誓    約 U 〜ふたりだけの真理  

 

 




俺は今、とても困っている。



 ここは自宅の、本来居心地の良い筈のリビングだ。レースのカーテン越しに降り注ぐ日差しはぽかぽかと暖かく眠気さえ誘う程の心地よさだし、時折部屋へと吹き込んでくる爽やかな風もまた然りだ。そして目の前のティーカップに注がれている入れたての紅茶はなんともいえない馨しい芳香を漂わせ、これまた俺を魅惑の世界へと誘ってくれる。                                      

 それなのに、だ。

 
  今このリビングはブリザード吹きすさぶ修羅場と化していた。





 俺が座る三人掛けのソファの隣では、弟のアルフォンスがイヤミなほど整った容姿に気品漂う冷酷な微笑を浮かべつつ、長い足を優雅に組みティーカップを傾けている。

 その俺たちの前、ローテーブルを挟んだ向かい側のソファには、暫くぶりに会った幼馴染の女、ウィンリィがこれまた殺意漂う微笑を浮かべながら脚線美を惜しげもなく披露せんとばかりに大胆なスリットの入ったタイトなロングスカートの足を組み、同じく紅茶のカップを口元に持っていきその香りを吟味しているようだった。

  俺には分かっていた。今まさに、この二人が水面下で精神的な攻防を繰り広げているのだという事を。 


 思えば昔から誰が相手であろうとも取っ組み合いの喧嘩でカタをつける性質の俺と違い、この2人の喧嘩は一見そうとは分からない展開の仕方をしていたように記憶している。遠巻きに見れば、互いににっこりと笑って普段以上に仲良さ気に話しているかの様に見えるのだが、いざ近づけば聞こえてくる、その穏やかな表情で囁きあう声を耳にした途端誰もが凍り付くこと請け合いな、極めて高度な早口言葉を駆使した罵り合いが繰り広げられていたりするのだった。
 そして、大人になったからといってそんな2人の関係性がいくらか改善したのかといえば、まったく以ってそんな事はなく、むしろ妙な方向へと高等技術を進化させてしまったらしく、その場にいる俺ですら2人の間で今行われているやり取りが理解出来ないでいるという始末。


 そうして無言の時間がどれだけ過ぎた頃だろうか。この重すぎる空気の重圧に耐えかね、新しく茶を入れなおそうかという口実でティーポットを手に立ち上がろうとした瞬間、

  
  「「ここに居なさい!!」

 
  素晴らしいユニゾンで一括され逃げ道を塞がれた俺は、未練がましくティーポットを抱きしめたまま、元の場所に座りなおすしかなかった。



  こえーっ!!マジこえーよお前ら!

 

 

 

 

 

 久しぶりに訪ねてきた、幼馴染で、俺の機械鎧技師でもあるウィンリィがドアをぶち破りそうな勢いで玄関のノッカーを打ち鳴らしていたのは、ほんの1時間の前の事だった。予想外の襲来にとまどいつつ迎え入れようとドアを開けた途端、あいさつどころか俺の姿をみとめるなり、なんとあろうことか右腕左足が無いとはいえまがりなりにも24歳成人男子の身体をがしりと小脇に抱え、勝手知ったるとばかりに迷う事無く俺の部屋へづかづかと突進していく。

 
 「ウィンリィ!?お、お前っ!オンナのくせに何て怪力だよっ?てか、降ろせっつーの!アルもぼさっとみてねーで止めろっての!」

 運び出されながら振り向いたリビングには、やれやれとため息を吐きながら苦笑いを浮かべ“good  luck”と俺に手を振っている弟の姿がみえた。諦めろ、という事らしい。 


 抵抗をなんの苦ともしない力強さで部屋へと引きずり込まれ、後ろ手にドアを閉めカチリと鍵が閉められる音を聞いた俺は、手篭めにされる直前の若い娘の心境を味わった気がした。そしていまや鎧の如く無表情なウィンリィが、これまた素晴らしき豪腕をうならせ俺の身体をベッドへと放り出してくれた。なんだか覚えのあるシチュエーションだなどと暢気に思っていたため、逃げの体勢に入るタイミングを逸した俺は、瞬く間に綺麗に裸に剥かれ・・・・・・・・・・って。

