動く石については以前にも解説したので今回はその続編である(以前の解説はこちら)。
まず、今までの説を含めて状況を整理する。

(1)氷床説 (Ice Sheet)
 冬の雨でプラヤの表面に水が溜まった状態で気温が下がると石が埋め込まれた氷床ができる。それが移動することによって石も移動し、軌跡ができるという説。氷床が移動する原因は冬の雨により、付近の山からプラヤに流れ込んだ水流と、それに加えて風の存在が前提とされた。現在では、氷床説については否定的である(下記)。

(2)氷の輪 (Ice collar)
 石の周りに氷の輪 (collar) が形成され、風により揚力を発生するという説。この説は、上記氷床説の裏付けをとるために石よりもわずかに大きな隙間を残して石の周囲に杭を打ち込んで経過観察した実験結果に基づいている(1970年代、Sharp と Careyらの実験)。氷床の存在が必要条件なら、氷床に組み込まれた石は杭に阻まれて移動することはできないだろうという仮定による。実験の結果、石は杭の外へ移動した。したがって氷床説は否定され、少なくとも氷の大きさは杭を通り抜ける程度でなくてはならず、氷の環の可能性が指摘された。

(3)風
 冬の雨でプラヤに水が溜まって滑りやすくなった状態で強風が吹くと石が移動するという説。しかし最大で300kgの石が移動する事実を説明するには風の力だけでは難しいとされ、氷との併用説が有力視された。一部には風のみでも石の移動は生じうるとの説もある。プラヤの表面は非常に滑らかなので突風の力はプラヤの表面ではより強調されるという理由による。

(4)NASA の見解
 2010年8月には米国航空宇宙局(NASA)が見解を公表している。 ゴダード宇宙飛行センター (The Goddard Space Flight Center) の科学者と研究生が行った調査結果がNASAのウェブサイトに公開されている。その内容は今までの説と大筋で一致している。石が動く直接要因を風だとしつつ、重さ数百キロの石が移動するためには時速150マイル(240km)以上の風速が必要であるがプラヤに吹く風はそこまで速くないので、石とプラヤの間の摩擦を軽減する要因について焦点を絞って調査したとのことである。
 報告によると、プラヤの表面が水分を含んですべりやすい泥の膜を形成することにより摩擦が軽減されるとしていることや、石の周りに形成されるカラー(輪)について言及しており、今までの説に沿った内容である。さらに、泥の中のAlga(藻)が水分を含んだときに繁殖して摩擦を軽減する説や、復氷(regelation)についても述べている。復氷は氷が圧力を受けた部分が圧力によって一時的に融け、圧力が戻った時に再び凍る現象であり氷河などで見られる。復氷により、大きな石でもスライドすることができるとしている。

(5)最近の状況
 最近では2013年の米国のサイエンス・マガジン「スミソニアン(Smithsonian)」に掲載された、Ralph Lorenz (Johns Hopkins University)博士の話が話題になっている。その内容は、石の周りにできた氷の輪(raft)により石が持ち上げられてプラヤとの摩擦が大きく軽減され、少しの風でも動くというものである。この内容は以前の説と大筋で同じ内容に見える。 Lorenz氏自身も2010年にほぼ同じ内容ですでに発表している(American Journal of Physics, Vol. 79)。キッチンで小石を使って実験したことも紹介されている。ついに動く石の謎が解明されたかのように紹介している記事も見かけるが、現地の石が動くのを観測したわけではなく、台所での実験なのであくまで今までの仮説の発展形である。





