夕暮れのオレンジ色の日差しが教室の窓から斜め下に差し込んで、その先の床と机と椅子のいくつかを同じ色に照らし染める。
ここは、セントラル中央錬金術学校の校舎の西端にある実験室。放課後のこの時間は、普段はガランとして誰もおらずに静まり返っている筈の場所。
その筈なのだが、今日は様子が違ってそこには人がいる。
黒い瞳を大きく見開いて、酷く焦った表情の長い黒髪の教師が、もう一人の男に迫られて壁際に追いやられている。
その口は驚愕にパクパクと開いたり閉じたりを繰り返しながら、冷や汗を滲ませる。
追いやられている人物は、今はもうこの学校にはいない筈の教師、ニコル・ブロウ。
もう一方の迫る側の相手といえば、ニコル教師の手首を掴み、もう片方の手で眼鏡を取り出す。それを動揺しきった教師の顔にかけさせた。
「やっぱり眼鏡をかけると一段と可愛さが増すんだよね」
などと、楽しそうに言いながら尚も拘束してくるのは、短い金髪を夕日に赤く輝かせている長身の男。
その男の金色の瞳が笑顔と共に細められ、見つめられただけで校内の女性達は誰しも心を奪われると評判のその顔がニコル・ブロウ教師に近づいてくる。
「ア、アル・・・・・・?」
恐る恐るその教師が、自分に詰め寄って腰に手を回している相手に声をかければ、彼は真近で視線を合わせながら腰にくるようなやや低い声で囁いた。
「これからここで、あなたを僕のものにしてもいいですか?・・・・・・ニコル先生」
長い付き合いだ。こいつの事はもう嫌って程分かりきっている。
これは口調は質問形ではあるけれど、実際はれっきとした断定型の宣言だ!
後が無いほどに詰め寄られて、教師は黒髪を壁に擦りつけた格好のまま、小さく息を詰めた後にゴクリと唾を飲み込んだ。
***
「あ!」
事の発端は、エドワードの講義が終了した直後に起こった。
きっかけは、ただ前列に座っていたフランツが鞄を机の下に落として中をバラまけた事からだ。
教科書、ノート、ペンケース、財布、パスケース……荷物のもろもろが床に散乱し、たまたま(というよりは最前列にいつも座る二人ならば必然ではあるのだが)一つ空けた隣席にいたアルフォンスも、それらを拾ってやろうと彼の持ち物に手を伸ばした。
アルフォンスはもちろん軍人であるので、ここの生徒な訳ではない。しかし自分の仕事が休日ともなると、まるで学生のような顔をしてこの校内を闊歩し、エドワードの講義の時間にしばしば現れる。
エドワード赴任直後こそ、校門までの送迎で遠慮していたアルフォンスだが、日が経つにつれてそれが校舎口までになり、教室の入り口までになり、今では職員室でも教室でも自由に出入りする程の遠慮の無さだ。
兄がそれについて文句を言うも、校長がアルフォンスを体の良いエドワード専属の私設警備員か何かと認識して校内の出入りを黙認しているので、いつの間にかこの要領の良い弟は、校門前にいる守衛にまで顔パスなのである。
生徒達もいつも校内で見かけるその顔には、まもなく違和感を抱かなくなったし、女生徒達に至っては寧ろ彼がいない日の方が、その物足りなさに溜息を洩らす者の方が多いといった状況になっている。
「あ・・・・・・いいです!僕、自分で拾いますから!」
咄嗟にそう言って僕を制するフランツ。
僕には借りを作りたくはないのだろうが、それにしてもそこまで慌てられると首を傾げたくもなる。
しかし構わずに落ちている彼の所持品のいくつかを拾い上げる。ここまでの僕の行動に他意は無かった。自分のすぐそばに落ちたものなら拾うのを手伝ってやるのは当然の事だろう。
と、裏返しに開いた茶色いパスケースを拾い上げて、偶然その内側に入れられていた写真を見てしまった僕は動きを止めた。
