PINKの指先(電車Ver.)
  

 






「兄さん、急いで!」

発車のベルが鳴り響く混み合ったホームを駆け抜けて、飛び乗った列車は、それ以上に混雑していた。
他に空いた車両もあったかもしれないが、選ぶ余裕もなく、あまりの混雑に、他へ移ることもできない。



走りこんだ兄弟には、北の気候に合わせた空調はのぼせそうな程で、その上ラッシュ独特の熱気も相まって、汗もなかなか引かない。
厚手の軍服であるエドワードは、首元を緩めた。
混雑の原因は、週末にむけて故郷に帰る労働者の集団と乗り合わせてしまったことによるものだろう。
仕事後そのまま飛び乗った作業着姿の者が半分、そうでない服装でも、雰囲気を持ち合わせた者たちばかりであった。
訛りのある会話が飛び交い、残してきている子供への土産を大事そうに胸に抱えたまま故郷の歌を口ずさむ者までもいて、賑やかだ。

「軍服は、目立つな。」

軍服なのはエドワードだけで、アルフォンスは私服だ。
鮮やかすぎるそれはどこにも埋没されることなく、とても目立つ。
よって、チラリチラリと視線が寄越されているのは明らかだ。舌打ちする者もいて、ここにいる大多数から良い印象を受けていないことは痛いほど感じていた。

「将軍と話し込んでいるからだよ。」

将軍とは、北壁の守護鬼神、いや女神のことで、兄弟が最も恐れる師匠クラスの、かの女性将軍だ。
今回は珍しくアルフォンスも大佐であるエドワードの補佐として出張を許されていた。
久しく揃って顔を見せた兄弟は、彼女独特の歓迎で迎えられ、かつて魂に刷り込まれた畏怖を再確認するに至った。

「あれは説教されてたっていうんだ。」

日帰りの視察だったから慌しいものではあったが、それでも格別な時間だった。

改めて身体を取り戻した報告もできた。将軍は、言葉少なくただ「立ち止まるな」と、僅かに口許を緩めるだけであったが。

終始懐かしい面々に袖を引かれながらの一日だった為に、アルフォンスは辛うじて着替えることができたが、兄は、その僅かな時間もなかったようだ。


小柄な、もとい「規格外な」エドワードが潰されないように、ドアに背を預けるように立たせ、その正面から腕を突っ張って立つ。
まだ汗の引かぬお互いの身体の熱を感じるほどの距離。せめてコートを脱げればよいのだが、それも身動きが取れない今はまず無理だ。


それにしても、とアルフォンスは窓の外を流れる景色に視線をやる。
夜の気配が強くなった空は、僅かに西の果てに日の気配を残すだけとなっていた。
リゼンブールと変わらぬ景色が広がるそこは、忘れた頃に家の明かりがポツリポツリとあるだけで、ほぼ闇と呼んで間違いなかった。

田舎を走るこの列車は、駅の間隔が長い。
おまけに、兄弟の降車駅は、列車が吸い込まれるように向かう山の向こう側である。まだまだ先は長い。

軍が用意したコンパートメントを断ったのは失敗だったかもしれない。
相席にこそなれ、座れないなんてことはないだろうと思っていたのだが、週末がこれほどまでだとは想定外だった。

次の駅で、手続きを取ることを提案しようと思い兄に向き直ったところで、腕の間で立つその人の様子に首を傾げる。


「兄さん?どうかした?」

気まずそうな視線を向ける兄に、ああなるほどと思い立って、アルフォンスは悪戯心も手伝い、たっぷりと思わせぶりな色を含め囁きかけた。


「変な気分になっちゃった?」


半分冗談だったのだが、途端、ぽんっと赤らんだ頬に、アルフォンスも驚く。

腕を突っ張って立ってはいるが、それほどスペースを稼げず、その間に立つエドワードを、抱きしめているような体勢になっていた。無理な角度で立っていたのを、楽になるよう足場を修正したせいで、計らずとも膝を割っている。
呼吸をすれば、エドワードがくすぐったそうに瞬きをする、そんな距離。



