誓     約 〜続・ふたりだけの真理

 

 

 

 

 

 

日曜日の今日は朝から雲ひとつないとても気持ちのいい冬晴れで、早朝ベッドの中にいながらその快晴の予兆を感じ取ったらしき隣にいる人間の眼がキラリと輝いたのを俺は見逃さなかった。
 
 飛び起きるや洗濯大魔神へと変貌を遂げた弟は、それこそ家中のリネン類や服、果てはテーブルクロスやカーテンやリビングのラグに至るまでをガシガシと洗い上げ、それらを庭の木々の間に張り巡らされた洗濯干し用のロープに手際よく吊るしていく。そんな働き者な弟に対して兄である俺は一体何をしているのかといえば・・・・・・。

  
 その大量の洗濯物たちがたなびいている庭に面したリビングの窓際、庭の方に向けて移動された
3人掛けのソファの上に、フランネルの肌掛けに包まれ座らされていた。

 何故こんな受動的な物言いになっているのかといえば、今の俺が自分の身ひとつ満足に面倒を見ることが出来ない状態であるからだった。

 そう、俺の本音を引っ張り出そうと切羽詰っていた弟が思い余って俺の機械鎧を外してしまったのは4日前の出来事だ。その後電話をかけたものの出張修理に出掛けていて連絡の取れない機械鎧技師に、仕方ないと諦めた弟が錬金術で急場しのぎの仮装着をしてくれたのだったが、やはりというか当然というか、専門の技師によって調整をされない機械鎧は動作不良や不具合が多く、何とか数日はそれでやり過ごしたものの、昨夜の行為後から生身の身体への負担を考え結局それらは外されているのだった。

 

というのも、その昨夜、初めの内こそ優しさや思いやり溢れる手管でコトを進めていたものの、行為の途中から野獣じみた本性を現した弟は、初めて受け止める側を経験する人間相手に無謀にも波状攻撃を仕掛けてきやがったのだ。

十数日前に医師から言い渡された栄養失調や過労云々といった症状からはおおむね回復していたが、仮に今のこの状態で診察を受ければ、またもや違う診断を下され、再度の自宅療養を言い渡されるだろう事は必至だ。何しろ右腕左足の機械鎧の不具合で、ただでさえ全身の重力バランスが狂いぎしぎしと関節が軋んでいる所に、非日常的かつ過度な運動による全身疲労ときたもんだ。

  

 

昨夜、あれから風呂で身体を洗われたような記憶はあったが、よっぽど意識が朦朧としていたらしい俺は自分の身体の状態に注意をはらう事ができなかった。だから今朝になり服に着替えようと弟の手を借りつつ上着を脱ぐ段になって、初めて自身の惨状に気がついた。
 全身のありとあらゆる箇所に、それこそ足の裏と顔以外の全ての箇所にくっきり・はっきりと分かりやすいキスマークが無数に刻印されていて、怖いもの見たさ的心境でベッドサイドの鏡を覗けば、首筋に紫色に変色した派手な歯形を発見し仰天した。どうりでズキズキと痛む訳だと納得しつつ、よくよくみれば左の手首や上腕部そして肩にも強く掴まれたせいだろう、赤紫の痕があった。まだ国家錬金術師を名乗り旅を続けていた頃に間々あった満身創痍の自分を思い出し、変に懐かしくなった俺が無言のまま着替えを手伝ってくれている弟を振り返ると、片手で顔を覆い隠してうな垂れている。

  
   「ゴメン。・・・・反省、しています。ホント・・・・」 

 
 まるで飼い主に怒られてしゅんとしている大型犬のようなその様子に、俺はつい噴出してしまった。

  「かっわいいな〜、お前!よしよし、に〜ちゃんは優しいかんな、これっくらいじゃ叱ったりしねーんだよ。だからンな情けないカオすんじゃねぇよ。折角の男前が台無しだぞ?」 

