引いていた筈なのに、途端に頬を真っ赤にしたアルフォンスが満面の笑みで俺に向かって唇を突き出してきた。
もしかして、いよいよ血が足りなくなって俺の血を吸おうと・・・・・?
馬鹿な考えが頭をよぎり、でも自分の為に怪我をしたアルフォンスに血を吸われるならそれもいいかと思っていたら、そこでいきなり俺とアルフォンスの横にあるスライドドアがガーッと開き、眼鏡をかけた初老の男が顔を出した。

「おら餓鬼ども!まーたヤンチャしやがって!アルフォンス、馬鹿かお前?今動いたら血の流し過ぎでショック症状起こすぞ。オラ、そこの綺麗な嬢ちゃん、この馬鹿の身体をしっかり支えてアッチの車に移動させてくれ。輸血パックは高い位置にキープだぞ」

「じょ・・・・・・・・!?」

訂正しようにも、てきぱきとアルフォンスの腕に針を刺してテープで固定し、そこから延びる管が繋がった輸血パックを俺に押し付けた医者らしき男はさっさと自分の車の方へ歩いて行ってしまった。

「じゃ、ハボ、悪いけど後は任せた。僕もエドも今日は事務所で待機してるから、逐一報告よろしく」

「おお。俺、今夜は戻らねぇから安心しなよボス。お幸せに〜」

「わっはっはっは!大丈夫大丈夫。どんな事になっててもいつでもバックアップできるように、しっかりインカムは身につけてるから。でも、できたら空気は読んでね?」

「アイサー」

さっきまで瀕死の様相だった癖にやたら元気で陽気になったアルフォンスはハボックと意味不明の言葉を交わした後、俺の身体に遠慮なくベッタリとのし掛かった。
再び脱力する大きな体をヨイセヨイセと引きずりながら、こうなった責任を償う為、たとえ理不尽な頼み事をされたとしても俺はそれを全て受け入れ、アルフォンスが回復するまでしっかりと面倒を見なくては・・・・と、かたく心に決めていた。




やっぱりアルがこわれちゃった・・・・・(_ _ )||||

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230505UP  

 

 


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