それにじっと見入ってから、バツの悪そうな顔をしているフランツの方へと視線を向ける。
「これは?」
眉をやや上げ気味にして、パスケースの内側の写真を持ち主に向けながら、少々意地悪く僕はフランツへと問いかける。
そこには左側にはエドワード・エルリック教師、右側にはニコル・ブロウ教師の写真がそれはそれは大事そうに収められていた。
「か、返して下さいよ!」
フランツが口をヘの字に曲げてパスケースを奪い返しに来る前に、僕は兄さんの写真を抜き取って没収した。残念なことに、その直後に僕の手元からフランツがもぎ取っていったせいで、もう一枚の黒髪のニコル先生姿をした兄さんは没収し損ねてしまった。
「こんな写真を自分以外の人間が大事そうに持ち歩くのを、僕としては黙って見過ごす訳にはいかないな。悪いけど、そっちのもう一枚も僕に渡してくれると嬉しいんだけど」
フランツに対しては兄さんが本来の名で赴任してからというもの、僕は事あるごとに牽制を続けてきた。よって僕と兄さんの関係を既に承知している彼に遠慮する必要は無い。
しかし、僕達の事を知っているにも関わらず、彼は相変わらず今の兄さんの事だって陰ながら慕っているのは一目瞭然なのだ。
僕が無駄に笑顔を浮かべてフランツへ片手を出すと、彼はそのパスケースを隠すように自分のポケットへと仕舞いこむ。
「お断りです。百歩譲ってそっちのエルリック先生の写真はあきらめます。だけど、こっちの写真まであなたに渡す謂れはありません」
相変わらずの挑戦的な視線を向けられて、僕の中に今日もまた大人気ない対抗心が芽生えてくる。
彼の諦めの悪さには感心もするが、やはり見過ごすことは出来ないのだ。僕が尚も手を出したままで黙っていると彼は続けて口を開く。
「・・・・・・確かにエルリック先生はあなたのものかもしれません。けど、ブロウ先生については僕が以前に聞いた時、あなたは何も言及しなかったじゃないですか。だからニコル・ブロウ先生までもが誰かのものだったなんて僕は認めませんよ。誰に何を言われても、ずっとこれからも僕の記憶の中のブロウ先生は誰のものでもなく、僕だけのものです。」
フランツのその台詞は、僕の胸中の対抗心の炎を点火させた。
探して探して追いかけて、ようやく見つけて捕まえた兄さんは僕だけのもの。
ほんの少しであれども、兄さんの一部が他の人のものになっていてはいけない。
姿を変えていたニコル・ブロウという人物だって、あれは間違いなく兄さんだったのだから。
それならば、全てにおいて兄さんを手に入れるというのならば、あの黒髪黒目の彼だって完全に僕のものにしてしまわないと。
----こんな経緯で僕の独占欲は、おかしな方向に向かい始めた。
***
その日の講義の後、最前列の並びの席で弟がフランツと何やら言いあっているのは見えた。
アルフォンスが俺の学校に顔を出したのは、今月に入ってもう2度目だ。最近はますます遠慮なしに学校を好きに出入りしているし、こんなふうにフランツとあいつが静かにぶつかっている場面に出くわすのも初めてじゃない。
そもそも俺としては、こいつが教室にいると視線が気になって講義に集中出来ないし、教室内の女生徒達の色めき浮かれたつ様子も気に障るので、本心としては弟がここにいることについてはあまり本意ではない。
「ん?」
放課後になり、俺が職員室に戻ると机の上にメモが一枚置かれていた。
----先生へ
大事なお願いがあるので、放課後に西校舎の実験室まで来てください。来てくれるまで、いつまでも待っています。
「なんだこりゃ?」
それは、どこからどう見ても弟のアルフォンスの筆跡だった。
今更改まって自分の事を『先生』と呼称しているのも、家に帰れば話などいくらでも出来るのに、何故実験室なのかというのも分からない。
