わんこなアイツ 4

 

 

 













午前中はフラメルデータサーチで簡単な事務処理やデータ入力をして、昼前にはアームストロング軒に戻りこれまで通りの仕事をこなし、途中呼び出しがあればアルフォンスのサポート兼ボディーガードとして出掛ける。
アームストロング軒の定休日に合わせて、フラメルデータサーチの方でも休日にして貰っている火曜日以外、俺は大抵いつでも何かしら動きまわっていた。

アルフォンスは時折意味不明な言動で俺を戸惑わせる事はあっても、職場の上司としては申し分なく、また俺の仕事内容から考えて給料も破格だったから、フラメルデータサーチという会社は雇われる側にとってかなり好条件な職場であるといえた。
そして、ここで働くようになってから、変化がひとつ。
一日の大半を共に過ごすアルフォンスに対する俺の認識が、大きく変わったのだ。
仕事の性質上、犬にビビっている事をターゲットに知られてはならない。アルフォンスはあれ程犬に恐怖心を持っている癖に、そこは流石プロで、ターゲットを前にした時はどんな状況でも汗ひとつかかずに緩急をつけて相手を周到に追い詰め、確実に仕留めた。
その仕事ぶりを日々見る内に、俺は次第にアルフォンスという人間に一目置くようになっていた。
初めは持たざる者のひがみで、男として誰もが欲しいと望む全てのものを持っているように見えるアルフォンスに反感を抱いていたけれど、アルフォンスという人間を知って行くにつれ、そんな下らない感情は知らずの内に霧散してしまった。
ケチのつけようがない美形で、身長も申し分なく、ガタイも良い。頭の回転が早く記憶力も桁外れで、ハボックとの会話の中で並々ならぬ学歴の持ち主だと言う事も知った。けれどヤツがそれらをひけらかしたことなど一度もなく、ターゲットを前にした時以外はあくまでもおっとりとにこやかで、いつでも誰に対しても、さり気ない心遣いを忘れない。
完璧だ・・・・と、思う。外見だけでなく、人間そのものがカッコいいと思う。
初対面の頃が嘘のように、今では俺は、コイツと知り合えた事が幸運だったと考えるようにさえなっていた。
また、初めの内は最初の約束どおり、事務や諸々の雑用にアルフォンスの対犬用ボディーガードとしての仕事だけだったのが、人手不足の為、盗聴器探査や少々危険の伴う違法調査にも同行するようになり、気付けば俺が任されない仕事は一人であたる債権取り立てと警護任務くらいになっていた。
ほんの手伝い程度のつもりでいたのが、重要な業務に携わるようになるに従いやり甲斐が生まれ、アームストロング軒でのバイトと掛け持ちしながらも充実した日々が続いた。
ところがだ。
ひと月経ち、間もなくふた月目が終わろうとする頃になってもまだ、探している筈の新しい社員が入社する気配はなく、もし正式に社員にならないかと言われれば二つ返事で受ける気持ちにまでなっていたそんな折、突然平穏が破られてしまった。
それは、昨日の夕方の事だ。



出前の途中で携帯にアルフォンスから連絡が入り、ドーベルマンを多頭飼いしている債権回収先に一緒に行って欲しいと言われた俺は現場で奴と落ち合い、きっちり業務を遂行した。
俺は昔から動物が・・・・・殊に犬が好きで、そして扱いが上手かった。どういう訳か、俺は不思議と犬と意思の疎通ができるのだ。だから、これまでどれだけ兇暴だと言われている犬でも特に苦労する事無く手懐けてきた。
この日も、アルフォンスに興奮して今にも集団で飛びかかりそうな数頭のドーベルマン達にそっと目線だけで指示をすれば、そいつらはしっかり俺の言う事を聞いて大人しく控え、アルフォンスは無事に仕事を終えることができた。
出前からそのまま駆けつけたから、俺とアルフォンスは現場近くで別れ、それぞれの場所に帰ることになる。その別れ際、一度は背を向けたアルフォンスが俺を呼びとめた。
明日の連絡事項か何かを言い忘れたのかと振り返れば、何やら思い詰めた表情のアルフォンスが俺をじっと見ていた。

「どうした?何か言い忘れか?」

尋ねる俺の言葉に反応はなく、アルフォンスは唇を開きかけては閉じ・・・を、繰り返すばかりだ。

「アル?」

アルフォンスがどうしてそんな顔をして押し黙っているのかがまったく分からない俺だったが、何か重要な言葉を発しようとしているのだと悟り、スーパーカブ・ストロングエドワード号のエンジンを一度切って奴の言葉を待った。
そしてややしてからアルフォンスがようやく出した声に、俺は注意深く耳を傾けた。