  
 「ちょっ、ちょっ、ちょっと待て!機械鎧の整備でなんでパンツにまで手をかけてやがるこのエロオンナ!」

御開帳の危機に瀕した俺は、あわてて左手一本で引き摺り下ろされそうになっていた最後の一枚をぎりぎり死守した。これから俺のために整備をしようとしている機械鎧技師に向かい少々度を越えた暴言だったかと一瞬だけ思った俺だったが、それは杞憂に終わる。 

 

「“エロオンナ”上等!」

 

 俺に向かい胸を張り、中指を突きたててそんな台詞を叩きつけてくる美人は、本当にあの幼馴染のメカオタクと同一人物なのか、本気で理解に苦しむところだ。
 
 アル、アル、アルフォンス、助けてくれよ!兄ちゃん、マジで犯されちゃうかもしんないぜ・・・?


 「
チッ!やっぱりヤってやがったわねアルの奴・・・・・・・なに涙ぐんでんのよアンタ?あんまりカワイイ真似してると本気で犯すわよ?」

 「お前っ、お前っ!女が軽々しくそんなはしたないセリフ口にすんじゃねーよ!ばっちゃんに言い付けてやるかんな!」 

 「はいはい、分かった分かった。私もさすがに冗談が過ぎたかもしんないわね。さ、それじゃさっさと仕事に取り掛かるとしますか。そこ、横になりなさいよ、エド」

 「・・・・・・・・・・・」


 言いながら、俺と一緒に運んできたらしい馬鹿デカイ工具諸々の入ったケースをバクンと開けて、中から機材やら工具やらを取り出しているウィンリィは、もういつものそいつに戻っていたが、俺は油断は禁物と自分に言い聞かせていた。
 

 ・・・・・しかし、滞りなく機械鎧の整備が終わる頃には、やはり幼馴染みの女だとどこかで侮っていたらしく戒心を怠っていた自分を自分で責める俺がいた。

 
 そう、この優秀な機械鎧整備技師は機械鎧の修理メンテナンスを完璧にこなしつつも、ついでとばかりに俺の生身の身体の性感帯の位置や、感度のテスト、果ては昨夜つけれたうっ血の数までもコト細かくチェックしてくれやがったのだった。 

 

 



 

    「アル」


   テレパシーを駆使しての戦いは、ひとまずドローで終結を迎えたらしい。ふいにウィンリィがなんとも感情の
読み取りとりにくい平坦な口調で弟に声を掛けた。


    「何かな?ウィンリィ」

  答える弟の声もこれまた極度に抑揚を抑えていて、なんだか不気味だ。

  
    「今、見せてもらったけど、あんたチョット、というか相当サドっ気あるんじゃないの?」

ウィンリィのサプライズ発言に、俺は思わず抱きかかえていたティーポットを床に転がしてしまったが、大きな音がした割に幸いにも陶器製のそれが割れることは無かった。ティーポットを注意深く拾い上げテーブルにそっと置く俺の横では、破廉恥なやり取りが次第に加速していく模様だ。
 もはやこの2人がこうなって
しまった以上、俺に口を挟むスキは一分たりとて無いのだった。

 

 「なかなかいい読みだね、否定はしないよ。それより、一昨日の電話では来られるのは次の日曜だって聞いたと思ったけど、僕の勘違いだったかな?」

 「確かにそうは言ったけど。エドの身体の状態が心配になって、急きょ予定を入れ替えたって訳。ホントそうして正解だったわ。そりゃアンタのこだからとっとと手を付けるんじゃないかとは思ってたけど。でもまさか、エド相手にここまで鬼畜っぷりを発揮するなんて想定外だったもん」

    「鬼畜呼ばわりはちょっとないんじゃない?バージンだった兄さんに痛みを感じさせない程度には大事に扱ったつもりだけどな」      
  

    「分からないわそんなの。ただエドがマゾっ気に富んでいただけの事かもしれないじゃないの」

    「なるほど。確かに。それも否定はしないよ。ふふふふ」

 
            悪魔だ・・・・・ここに悪魔がいる、しかも2人。こいつら絶対俺をネタに楽しんでいるだけに違いない。

  
 「手加減してやりなさいよ。いきなり最初から機械鎧外すなんて倒錯的なシチュエーションってアリ?どんなプレイよ、それ?」

  「いや、それはちょっと誤解入ってるかな〜ウィンリィさん」

  「じゃあ、あの首筋の歯形は何なの?私はこの目でしかと確認したわよ!」

  「まあそれは自分でもやりすぎたかな、とは思わないでもなかったけど。だけど兄さんたら、それにまでちゃんと感じてくれてたし」

   
   嘘だ       っ!!そんなの俺は認めねーぞ!それじゃ俺はアレか?マゾヒズムな人ってことか?       