しかし首を捻りながらも、俺は帰り際に弟がいつまでも待っているというその実験室に寄ってやった。
既に生徒の姿もない西校舎の廊下のつきあたりの実験室へと足を運び、その扉をガラガラッと勢いよく開ける。
「おーいアル!何だ話って?」
「待ってたよ。先生」
教室の奥の実験机に背中を預けてこちらを向きながら、アルフォンスがやけに綺麗に微笑んで佇んでいる。
その瞬間、何となく嫌な予感が俺の背中から湧き上がる。
「こんな所で一体何の話だ?家に帰ればいくらでも・・・・・・」
「駄目なんだよ。だって僕は先生に用があるんだから」
無防備に弟の前まで歩み寄って怪訝そうに問いかける俺に、アルフォンスは尚も同じく綺麗な笑顔でそう返すと、その笑顔のままに両手を合わせて俺の頭に触れた。窓のガラスに映し出されていた俺の髪が瞬時に黒く変わるのが見えた。
「おっ!おいっ!?何してんだよアル!?」
「だからお願いがあるんですよ。ニコル・ブロウ先生にね」
黒くなった俺の前髪を指先で梳きながら、アルフォンスの顔が迫ってくると俺は一歩後ずさった。
ますます背中からザワザワと落ち着かなくなってくる。こいつ一体何をたくらんでる?
そう思った矢先に、弟の唇が俺の耳に触れるくらいの近さまで寄せられて、とんでもない言葉を流し込んできた。
「ニコル先生の全てを僕に下さい・・・・・・今すぐ、ここで」
***
壁際に追い詰められ僕の考えてることを悟った兄さんは、驚愕と戸惑いで瞳を見開いている。
見慣れた顔なのに、見つめてくる瞳はいつもと違って黒色に揺れているし、顔にかかる髪も本来とは真逆の、ぬば玉色の艶やかな輝き。
兄さんであって兄さんでない。
これはもう、僕の中でもニコル・ブロウという人物として確立している。でもやっぱり兄さんには違いない。
目の前の人はそんな上手く説明できないような不思議な存在だ。
「ア、アル!お前いきなり何しようとしてんだよ!?」
「兄さんの全てが欲しいんだ」
「何言ってんだ、お前は俺の全部をもう手に入れてるじゃないか。後は何が足りないっていうんだよ!」
「全てじゃないよ。だって僕はニコル先生は手に入れていなかった」
僕を引き剥がそうと壁際で足掻くのを無視して、更に強い力で腰を抱きしめる。それから唇を首筋へと落としてから顎へと這わせて移動させると、兄さんは息を飲んで竦み上がる。
「全てじゃないって・・・・・・ど、どういう意味だ?俺はいつだってお前の・・・・・・」
「そう、だから心も身体も全て僕のものにしておかないと気が済まないってことだよ、ニコル先生。あなたの全ても僕のものになって」
僕はそれだけ言うと、自分の唇を兄さんの唇に押し付けた。何か言おうとして開けかけられた兄さんの歯列に、間髪入れずにするりと舌を滑り込ませる。
わざと音を立てるように唾液を絡めながら口内を弄り、最後に舌をちょっときつめに吸い上げたら、僕の思惑通りに兄さんの腰ががくりと抜けた。感じやすい兄さんはこうなるともう僕の思うがままだ。
腰を支えつつ、兄さんをすぐ隣にある机に上半身だけうつぶせに押し倒す。特に意図はしていなかったけど、実験室の大きい机はこんな場合には都合がいい。
後ろから眺めると、白い実験台に真っ黒いテールの髪が波のようにうねっている様がまた美しくて扇情的だ。
「うわ・・・・・・やめろアル!こんな場所で、こっこんな格好で・・・・・・っ」
「こんな格好って・・・・・・。ひょっとして、まだその姿を僕に見られるのを恥ずかしがってるの?可愛いよとっても・・・・・・ニコル先生?」
背後から覆いかぶさるように彼の耳元にそう囁いてやれば、机に横向きに押さえ込まれてる顔と首が朱に染まるのが見て取れた。