「あのね、エド・・・・・僕は、君が好きだよ」

「おー・・・おう・・・?そりゃ、ありがとな・・・?」

それで次に来る本題は何なのだろうかと、俺は知らず知らずの内に手に汗を握っていた。
初対面から猛烈な勢いで強引に接近し、時にはまるで仔犬のような無邪気さでもって懐きまくってきたアルフォンスだが、それでいてどこか頑なに一線を守って踏む込ませない部分を持ち続けていた事に俺は気付いていた。
しかしそのアルフォンスが、ここにきて初めて何かを曝け出し、打ち明けてくれそうなのだ。
その言葉を聞く前から、俺の胸はせっかちにも期待と喜びに満ちていた。
今までとは違う、アルフォンスのもっと近い位置に踏みこむ事が許されるのかも知れない・・・・・と。

アルフォンスは何故かそこで、フ・・・と悲しそうに笑った。そして覚悟を決めたように、今度はまっすぐに俺を見て言った。

「僕はあの日、交差点で初めてエドに会って助けてもらった瞬間から、君に恋しているんだ」

「は・・・・・・!?鯉・・・・・・・!?」

思ってもみない単語を耳にして言葉を取り違えた俺に、アルフォスが怖いくらい真剣な表情でそれを訂正する。

「・・・・そっちの鯉じゃなく、恋愛のほうの恋、ね。分かってくれた?」

確かに時々挙動が不審ではあったが、まさか男のアルフォンスが男である俺にそんな心を持っていたとは寝耳に水の出来事だった。冷静さを失ったまま、自分が何を言っているのかまともに考えもせず、俺の口から勝手に言葉が飛び出した。

「レンアイ・・・・?は?何言ってんだおま・・・・オレ、俺は男だぞ?そりゃ髪は伸ばしてっけど、股間にチンコついてんだぞ!?それともチンコついてんのが信じられないっつーなら見せてもいいぜ?」

俺もアルフォンスの影響を受けて少々おかしくなっていたらしく、往来でジーンズのボトムのファスナーを下ろしかけたのだが、慌てたアルフォンスの手がそれを制止した。

「おおおおおお落ち着いてエド!こ、こんな場所でそ・・・・そんな君の秘密の花園を・・・・!」

「秘密の花園言うなーっ!つーかソレワケ分かんねえし!お前テンパってんじゃねぇよ!つられて俺までオカシクなっちまったじゃねえか!」

ウガーッと両手を振り上げて怒りを爆発させた俺に、アルフォンスもまたらしからぬ大声でかえしてきた。

「だって、これでも一世一代の決死の告白だったんだよ!冷静になんて、なれるわけがない・・・!」

「アル・・・・・」

返す言葉を失った俺は、熱っぽく金色に光る双眸に射すくめられたように、ただアルフォンスの目を見返す事しかできなくなった。
アルフォンスは、まるで今にも泣き出しそうなのにゾッとするような色気を含ませたなんとも言えない表情で囁いた。絞り出すような掠れ声が、俺の耳をチリチリと焼く。

「黙っていようと思ったけど、我慢できなかった・・・・ごめん。エドが嫌なら、明日から事務所の仕事は休んでもいいよ。アームストロング軒にも行かない。もうこれ以上、君の時間を少しでも独占しようだなんて思わないように気をつける。だから・・・・・僕を嫌いにならないで欲しい」

呆けていた俺はアルフォンスの言葉の意味をすぐには理解できず、何も反応を返してやることができないままただそこに立ち尽くしていた。
俺から何の返事も得られなかったアルフォンスは、辛そうに唇を噛みながらも無理やり笑顔を作り軽く手を上げると、俺を残したまま自転車に乗り去って行ってしまった。

アルフォンスの黒いスーツの背中が遠ざかって行くのを見送る。そのまま紳士服のCM撮影をしても問題なさそうな程スキなく決まった出で立ちに、どこかひょうきんさが漂うタウンバイクは笑ってしまう程不釣り合いだった。
初めて出会った日の別れ際、この周辺の移動ならチャリですることを勧めたのは俺だ。アルフォンスはその翌日から早速このタウンバイクに乗って来る日も来る日もアームストロング軒へやって来て、まるでわざと胃を酷使するように毎回アームストロング丼の得盛りセットを食べ、俺と一言二言言葉を交わし・・・・・・そんな事を繰り返すうちにいつの間にか毎日あいつの顔を見るのが当り前な状態に慣らされて、今では奴の会社の臨時社員にまでなり、俺がアルフォンスと過ごす時間は着実に多くなっていた。

『もうこれ以上、君の時間を少しでも独占しようだなんて思わないように気をつける』

この言葉と状況を照らし合わせるなら、今の俺とアルフォンスの関係は、アルフォンスが意識的にこうなるように仕向けていた・・・・ということだろうか?それも、俺を好きだから?
だとしたら俺は、アルフォンスにどう応えてやればいいのだろう。
アルフォンスを拒絶することで、奴と俺の距離が二度と交われない程に離れてしまいやしないだろうか?
でも自分が男相手に恋愛できるタイプの人間ではないというのは、誰より俺自身が一番分かっている事で・・・。


ようやく人となりを正しく理解して、知らず自分の中で大きな位置を占めるようになっていたアルフォンスだけれど、明日から俺と奴の距離は遠ざかる事はあってもこれ以上に縮まる事はないだろう。
自分の心の奥底で起こっていた変化に気付けずにいたその時の俺は、そう思っていた。






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