  「キスマークだってつけすぎよ!感じるポイントに印をつけてみたんだろうケド、エドにそれやったらそれこそ全身マダラになっちゃうわよ!」

   「確かに。僕も途中でそれに気がついてやめたんだ」

          アルフォンスお前、俺があんなに切羽詰ってるときに、こつこつとそんなマーキング作業してたのか?なんて根暗な悪戯心の持ち主なんだ。

 

  「それに声だってあんなに涸れちゃって・・・・・ああもうっ!!よくもやってくれたわね!教えなさいよアルッ!アイツがどんな声で啼いたのか知りたいっ!!どんな風に悶えたのか見たかった!もうもう!なんでそんなおいしー事に及ぶ前にこの私に知らせてくれなかったのかしらこのバカ男は!」

            ウィンリィ、マジでぶっ壊れちまったらしい・・・・・。

  
  「あのねぇ。家族同然に育った幼馴染に対して、まさか『これから致すつもりです』なんて恥ずかしくて言えるわけがないでしょう?」

             嘘だ、お前の辞書にその手の羞恥心が欠落しているのを俺は知っているぞアルフォンス!そもそも何故そんな秘め事を前もって第三者に通知しなければならない?つっこむならそこだろうが!                      

  
   「じゃあ、今からでいいわよ。なんなら今回の機械鎧整備代に充てるってんでも構わないのよ?」

   「・・・・・一応聞くけど、何を?」

   
   「エドがどんな風に善がって悶えるのか、今すぐここで見せなさいって言ってんのよ!」

 

 
     っぎゃ       っっ!!有り得ない事いいやがった!それが仮にも嫁入り前の年頃の娘が口にする台詞か   っ!!

  
  
   「なに可愛い顔してオヤジみたいなコトいってんのよエド?」

   「はっっ!?俺、今声に出してた!?」

   信じたくない幼馴染の変貌っぷりに、相当動揺していたらしい。心の中の叫びがいつしか口をついて出てしまっていた俺だ。

「兄さん。どうどう落ち着いて?この手の人間は適当に合わせて受け流しておけばいいの。本気でやりあっちゃダメだよ」

 ゼイゼイと肩で息をする俺の背を優しくなでながらいう弟をなんとも複雑な気持ちで見上げた俺だった。        

  
             そうか。なかなかに含蓄の深い言葉だなアルフォンスよ。そしてウィンリィだけではなく、
お前も“この手の人間”のカテゴリーに属しているという解釈で間違いないんだな・・・・・?

 

    
   
   と、そこでぎりぎりと歯を食いしばりながら睨めつけていた俺に視線を寄こした弟は、ふわりと微笑みを浮かべ、またウィンリィへと顔を向けた。
  「・・・・・・・・・・・・・・・?」
    
   

   「ウィンリィ・・・ごめんね。僕はもう兄さんを放してあげることはできないし、きっと兄さんもそのはずだ」

   「・・・・・・・・・・・・・・へ?」

   
 「僕は君のことを、とても大切な幼馴染で、家族同然だとも思っているし、すごく好きだよ。でもね、
これだけは譲れないんだ。絶対に。だから・・・・・・・だから、ごめん。ウィンリィ」 

 なんの前触れもなしに突然モードを切り替えないで欲しい。
 とてもじゃないが、場面転換についていく事が出来ずおたおたと惑う俺だったが、ウィンリィは一転して切ない表情でこちらに視線を向けていた。

  
 「もう!そういう事言うからアルって苦手なのよ!」

「ごめんね」

 
 アルフォンスが俺の肩を抱いたままもう一度あやまると、ウィンリィはパシンとスパナを手にして言い放った。 

   「次にあやまったらこれでエドをぶっ叩くわよ!?」

   「おいおいおいおいなんで俺なんだ!?」

   「アルの唯一の弱点がアンタだからよ!この色気豆!」

   
   「いろ・・・・・・っ?ま・・・・・・・っまめっ・・・・・・・・・!?」

   
   「あらっ!?これは我ながらうまいこと言ったかも。“色気豆“。これはもう、今のアンタにぴったりね」

ホントすごくしっくりくる愛称だね〜、なんてすらっといいやがる弟の横っ面にガツンと頭突きをかましている俺に、ウィンリィが事務的に言い放った。


「実は私、かなり前からアンタの事狙ってたの。でもアルが相手じゃ歯が立たないから引き下がっとくわ。そのかわり、今回の出張修理の代金に5割乗っけてもらうわよ。支払いは一括で。もちろん領収書は出ないからよろしく」