写真2:レーストラック手前6マイル地点にある Teakettle Junction.
メッセージが書かれた Teakettle (やかん)がたくさん置いてある。





写真3:不規則な軌跡。方向もばらばらである。





写真4:ポリゴンを押しつぶしながら動いたのがわかる。





写真5:複雑な軌跡。手前の軌跡はどの石のものか定かでない。



 私自身はレーストラックには過去4回行っている。最初は1990年、直近では2011年5月である。以前はレーストラックへの道は相当な悪路に感じられたが最近ではよく整備されていて平坦である。しかし、オフロードであることには変わりないので車高の高い車または4WDが無難である。2011年に行ったときにはプラヤの東南端にある岩山に登ってみた。石の多くはその山から落石したものらしいのでどんな場所か興味があったからである。山の高さはプラヤから260mとのことであるが頂上まで行くつもりはないので中腹まで登ってみた。そこから見下ろすと大小無数の石と軌跡が見えた。軌跡の多くは北北東すなわち山の方向を向いているものが多いとの報告がある(ちなみにこの地域に吹く風向きも北北東が多いとのこと)。このことから、いったんはプラヤ方向に移動した石は再び戻ってくるのではないかと推測される。さもないと数百年数千年の間には石でプラヤがおおわれてしまいそうだがその気配はない。

 実際に歩いてみるとプラヤの表面は非常に粒子の細かい泥でおおわれていることがわかる。泥の深さは不明であるが水がたまっても柔らかくなるのは表面のごく薄い部分のみであり、下は非常に硬いと思われる。なぜなら、かなり大きな石でも表面にとどまっていてほとんど沈んでいないからである。動いた跡を観察してみると「わだち」の深さはせいぜい2〜3cmしかないように見える。すなわち、水がたまると表面の泥は水を含んで柔らかくなるが、その下はアイスバーンの様に硬いままなのである。極端な例を用いればスケートリンクに石が置いてあるようなものだ。ポリゴンの形状により水は石の下の隙間に入りやすくプラヤと石の間も柔らかくなる。つまり石は泥の上に「浮いた」状態になるがすぐ下は急激に固くなっている。この状態で強風が吹いたらどうなるか。いったん滑り出すとその後は風の動きにまかせて摩擦の少ないプラヤを自由自在に動きそうである。

 もうひとつ注目すべき要因はポリゴンである。摩擦とポリゴンの関係について言及している文献は少ないが摩擦の軽減に大きく寄与していると思われる。ポリゴンは盛り上がっており、石との接触面でのストレス(荷重)はポリゴンの頂点に集中するからである。ポリゴンの形成が石の移動の前か後かという意見がありそうだが、石が移動した跡を見るとポリゴンを押しつぶして変形させていることがわかる(写真)。摩擦を軽減する条件が満たされたときに、氷がなくても風のみでも石は移動しうるとの説があるが賛成である。

 今後、動く石のメカニズムが完全に解明されることはあるだろうか。先に述べたように Lorenz氏の論文も台所での実験に基づいており現地の石を観測したものではないのであくまで仮説である。石が移動する瞬間をビデオに収めればよいという意見があるが相当困難と思われる。現地にカメラを設置することは環境保護の理由で規制されている。仮に設置できたとしても、石が移動するのは2〜3年に一度である。さらに石が動くのは雨が降り、水がたまり、強風が吹いたときと推定されるのである。それは夜間かもしれない。そう考えると相当難しいように思われる。もっとも、解明することにそれほどメリットがあるとは思えないのでそれでよいと思う。デスバレーの動く石はミステリーのままでよいと思うのは私だけではないだろう。

参考文献:
1) The Mystery of the Rocks on the Racetrack at Death Valley: by Lena Fletcher and Anne Nester
2) DIFFERENTIAL GPS/GIS ANALYSIS OF THE SLIDING ROCK PHENOMENON OF RACETRACK PLAYA, DEATH VALLEY NATIONAL PARK. Paula Messina;
3) The Mysterious Roving Rocks of Racetrack Playa, NASA
4) Ice rafts not sails: Floating the rocks at Racetrack Playa, Ralph D. Lorenz

(2013年7月27日)




追記:
米国の調査チームが石が動く瞬間のビデオ撮影に成功しました。
風の力と水流が氷を押し流し石も移動するという結果でした。
(2014年9月6日追記)

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The Racetrack : デスバレーの動く石(2)





写真1:いくつかの石が競うように動いたあと。