以前から、この黒い姿を僕に見られるのを何故か隠したがっていた兄さん。それを恥らって耳の裏側まで赤くしている姿に、逆に僕の悪戯心が呼び覚まされそうだ。
その赤い項に再び唇を這わせ、着ているワイシャツの上から胸の付近をまさぐると、服の上からでもそこが固く尖り始めてるのが分かった。
「やっ、やめっ・・・・・・!」
「ここ・・・・・・もうこんなになってるよ?どうしちゃったんですか?先生?」
やや意地悪くそんな言い方をしてみたら、何だか嫌がる教師を力ずくで手篭めにする不逞の教え子にでもなった気分になってくる。
目の前にいるのは、黒髪を背中で乱れさせるニコル先生。顔も声も兄さんなのに、この違和感がまた別の意味で僕を煽る。このまま生徒になりきって先生をモノにするというのはどうだろう?それはそれで興奮する。
それにしても、全くフランツがこんな真似をするような非行少年でなくて本当に良かった。
尚も布越しにその胸の先端部分を指の腹で擦り続ければ、背中を丸めてピクピクと震え始める。口では止めろと今でも繰り返しているけど、もう抵抗らしい抵抗も見せないのを良いことに、ネクタイを緩めてワイシャツのボタンを片手で順々に外していく。
前をはだけさせて、直接両方の乳首を摘み上げたら、堪え切れなかったのかとうとう切なげな声を洩らし始めた。
「先生、本当に綺麗だし可愛いし、今まで生徒にこんなふうに狙われたことはなかった?」
「馬鹿っ!あっ、あるわけないだろう・・・・・・?こんな真似したがるのはお前くらいしか・・・・・・ぅあ・・・・・・っ」
片手を下肢へと持ってゆくと、そこも服の上からでも十分に分かるくらいに反応を始めている。やんわりと撫で回しながら、甘い声でまた囁いてやる。
「そうなんだ。僕だけしか先生の身体を知らないと思うと嬉しいな・・・・・・」
そんな言葉を耳へ吹き込み続けながら、手早くスボンのベルトを外して下着ごと彼の膝の辺りまで下ろしてしまうと、直接その熱く上を向き始めているものを背中越しに握りこんで上下に動かす。
「ふぁ・・・・・・ァ、アル待てって・・・・・・はぁっ!」
「でもここは待って欲しくないみたいだよ?ほら、こんなに喜んで濡れてきてる」
今でもまだ兄さんの口からは制止の言葉が何度も零れてはいるけれど、実際こうなってしまった兄さんが僕に抗いきれた試しなんて無い。
僕の手の動きに与えられる快感に下半身に力が入らずに、足がガクガクと震えている彼の身体をこちらに向き直させると、今度は仰向けで実験台の上に完全に乗り上げさせる。硬く濡れた兄さんの周辺には淡い金色の茂み。僕が両手を合わせてその部分までもを黒く変えたら、目の端で見咎めた兄さんは、噴火しそうな程に頬を染めて羞恥に喚く。
「お!お前!何してんだよっ!!」
「だってここだけ金色じゃあ、逆に恥ずかしくない?」
そう僕が言ってやると『お前、最悪だ』と掠れた声で悪態を吐き、顔を歪めて目を逸らした。
覆い被さるように見下ろす兄さんの姿は、前を開かれた白いワイシャツに大きく緩められたネクタイがまだ首からぶら下がっている。僕が今朝選んであげた臙脂色に鈍い光沢のあるそれは、兄さんの金髪によく映えるだろうと思ってのことだったけど、黒髪でもよく似合っていると思う。
とにかくそんな乱れた姿がまた僕を昂ぶらせてくれる。指で握っていたそこから僕は手を離し、替わってその場所へ口を寄せる。
「あぁぁっ・・・・・・ンンッ・・・・・・あ!」
既に十分に昂ぶったそれを咥えこんで先端部分を舌で舐めると止め処なく兄さんの味が口の中に広がってゆく。
正面から見れば顔の造りといい声といい、今僕の抱いているこの人はやはり兄さんだという認識が強くなる。でもやはり黒い色を纏っているのは、いつも家で愛し合うのとは違う種類の高揚を僕にもたらしてくる。