   
   「はあ?ね、狙ってたって・・・?え?5割っ!?領収書無しって全部ウラにまわす気かよ!」

   「仕方ないじゃないの!機械鎧技師の数が驚異的に増えた所為で、今まであった税率の優遇制度が廃止されちゃって最近はウチだって厳しいのよ!?そういう訳だから、次回からは値上げも覚悟しといてよね!じゃ、私はこれで帰るから」


一方的に自らの工房の懐事情を説明すると、ブンッと一振りしたスパナをビーズをあしらった乙女チックなハンドバッグに押し込みながらもう玄関ドアに向けて歩き出している。相変わらず、なんてせっかちなオンナだろう。
  
「オイ待てってば!いくらなんでもこの距離をトンボ返りもないだろうが?せめて今日くらいはゆっくり泊まってけよ。な、アル?絶対そうした方がいいよな?」

  その後を追いながら後ろの弟を振り返って同意を求めた俺だったが、そこで当然俺の意見に賛同してくる筈と思っていた弟が、複雑な表情で首を横に振る。

  「え?アル、何で・・・・・・・・・・」 
  そしてそれを問いただそうと口を開いた俺の言葉を遮るように、玄関ポーチのウィンリイの背中に声を掛けた。


「ウィンリイ。道中気をつけて。早く来てくれて本当に助かったよ、どうもありがとう。疲れてるとこ大変だろうけど、整備代金が確定したら僕に連絡くれるかな。今回は僕持ちってことでよろしく」

 

「分かったわ。・・・・・・・・・・・・・アル」

 

   それまで不自然に背中を向けたままでいたウィンリィが、くるりと振り返りざまにっこりと笑いかけながら弟に向けて言った言葉に、俺は何故だか胸が締め付けられるような痛みを覚えた。

 
 
 
 

「約束して、アル」

 

「・・・・・・エドを・・・・・・大事にして。絶対に泣かせないで。一生、ずっとよ。アンタになら出来るわよね?」

 

 「約束するウィンリィ。何よりも大事にする。絶対泣かせたりなんかしない。僕は生涯、エドワードの為だけに生きると誓うよ」

 「ア・・・・・、アル!お前なに言ってんだよ!よせ・・・・っ」

 
 なにやら2人で勝手に誓いの儀式めいたことをやりだした事に、恥ずかしくなった俺が止めに入ったの
だが、逆に弟に強く抱きこまれてしまった。そして、そのまま顔が近づいてくる・・・・・・。

  

 「・・・・・・・・・・・んむ・・・・・・・っ!?」

 「・・・・・・・・・」

 

 なにが悲しくて、こんな気持ちのいい冬晴れの、よりによって日曜日の真っ昼間に、あろうことか自宅の玄関先で、しかも幼馴染みの女の前で、さらに兄弟で、なにより男同士でキスをぶちかませにゃならんのか。
 抵抗しようとうんうん頑張っても、そのやたらに成長しやがったデカイ体にがっちりと抱きこまれて
両腕を封じ込まれていたため、無益な苦労に終わる。『この野郎!舌でも入れてきたら噛み切ってやるかんな!』と思っていたのだが、そんな様子は微塵もなく些か拍子抜けしていると、そっと唇を離した弟に思いもよらず静謐な面持ちで見つめられて、逆にこっちが疾しい事でもしたような気にさせられてしまった。

 

 「愛しているよ。エドワード」

 「・・・・・・お・・・・っ、おう・・・」

 
「あんたね。『おう』とはなによ?誓いの儀式にその砕けた返事ってありえないから。ほら、なんて返す
の?やってみなさいよ!」

 「ち・・・・・っ!?いつの間に誓いの儀式とやらが始まってたんだっつーの!お前らいい加減にしとけよ悪ふざけが過ぎるぞ!?」

 「言いなさいよ。・・・・・言って、エド。ちゃんと、はっきりとアンタの口から聞かせて欲しいのよ」

 
 茶化す素振りの全くない真剣な顔を向けられ面食らった俺だったが、ここは本気で答えなければい
けない場面なのだと雰囲気から感じ取り、コホンと無意味な咳払いをしてウィンリィと目を合わせた。