一度灯った悪戯心は、アルフォンスを少し大胆にしてしまった。
スルリと二人の身体の間に腕を滑らせて、兄の下肢に触れる。

「お前なぁ!」

エドワードが思わず声をあげると、騒がしかった車内が一瞬静まり、一斉に視線が集まった。

しまった、と思う。同じ軍服姿ならば、そうは思われなかっただろうが、淡い色合いのジャケット姿であるアルフォンスは、大学生くらいに見える。
実際、世間的にはそれくらいの年齢だ。

軍服姿の人間が、横柄に青年を怒鳴りつけている。

それだけで、無意味な争いが起きるには十分に材料が揃っていると言えた。

二人が兄弟であることなど、周りは知り得ないのだから仕方のないことだ。

向けられた視線の意味など説いて聞かされるまでもない。エドワードはアルフォンスの身体の陰に身を引き、視線を落として口を閉ざした。

そのうち次第に注意が反れ、また車両に人々の会話が戻ってきた。


その間も、アルフォンスの掌がどんどんと大胆になっていく。
軍服の上から、しっかりと明確な意図を持って指を滑らせる。腰を引こうにも、後ろはすぐドアで逃げ場がない。勝手する手首を掴み引き剥がそうとするも、それもままならない。

睨み上げれば、極上な笑顔で返される。なんと腹立たしいことか。



そうしているうちに、チリチリと音をたててジッパーが下げられた。

指先が忍び込んでくる。そして、僅かな隙間を二本の指が下着に爪を引っ掛けるように行き来する。

その指が、下着を割り開き、直に触れてきた。


「っ、んっ!」


思わず喉から滑り落ちた声に、すぐ隣で背を向けて本を読んでいた男が振り返る。

アルフォンスが、揺れでそうなったかのように自然に肩の角度を変え、コートでエドワードの身体を隠した。

こんなものを見咎められれば、どんな騒ぎになるかわからない。
幸い、男は大して気にする様子もなく、再び背を向ける。



それにはほっとしたのも束の間で、どんどんと遠慮の無くなってきたアルフォンスの指に、エドワードは追い詰められていた。
いつしかウエストが緩められ、およそここがどこだか忘れたかのように剥き出しにされた下肢に弟の指が絡む。
それでも、幸い軍服のアンダーフレアもあり、周りにはそうとは気付かれずに済んでいた。

 

唇を噛み締めて呼吸を詰めているせいか、頭が熱に浮かされたようにぼぅっとする。

一向に引かない汗がこめかみを伝う。どうにでもなれ、そう思い、一心に走る指の動きを追うと、アルフォンスの唇がスルリと耳朶を掠めた。

 

「僕も」

 

目の前で、見せ付けるように自らの指を根元まで舐めてみせる。

何事かと呆然としていると、身体が反転させられた。先程まで凭れていたガラスが目の前にあり、吐く息で白く曇る。

窓の外は滑る漆黒の景色。

思考が追いつかない。

 

んな、ちょっ!!!

 

鈍る思考でも、我が弟がとんでもない奴だと理解できたエドワードは、慌てた。


無言で抵抗する。

声も出せない、派手には事を起こせない。

できることは限られていた。そうなるともう、弟の思うがままであった。

先程舐めていた指が、埋め込まれる。今更、この為だったのかと泣きたくなりながら思う。

コイツハ、ナニヲスルキダ

ゆるゆると指が蠢いた。

快感を引き出すというよりは、受け入れる為に。
いつもよりも性急に数が増やされる。

中途半端にされた自身に、エドワードは堪らず手を伸ばした。

 

 

不意に列車のスピードが落ちた。

停車駅が来るのだ。夢の泡が弾けるように、エドワードは身を固める。

人々が一層ざわめく。荷物を纏める者もいる。どうやら降車ドアは二人がいる方とは逆のようで、皆そちらに向き直っていた。

「ア、ル。」

「静かに、気づかれちゃうよ?」

テールにしているせいで露わになっている項に口付けられて、身体が跳ねる。

 

ドアが開く音が聞こえ、かなりの人間が降りたようだった。

 