口の中に含みつつ視線だけを実験台の上に寝かされた顔へと向けると、羞恥に顔を真っ赤に火照らせて咽を反らせて息を吐く兄さんと目が合った。
「気持ちいい?・・・・・・ニコル先生?」
「バ、バカッ・・・・・・アルッ」
僕が顔を上げて悪戯っぽくそう聞いてやると、恥かしさに紛れて口からはまたそんな悪態が出てくる。
黒髪黒目の姿を僕に見せるのすら恥かしがっていた兄さんだ。それなのにその恥かしい姿で、弟から『先生』と呼ばれながら組み敷かれているというこの倒錯的な状況が更に兄さんの羞恥心を増大させているのは一目瞭然だった。
僕にしてみれば、この人がそんなふうに恥かしがる姿がまた堪らない。
熱く主張している兄さんのその場所から口を離して、少し足を開かせるとその奥まった部分へと指を差し込んでみる。その場所はさっきからの先走りと僕の唾液で既に十分に湿っていた。
「あぁ・・・・・・ンンっ!」
指を増やして善い場所を何回も掠めて動かすと、腰を揺らしながら頭を左右に何度も振り乱す。片手の指で兄さんのそこを刺激しながら、もう片方の手で乱れて台の上に散る黒い髪の手触りを楽しみながら、唇で上気して染めている頬にキスを落とす。耳元で「この、バカ、アル。」とまだ消え入りそうな声で僕に呟き続けているのが聞こえてきた。
そんな態度に逆に煽られた僕は兄さんの膝付近に絡んでいた服を乱暴に取り去ると、性急に自分のベルトを外す。既に最大限に膨張している自身を取り出すと、指をそこから引き抜いて替わりにその先端を宛がった。
上の口とは裏腹に、下の部分の口はやけに素直だ。僕のそれが触れただけで、嬉しそうにビクリと震えると迎え入れるように先端を飲み込んでゆく。
「ん・・・・・・先生の中とっても熱いね。もっと奥まで挿れさせて・・・・・・」
「う・・・その先生ってのやめろっ・・・・・・っく!ぁぁ・・・・・・あああ・・・・・・っ!!」
最奥まで収めてから、改めて下にいる人の姿をじっくりと眺めて楽しむ。
着衣を乱して身体にまだ引っ掛けたままで、滲んだ汗と顔にかかる黒い長髪。
自分の下で今、快感に目を瞑って耐えているその姿は、確かに以前の自分が手に入れていなかった兄の分身だった。そう思ったら、僕の胸の中の空いていて足りなかった一部分がすっと完全に埋められたような満足感に満たされる。
ガクガクと震える両膝を抱えて腰の動きを段々と早めてゆくと、抑えることが出来なくなった嬌声が実験室に響く。
この姿勢では辛いかと思って、背中は痛くないかと相手に問いかけてみたけれど、熔けたような息遣いと喘ぎ声だけしか返ってこない。
そんな姿を前に、僕も無心で突き上げを繰り返す。聞き慣れた甘い声音と何度も僕自身を中で締め付けられる快感に、すぐにでも達してしまいそうになるのを堪えて、兄さんに更なる快楽を与えるべくこちらも必死になってくる。
と、その時に外の廊下から足音が聞こえてきた。
瞬間に僕は動きを止めると、兄さんの口を手で塞ぐ。
「ああ・・・・・・アルっ・・・・・・ああぁ・・・・・・ンンむぅ!!!!」
こちらに近づいてくる。歩いてくる床の反響音と誰かの話し声。
僕が人差し指を口元に持っていったら、状況を理解した兄さんが不安そうに大きく瞳を開いてこちらを見上げてきた。
忘れ物でもしたのか、二人の生徒が話しながらこちらに歩いてきている。僕は咄嗟に兄さんを貫いたままで抱えあげると、実験台の影の床に腰を下ろして兄さんと固く抱き合いながら息を潜めた。
「っ・・・・・・くぅっ!」
僕の腰の上に乗り上がって更に深く繋がる格好になったせいで、胸に抱く黒髪の人が耐え切れずに声を洩らす。
ガラガラガラッ!