 


 「まあ・・・・なんだ・・・・・。兄弟で、男同士で・・・・・お前だっておかしいって思うだろ?道徳的にも決して許されることじゃないってのは重々承知してる。だけど、俺はアルじゃないと駄目なんだ。こいつがいなかったら、俺がこの世に生きている意味なんかこれっぽっちもない。だから・・・・」


 まだ俺の身体に両腕を回している弟を見上げて、俺は言った。心からの言葉を。

 

 「愛してるよアルフォンス。お前が、俺の命だ」

 

 「・・・・兄さん・・・・・・・・」

 

 「・・・・驚いた・・・・・・!まさかアンタの口からそんな言葉が聞ける日が来るとは・・・!長生きってしてみるもんだわー」

 「ってお前一体御歳いくつのばーさんの言葉だよそれ!つーかもう二度というかこんなこっ恥ずかしいセリフ!」

 やばい。いったそばから後悔している俺は、今なら恥ずかしさのあまり顔で炎の練成も出来そうだ。

 全身真っ赤になっている俺の横では、弟が感無量な面持ちで俺のさっきのセリフを頭の中でリフレーンさせているようで、その目はどこか虚ろだ。 そんな妙に気味の悪い兄弟をウィンリィは背伸びをして2人まとめてぎゅっと抱き込んできた。

 「もうっ!アンタたち!ちゃんと幸せになりなさいよね!!」

 なんて事をいうから、うっかり俺は涙をこぼしそうになってしまった。
家族のような存在であるウィンリィ
に、俺と弟のこんな異常な関係を、認めて受け入れてもらえた事がたまらなく嬉しかったのだ。

 
 「サンキュ。ウィンリィ」

 ヘヘッと照れ笑いで返す俺の前髪の隙間に、ちゅっと派手な音をたててキスをして、そのまま俺たちに背を向け、ポーチの階段を下りていく。 

 「またくるわ。じゃねっ!」

 「ウィンリィ待って!駅まで送る・・・・・」

 「ノーサンキュッ!」


 弟の申し出をあっさり背中で断ると、女が持つにはあまりにもデカくてゴツくて重そうな工具ケースを
軽々と持ち上げて弾むような足取りでさっさと遠ざかっていく。

   

  「・・・・・愛されてるな〜俺たち。そう思わね?」

     「本当だね。まあ、これで僕は一生彼女に頭が上がらない立場になったんだけどね」

    
   優秀すぎる弟はこんな風に、たびたび俺の理解出来ない発言をする事があって困る。
   
     「・・・・・・・・・なんでだ?」

     「このドン感兄は・・・・・でも、そんなところも愛してるよ」

  
 納得いかない俺の疑問を放置したまま、再びむぎゅーっと万力で絞り上げるが如き力で俺の身体を抱きこむと、ウィンリィの唇が触れた同じ場所に軽くキスをし、そのまま唇にもキスを落としてくる。 

   そして今度こそ遠慮なく舌を入れてくる弟を押しのけようと無駄な努力をしている俺と、柵の向こうで伐採用のどデカい鋏を持ち庭木の手入れを始めた隣家のオヤジの視線がばっちりぶつかったその瞬間。
 
オヤジが丹精こめて育てていただろう白木蓮の立派な太い幹が、無情にも切り落とされていた。 

    


   あああああ・・・・・明日からあのオヤジや、近隣の良識ある住民達と顔を合わせるのが怖い・・・・・。

 



「ふざけんな!言った傍から全然大事にしてねーし、恥ずかしさのあまり涙ちょちょぎれさせやがって!ウィンリィにチクってやる      !!」

   


渾身の力で弟の身体を引き剥がし、その顎に会心の左ストレートを叩き込んだ俺はまたもや半泣き状態で家の中に駆け込んだのだった。

             

 





              やはり、俺の前途は依然多難なようだ・・・・・。

 

 



                                                191004・・・・・・・・・・・・・・・









誓約@へ     テキストTOPへ