車内が空けば、こんな馬鹿なこともやめるだろうと思っていたエドワードの思惑とは別に、アルフォンスの腕は、乱れた衣服を整えることを許さない。埋め込んだままの束ねられた指は、この時とばかりに、エドワードの自由を奪うのに十分な場所を悪戯に掠めた。

「―――――っ!!」

 

更なる人間たちが乗り込んできて、気がつけば、先程より多いくらいになっていた。
再び、発車する列車。

何事にも動揺することなく下肢を自由にしていた指が離れ、すっかり融かされたそこに熱く猛るアルフォンスが押し当てられる。

「最悪だ、お、まえっ」

拒もうとも、その熱はじりじりと深く深く押し入ってくる。エドワードは、ふるりと戦慄き、握り締めた拳を噛んで、声を堪えた。

「…すごい、に、いさん…」

大きなため息と共に、古い車両がギシギシと揺れるのに合わせて、アルフォンスが腰を進める。

―――――あっ、あ、んん、っ、っ、

緩慢なそれはもどかしく、いっそどうなっても良いから、もっと、と思うのに、残酷なほどに弟は徹底している。エドワードが堪らず腰を揺すると、支える腕がそれを戒めた。

枕木を越える一定の振動とともに、深いところをどんどんと突き上げられる。
でも、それはエドワードにとっては、行き止まりの快楽でしかなく、ひたすら苦しい。

 

 

ゴトン…、ゴトン、ゴトン、

 

 

そのリズムでは、決して昇り詰めることはできない。
腰に回された腕にすがる。
苦しいのは弟も同じようで、唇から堪えきれず零れる吐息が震えていた。

 

 

ゴトン、ゴトン、ゴトン、ゴトン

 

 

もっと、

 

 

ゴトン、ゴトン、ゴトン、ゴトン、

 

 

 

ガラスに映る、アルフォンスと目が合う。寄せられた眉が愛しい。

たまらず自身に指を走らせる。

「…兄さん、ここは皆の場所だ。汚しちゃだめだよ?」

わかってるよね。微かな囁きは、濡れた舌とともにエドワードの耳を侵す。
かっと体温が上がり、視界が涙で歪んだ。
唇を噛み締めて、震える掌でエドワードは自らの根元を戒める。

 

覚悟を試すかのように、更に大きく張り詰めたアルフォンスのそれが、これまでのルールを無視して、小刻みに激しく揺すり上げた。目の前で電気がショートするような火花が見えた気がした。

「――――――っ、っ、っんんあ、ああっ!」

思わず上げてしまった自らの声にすくみ上がるエドワードだったが、次の瞬間には衣服が手荒に整えられて、ホームに降り立っていた。
同じくホームに降り立つ労働者たち。冷えた空気に、高揚した首筋を撫でられる。

いつの間にか駅に到着していたようだった。しかし、ここがどこだかわからない。見知らぬ駅だ。

力強く腕を引かれたので、震える足を引き摺るようにして、振り返らない弟に付いていく。

どこまで行くのだろうか。萎えた足には、とてつもない距離を歩かされていると感じ始めたころ、漸く、先程のよりも前方にある、ペイントされた色すらも違う車両のところで立ち止まった。車掌らしき男が寄ってきたのに対し、アルフォンスが何事か話している。

コンパートメントをひとつ手配しているようだった。
相場はよくはわからないが、アルフォンスは料金とは別に紙幣を、その男のポケットに押し込んでいた。チップにしては額が多いようだが、車掌が心得た様子でエドワードに笑いかける。

肩を抱かれて、乗り込む。

扉の鍵を落とすのと、列車が再び走りだすのとは、ほぼ同時。
そして、アルフォンスが、エドワードに噛み付くように口付けたのも。

「兄が具合が悪いので眠らせたいからって、到着まで人払いをお願いしたんだ。」

ボトムを中途半端に乱しただけで、アルフォンスが余裕なく押し入ってくる。
ボタンが弾け飛びそうな程乱暴な手つきで上着を寛げられ、掌が肌を辿る。

 



「さあ、可愛い声をきかせて」

 

 

 

 

 

 

 







  END

 

 





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