島々谷川特集 1999年 2月

田口康夫


 ウエストンの歩いた美しく豊かな谷

 この川は、徳本峠方面を源流とする南沢と大滝山を源流とする北沢とが、二股で合流して島々部落へと流れだし、梓川に流れ込む。かつてウエストンが、上高地へ向かうのに使った道も、この谷沿いを通っていた。また信州から岐阜へ抜ける道として古くから使われていた道でもある。


 春は新緑と谷の岩肌とのコントラストの美しさ、夏は渓流特有な清涼感、秋は谷全体を圧倒する紅葉の美しさ、冬はコメツガの黒と岩肌や落葉した木々の灰色、そして雪の白さとが、まるで渋い山水画を思わせる風情を醸し出す。四季を通して枯れることなく流れ下る清らかな水は、これらの美しさになくてはならないものとなっている。そして谷は我々に最良の恵みをも与えてもくれる、イワナ、山菜、きのこ、木の実、などがそれである。私は自分のことを渓流乞食だと思っている。渓流からその美しさを存分に味わいさせてもらい、谷筋の幸をほんの少しだけ分けてもらう。もらってばかりいてむしのいい話だが、たったこれだけで私は幸せになってしまうのである。

 
島々谷の危機

こんな島々谷川に危機が生じ始めている。防災と言う名で砂防ダムが次々と造り続けられ美しい渓谷が失われつつある。行政は人々の知らないうちに美しい渓流を莫大な税金を使って壊し続けている。

 昔の人々は谷川沿いに奥山に入り、山を越えて別の谷や他県に移動していた。人々は谷の美しさと恵み、そして危険を身近なものとしていた。車社会の現在、道は谷川から離れ、目的地に向かって高いところを縫って行くため、砂防ダムにより美しい渓流の破壊が進んでいる事に気付かない。

 破壊される島々谷の現状 

この谷川には、二股までに1号から3号の砂防ダム、北沢に4号5号砂防ダムと建設予定中の6号砂防ダム、南沢には14メートル級砂防ダムが一組、二股には取水口堰堤が一つある。北沢の三ダムは三つのトンネルで結ばれている。

  

 二股トンネル        冷沢小屋トンネル        ワサビ沢トンネル

 私たちが問題にしているのは北沢に造られようとしている6号砂防ダムである。現在見直し中であるが、予定通り高さ42メートルで造られれば上流約1キロメートルが土砂の下に埋もれてしまう。このダムは北沢でも最も美しい部分である狭窄部や、これに続く美渓を消し去ることとなる。水の流れが万年の桁でつくりあげてきた美しい峪が壊されようとしている。既に造られている4号、5号砂防ダムは、イワナの産卵場所の破壊や上下への移動を完全に遮断している。そのうえ6号ダムまでができれば、イワナはもちろんのこと、カワガラス、ヤマセミ、ミソサザエ、カワネズミなどの渓流特有な生物や、この付近に生息している猛禽類などにも大きな影響を与えてしまう。また北沢源流の分水嶺から下流に向かって3キロメートルの林道が造られており、その崩れで川が荒れはじめてもいる。昔は大降りでもないかぎり川の水は濁らなかったが、今では水に色がつくようになっている。だまって見ていると、源流と下流とが一本の道で結ばれてしまうのではと思われてしまう。


 

島々谷源流へ伸びる林道による崩れ

 島々谷の砂防ダム関連情報
この川の砂防ダム関連のデーターを下記に示す。

砂防ダム 竣工年 高さ(m) 堤長(m) 貯砂量(m3) 本体だけの建設費
1号ダム 1946着工   15.7    34   2,111    ?
3号ダム 1962着工   31   114.5  24,834 4億6千万円
4号ダム 1972.10   16    62 137,000  1億6千万円
5号ダム 1987.10   14    42.5  34,000 1億5千万円
6号ダム 2003   42   ?    ?    ?


工事用トンネル(下流から)

トンネル 竣工 長さ(m) 幅(m) 高さ(m) 工費
二股トンネル 1982 142 4.5 1億9千万円
冷沢小屋トンネル 1985 152 4.5 1億5千万円
ワサビ沢トンネル 1997.10 488 4.5 7億円


島々谷川流域面積

川の名称    流域面積(平方Km)
島々谷川    77.8
  北沢    24.1
  南沢    28.0
梓川    461

(s63 北陸の砂防便覧より 注:梓川の流域面積は土砂量算出に使用した流域面積)


島々谷川の計画土砂量

  川 計画生産土砂量(立法メートル) 計画流出土砂量(立法メートル)
梓川    2983万2千     756万1千
島々谷川     503万4千     127万6千

「松本砂防のあゆみ、信濃川上流直轄砂防百年史」より島々谷川流域と梓川流域との流域比率で算出してある。なお流域平均のため土砂の流出場所は特定していない。

 島々谷渓谷を守るために
1号から5号そして他のダムを合わせた砂防ダムの総貯砂量はおおよそ26万立方メートルであり、ダム調節量を含めた量を加えれば28、6から39万立方メートルくらいしか土砂コントロールができないこととなる。計画流出土砂量127万6千立方メートルから総土砂コントロール量を引けば、約90万から100万立方メートルとなる。今後この量に対応するとなれば、14メートル級砂防ダムで19基から26基も造らなくてはならなくなる。これだけの数の砂防ダムをつくるとなれば、いったいどこに造ればよいのであろうか?4号、5号、6号のダムはわずか600mくらいの間に連立している。下流から順に造ってきたのであるから上流へと造りざるをえなくなる。当然建設費もかさむ。私達は美しい渓流がみすみす無くなるのを見ているしかないのか。仮にこれだけの砂防ダムが完成したとしても土砂は流出し続けてくるのであり、谷斜面からの生産土砂(土砂崩れや地滑りなどにより谷川に流れ込む土砂)が無くなることはない。日本中で同じ事をやるとなれば税金がいくらあっても足りなくなる。100年後さらなる問題が出続けてくるのに!砂防の専門家に御願いしたい、地球の営みでもある土砂流出量のあり方に関して一石投じてもらいたいものである。
 私たちは「島々谷北沢六号砂防ダム建設中止の意見書」を提出した。渓流環境を守るためには、もうこれ以上上流に砂防ダムを造らないこと、そして砂防ダムに頼る防災システムが、様々な面から行きづまっていることを認識すべきである。

 

 島々谷 6号砂防ダムにより失われる渓流


3号砂防ダム
このダム貯砂量は高さの割には他のダムに比べて少ないようだ。
現在でも満砂していないが、以前は浚渫をしていた。
満砂状態で上流約600メートルくらいは土砂で埋まる。

4号砂防ダム
これより上流は、工事用道路とトンネルとが組になっている。これらの建設によって出た廃砂が所々に置き去りにされてもいる。またダム堆砂は5号ダム工事によって出た土砂により進んでいる。

5号砂防ダム
このダムの堆砂も6号ダム工事(工事用道路とトンネル)によって出た土砂がほとんどである。

 

 

 



島々谷5号砂防ダムの堆砂(1992年)          島々谷5号砂防ダムの堆砂(1998年)

 

 

6号砂防ダム
工事中、廃土は左岸に盛り土として使われており、5号ダムの堆砂を早めている。4号、5号ダムによってイワナの産卵場所や移動通路が奪われている。
島々谷6号砂防ダム用水抜き取入れ口


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