実験室の扉が開かれてバタバタと騒がしい足音が入ってきた。
「多分この実験室に置き忘れて・・・・・・ああ!あった、あった!悪かったな、付き合わせて」
「あったのか?じゃあ、さっさと帰ろうぜ」
僕達が繋がりあったまま声を潜めていた時に、兄さんが身じろぎしたせいで中に埋められている僕のその部分が反応する。
「くっ・・・・・・・・・・・・」
それをダイレクトに感じてしまった兄さんが眉を寄せて口から出かけた吐息を飲み込む。
すると、ここから出て行こうとしていた一人が足を止めた。
「・・・・・・あれ?今変な音が聞こえなかったか?」
「え?俺には何も聞こえなかったぞ」
「じゃあ、気のせいかな?」
息を止めて緊張した僕達を置いて、その声の主達はまたガラガラと扉を閉めると遠ざかっていった。
ふう、と大きく安堵の息を吐いて兄さんが肩を落としたのを合図の様に、僕はまた一つ腰を突き上げた。
「うぁっ!ァ、アル・・・・・・っ!!」
「っ、緊張して感じちゃった?ずっと中の僕を締め付けっぱなしだったよ?見つかったら大変だもんね。ただでさえここにはもういない筈のニコル先生が、エルリック先生の弟の僕とこんなコトしてたら、見たみんなはきっと混乱しちゃうよね」
「こっこの、バカッ・・・・・・うああ!ンンっ!!」
今日何回目かも分からない僕を罵る声を聞きながら、そのまま床に押し倒して腰の出し入れを続行する。
見た目は異なるのに、身体の隅々までが僕のよく知っている愛する人の身体と同じ感触に、同じ反応。
繋がりながら快感に唇を半開きにして震わせるその表情を堪能していたら、それに気が付いた兄さんは両手で顔を覆ってしまった。
「やっ、やだ!アル・・・・・・見るなっ・・・・・・ぁ」
「そんなに僕に見られるの恥ずかしいの?黒い髪も黒い目もとっても可愛いよ?」
両手を顔から外させて、お互いの指と指を交差して握り合うと、目を細めて僕を見上げた兄さんの可愛らしい唇がまた『馬鹿アル』と言葉を紡いだ。
どういう訳か、そう言われれば言われるだけ僕は興奮させられて、最後は本当に血気盛んな生徒みたいに、腕の中の先生を貪るべく何度も激しく貫き続ける。
「ああぁ・・・・・・くぅ!ぁダメもうっ・・・・・・あああああぁぁぁーーー!!」
「--------んっ!!」
僕が煽られるままに愛しい人の中に想いの丈を爆ぜさせて果てると同時に、彼も自らの欲望で自分の腹部を白く汚した。
床や机や着衣の汚れを錬成できれいに分解すると、まだ息を荒くしている兄さんの服装を整えてやってから髪の色を元に戻す。
息が落ち着いてくると、その金色の瞳で僕を睨みすえながら食ってかかられた。
「----おい!お前、こんな場所でこんな真似しやがって・・・・・・一体何考えてるんだ!」
確かに兄さんにしたら突然に学校で襲われて災難だったかもしれない。僕はそう思い、まずは素直に謝罪をしておいた。
「・・・・・・さっきフランツに言われたんだ。エルリック先生はともかく、ニコル先生は誰のものでも無いって。だけどそんなの我慢できないよ。どんな姿の兄さんだって一かけらも残さず僕のものじゃなきゃ嫌だ」
「だからこんな真似したっていうのかよ?」