  両腕でぎゅっと抱きしめてやりたかったけどそれは無理だから、左腕で高い位置にある弟の頭を引き寄せて抱きこんだ。その額の脇の部分には白いガーゼが貼り付けてある。

 
  「俺もこの前はコレやっちまったし、これでチャラってことにしとこーぜ?」

 な?っとそのガーゼの上にキスをすると、顎を引き寄せられて唇が控え目に重ねられた。

  昨夜の行為と比較してあまりにもおどおどしたその仕草が可笑しくて、また笑いをこぼしている俺に丁寧に服を着せ、最後に靴を履かせたところで「そういえば」と弟が顔を上げた。

  
 「言い忘れていたんだけど一昨日ね、ウィンリイにいつ頃出張修理頼めるかと思って改めて連絡してたんだった」

  「おう、そんでいつ頃だって?あいつも結構売れっ子らしいし忙しいんだろ?」

  「らしいね。次の日曜日でいいかって事なんだけど。ゴメンね、それまで仕事も在宅になっちゃうし色々不便掛けちゃうけど、僕が全部面倒見るから勘弁して?」

  「俺よりも、この俺の面倒をみるお前の方が大変だろ?そんなのは別にいいケドさ・・・・・それより・・」

 

  そう、それよりも・・・・・、だ。

 

  「お前、こんな状態になっちまった事の顛末をアイツにどう説明したんだよ・・・・?」

  「あ  ・・・・っとですね・・・。つまり・・その―・・・・ 」

 

 弟がちらりと視線を泳がせて言いよどむのに、自分の不安が的中した事をさとった俺は、今の身体の状態を忘れ勢いよくベッドから立ち上がった。しかし当然右足一本の上片腕が無い状態でうまくバランスが取れるはずもなく、倒れ込んだところを弟に救われる結果となった。

  
 「兄さん!無茶しないでよ!ああ、ビックリした。危ないじゃないか、もう」

  「無茶はお前だ!!おまえ・・っ、おまえっ!いいやがったな!?あいつに全部しゃべりやがったな!?」 

 
 床に転がった状態で腕の中に抱きこまれつつ片手でその胸倉を掴み上げる俺に、ちっとも悪いなんて思っちゃいないのが丸分かりな表情で宥めてくる弟が、これまた信じがたい科白を吐いてくる。

  
  「だって、一応先に所有権主張しとかないと、後々ウィンリイに対抗するとき優位に持っていき難いかな〜とか思って。・・・ああ、一応前もって教えておくから兄さんも今度からは注意してよ?実は彼女、最近新しい愛の道に目覚めちゃったらしくてね・・・・・」

 

 話の筋がまったく読めない。弟が所有権を主張する事とウィンリイが目覚めた新たなる愛の道って奴との因果関係がまったく以って掴めない。

  

 「一昨日の電話で、僕に向かっていうんだよ・・・・・・・“私さあ、最近気がついたんだけど、エドフェチかも〜ぉ”って」

 
 機械鎧について語る時独特の、あのシナを作って目をきらきらさせる真似までしながらウィンリイの言葉を再現する弟に、全身から力の抜けた俺の身体は今度こそ見事にゴトリと床に転がった。

 
  お前、最近キャラ激しく入れ替わりすぎじゃねえ?

  

 「フェチってなんだよ!フェチって!?大体そういう対象でいったら機械鎧とかメカ関係だったはずだろっ!?」

  「ねぇ?だからさ、そんなこといってくるもんだから僕もつい牽制しようと・・・・」

  「・・・・・言ったんだな?」

  「あ、でもまだその時は未遂だったし、しっかりとそのことも言っちゃってたんだった。ちゃんとその後本懐を遂げた事も報告しておかないと、ねっ兄さん?」

  「ンないらんコトまで報告せんでいいわ!!!」

  
 思わず怒りの勢いでくわっとばかりに歯を剥き出して叫んだ俺だったが、非常識な弟を兄らしく理性的に窘めようと思い直し、冷静さを取り戻す為に深呼吸をしていたそのときだった。

 

 

  がんがんがんがんがんがんがんがん!!


 

 

  閑静な住宅街にあるまじき、しかし近所中に響き渡っているだろう明らかに殺気だった、ドアを破壊するような勢いで叩きつけられるノッカーの音が聞こえてきたのだった。

 

 

 

 

                               

 


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