半ば呆れ気味に問われて僕が素直に頷くと、「この馬鹿アルっ」と最後にもう一度、僕の頭上に強烈なゲンコツを落とされた。
「今更なぁ、お前のモンじゃない部分なんて、俺のどこにも無いんだよ!そんなこと言われなくても分かっとけ!」
照れたのか頬を真っ赤にしながらプイと横を向いてしまった兄さんを、嬉しさに任せて両腕でぎゅうと抱きしめて束ねた金髪の中に自分の鼻先を埋める。事後特有の汗混じりの甘い匂いが首筋と髪の付近から漂っていた。
「黒色も可愛いけど、やっぱり兄さんには金色が一番似合ってるね」
改めて正面に向き直って視線を合わせ、笑顔と共に僕がそう感想を述べたら、兄さんはまた恥ずかしかったのか、赤い顔をわざと険しくさせて口を尖らせて見せる。
その態度が逆に可愛らしさを倍増させてるということに、この人はいつになったら気が付くのだろう?
ネクタイを締め直してやりながら、今夜はまたこの姿の兄さんをベッドで堪能しようと、僕は心の中でこっそりと決めた。
***
翌日の朝、フランツが学校に着くと、学校の前にエルリック先生とその弟がいた。
青い軍服姿で門前に留まり先生に手を振っているところから察するに、今日は弟の方もこれから仕事なのだろう。
「やあ、フランツ君おはよう」
そのアルフォンスは、振り返りフランツに気が付くとやけに朗らかに声をかけて歩み寄ってきた。フランツの目が胡散臭げに向けられる。
「----僕に何か・・・・・・・・・・・・なんですか。この手は?」
言いかけたフランツの前に、アルフォンスがにっこりと微笑みながら片手を差し出している。
「君の持っているニコル先生の写真だけど、やっぱりあれも僕に渡してくれるかな?」
「っ!だから昨日も言いましたけど、この写真は・・・・・・」
「そのニコル先生もやっぱり僕のものだって、本人がはっきりそう言ってたよ?何なら後で本人に聞いてみればいい」
フランツは憎らしげに顔を歪めて、目の前の男を睨み上げる。『本人に聞いてみればいい』なんて・・・・・・聞けるわけがないじゃないか!
悔しさから無意識のうちに下唇を噛み締めて、鞄からその写真を取り出すと、バシンとアルフォンスの手の上に叩きおく。
そして去り際に、悔し紛れの一言。
「こんなことしても、ブロウ先生の写真もエルリック先生の写真も校内で幾らでも出回ってるんですから意味ないですよ!」
「え!それは本当なの!?」
そんな聞き逃せない新たな情報を得て、アルフォンスの口調から余裕が消えたのに少しだけ気分を良くするとフランツは学校へと入っていった。
軍司令部へと向かう道すがら、アルフォンスは一人思索を巡らす。
もちろん仕事についての事ではない。兄の写真が校内で出回っているという忌々しき問題についてだ。
次の休みで学校へ顔を出した時には、まずは写真をばら撒いている奴を何としても見つけ出して押さえなくては。でも、そんな輩はいくら潰したとしても、モグラ叩きのようなものでキリがないだろう事はアルフォンスにも容易に想像がつく。
「全く。軍部でのテロ組織のアジト捜索とか壊滅作戦なんかの方が、僕にとってはよっぽど容易い案件な気がするよ」
一人で呟きながら溜息を洩らす。
−−−−まだまだアルフォンスの牽制行為の終結も彼の心の安泰も、どちらも当分訪れそうにない。
END